第42次国勢調査についての考察
中央技術研究所の各セクションのトップは主席、と呼ばれている。セクション4トップのラカビナは所長であり、主席でもあるわけだ。そしてセクション3の主席は、北大陸における機械工学のトップ、フロレスタ・アルソスだ。
見た目はマレッサより少し年上程度の妙齢の御婦人だが、実際の年齢は定かではない。艶やかな銀髪巻毛のロングヘアに小麦色の肌、金褐色の瞳が印象的だ。
側頭部両脇の少し捻じれた小さめの尖った角は黒曜石のような輝き。西方系の血が混じっているのかもしれない、マレッサもそうだが、様々な民族の血が混じると、時折、突発的に特異な才能が現れる。それを体現するのが中央技術研究所の「七賢人」のうち3人の女性型の主席だ。
男性型4人は全員、金髪碧眼色白の北方系であるのとは対照的だが、ラカビナ所長に言わせれば「ある種の収斂進化、ということだろう」とのことだ。
とはいえ、生体回路については、良く分かっていない事が多い。今まで七賢人同士で結婚、出産した例もあるが、突出した才能が受け継がれることは無かった。
以前、ラカビナ所長にセクション4を案内してもらっている際に聞いた話では、
「私が把握している範囲でのことだが」
「史上最も近かった、のはリーゼ・マギグム・メリナだろう」
トマス博士のこの世界における2番目の伴侶。
「彼女に言わせると、『博士がダイヤモンドなら、私はルビー』だったらしい」
そこには、埋めがたい溝がある、ということだ。
「さらに他の七賢人に対しては『アンタたちは滑石』と言い放ってたようだ」
全盛期の彼女から見れば、博士以外は学生も七賢人も大差ない、という評価だったのかもしれない。
「彼女とトマス博士の間に子供が出来なかったのは残念でならないね」
「レベル5が束になったとて」「レベル6にはほど遠い、ということね」「アクセ〇レータ?」
とコバリとアズマがボソボソ話していたが、生憎とマレッサには、レベルとは何のことか分からない。
まだまだ学ぶことは多い、と、コバリ達が遊び歩いている間も、マレッサは中央技術研究所に出向いて、個別の会議や打ち合わせにも積極的に参加している。
そして今日はアルソス主席とともに、研究所から少し離れた所にある巨大な地下のドッグに来ている。研究所以外にも、軍や教会警備隊技術部も共通で使用するその空間の一角、そこには人工衛星のプロトタイプが既に組み上がっている。周囲の研究員やエンジニアに挨拶をされるアルソスの後方に控えてついて行き、マレッサはドッグへと降り立つ。
人工衛星の本体は約5m角の黒光りする方形で、側面には折り畳まれた太陽電池パネルが装備されている。架台に乗り安置されているそれを下から覗き込むような形でアルソスとマレッサが、ぐるりと見て回る。
マレッサは事前に資料を確認しているので、概要は把握していたが、実際に現物を目の前にするとやはりテンションは上がる。そんなマレッサを微笑みながら眺め、アルソスが人工衛星の機体について説明する。
「本体はなるべく軽量化を図るため」
「繊維強化プラスティックや、セラミックを多用している」
「そして外殻や内部骨格は鋳型による一体成型」
組み立て用の余分なネジやボルトは使っていない、ということだ。
機体の下部には、様々な形状のカメラが既に備え付けられている。まずは各種観測、通信のテストから始める事になるだろう。
打ち上げの際にはこの機体を流線型のシェルに格納し、大きな砲弾のようにする。そして、アズマに大気圏外まで飛ばしてもらおう、との算段だ。
打ち上げは大きな煙突のような専用施設から行う予定だが、打ち上げ時には局地的に凄まじい超低気圧が発生し、周辺に暴風が吹き荒れる事が予想されるため、その施設は周囲に何も無い北方の大地に建設が進められている。
「冬には極寒になる土地なので、あまり近寄りたくないのだがね」
「ま、この夏には何機か打ち上げることになるだろう」とアルソス
「何機か、ですか?」
「そうね」
「あなたも知っているでしょうけど、中央軍からも依頼されているものがある」
「…はい」
ツカツカと、さらに奥へと進むアルソス、マレッサも黙ってそれに続く。
頑丈そうな鋼鉄製の扉の前にアルソスが立つと、ほどなくして扉がゴロンゴロンと重厚な音を立てスライドする。ここは限られた人間しか立ち入ることのできない、軍関係の開発を行うエリアだ。
その部屋の奥には、先程とは異なるフォルムの人工衛星のプロトタイプが架台に乗っている。
中心部分は3m角程度の方形だが、その両脇には長さ8m、直径は1m程度の金属製の筒が各4本で1セット、合わせて計8本、装備されている。
その筒の先をポンポンと軽く叩きながら、アルソスが振り向く
「これが何か、わかるわね?」
「はい、おおむね、ですが」
「中央軍は」人工衛星の周りを歩きながらアルソス
「コイツの試験を早々に実施して、来年度末までには100基は打ち上げたいようだよ」
数の多さに少し驚くマレッサ。
おそらく筒の中には、金属製のロケット弾が装填されている。
遥か天空から降り注ぐ、どんな対空防御も役に立たない極超音速、超硬の槍。
何百発も同時に撃ち込まれたら、中央や、ファイバザールなどの主要都市も一瞬にして消し飛ぶだろう。思わず呟くマレッサ
「それは、一体…」
「そうだね」フッと微笑むアルソス
「中央軍は、何と戦うつもりなのだろうね?」
城門前広場から港へ向かい片側2車線の幹線道路が伸びているが、車道に挟まれた中央部分は植栽帯も兼ねた広い遊歩道となっており、観光客がそぞろ歩く。
その遊歩道を、コバリとマリアは仲良く腕を組み、楽しそうにキャッキャしながら歩いて長い坂を下っている。
仲良き事は何とやらだな、とそんな2人を眺めながら、アズマものんびり続く。緩やかに下る道は港湾部まで真っすぐ見通せて、その先には北大陸の広大な内海が広がる。
例によって、ここへ来る前、パラマ先生から中央市街地についての講義は受けている。湾に注ぎ込む大河により形成された扇状台地に、ほぼ平坦な港湾部分、その上の台地に中段、その更に上方に教会地区と、概ね3段構成の市街地が形成されている。
教会地区は教会本部、中央技術研究所、教会警備隊本部に各種官公庁の本部、中央評議会会館と北大陸の主要施設が集中するため、要塞並みの防御で固められている。
中段には金融センターや、各企業の本社などが並ぶビジネス街と、官公庁の高官や高給取りのビジネスマンが住まう高級住宅街がある。
「山の手ってヤツかしらね」と遊歩道から周辺を見回しながらコバリ
港湾地帯はジャイアプール同様、丘から見下ろすと右手の少し離れた西方には漁港、中央には沖合まで埠頭が長く伸びる貿易港、左手、東方には海上警備隊の港湾施設があり、ジャイアプール以上の規模で、大型の護衛艦、補給艦、海上哨戒艇などの小型船舶、潜水艇なども係留されている。
そして基地よりさらに港湾部東岸の沖合には埋立により形成された巨大な人工島が浮かぶ。
約3kmの距離がある沿岸部からは巨大なトラス橋が伸びており、島へのアクセスは、基本的にその橋を渡るしかない。人工島はぐるりと高い塀で囲われており、船舶の乗り入れは緊急時のみに限られる。
「おお、あの島が」
「そう、大人のパラダイスッス」
港に近い高台に整備された、大きくて小奇麗な公園にて、並んでその人工島を眺めるアズマとマリア。
セリナンソス人工島、その入口はカジノリゾート、そしてそのさらに奥には花街が広がる。北大陸で唯一にして最大の公認歓楽街だ。
コバリとは港湾地区に入る前に「これから野暮用がある」と言うので別れた。その際に、小さめオシャレカバンから「これで遊んできな」と、「ドサッ」と効果音が付きそうな金額の札束を取り出して渡してきた。
えーーそんなにいらねぇよ、と思ってたが、マリア曰く
「賭場で遊んでこいっつーことッスよ」とペロリと桜色の唇を舐める。ヤル気満々だ。
「なんだ? 行ったことあるのか?」
「もちろんッス」
「哭きのマリア、とは私の事ッス」
「え!?麻雀あるの?」
「いや、無いッス」
「じゃあ、何を哭くんだよ!」
まぁまぁ、いいじゃないッスか、とマリアに引っ張られながら、島へ向かって歩き出す。
「ちょ、待てよ」
「なんスか?」
「橋の入口で、IDカードを提示しないと入島できないんだろ?」
「そッス」
基本的に、橋の沿岸部入り口にあるゲートにて、身分証明書を提示しないと入れない。もちろん成人であること、が大前提だが、保護者同伴ならカジノリゾートエリアへの立ち入りは可だ。しかし、今ここに保護者はいないし、アズマは何を隠そうIDを持っていない。
「抜かりはないッス」とマリアがワンピのポッケからカードケースを取り出し、そこからスラリと2枚のカードを抜き出す。
カードの左半分には顔写真、右半分には指名が記入されている。北大陸の一般的なIDカード。1枚は黒髪黒目に変装したマリア、もう1枚は両目の虹彩が黒くなっているアズマのIDだ。
「おまえ、これ偽…」
「ちゃんとした政府発行の正規品ッス」ニヤーッと笑うマリア
「ちなみに、アズマさんとワタシは嬉し恥ずかし新婚夫婦設定ッス」
あぁ、コバリかテンマの悪ノリか、とすぐに諦めるアズマ。
さぁ、行きますわよ、ア・ナ・タ、と腕を絡めて擦り寄るマリアと歩き出す。
まぁ、いいや、バーンと景気良く張って勝負したるで!
本日、中央統計局の主管である、ガロサム局長は憂鬱だった。
高等学校を卒業後、中央の省庁になんとか入省し、キャリアを重ね現在の地位を得た、所謂叩き上げのベテランであるガロサムは数々の修羅場を経験してきたが、そんな彼でも今日は少し緊張している。
中央評議会議長からの呼び出し。それ自体はなんとなく予測はできていた。おそらく先日提出した人口統計について確認したいのだろう。
提出前、局員が何度も内容を精査し積み上げた数字に間違いは無い、と確信はしているが、呼び出されても仕方がない内容ではある。
資料を携え、議長の執務室へ向かう足取りは重い。一旦、扉の前に立ち止まり深呼吸。コンコンとノックすると、ほどなく扉が内側に開く。議長の秘書が、どうぞこちらへ、と部屋の奥に設えられている、大きな楕円形のスタイリッシュなテーブルへとガロサムを案内する。
そこに座る人物を見て、一瞬、ガロサムの動きが止まる。
正面に座るのは、長い豊かな銀髪、碧い瞳の切れ長の目は女性的ではあるが、高い鼻に意志の強そうな顎、ガッシリとした体躯のいかにも働き盛りの壮年。我らが中央評議会議長だ。
白い詰襟の上着は議会の際に着用する公式なものだ。おそらく左手に座るゲストに敬意を表してのものだろう。
ガロサムから見ると右手に座るその人物が立ち上がり、優雅に会釈する。
「初めましてガロサム局長」
艶やかな金髪は頭の後ろで2本に結わえられている、色白の肌は北方系かと思わせるが、切れ長のアーモンドアイは、右の瞳は深紅、左は金褐色の混じる鳶色、虹彩異色。
もちろん、教会報道部のニュースなどでその姿は見知っている。しかし、実際目の当たりにする彼女は、思っていた以上に小柄で華奢な少女だ。
「御足労ありがとうございます、本日はよろしくお願いしますね」
少し小首を傾げて微笑むその姿は、素直に美しいと思える、が、やはり異様な存在感に気圧される。
「中央統計局のガロサムです。こちらこそ、よろしくお願い致します」深々と首を垂れる。
現在、北大陸の最高権力者である中央評議会議長と並んで、全く臆することのない、次代を担うと言われる6番目の稀人。
テーブルの傍らにある可動式のキャビネットには、数多のファイルや書類が積まれている。ガロサムが来る前にも、様々な事柄について議論していたのだろう。
まぁ、かけたまえ、と議長に促され席に着く。
「知っているかもしれんが」
「彼女たちには新規のプロジェクト立ち上げに協力していただいている」
公式の発表はされていないが、中央技術研究所主体で大規模な会議が開催されている。本格的な宇宙開発の幕開けであると、官公庁の高官なら周知だ。
「これからは中央に来る機会も増えるだろうから」
「他にもいろいろ、協力していただこうかと思ってね」フッと彼女に微笑みかける議長
いやいや、そんな、と議長に微笑み、そしてガロサムに話しかける6番目
「お仕事、お忙しいでしょう?」
「いや、今はそれほどでもありません」
そう、それは何よりね、でもお時間を取らせてもいけないわね、と話を本題へ進める
「近年、中央や極東の都市部では、出生率は低下気味だけど」
「北大陸全体の合計特殊出生率は2.2以上を維持している」
その通りです、と手元の資料を確認するガロサム
「そして」
「普通死亡率の長期的な減少傾向は全域で変わらず」
「出生時における平均余命、即ち平均寿命は右肩上がり」
目を閉じて、フーッと一息つく。
5年に一度実施される、国勢調査の結果を要約したファイルをトントンと指で叩く
「それなのに」
「人口が明らかに減少している」
そしてコバリは、ゆっくりと右眼を開きガロサムを見る。深紅の瞳が光る。
「何故?」




