世界の理不尽さ
墨を流したような濃くて深い暗闇。
そんな中、囁くような、それでいて明瞭な声が響く
「コバリ・アオヤマとアズマ・テラオが中央入りしてから」
「マリア・クシナダが常時警戒態勢に入っている」
「もっと正確に言うと」
「テンマ・オダギリが厳戒態勢を敷いている」
「絶対に中央へ近付いてはいけないよ」
「心得ております」
「おそらくテンマからはマリアに手加減無用の指示が出ているはずだ」
「中央で何かした途端」
「捕縛されるか、下手すると木端微塵に吹き飛ばされる」
「ジャイアプールでは怖い思いをしました」
「そうだったね」
「やはり北大陸の稀人5人が勢揃いしているからでしょうか?」
「いや」
「それだけではない、だろうね」
「そう思ってるんだろう?」
「はい」
「まぁ」
「なんとなく見当はついている」
「そうなのですね?」
「厳戒態勢だから手出しできないだろう?と、思われているのは癪に障るが」
「おそらく、癪に障って事を起こす、のも見越して、何か罠を仕掛けている」
「なるほど」
「ということで」
「中央に意識が集中している間、東南岸の海へ行ってくるよ」
「海、ですか?」
「そう」
「ちょっとした、バカンスだね」
「可愛い女の子に会って来るよ」
「そういえば」
「〇ッポ焼って見当たらないよな」
「そうね」
「そッスね」
「北大陸の、特に極東から中央にかけては甜菜から砂糖作ってるんで、基本的に黒糖が無かった」
「なるほど…」
黒糖がなければ作れないなぁ
ファイバザールの第三堡塁跡の露店にもそれらしいものは無かったな、と思い出す。
「ま、今は、南方産の黒糖がフツーに手に入るけどね」
「あるんかい」
「タブンッスけど」
「テンマさんは〇ッポ焼を知らないんじゃないッスかねぇ」
テンマはN潟には来たことないのかな? なら有り得る。
テンマが知らない食べ物や料理はこの世に普及していないんだろうな、と考えるアズマ
一応、周囲をキョロキョロしてみる。
ここは、中央でも港湾地区から一段高く、教会地区からは一段低い、俗に「中段」と呼ばれる地域。その中でも中段と教会地区の境界に、ファイバザール同様、城壁の石垣が保存されている観光地だ。
見上げる石垣は30m以上はありそうだ、ファイバザールの堡塁は野面積が多かったが、ここでは、石の大きさはマチマチだが、隙間なくピッチリと積まれている切込接だ。
少し先に見える城門は、一応、中段と教会地区の境界ということで、教会警備隊の隊員が何名か配置されてはいるが、特に通行に制限は無い。
そして城門前にはちょっとした広場があり、広場を囲うような格好でズラリと様々な露店や屋台が軒を連ねる。
連日、会議や打ち合わせ続きだったので、今日はちょっとお休みして観光しよう、ということで、アズマとコバリにマリアの3人で、まずは教会地区から、浮かれて中央のメジャーな観光地、「城門前」へと繰り出す。
いつものように、キンキンに冷えた麦汁のスタンドを目敏く見付けて、まずは軽く乾杯した後、今は何か食べようかと屋台を物色中だ。
広場の中央には大きな白い石造りの円形の台に、お馴染みの聖イリヤ、開祖キリヤ、最初の稀人テンマの三尊像が鎮座する。
さすが中央、というだけあって今まで見てきたどの像よりも立派だ。その像を仰ぎ見てボソッと呟くコバリ
「まさか全員揃っているとはね」
その後ろで、マリアはアズマの腕をガッチリとホールドし、あちらの露店こちらの屋台と引っ張りまわしている。
もちろんマリアは変装している。黒髪ぱっつん前髪のセミロングを、ツインの前おさげにし、黒縁メガネに両眼の虹彩もカラコンで黒に。服装は街中でよく見るような、オシャレな膝丈ミニの白いシャツワンピだ。
アズマは例の偏光メガネをかけているだけで、大した変装はしていない。まだそれほどここでは有名ではないので、特に問題は無い。
コバリも例によってカラコンで瞳の色を青にして銀縁眼鏡をかけている、服装はスリムなロングワンピ。金髪碧眼色白、典型的な北方系のお嬢さんの装いだ。
「黒糖と小麦粉があれば」
マリアに強請られて買った、タコ焼きみたいなボール状のモノを頬張りながら、考えるアズマ
「練って、棒状にして焼けば〇ッポ焼になるような気がする」
「なに? そんなに食べたいの?」
「N潟市民は定期的に〇ッポ焼と、みか〇きのイ〇リアンを食べたくなるように、刷り込まれているんだよ」
「フ〇ンドではなく?」とマリアが訊いてくる
「さては貴様、N岡市の一派だな」
「イ〇リアンと餃子のコンビネーションの素晴らしさを理解できないとは」
ヤレヤレだぜ、と肩を竦めるマリア。負けじとアズマ
「コンビで言えば、イ〇リアンにチー〇ナッツこそ至高だ」
「むむ、一概に否定しかねるッス」
「アンタたち」両者の肩をポンポンと叩くコバリ
「この世界には、みか〇きもフ〇ンドも無いのよ」
そうなんだよなぁ、と悲嘆にくれるアズマ
「チー〇ナッツ、なら似たようなモンがあるんじゃないッスかねぇ」
と慰めるマリア、さすが、この世界では先輩なだけのことはある。
そうだな、と、とりあえずアズキアイスを探しに行くアズマ
その後について行くマリアがちょっと振り向き、コバリに目配せする。
コバリも、わかってるわよ、と軽く頷く。
と、さりげなくアズマ、マリアと分かれ、スタスタとパステルカラーで彩られた屋台へ向かう。甘い匂いが立ち込めるそれは、まごうことなきクレープ屋さんだ。
「昔は」特に振り返る事も無く、背後から近寄るコバリに、話しかける少女
「黒い色の甘いもの、なんてなかったわ」
その右手にはチョコクレープ、左手には生クリームとあんこのクレープ、屋台の前のベンチに腰掛け、交互にパクつきながら、振り返り、アメジスト色の瞳でコバリを見上げる。
「チョコレートも餡子もテンマが指示して作らせたもの、らしいですからね」
「そのようね」
口の周りをチョコソースでベトベトにしながら頬張る姿は、口調と裏腹に見た目相応だ。
「黒くて苦くて甘い、よくこんなものを作ったと感心するわ」
「そうですね」
コバリはナプキンで口の周りを拭いてあげる。
「ん」
「ありがと」
顔を上げ、なすがままの少女に問いかける。
「本日は、何か?」
「いえ? お腹が空いただけよ」
てゆうかモノが食べられるのか、と不思議そうに眺めるコバリ
「味は分かるのですか?」
「当たり前でしょ」
いや、当たり前ではないな、と思うが、そう言うのなら、そうなのだろう
「味覚も結局は」今度はあんこクリームを頬張る
「電気信号じゃない」
まぁ、確かにな。
興味本位で訊いてみる。
「甘味や苦味はタンパク質共役型受容体で、塩味、酸味はイオンチャンネル型受容体経由ですけど、信号の伝わり方に違いはあるのですか?」
肩を竦める少女
「難しいことは良くわからないわ」
まぁ、それもそうか、私もいちいちイオンを感じているワケではないしな。
コバリはハムチーズのお食事系クレープを注文し、出来上がりを待つ間、少女とベンチに並んで腰掛ける。
「あなたはまだこちらに来てから7ヶ月なのに」
「いろいろなことを知っているのね」
スゴイわね、と傍らに置いてあったミックスフルーツのシェイクを持ち上げ、ズルズルと啜る。
一瞬、腕が3本になったように見えたが、コバリは気にしない。
「いえ、私なんて博士やテンマの足下にも及びません」
謙遜、ではない、これは事実だ。
コバリが博士と互角に討論しているように見えたとしたら、それは博士がレベルを合わせてくれているだけだ。
そして今あるこの世界を作り上げたのはテンマだ、と言っても過言ではない。本当の「万能」は彼女だ。
「謙虚であることは、すなわち知的である…か」
本日は快晴、青い空を見上げ、気持ちよさそうに目を瞑る少女
「お仕事の方はどう?」
お仕事とは、今回のプロジェクトのことだろう
「おかげさまで順調です」
「宙に人工の星を飛ばす、なんて」
「私には想像もつかないわ」
それはそうだろう、テンマ以前のこの世界は、聞く限りでは中世から前近代並の科学水準だったようだしな。
「北の龍は、宇宙まで飛んでいたみたいだけど」クレープを平らげて、右手を上にあげヒラヒラさせる
「そうみたいですね」
とはいえ、成層圏は超えていない、とゲンマからは聞いている。高度で言えば50km程度。
でも人工衛星打ち上げ前には連絡しておかないと、と会議の席では討議されている。もちろん、ゲンマにお願いすることになるのだが、コバリもアズマを連れて一度、北方へは訪問しようと考えている。
天龍とアズマはきっと仲良くなれるだろう。いや、なれるのか?まぁいいや。
ゲンマがいればなんとかなるだろう。と、丸投げする気満々だ。
クレープが出来たと、店員さんが声を掛けてきたのでベンチから立ち上がり受け取りに行き、そしてついでに柑橘の効いた冷えた麦汁も注文する。
「あななたち」ゴクゴクと麦汁を呷るコバリをちょっと呆れ顔で眺める少女
「朝から飲みすぎじゃない?」
「休みの日ってのは、こんなものですよ」
「博士もお休み?」
「いいえ、博士は今日は研究所です」
博士はコバリ達と違って、このプロジェクトのみに関わっているわけではないので、通常の仕事は溜まっているらしい。とはいえ、以前に比べれば仕事量は10分の1程度だ、と昨晩は笑っていた。
「そろそろ」
「博士にもご挨拶しなくてはね」
「…そうですね」
博士は何も言わないが、何かしら気付いてはいるだろうと、コバリは踏んでいる。だが博士はテンマから言われるまでは、特に気にかけることもないだろう。
「あなたたちが中央にいる間に会食でもどうかしら?」
「ああ、よいですね」
「その時はアズマも一緒ね」軽くウィンクする少女
「承知致しました」
「私からテンマに伝えておくわ」
「はい」
教会居住区の、アノ部屋に集合かしら?とコバリが考えていると、
さて、とピョコンと立ち上がる少女
「じゃあ、また」
と、次の瞬間、少女の姿は掻き消える。人が一人消えたのに、周囲の店員や観光客は、全く気にした様子もない。おそらく何かしらの細工をしていたのだろう。ヒトではない彼女は神出鬼没だ。
しばらくベンチで1人、のんびり呑んでいたが、アズマとマリアが仲良く?腕を組んでこちらに向かって歩いて来るのが遠くに見えてきた。マリアが、もう合流しても差支えないと判断したのだろう。並んで歩く2人はお似合いのカップルのように見えるが、アズマの表情は浮かない。その右手には小さな紙袋、中身は何やら黒っぽい暖かそうなものだ。
「ただいまッス」
「おかえりおかえり」
喉乾いたッス、とマリアは屋台へ。ベリー系の麦汁を注文する。アズマは溜息とともに、コバリの横に腰掛ける。
「なんなのよ」
アズマは小袋をコバリに差し出す。中には棒状の黒っぽい蒸しパン、ひとつ摘まんで口に放り込む。
「〇ッポ焼というよりは」モグモグと食べるコバリ
「がん〇き、ね」
そうなんだよなぁ、とアズマ
「イマイチだ」
そう?これはこれで、とパクつくコバリ
「そうだ、アズキアイスは?」
特に意識して探したことは無いが、確かあったような気がするな、と訊いてみる。
「残念ながら」しかめっ面のアズマ
「季節限定商品みたいで、今は無かった」
「あんこのクレープはあるのに?」
クレープ屋台のメニューを指差す。ホンマや!なんでだ!と、この世界の理不尽さを嘆き地団太を踏むアズマ。
秋には食えるッスよ、とアズマの肩をポンポンと叩いて慰めるマリアを横目で見ながら、平和だなぁ、と空を見上げるコバリ。
ま、今のところは、だけどね。
北大陸東岸、南方の小さな漁村、丘の上にある白い外壁の初等部・中等部併用の学校から、授業が終わった子供たちが、三々五々帰路についている。
少し前、教会報道部のお姉さんが来てから、しばらく寄り道は禁止されていたモーリだが、特に何事もなく数週間が経って、元々長閑な田舎町ということもあり、お母さんもあまりうるさく言わなくなった。
ということで、今日は天気も良いので、なんとなく森の小径から、海岸沿いへと向かう。
木漏れ日にモーリの金褐色の巻毛がキラキラ光る。気分よく鼻歌などを歌っていると、ほどなく森を抜ける、するとそこはゴツゴツとした岩場に囲まれた入江だ。風もなく今日はベタ凪ぎ、遠く水平線まで穏やかな海が広がる。
岩場は危ないので近付くな、と口酸っぱく言われているので、ちょうど森と岩場の境い目を、海を左に見ながら漁港に向けテクテク歩く。モーリは言い付けをキチンと守る良い子なのだ。
すると左前方、入江に飛び出す階段状に連なる岩のその先端、見上げるほどの高さに、チョコンと立つ少女の姿があった。
え!あんなところに?とちょっと驚き、マジマジと見つめるモーリ。栗色の巻毛、若草色のマキシ丈のワンピースの少女は、モーリのほうへ振り返り微笑む。
と、ピョンピョンと自分の背丈の半分はあろうかという岩の段差を物ともせず、軽快に飛ぶような足取りでこちらに向かってくる。
またまた驚くモーリだが、「重力」の生体回路持ちなんだろう、と考え、納得する。それ以外にあり得ない。
少女は後ろ手に組み、のんびりした足取りでモーリの目の前まで来て立ち止まる
「こんにちはお嬢さん」
「こんにちは」ペコリと頭を下げるモーリ
この辺では見かけない、色白の少女だが、モーリより少し背が高いだけの華奢な少女に警戒は不要だろう。
「あんなところで何をしていたの?」
「ああ」
「海を見ていたのよ」振り返り、沖合を見る少女
「北上していたオケアノスが戻ってきたようね」
お父さんとお母さんがそんな話をしていたなぁ、とモーリも思い出す。昔からこの辺の沖合をオケアノスは回遊している。ジャイアプールでは大騒動だったようだが、ここへは戻ってきたとて、特に問題は無い。
「お嬢さんは」改めてモーリに向き合い微笑む
「教会報道部のお姉さんと、オケアノスのお話、してるわよね?」
あの、優しいお姉さんか、と、頷くモーリ
その目の前に、少女はスッと掌をかざす。
「読まれた、のね」
フッとモーリの意識は飛ぶ。
「あれ?」
見慣れた街並み、家へと続く緩やかに下る石畳をモーリは歩いている。
ついさっきまで海沿いを歩いていたはずだけど、と、キョロキョロ周囲を見回すが、もちろん、特におかしな事は無い。いつもの光景だ。
通りすがりに近所のおばさんが、おかえり、と声を掛けてくるので、ただいま!と元気に返事をする。
自宅の小さな石門をくぐり、中庭へ。ちょどお母さんが洗濯物を取り込んでいるので、傍に駆け寄る。
「お母さん、ただいま!」
「あら、おかえりなさい、モーリ」愛娘の頭を優しくなでる。
ギュッと足下にしがみついて、こちらを見上げるモーリの表情が冴えない
「?どうかしたの」
「うん」
「さっきまで海辺で女の子と一緒だったのだけど」
「その子の顔が」
眉を顰めるモーリ
「思い出せないの」




