マレッサ・ロクメの動揺
『ごきげんよう、マレッサ・ロクメ』
通信機から流れる落ち着き払った声
『いきなりお電話してごめんなさいね、今、良かったかしら?』
「はい、ゲンマ隊長より事前に伺っております。お電話お待ちしておりました」
そう、待っていた。ゲンマからは仕事終わりの19時ごろ、と聞いてはいたが、全く仕事が手につかなかったので、その1時間以上前から自室に戻り、自分のコバルトブルーの通信機をジッと見つめながら、待っていた。
『そう、なら良かった』
『メールでも良かったのだけれど、直接、お話したくて』
「ありがとうございます、光栄です」
興奮と緊張のあまり、声が上ずりそうになるのを、なんとかコントロール。ブルネットのロングヘアをかき上げ、銀縁メガネの位置を直す。今のところ上手くいっているはず。
『そんなに畏まらなくて良いのよ』
おっと、あんまり上手くいってなかったようだ。修正、修正。
「お気遣いありがとうございます」努めて上品に返す。
『お時間を取らせてもご迷惑でしょうから、まずは用件を』
「はい」
キタキタ!
『今月末、アズマと中央のトマス博士を訪ねる予定なのだけれども』
キターーー!
『あなたも一緒にどうか、と思って』
事前に予想はしていた。ゲンマからもおそらくそういうことだろうと聞いていた。そうでなければ悲鳴絶叫失神コースまっしぐらだった。危ない危ない。
冷静に冷静に、と自分に言い聞かせ一呼吸おいてから返答する
「喜んでお供させていただきます」
『あなたはそう言ってくれると思っていたわ』
さて、問題はここからだ。
1時間前から、いや、以前ファイバザールの宴席以来、と言ってもよいかもしれない、様々な状況をシュミレート、もしくは妄想していたマレッサだが、まだトマス博士と対面できるという確証は無い。
「ご質問、よろしいでしょうか?」
『どうぞ』
「今回の訪問の主な目的は何になるのでしょうか?」
『基本的にはアズマと博士の顔合わせだけど、もちろん、今後の計画についてもお話する予定よ』
『その際には、あなたとゲンマにも参加していただきたいの』
反射的にその場で立ち上がり、ガッツポーズ、なんとか声は出さずに堪えた。
トマス博士との対面、は確定だ。
『私の言いたいこと、わかるわね?』
「はい、アズマさんの覚醒により、人工衛星打ち上げや、月探査プロジェクトが本格始動ということでよろしいでしょうか?」
『人工衛星、なんて単語がスラっとでてくるとは流石ね』
「恐れ入ります」
ホメられた。ニヤニヤが止まらない。電話で良かったと思うマレッサ。
この世界では、人が空を飛ぶのは天龍族か、気球やプロペラ飛行機による。大気圏外へ人類が到達した事は無い。宇宙旅行などは単なる夢物語で、一般人には人工衛星や宇宙ステーションの概念など全く無い。
ジェットエンジンの開発は行われており、弾道弾などの推進機構としては採用されているが、トマス博士は有人ジェット機などの開発は許可していない。理由は「今の技術水準では安全性が担保されない」からだ。
一方、全球測位システムの構想は以前からトマス博士により提唱されており、ジェットエンジンと天龍族の重力制御の組み合わせで、人工衛星打ち上げの検討は進められている、というところまではマレッサも情報として得てはいた。
おそらくは現在、重力制御では世界最高峰、天龍族のトップオブトップ、「龍の巫女」ゲンマ・ビエントと、既に一部では「龍神」と囁かれる、史上最強の重力使いアズマ・テラオ。
しかも次代を担う「万能」コバリ・アオヤマが、この2人とともにトマス博士を訪れるのだ、空想物語が一気に現実味を帯びてきた、と考えて良いだろう。
「やはり新たな部署が設立される方向、ということでよろしいでしょうか?」
『そうね、あなたもそのつもりで』
「承知いたしました」
『詳細については、あなたの上司から改めて連絡があると思うわ』
『お仕事忙しいでしょうけど、調整よろしくね』
「その点についてはご心配なく、うまくやります」
『そうね、よろしくお願いね』
それじゃあ、おやすみなさい、と
通話が終わった。
目を瞑り、上を向く。フゥーッと長い息を吐く。
落ち着け、今回の訪問は明らかに試金石だ。自分はゲンマやアズマさんのような特別な存在とは違う、代わりはいくらでもいる。
とはいえ、
とりあえず叫ぼう
「イヤッホゥーー!フゥーー!」
マレッサ・ロクメの野望、それは将来中央の技術部トップとなること。だがそれは目的を達成するための手段でしかない、最終目指すのは、
トマス博士のお嫁さんだ。
マレッサ・ロクメはファイバザール郊外の町で、自動車メーカーの技術開発者の父と、交通制御関連の技術者である母の技術者一家で生まれ育った。幼いころから利発だったマレッサは、父や母からいろいろな話を聞くのが大好きだった。そんなマレッサに両親は様々な本を買い与えたが、その中には当然のごとく、この世界の技術者の神、トマス博士の物語も含まれた。子供のころは難しい話は良くわからなかったので、すごい人だなぁ、ぐらいの印象だったが、年を重ねるごとにその凄さが分かってくる。父母が熱く語る生きる伝説、の話を聞くたびに心躍らせ、十代の頃には教会出版部発行の重厚な百科事典顔負けのトマス博士の業績集を読み耽るようになっていた。
現在、マレッサの部屋の壁にはほぼ等身大まで引き延ばされたトマス博士の立ち姿のポスターが貼ってある。そのトマス博士の傍らには長身の女性が一緒に写っている。ブルネットの豊かなロングヘアのその美女は、中央技術研究所の初代所長にして、トマス博士の奥様だ。
当時、鬼神のごとく開発を続けるトマス博士を完璧にサポートし、世界の科学技術発展に尽力した稀代の才女。60代で現役を退き、80歳で亡くなるまで、仲睦まじく過ごしたそうだ。残念ながら子宝には恵まれなかったが、果たして稀人と一般人で子供ができるのか?は研究所の医療部門で密かに研究されているとかいないとか。
実はテンマ・オダギリも280年前、当時発足したばかりの中央評議会議長であった、北方民族の首長と結婚していた。幸せな結婚生活を送った、とのことだが、これも子宝には恵まれず、テンマは連れ合いが亡くなって以降、独り身を貫いている。
しかし近年、3人の若い稀人が続けて顕現した。特にコバリとアズマは誰が見てもお似合いのカップルだ。稀人同士の子供が見れる日が来るかもしれない、と一部では既に囁かれているが、そんな烏滸がましいことを直接言うような輩はいない。
何と言っても、コバリ・アオヤマは、将来この世界を統べる存在なのだ。
そんなコバリに直電でトマス博士との面会を打診された、今更ながら震えるな!
ま、これは武者震いだけどな!と居ても立ってもいられず、部屋の中をウロウロするマレッサ。
とりあえず、呑むか!
部屋の大型冷蔵庫をバーンと開ける。ドアポケットには様々な酒類のボトルが並ぶが、今日はお祝い、ということで高級ブドウ発泡酒をチョイス。
細長いシャレたグラスに注ぎ、一気飲み。ちょっと落ち着いたところで、手元にあるトマス博士の論文の束を机の上に広げ、リビングの大型ディスプレイには、研究所より入手したトマス博士の講演を映す。
彼らが私に期待するのは、これからの航空宇宙工学のエキスパートとしての働きだろう、と思うマレッサ。今は軍関係の仕事を多くこなしているが、航空関係の機体構造、材料、システム運用などについては第一人者の自負はある。
私は彼らのように万能の天才にはなれない、とりあえず当面はこの分野を極めよう。
それにしても、持つべきものは優秀な友だな、とグラスを傾けながら思うマレッサ。
ゲンマがいなければ、私に声がかかることもなかっただろう。
中央ではなく、極東の高等学校へ進学して結果としては良かったな、とシミジミするマレッサ。
通常は18歳以上で入学する高等学校へマレッサは15歳で入学した。しかも入試トップの成績というオマケつきだ。通常ならその学年の総代でもおかしくはなかったのだが、その年には同じく15歳で編入してきた「龍の巫女」ゲンマ・ビエントがいた。
入学式の日、総代として登壇したゲンマ・ビエント、プラチナブロンド、小麦色の肌、そしてなにより多様生体回路の証、左目は濃紺、右目は金褐色、虹彩異色。凛として佇むその姿はとても15歳とは思えない。ああ、人の上に立つ人間とはこうなんだなぁ、これまで勉強しかしてこなかった自分とは人種が違う、ゲンマの総代は当然、とマレッサは得心する。
入学して間もなく、周りの人間とは年齢差もあることから、あれ?私ってひょっとしてボッチ?と思い始めた頃、ま、別に勉学に支障はないし、と特に気にせず一人、中庭のベンチでランチタイムに本を読んでいたら、
「こんにちはマレッサ・ロクメ」
ゲンマに声をかけられた。
うわぁ有名人だ、と一瞬反応できなかったが、同い年のボッチを気の毒に思って声をかけてくれたのね、きっと。さすが人間のデキが違う、と思い。
「ごきげんよう、ゲンマ・ビエント」
努めて上品に返答する
「おとなり、良いかしら?」
「どうぞ」
少し横にズレてベンチにスペースを空けると、ゲンマが腰を掛ける。ド素人のマレッサから見ても所作に隙がなく、かつ美しい。
何が違うのかしら?と考え込むマレッサに、ゲンマが話しかける
「マレッサさん、とお呼びして良いかしら?」
「私達は同級の同い年なのですから、マレッサでよろしいですよ、ゲンマ様」
「では私もゲンマ、でいいわ」
同級の同い年、ですものね、とお互い顔を合わせニッと微笑む。
アラ意外と気さくなのね、ゲンマ様、と認識を改めるマレッサ。
ゲンマはマレッサの傍らに積んである本を見る
「それはここの図書館から借りたの?」
「ええ、ここの図書館は専門書が充実していて助かるわ」
「少し、見せてもらっても良いかしら」
「もちろん、どうぞ」
何冊か手に取りパラパラと捲るゲンマ
「…かなり専門的なトマス博士の著書ばかりね」
「そうね」
「今現在、私たちが受講している内容とはあまり関係無い、というか、遥かに難解な内容ね」
「?講義の時間以外には、講義と他の事を学ぶのは当然でしょう?」
「うーん、当然ではないわね」
キョトンとするマレッサ。
本を膝に乗せ、捲りながらゲンマ
「トマス博士といえば」
「去年、北の紅天龍を訪問されてね、私も少しお話させていただいたわ」
「その話」
グーーーッとゲンマに顔を近付けるマレッサ
「もっと詳しく聞かせていただけるかしら?」
異様なプレッシャにちょっとのけ反るゲンマ
「え、ええ、もちろんいいけど、もう時間がないから放課後に改めて」
そう、じゃあ連絡先を交換しましょうと流れるように通信機を取り出すマレッサ。
こうして、ゲンマとマレッサは友達になった。
それからは、ゲンマとの繋がりから、マレッサにも年上の友達ができた。ゲンマを筆頭に皆、学内でも目立つ方々だったということもあり、在学中には様々な厄介事にも巻き込まれたが、それも今となっては良い思い出だ。
卒業直前、ゲンマは教会警備隊に幹部候補生として入隊、マレッサは極東地域の技術研究所に鳴り物入りで入所が決まった後、2人で卒業祝いを兼ねて大いに呑んだ。
そして泥酔したマレッサは、今まで誰にも打ち明けたことがない己の野望を語った。
「私は、将来必ず、トマス博士のお嫁さんになる!」
一瞬、固まったゲンマだが、優しくマレッサをハグして背中をポンポンと叩き
「頑張ってね!」と応援してくれた後、
「それ、他の人に言っちゃダメよ」
と、すかさず嗜めたのは流石だ、と今更ながら思うマレッサ。
「とりあえず」グイッとグラスを空けるマレッサ
「ゲンマに電話しよ♪」酔いが回って、浮かれモードに移行、だ。
数週間後、中央へ旅立つ日が来た。
ファイバザールの教会警備隊本部から軍用飛行機で中央の空港へ。面子はゲンマ、コバリ、アズマ、マレッサのみ飛べないが、何かあってもゲンマが助けてくれる。安心安全な顔ぶれだ。
本日、ブルネットのロングヘアはツヤツヤに櫛削られ、後ろ1本にゆるい三つ編みでまとめられている。化粧は薄め、もアイラインは強めに。若干、トマス博士の愛妻の面影を意識している。極東地域お馴染みのアオザイ風の制服は、マレッサのしなやかなボディラインを美しく見せるが、少しオーバーサイズのものをゆったりめに着こなし、あまり官能的にならないように工夫している。
高等学校入学当初、身嗜みには無頓着だったマレッサだが、ゲンマから「人は見た目も重要」と懇々と諭された
「トマス博士の隣に立つのなら」
「みっともない格好はできないでしょう?」
ごもっともだ。やはり私の友は正しい事しか言わない。
出発30分前より、教会警備隊の飛行場、滑走路脇の駐機場にて、高速プロペラ機の前で腕組仁王立ちで目を瞑り待つマレッサ。
すると間もなく、滑るようにやって来た防弾軽装甲車が駐機場入口にて停車し、後方のスライドドアが開く。
そして、明らかに異彩を放つ、虹彩異色の3人が降り立つ。
ジャイアプールにおける彼らの活躍については、もはや軍や警備隊関係者で知らぬものはいない。第28特別規定により、今回の作戦の詳細な記録は公開されないが、実のところ非公式なウワサ話については、特には制限されていない。
軍上層部はわざとそのようにしているようだ。そのため、稀人の能力についてのウワサは誇張され、喧伝されていく。
マレッサはゲンマからソコソコ正確な経緯を聞いてはいるが、ゲンマからの話でなければ、そんな与太話は信用できない、と一蹴するところだ。もはやヒトの領域を遥かに凌駕する稀人たち。
彼らにとっては私の野望などゴミカスみたいなもんなんだろうな、と自嘲する。
しかしそんなことはおくびにも出さず、やがて世界を変革するであろう3人に相対し、優雅に会釈する
「皆様お待ちしておりました。この度、ご同行させていただきます事、心より感謝いたします」
そう、心から感謝する。
私も必ず、トマス博士の傍らで、この世界の変革を担う者となるのだ。
と密かに思うマレッサであった。




