指揮権発動
「マリア1人では」
「津波は防げない、とか思われてるんじゃないの?」
「そッスね」
「1人じゃ無理ッス」
遠浅の海岸はすでに押し寄せる波で、一気に水面が上がり、ほぼ砂浜は水面下だ。
その激しく波立つ海面上に、少し浮いて、コバリは金髪のツインテを靡かせ、腕組み仁王立ちで海峡を眺める。
さきほどの超電磁砲一斉砲撃は、目隠しで撃っているのも同然で、何発かは命中しているようだが、掠る程度だろう、全くオケアノスの勢いは衰えない。
砂浜の向う、ゴウゴウと崖の手前まで大波は迫る。海峡幅が狭くなるので、この先、波は更に高くなるだろう。
マリアは中央軍の重武装仕様の制服に、自分が入れるんじゃない?というほどのゴツイ丈夫そうなコンテナバッグを軽々と片手に持ち。コバリの傍らに控えている。
すでに上空ではアズマが待機している。ゲンマと合流し、手短に合図の確認をする。
マリアがフゥッと集中する。コバリには、正粒子が信じられないくらいの密度で集束していってるのがわかる。一般人でも異様なプレッシャを感じるだろう。
「行きます」
「よろしくね」
と、次の瞬間。マリアは消える。
アズマとゲンマの眼下、3kmの海峡を横断している、波濤のすぐ後ろ、一列に並ぶ、50頭を超えるオケアノスの頭部が、ドンッ!ドンッ!ドンッ!と一斉に爆発し吹き飛ぶ。凄まじい爆砕音が響く、そして様々な波長の音波でオケアノスの悲鳴が上がる。まさに阿鼻叫喚の図だ。
こんなことができるのはマリア・クシナダぐらいだろう、しかしながら彼女の姿はゲンマには全く認識できない。
オケアノスは全頭、屠ったようだが、惰性で進む巨体と波はすぐには止まらない。
「行きます!」集中していたアズマが叫ぶ。
オケアノスの後方、海峡の真ん中上空の気圧を一気に下げる。石机地区でも訓練しているので、もう慣れたものだ。が、今回はアズマの全力、規模がケタ違いだ。
強烈な気圧の変化。大規模な竜巻の如き上昇気流で、瞬間最大風速100mを超える突風が海峡北東口に向け吹き荒れる。
「上げます」「はい!」
今度は、海峡の幅いっぱいに重力を操作、波に相対して、前面は重力を下げ、背面は上げ、波を引き上げる。ゲンマは幅方向の重力ムラを修正、均一になるようコントロール。
ゴウゴウと吹きすさぶ風の中、波高は一気に50m超まで上がる。
そして、惰性でまだ前方へ進もうとするオケアノスを、波の壁が押し止める。
「前へ」「はい!」
上がりきった波頭は、暴風に引き寄せられ北東口方向へ、オケアノスを巻き込みながら倒れていく。ダメ押しで前後の重力を操作し、波を押す。
凄まじいな、と思いながらゲンマはサポートする。幅3000mの高波、水量はざっと見積もって10メガトンは下らないだろう。
先程、上空でアズマから「海峡の幅で、波を堰き止め、逆流させる」と言われた時は「は?」だったが、やはり稀人は出力が桁違いだ。ファイバザールでの飛翔などは、ほんのお遊びでしかなかったな、とアズマの実力を見抜けなかった事を、ちょっと反省するゲンマ。
ザバザバと波頭が崩れ、波の進行方向は完全に逆転する。
「このまま波を持っていきます」「了解」
前方に発生させた強烈な局所的低気圧を海峡北東口付近まで位置をズラして、かつ次第に気圧を上げ、風量を調整する。それでも暴風により両岸の草木がバサバサ飛ばされていく。
オケアノスはまだ蠢いてはいるが、波にはもう逆らえないようだ。海峡幅一杯に並ぶ巨大海獣が波で流されていく様は壮観だ。
「マリアが全てのオケアノスの脳を爆砕しています」
「反射で動いているものもいますが、もう系統だった攻撃をしかけてくることはないでしょう」とゲンマに状況を説明するアズマ、上にはそのように報告しなさい、ということだ。
護衛艦から、海峡の遠くに立つ水の壁、をモニタで眺めているベイリー。
数分前、全軍に緊急強制通信にて「指揮権発動」により、この場の全権はマリア・クシナダ最高顧問に移譲された、と通達があり、すかさず「全軍待機」の命令。
そのすぐ後、海峡を横断する爆発が一斉に起こり、暴風が吹き荒れ、高波が巨大な水の壁となった。
同じ光景を、沿岸部の装甲車から眺めるヒガンテとバルイフ、他の隊員は高波に巻き込まれる危険があるので退避させている。北東方向へ吹き始めた強風で、こちらに押し寄せてきていた波が見る見るうちに逆流する。
正午の緊急通報から、指揮権発動までの数十分、あまりの状況変化の速さに少々戸惑うヒガンテ。一方、バルイフは泰然としている。
「なに」「マリア殿と一緒にいると、この程度の事はよくある」
「なるほど」
やはり、バルイフくらいのレベルじゃないと、マリア殿の傍には立てないんだな、と思うヒガンテであった。
上空から、波に流されるオケアノスの群れ、を監視し続けるアズマとゲンマ
波の高さは次第に低くなり、海峡出口では、沿岸の船舶にはほぼ影響のない程度になるだろう。
昨晩の通報騒ぎのおかげで、海峡入口近くから全ての船舶が遠ざかっていたのも幸いだ。
これも計算の内、だったのかな?と思うゲンマ
落ち着いたところで、周囲をキョロキョロ見るアズマ
そういえば、マリアはどこ行った?
海峡北東口周辺に吹き荒れる強風に晒され、マントと赤いスカートがバサバサと煽られる。
海峡に立ち上る水の壁を眺め、
やられたわね
と思う。
ファイバザールにおけるニフリスとマリアの会談、自体がわかりやすい罠だった。もちろんその場合も想定していたが、想定外だったのは…
『逃げろ』
海峡北東口を見下ろす、ワイナン島の北端、切り立った崖の上。
特になんの前触れも無く、バゴンッと凄まじい轟音が響き空気が震える。
そこでは、崖の先端にあった巨岩が、木端微塵に吹き飛んでいた。
「うーん」その巨岩の残骸の上、マリアが周囲を見回し、唸る。
「逃げられたッス」
『そう、もう探してもムダね、戻って』
オケアノス50余頭を爆殺してすぐ、コバリの元へ帰還したマリアだが、その時、すかさずテンマから「ワイナン島、北端の崖へ急襲」と指示があった。
その指示からタイムラグ無しに移動したはずだが、目標喪失。
マリア相手にそんなことが出来る相手は、もう捕捉できないだろう。
当面の危機は回避した、
でも、
スッキリしないわね…
フーッと、溜息をつくコバリ。
海岸の休憩スペースに腰掛け、残っていた麦の汁をグビグビ呷る。
とりあえず、テンマに連絡だ。




