海獣掃討作戦 1日目午後
コバリとアズマはバルイフとともに、海上警備隊員に導かれて、港湾基地の司令塔へ移動する。ちなみにマリアはとっくに姿を消している、もう港湾上空で哨戒しているのでしょう、とバルイフ。
港湾を一望できる指令室に入ると、先ほどの会議でベイリーの隣にいた、本部長が状況を確認している。指令室後方に設えられている簡素なテーブルと椅子に腰掛けるよう勧められたので、コバリ、アズマ、バルイフとそこへ落ち着く。
すると、「こちらを」と警備隊員がやって来て、制服の上着を手渡してくれる。念のため着ておきな、とコバリも上着を羽織る。
この指令室からは港湾の様子が一望できる。ベイリーが乗り込んでいる大型護衛艦とそれを取り巻く哨戒艇が3艇、既に港を出て、海峡を西北西へ、シベルー島南端へ向け進んでいる。
また、上空から海峡のあちらこちら、沿岸部、海面などが小型ディスプレイに映し出されている。これは天龍族の隊員が海峡周辺100m程度の高度を、カメラを持って飛行しながら撮影している、とのこと。
港湾基地沖の砲台に設置されている大型超電磁砲は既にいつでも発砲可能だ。有効射程距離は約100km、ジャイアプール沿岸、浅場の海域全体を完全にカバーしている。
正面の大型モニターには、展開している艦艇、潜水艇の配置がリアルタイムで映し出されている。また、海峡全域は海底および沿岸部に無数に設置されたパッシブソナーにより海中の状況も立体的に把握できるようになっている。
「来ましたね」
バルイフがモニターを見ながら呟く。
その言葉通り、シベルー島南端、高速に移動する影が海峡へと向かって来る。
ジャイアプール西岸部、漁港周辺には地震や津波などの災害時に発報されるサイレンが鳴り響く、そして繰り返し流される退避命令
「只今巨大海獣接近中。これより海上警備隊の掃討作戦が行われます。沿岸部に近付かないで下さい、繰り返します…」
沿岸から1km程度の範囲で、街中は既に警察が封鎖、教会警備隊は主に沿岸部に展開している。中央の貿易港付近には超電磁砲を装備した装甲車を配置。オケアノスが沿岸に近付いて来た場合は狙い撃ちだ。
「ヒガンテ」
「はい隊長」
ゲンマは重武装仕様の制服を着込み、銃身1m超の対重装甲超電磁銃を担いでいる。戦車の装甲もブチ抜く威力の徹甲弾を発射するその銃は、実に20kg超の重量で、通常は装甲車などに備え付けで使用するものだ。手持ちで扱えるのは、重力操作できるゲンマぐらいだ。
「ベイリー隊長の指示通り、私は上空より目標を狙撃する」
「沿岸部は頼む」
「了解です隊長。お任せください」
オケアノスにとっては、この銃の弾が皮膚を貫通したところで、針に刺された程度の感覚だろうが、徹甲炸裂弾は内部で爆発し、表皮を裂く。もちろん致命傷にはならないが、連続で撃ち込めばいくらタフな海獣といえど、無視はできないだろう。事前打ち合わせでは、重要な囮、といったようなポジションだ、上に注意を向けさせ、艦載もしくは沿岸の超電磁砲で止めを刺す。
もちろん下手に撃ち込んで、掠り傷程度で海中に逃げられたら元も子もない、射撃のタイミングはベイリーの指示待ちだ。
銃を携え、埠頭の先端まで移動し、ドカッと腰を下ろす。今日は船舶も一切航行していないので、晴天の凪いだ海は穏やかな波の音のみ響き、遠くにサイレンが聞こえる。
超電磁銃の徹甲炸裂弾、電池パックを確認する。連射は3発まで、その後、銃身のクールダウン、電池パック交換を行う必要がある。電池パックは3個、ベルトに装着済み。弾は装填済み3発に、替えのマガジンに9発で計12発。いざとなったら上空から脳天に全弾撃ち込んでやるつもりだ。
呼吸するように飛べるゲンマにとっては、ただ大きいだけの動物は、正直怖くもなんともない。オケアノスは強力な超音波で遠距離攻撃してくる場合もあるようだが、予め分かっていれば致命傷になるような攻撃ではない。
今日、装着している大きめのヘッドホンは通信用、および超音波対策用だ。
波の音を聞きながら、両足を投げ出し、目を閉じて上を向き、陽光を浴びる。
そして、オケアノスの現在位置を告げる通信に集中
「…只今、目標は深度300mまで浮上、間もなく海峡入り口…」
ソロソロか、と立ち上がり海を眺める。まだ特に海上には異変は認められない。
「ソロソロですかね」
先程まで、ゲンマ以外は誰もいなかった埠頭の先端、全く目を離していないその場所に、
マリア・クシナダが腕組みしながら立ち、海を眺めていた。
普通の人間なら腰を抜かすところだが、龍の巫女、ゲンマ・ビエントはこういう状況には慣れている。北の天龍は人様の都合などお構いなしに、現れたり話しかけたりしてくる。
龍と外観は全く異なる、華奢な体躯の可憐な少女、だが臨戦態勢の彼女の隣に立つとプレッシャは半端ない。
これが敵対する存在なら震え上がるところだ。本当に彼女が味方で良かった、と今更ながら思うゲンマ。
「現在、海峡の浅場入口付近、海底200mを移動中です」
「あなたは上から?」空を指差すマリア
「はい、ベイリー隊長の指示に従って、上空から援護射撃します」
「そう、気を付けて」
「はい、ありがとうございます」
軽く会釈するゲンマに、微笑むマリア。
そして次の瞬間、彼女の姿は消えていた。
今回、彼女の立場はオブザーバーだ、直接作戦には参加しないという建前だが、何かしら不測の事態が生じた場合は、きっと即応するだろう。
そんなことをさせる訳にはいかない、と息巻くベイリー、ゲンマも全く同感だ。今回はマリア・クシナダの手を煩わせないようオペレーションを遂行する、それが海上、教会警備隊の総意だ。
『ゲンマ』ベイリーから通信だ
『指示したポイントにて、上空100mで待機』
『目標がアタマを出したら、いつでも撃てるようにしておけ』
「了解」
対重装甲超電磁銃を携えて、埠頭から飛び立つゲンマ。マリアと話して更に気合が入った。集中力を高め、上空で銃を構えて呟く。
「さあ」
「いつでも来い」
ベイリーは護衛艦の艦橋指令室にて仁王立ちで状況を確認している。
「目標、海峡浅場に到達、深度200m」
「潜水艇は?」海峡入口、島嶼部と沿岸部の海底に午前中から潜水艇を待機させている。
「現在、左右から挟撃する形で追尾中、深度250m」
「気付いてるかな?」
「おそらく」
「まぁいい、予定通り目標が深度100mまで浮上、ポイント7を超えた地点で、一斉に魚雷発射」モニタを覗き込み、オペレーターの肩にポンと手を置くベイリー
「開戦だ」
港湾司令塔では、オペレーターが戦況を逐次報告している
「目標、ポイント7を通過」
「潜水艇、魚雷発射します」
左右の潜水艇から2発ずつ、計4発が発射される様がディスプレイに映し出されている。
「オケアノスが気付いた」コバリが呟く、スピード上げたわね
「魚雷爆発しました」
もともと当てることが目的ではない、爆発力は知れている。
「音響爆弾ね」と解説してくれるコバリ
オケアノスは音で周囲を見る、こちらのソナーも感知できなくなるが、浮上してくれれば問題ない。
「目標浮上、深度50m、位置はポイント10を通過」
「もうちょっとッスかねぇ」
空いていた席に、マリアが座って、最初から居たかのようにディスプレイを眺めている。
少しビクッたが、もうアズマも慣れたものだ。コバリ、バルイフなどはピクリともしない。
ギョッとしてこちらを振り向く本部長に軽く敬礼するマリア。
「さて」と立ち上がるマリア
「お出かけッスよ、アズマさん」
「えっ」
「どこへ?」
ニコニコしながら、顔をグーッと近付けるマリア。うわぁなんか怖いよぅ。
「今回は、高みの見物、なんスよね?」
「目標、北北東へ逸れます、深度50m」
「概ね予想通りの動きだな」と艦橋指令室の大型ディスプレイを眺めるベイリー
「西岸第一ラインに到達します」
ここでいう「ライン」とは機雷をワイヤで数珠つなぎにしているものだ。
「起爆しました」
「ゲンマ」ベイリーが通信を始める
「アタマ出すぞ」
「了解」
上から眺める海面に、ライン状で泡と波が沸き上がり、遅れてドンッと炸裂音が響く。そして泡立つ海面から、オケアノスの黒い巨体が姿を現す。
もちろんアタマを出したのはほんの数秒だが、加速状態に入ったゲンマには目標の動きはスローモーションも同然だ。
超重量級の対重装甲超電磁銃を軽々と構え、上空100mから、立て続けに3発、徹甲炸裂弾を発射。バスンッと超高速で撃ち込むと、一気に銃身の温度が上がり湯気が立つ。発射の際の反動は重力操作で相殺し、その場に留まる。
目標がデカイので外すわけもなく、ほぼ同じ個所に着弾。オケアノスの左側頭部分を長さで50cmほど、ドンッと爆砕して抉り取る。もちろん致命傷ではないが、とても痛いだろう? と電池パックを交換、銃弾を装填する。眼下のオケアノスは身をよじり、鼻面を上へ向け、敵を探して、強力な超音波を発信。承知しているゲンマは一気に300mまで高度を上げ逃げる。そして再び徹甲弾を連射。今度は表皮を掠る程度で貫通はしない。一見、狙撃失敗だが、実のところ、これは作戦通りだ。
漁港沿岸部の埠頭から、海上を眺めるヒガンテ、顔を出したオケアノスをゲンマが上空から狙撃、激しく波立つ海へオケアノスが再度潜る姿を遠くに見ている。
事前の作戦会議では、ここから東南東、海峡中心部の比較的深い海域へ、オケアノスは逃げるだろう、と予測しているが沿岸部に沿って移動する場合も想定されている。その場合は沿岸部に仕掛けた「ライン」で叩き、教会警備隊の超電磁砲で挟撃する手筈だ。
ゲンマがこちらへ飛んで来る、若干高度を下げて、沿岸部にいる教会警備隊員やヒガンテに軽く手を振り、海峡中心部を指差す。どうやら予定通りの動きのようだ。
グッと高度を上げ、ゲンマもそちらへ進路を取る。聞こえないだろうが叫ぶヒガンテ
「隊長! お気を付けて!」
さて、作戦は次の段階だ、ヒガンテは沿岸部に配置した、超電磁砲を装備した装甲車へと向かう。
『こちらゲンマ』上空移動しながらベイリーに連絡する
『予定通り、3発命中、3発は掠める程度だ』
「了解」
「そのまま上空から追尾」
『了解』
「目標、潜航します、現在深度100m、速度70kmにて海峡中心部へ移動」
指令室から、一瞬にして消えるマリアとアズマ
特に慌てることもなく、コバリに問うバルイフ
「マリア殿とアズマさんはどちらへ?」
肩を竦めるコバリ
「マリアの言った通り」
「高み、で見物しているのでしょうね」
その言葉通り、只今上空500m、高み、だ。
マリアにぶん投げられて、島嶼部沿岸まで飛ばされているアズマ。
「ばーーん!」
とマリアが飛んできて、アズマに抱き着く。
「あんま低空だと、作戦のジャマになるかもしれないッスからね!」
「つってもここは高すぎやろ!」
もう、しょうがないなぁ、という感じで高度を下げるマリア
「あ、ゲンマさんッスね」
えー、見えねぇよ
「こちらに気付いてるみたいッスね、さすがッス」
「それはいいから、もう離れてくれよ」
はーい、と離れるマリア。二人でそのまま浮きながら、海上の様子を眺める。
腕を組み、ジッと目を凝らすマリア。ペロリと桜色の唇を舐める。
「さあ」
「クライマックスッスよ」
既に哨戒艇3艇は、港湾沿岸部に移動、展開している
「魚雷発射しました」
「深度150m、爆発します」
音響爆弾で、オケアノスの進行方向、左側を潰す。
海峡最深部から、島嶼部へオケアノスが進路を変える。
「中央第一ライン上げろ」
海底に沈めていたラインを浮上させる。
「起爆」
タイミングを見て起爆する、おそらくオケアノスの直下だ。
「目標浮上、深度50m」
「第二ライン上げろ」
追撃する。起爆。
海面に、ライン状に泡と波が沸き立ち、少し遅れてドンッと炸裂音が響く。
『ゲンマ』ベイリーから連絡『出るぞ』
「了解」
銃を構えるゲンマ、オケアノスの鼻先が海上へ、だが、まだ撃たない。
オケアノスは非常に学習能力が高い。先程の狙撃により、上空からの攻撃には超音波を発信すれば避けられる、と学んだはずだ。
オケアノスが海面から鼻先を出して超音波を発信する。わざと表皮をかすめる程度に銃弾を散らして撃つ。
オケアノスが超音波出力を上げようと、更に海面から鼻先を突き出した、その瞬間
「撃て」
ベイリーの号令で、護衛艦、港湾基地、沿岸の装甲車から一斉に超電磁砲が発射される。
超電磁砲の射手は、皆、優れた「加速」の生体回路持ちだ、タイミングを逃す事は無い。
事前打ち合わせの通り、一番高火力の港湾基地からは海面直下の胴体部分を狙い。護衛艦と装甲車からは、正面と横から海上の鼻面を十字砲火でブチ抜く。
秒速2000mの徹甲炸裂弾は発射とほぼ同時に着弾。海峡に、発射と着弾の轟音が響き、オケアノスの鼻面は吹き飛ぶ。そして海水面に着弾した徹甲炸裂弾により、周辺の海水が沸き上がり巨大な水柱が上がる。
「全弾命中」
「目標、海中へ沈みます」
やったか、と思うベイリーだが、海中ソナーの画面を眺め、沈んでいくオケアノスの姿に違和感を感じる。仕留めた海獣は、まずは浮いてくるものだろう?
「目標、海底に到達」
すると、いきなり、ディスプレイに映し出されている目標の位置が、急激に動き出す。
「!?目標動きました」驚くオペレーターの声が響く。
海底をシベルー島南端へ向け、移動している。
鼻面は吹き飛ばした。胴体に撃ち込んだ弾が逸れたか?と思いながら、潜水艇に指示する。
「目標を追尾しろ、攻撃の必要はない」
瀕死なのは間違いない、ヘタに攻撃して潜水艇を危険に晒す必要はない。
上空、ゲンマも通信を聞きながらオケアノスを追うが、海底を進む目標は視認できない。
が、少しでも浮かんでくれば、残りの弾を撃ち込もうと考えている。
先程から、上空にマリアとアズマがいるのは気付いているが、作戦の邪魔にならないよう、且つ、何かあれば手助けしようとしているであろうマリアに気遣って、特には気にしてない素振りを見せる。
オケアノスの大量の出血により、赤い水路が海面にできていく。だが、さすがにタフな海獣も、海峡浅場から大陸棚へ出たところ、深度300m付近で動きが止まる。
「止まったか」モニタを見ながらベイリー
さすがに鼻面吹き飛ばされて、ここまでの大量出血では、もう生きてはいないだろう。
一応、潜水艇に周辺を警戒させ、海上には哨戒艇を送り、念のためシベルー島南端の海域を封鎖する。
護衛艦は港湾基地に戻り、司令塔にて本部長に作戦終了の報告を行うベイリー。
コバリとバルイフに、いつの間にかシレッと戻ってきているアズマとマリアが労う。
浮かない顔のベイリー
「その場で仕留め損ねました」
「走らせたのは失態です」
「そんなことはありませんよ」マリアが微笑み、ポンポンと肩を叩く
「死傷者も、物的被害もなく作戦は遂行できているではないですか」
「ありがとうございます」
もう、この肩の感触を思い出すだけで、ボトル1本は呑めるな、とか思いつつ。
表面上はデキる大隊長、を装うベイリーであった。
ゲンマたち、教会警備隊も念のため明朝まで沿岸警備を継続とのこと。
コバリとアズマは教会宿泊施設へ、バルイフの運転で送り届けてもらう。
コンシェルジュの淹れてくれたお茶を嗜みながら、夕暮れの港町を眺めるコバリ
「日が暮れたら」
「海を見に行きましょう」
「え?」
「急にどした?」
「なんなんスか?」また、いつの間にかシレッと座ってお茶を飲んでいるマリア。
「夜の海って」
「ロマンチックでしょ?」
うっわ、胡散臭せぇ。
と嫌な予感しかしないアズマであった。




