アズマ・テラオの災難
今日も昨日と特に大差ない、だからきっと明日も大過なく過ごせるだろう。
というと、おそらく懐疑論者から根拠のない独断だ、とか言われるかもだが、
今日まで約六千日、大過なく過ごしてきたら、翌日も大過なく過ぎていくもんだって思うよね。普通は。
しかし、残念ながら、寺尾アズマの今日は昨日と同じ、とはいかなかった。
「あ~暑いわね」
「そうだな」
「箒とかデッキブラシで空を飛ぶとか、幼稚なXXXX《自主規制》の妄想だけど、今日みたいな日は、できれば空をひとっ飛び、で登校したいわね」
と我が幼馴染、青山コバリは嘯いた。口悪いね。
7月下旬、もうすぐ夏休みともなると、N潟でも連日の猛暑日である。
まだ8時すぎだが、歩道脇に植えてある街路樹から落ちる枝葉の陰は濃い。
学校へと続く、ダラダラ坂をコバリの少し後ろから、木陰の下を文字通りダラダラ下りながら、こんなに暑いと今年も一等米の収穫量が減りそうだ、と農家でもないのに、コメのデキを心配してしまうのは、N潟県人の性である。
「別に空飛ばんでも、青山家のリムジンで登校すればいいだろ」
「ウチにあるのは防弾軽装甲車。リムジン生産してないし」
おぉ、あの観音開き扉の重厚なクルマは装甲車だったか。でも、後部座席が対面ソファーで、ミニ冷蔵庫とか載ってるクルマはリムジンでいいんじゃないの?
「それに原則、ウチの学校は自家用車登校禁止でしょ!」
キラキラッと金髪のツインテをなびかせて、イイ顔で校則遵守を語る我がお隣さん。
我がN潟国際中央学院はまだ創立8年の新設校で、小中高一貫、その名の通り海外からの留学生も積極的に受け入れ、比較的生徒の自主性を重んじる自由な校風ではあるが、華美な服装や染髪などは、一般的な高校と同様、禁止である。
中学時代は茶髪セミロングだったコバリだが、高校の入学式にド金髪のツインテで、颯爽と新入生総代として登壇し、悪びれることもなく堂々と挨拶した。
さすがにその際には、中学時代からコバリを知る皆は、一瞬息を吞んだものである。
案の定、すぐさま職員室に連れ去られたコバリだが。始業前、何食わぬ顔で教室に戻ってきた。誰しもが、日本最大級のコングロマリット、アオヤマ・コーポレーションの圧力で事を収めたんだろうなぁ、と思ったが、本人曰く。
「これは地毛よ」
先生方には証明書を提出して、ご理解いただいたわ、と涼しい顔である。
コバリは母方の祖父の影響で、肌は色白、タレ気味で鳶色の瞳のアーモンドアイと若干エキゾチックな容姿ではあるが…
でもおめぇ、先月まで、どちらかというと暗めの黒に近い茶髪だったやんけ、とのツッコミは恐らく無駄なんだろうなぁ、と放置する。
船舶から重機、防弾軽装甲車まで生産する青山重工を母体とし、様々な業種へ拡大を続けるアオヤマ・コーポレーションだが、21世紀に入ってから日本国内の本社機能と、バイオ、情報処理、基礎研究などの新規開発拠点はN潟へ、データセンターなどはH海道へ移転した。ハザードリスク分散のためのマネジメントだ。
ということで、実はN潟国際中央学院もアオヤマ系列の学校法人経営である。お察しの通り、外国人従業員の多いアオヤマの研究関係者の子供たちが数多く通う。
中等部から高等部へは単純な持ち上がりではなく、一般入試で編入してくる生徒と同様の試験を受ける。実はまだ定員に余裕はあるが、ある程度の点数が取れないと通わせてもらえない、というなかなかのハード設定だ。
そしてその外部編入者含め、試験総合トップが何を隠そう、青山コバリだ。
1年生の総代は、決して七光的なものではないのだ。
ちなみに寺尾家の父母ともアオヤマ勤めで、移転とともに、N潟へ引越。俺も目出度くN潟国際中央学院に放り込まれた次第。
なお、コバリをお隣さん呼ばわりしたが、地図上では広大な青山邸の一角にこじんまりと寺尾家が慎ましく建っている。というほうが正確だ。
まぁ、言うても、ウチのオヤジにおふくろは研究所とバイオの結構な偉いさんだからな。ちょっと良い社宅みたいなもんだ。
入学式の後、オリエンテーションなど無難にこなし、恙なく初日終了。
コバリがクラス委員長、不肖、私こと寺尾アズマが副委員長に選任されたのは、まぁ、中等部時代からのお約束みたいなもんなんで、特に気にはしない。
中学からの旧知の連中とコバリともども、少々駄弁って、また明日、とお別れする。
特に金髪について誰も言及しないのは、まぁ、コバリだし。と皆思ってるからだろう
ということで、事情聴取は俺の役目だ。
コバリと並んで、ブラブラ下校しながら、そのアタマは何なんだ、とストレートに問う。
すると、アオヤマ傘下のアオヤマ・バイオテックの技術で頭皮・毛根に遺伝子操作した自己の細胞を移植し、ナチュラル金髪になった、とのこと。
オイオイ、ウチのおふくろが一枚噛んでるのかよ。。。
ふぅ、と溜息をつく。
額に少しかかっている前髪をかき上げるコバリ。
「額出す髪型、久しぶり」こちらにデコと、生え際を見せる、ムラなく綺麗に金髪が生え揃っている。
「…そうだな」
コバリは小学校高学年から、中学の間はちょっと長めの前髪で、パッツンストレート切り揃えだった。
コバリの額と、生え際を撫でてみる
「なによ」眉を顰めるが、特に顔を逸らしたりはしない。
「いや、よくできてんな、と思って」
「当然でしょ」口の端を少し上げ、フッと鼻で笑うコバリ。
広義の染髪では?との疑義もあるが、当の本人は、幼馴染といえば金髪ツインテでしょう。喜びな、と、意味不明の上から目線である。
…まぁ、コバリは昔から、新規の技術採用に躊躇無い。たとえ自分が実験台になったとしても、だ。
自分が実験台になっても構わんということは、幼馴染を実験台にするのにも無論、躊躇は無い。コバリとの幼少期からの思い出には、悲鳴(俺の)と怒号(良識ある大人の)が飛び交っている。およそお隣の幼馴染との思い出とは思えんな!
ルールは守る、ただしルールは私が作る
この世の支配者の発想やわ、おっかないね。
7月の強い日差しを避けるため、コバリは木陰を選んでブラブラ歩く。
「自家用車通学は原則禁止だけど、飛んで行くのは別に禁止されてないわ」
そりゃあね! どこ〇もドアーや、タ〇コプターでの登校も禁止されとらんしね!
「ホウキじゃなくて、スケボーなら、まだ実現できそうな気もするわ」
あの映画みたいに…と暫し黙考するコバリ。まぁ、あの映画、クルマも飛んでたけどね。
あの映画PartⅡでは2015年にはスケボーもクルマもフワフワ空を飛んでいたが、2015年を大分過ぎても、未だクルマは空を飛ぶ気配は無い。残念なことだ。
自家用ドローンとかで空飛べないこともないけど、それはなんか違うよね、とコバリ
一般家庭には人運べるドローンはねぇよ。。。
もっともコバリはその出自もあり、幼少期には誘拐されそうになったことも何度かある。
小学校などは件の軽装甲車で送迎されていたが、最近は脅威度が下がったと判断されたのか、もっぱら徒歩通学である。しかしながら、実は今現在、俺たちのナナメ後方から、青山家古参のボディガードである、セキヤさんが、ひっそりと付き従っている。
若干、脅威度とやらが上がったのかな?
グレーのパンツスーツにスリムなビジネスバッグを携え、セミロングの黒髪を揺らして歩くセキヤさんの姿は、出勤途中のデキるOL風ではあるが、バッグは普通のバッグではないし、両耳のワイヤレスイヤホンは音楽を聞いているワケでは無い。また、よーく見ないと気付かない程度の差だが、昨年から左腕が右腕より少し大きくなっている。1度尋ねてみたこともあるが、静かに微笑みノーコメント。どうやらセキュリティ上の何か、らしい。
…ボディガードの体にも何かするんだね。上級国民コワイ。
そういえば、小学生の頃から知っているが、ほぼ容姿が変わらない。なんかそれもコワイ。
ダラダラ歩き、幹線道路と交わる交差点の信号待ちで止まる。右手にコバリ、少し離れて左後方にセキヤさん。登校途中の小学生らも後ろで賑やかだ。右方向からガラガラと手押しカートを杖がわりに押してくるお婆ちゃんがコバリの横にちょこんと止まる。カートには新聞紙にくるまった立派な土付きゴボウが差してある。やはりゴボウは土付きだよね。
その時、交差点の左前方対面でガシャンと派手な破裂音が響いた。
何事かと皆の視線が集中。
セキヤさんは素早く我々の左前方へ移動、イヤホンに触れ、誰かと通話を始めた。
視界の端に違和感。
右後方のお婆ちゃんの背がヌルっと異様に伸びる。
お婆ちゃん、グっとゴボウを掴むと、一気に引き抜く。
ゴボウの中から、真っ黒な刀身。
何の躊躇もなく最短距離でコバリ目掛けて下からその漆黒の刀を振り抜く。
寸前、コバリを自分のほうにグっと引き寄せた、が間に合わない。
コバリの右腕が、肘の辺りから切り飛ばされる。
呆気にとられるコバリ、まだ事態を把握し切れてないだろう。
コバリを引き寄せた反動で、お婆ちゃん(?)に正面から向かいあう形になる。
と思った瞬間、ドンっと胴体に衝撃、黒い刀身が滑り込み、一気に背骨まで届く。
ほぼ胴体が両断され、バランスが取れない。上半身がグルっと崩れ落ちる。
上下反転した視界の中で、お婆ちゃん刺客の顔面に無数の金属ニードルが撃ち込まれている場面が見えた。
セキヤさんか。普通なら即死ものだね。もう安心だな。
事が起きてから、おそらくここまで2、3秒といったところか。
以前、交通事故にあった際も、衝突するまでコマ送りのようにゆっくりと一部始終を見ていた感覚を味わったが、今日はそれ以上だ。なるほど死に際には頭フル回転してゾーンに入るんだね。
頭がグシャリと地面に打ち付けられるが、特に痛くはない。
右腕をおさえながら何事かを泣きながら叫ぶコバリが、膝の上に俺の頭を抱き寄せる。
幼馴染を刺客から庇って死ぬとか。。。(笑)
別に笑い事ではないか。
お前は悪くない、気にすることはないんだ、コバリ。
ああ、でもできれば、死ぬ前に一度でいいから、褐色肌の銀髪巨乳美少女とイチャイチャしたかったなぁ…
もう喋れんけど、なんか知らんが泣けてきた。エロの力は偉大だな。
コバリのグシャグシャの泣き顔が徐々に見えなくなってきた。
泣くなよコバリ、お前も右腕無くなってんぞ。
「アズマ!」
「アズマ! 絶対に死なせない!」
「何があっても助ける!」
右腕を失った少女が、胴体を両断された少年を強く抱きしめ、慟哭する。
少年の意識はもう戻ることは無い。