海獣掃討作戦 1日目午前
今回の訪問前には、教会の学校にてパラマ先生からジャイアプールについて講義してもらっている。
「今更、言うまでもありませんが」
「現代のように陸上交通輸送が主流になる以前、水上交通のほうが移動速度が速く大量輸送が可能でした。そのため、海とファイバザールを結ぶ大型河川に面したジャイアプールに、人々が集住し、内陸と海岸部および大陸各地とを結ぶ交易市場として発達したのは当然の事でしょう」
「さらにこの地の特徴として」ディスプレイに写し出された地図上の海岸線をポインタでなぞるパラマ
「極東地域南側に伸びる海岸線にちょうど沿う形で、沖合約3km程の地点に、細長い島嶼がこのように、3島、横たわっています」
「大陸側から、シベルー島、ワイナン島、モロッカ島で、最大のワイナン島で長さ約50km、幅は約10km、各島間には橋が架けられているので、徒歩、車で行き来できます。また、この3島合わせてジャイパ列島と呼ばれています」
「海岸部と列島に挟まれた海域は幅2.5から5km、長さは約50km、深度200m程度の浅場で、多様な生態系を有しており、特に魚介類は種類、数も豊富で、非常に優良な漁場となっています」
「極東地域の南部に位置し、北大陸東岸に沿って赤道付近からの暖流が北上してくるこの地は冬でも温暖で、また夏場も海風により猛暑になることはありません」
「同緯度の内陸部と比較すると、年間の寒暖差が小さく、降雪もごく稀で、年間通して、非常に過ごしやすい気候になっています」
「夏場の台風についても、沖合の列島がガードする形になるので、大規模な被害は、今のところありません」
「ジャイアプールの港は概ね西部が漁港、中央部が貿易港、東部が軍港、というように役割分担されており、また、海を渡った島嶼部は、極東地域、というか北大陸最大規模のリゾート地です」
「特にシベルーの浅瀬に広がる珊瑚礁は有名で、絶好のダイビングスポットになっています。またワイナンには海水浴場に大規模なホテル、カジノ、極東最大の水族館など娯楽施設も充実しています」
「まだ海水浴には早いですが、アズマさんなら、上空から絶景を堪能できますよ」
と、パラマ先生からオススメされてはいるが、勝手に飛び回ると翼竜と間違われて超電磁砲で撃墜されるかもよ、とコバリに脅されているので、遊覧飛行は自粛かなと考えている。
でも、時間があれば水族館には行ってみたいなぁと思うアズマであった。
それにしても昨夜はヒドイ目にあった。
なんとか純潔は守ったが、将来、「アズマ・テラオの手記」を記す際には、この日のパートはR18指定にせざるを得ないな、と思うアズマ。もちろんフィジカル面でマリアに敵うワケはないのだが、最終兵器「号泣」を発動、「うっわ、マジ泣きッス」「わかったわかった、悪かったわよ」と、コバリとマリアをドン引かせ、窮地を乗り切った。そんな自分を大いに褒めてやろうと、朝シャワーで体を清めるアズマ。
ついさっきまで下着姿でウロウロしながら歯を磨いたり、洗顔したりしていたマリアは、いつの間にやら中央軍の制服をキッチリ装備し、「また後で!」と去っていった。ちなみにアズマは「何か着ろ!」のツッコミは早々に放棄している。
アズマとコバリは軽く朝ご飯を済ませ、お互い指差し呼称で身だしなみチェック。
教会内の特別応接室にて、教会区長にご挨拶だ。区長はふっくらとした、にこやかな女性。ご挨拶はもちろん、コバリにおまかせで、恙無く終了。ここまで、ファイバザールの教会区長に挨拶した時とほぼ同じ展開だが、今日はこの後、のんびり観光ではなく作戦会議だ。9時30分ちょうど、ゲンマが電気自動車で迎えに来てくれる。
本日、コバリは落ち着いた色合いの細身のスラックスに膝丈までのアオザイっぽいシンプルなドレス、アズマも同様なシンプルスタイルの襟無しジャケットにスラックスだ。
ゲンマは当然というか、教会警備隊の制服でベルトのホルスターに銃と警棒を装備している。おはようございます、と挨拶を交わすが、どうも表情が冴えない。
「何かあったのかしら?」車に乗り込み、コバリが尋ねる。
「後ほど、会議でも報告があると思いますが」運転しながらゲンマ
「昨晩、事前探索に出た潜水艇が戻っていません」
「海獣、オケアノスに沈められた可能性もある、とのことです」
何も考えないアズマは、うわー海獣コエー、とか思っている。
一方、キナ臭いな、とコバリは考えている。
ホントにそれは海獣のせいなのか?
薄いマリンブルー色の方形の建屋と、白い方形の建屋が並んでいる。海上警備隊本部と教会警備隊支部だ。ゲンマは電気自動車を本部前に停める。ゲンマを先頭にコバリ、アズマと、ほとんど窓が無い建屋の、地味なドアから内部へ入る。しばらく曲がりくねった通路を行くと、大会議室に到着。
正面には壁一面に大きなディスプレイ。階段状に設えられた長机の列は、大学の講義室のようだ。机にはすでに何名かの警備隊員が着席していたが、ゲンマたちが入室して来ると、わざわざ立ち上がって敬礼してくれる。ゲンマも軽く敬礼で返す。コバリは優雅に会釈、アズマはペコリと頭を下げる。ゲンマに促され、最前列右の長机に三人並んで腰掛ける。しばらくすると、バルイフがやって来て最前列左の長机に腰掛け、こちらに軽く会釈する。マリアの姿はまだ無い。
ほどなく海上警備隊ベイリー大隊長が、数名の部下を引き連れズカズカと会議室に這入って来た。そのまま真っすぐ会議室ディスプレイ正面に立ち「おはようございます」とハリのある声で挨拶する。全員起立し警備隊員、軍関係者は敬礼。コバリアズマは軽く会釈する。いつの間にか概ね席は埋まっている、海上、教会警備隊は小隊長以上は参加しているとのこと。警察と消防の制服組もいる。
時計を見るベイリー「まだ時間前だが」会議室をぐるり見渡し、ほぼメンバが揃っていることを確認、バルイフに「マリア殿は?」と尋ねる。
バルイフが軽く肩を竦める、と次の瞬間、空いていた隣の席に、中央軍最高顧問の制服をキチンと着用したマリアがスンッと座っていた。
「おはようございます、ベイリー大隊長」ニコリと微笑むマリア「会議は始めていただいて構いませんよ」
マリア・クシナダを初見の人達はちょっとザワつくが、ベイリーは表面上は落ち着き払って
「では、始めさせていただきます」とディスプレイ横に立つ。
実はベイリーも、例のアルハンゲスリンクに中央軍の一員として最前線に立っていた。西方解放戦線4000人の戦車大隊に対して、こちらの防衛隊は極東からの援軍である自分達含め、わずか500人。他の地域からの援軍は間に合わない。捕虜となった女性兵士が、どのような仕打ちを受けるのか、重々承知しているベイリーは仲間の女性兵士と、捕虜になるぐらいなら、できるだけ相手兵士を道連れにして、潔く死のう、と話していた。
そして明日明後日にはアルハンゲスリンク陥落という、まさにその時、
マリア・クシナダが1人、戦場に現れた。
「遅くなりました」ニッコリ笑うマリア「もう戦争は終わりです」
その言葉通り、マリアは比喩でも誇張でもなく一瞬で戦闘を終わらせた。その日の内に、西方解放戦線は無条件で武装解除し全員投降。その翌日、休戦協定の調停に立つ彼女の神々しい姿を、生涯忘れることは無いだろう、とベイリーは思った。そして今でもマリアはベイリーの女神だ。
本当なら、今も彼女の前に跪きたいぐらいだが、立場上、そういう訳にはいかず、まずは今回の海獣駆除に到った経緯を時系列に沿って、簡潔に説明する。
3月10日、ジャイアプールから北西へ100kmほどの沖合、漁船が行方不明になる。緊急通報は受信されていたが、具体的な状況は不明。なお天候は晴天、風もほとんどなく穏やかな日であった。
3月12日、破壊された漁船の残骸を発見、生存者は確認できず。行方不明者5名。
3月14日、付近を警邏していた哨戒艇がオケアノスを発見。
3月16日、ジャイアプール沖、シベルー島南端にて、オケアノス確認
3月20日、同海域にて、沖合の生け簀がオケアノスにより壊滅。
3月24日、同海域にて、小型の漁船が襲われる。行方不明者2名
3月30日、同海域にて、小型遊覧船がオケアノスと衝突、転覆。観光客5名が行方不明
もちろん、3月下旬以降、明らかな人的被害が多発する状況で、海上警備隊が何も対処しなかった訳では無い。哨戒艇による駆除を試みるも、全く歯が立たなかった。
状況を鑑みて、ジャイアプールの警備隊は、重火器使用、港湾閉鎖の許可を極東政府及び、中央に申請。
「今回は」
「対潜魚雷、および対艦超電磁砲を使用する」
おぉ、もう駆除、というレベルではないな。掃討作戦だ、と思うアズマ。
昨晩アズマは、ご飯を食べながらコバリとマリアから、オケアノスについて教えてもらっている。
教会の宿泊施設経由で、図書館から借りた海獣図鑑を開くコバリ。
「オケアノスは、この世界の海上陸上全部ひっくるめて、現在確認できる最大の動物だ」
図にはヨコから見たオケアノス、比較のため他の首長竜や人間が下に小さく記されている。
形状は先端が若干丸い流線型で、胸ビレ背ビレなどはごく小さいものがある程度。尾ビレも小さく、黒いて太い潜水艦みたいな外観だ。泳ぐときは体全体をくねらせて進むとのこと。
「個体差はあるけど、成獣で体長30mは超え、大きいものでは50m超の個体も確認されている」
「基本、雑食で10m超えのデカイ口を開けて、なんでもかんでも丸呑みにする」
「小さい船なら丸呑みッスね」コバリにピッタリ寄り添って、図鑑を楽しそうに眺めるマリア。
「呑みはしないようね。実際、小型漁船は一旦、噛み砕かれた後、吐き出されたらしい」
「まぁ、魚の骨は俺らも吐き出すしな」
「泳ぐ速さは通常の巡航で時速約50から60km、瞬間的には最大で90kmは出るらしい」
「おぉ、普通の船は逃げ切れんな」
「海上警備隊の高速巡航艇で時速80km、通常の艦艇では到底逃げ切れない」
「そして、攻撃面では、魚雷も今のところプロペラ式しかない。ギリ追い着けるけど、音波探知の自動追尾装置とかは、オケアノスは、ほぼ無効化する」
「大型海獣はだいたい超音波を発信受信できる。またオケアノスは生体回路を持っている」
「個体間で精度の高い意思疎通ができるみたいで、ヒトによる攻撃の対抗策を情報共有しているようね」
「おお、賢いんスね」
「そして防御力は生物としては最強クラスだ。表皮は天然の高強度タンパク質繊維が高密度の層状になっていて、かつその下は分厚い脂肪の層だ」
「機雷や通常弾頭の魚雷が表面で爆発した程度では、ほぼノーダメージ。超電磁砲の徹甲弾ぐらいじゃないと貫通しない」
「んーーでも」腕組みをして口をへの字にするマリア
「外側がいくら固くても、所詮はなんでもガツガツ食べる動物、なんスよね?」
「言いたいことはわかるわ、マリア」傍らのマリアをナデナデするコバリ
「実はかつて、外洋でオケアノスを狩る一族がいた。彼らの狩りの方法は、魚に擬装した爆弾をオケアノスに食わせる、というものだった」
「爆発四散しては意味がないから、小規模の爆発で内臓にダメージを与え、何日も追跡し、弱ったところで捕獲、していたらしい」
「まぁ、非常に危険な狩りなので、今はもうやってないみたいだけどね」
「今回ももちろん似たような罠を仕掛けたらしいんだけど、全然食いついてくれないみたいよ」
「学習したんスかね?」「たぶんね」
んー、でもどうやって爆弾識別してるんスか?と納得いかない顔のマリア。
確かに、と考えるコバリ。漁船は丸ごと噛み砕いたのに、ね。
「そういえば、なんで今、こんなにオケアノスで騒いでるんだ?」
「昔からいたんだろ?」
「ああ、そうか、説明不足だったわね」図鑑の隅にある小さい地図を指差すコバリ
「本来のオケアノスの棲息地は、ここ極東地域よりかなり南に下った北大陸東岸の外洋なのよ」
「それが、この春、今まで出没したことがないジャイアプール沖まで北上してきた」
「へぇ、何で?」
「主な原因は、東南岸部の大規模な赤潮によるエサ不足、ということらしい」
「そして赤潮、すなわち海域の富栄養化はこの冬の東南岸地域における異常な豪雨が原因、との見解ね」
「…一応、スジは通ってるッスね」フーンと、唇を尖らすマリア
「そうね、一応ね」
ベイリー大隊長は今回の作戦の概要を説明する。
「本日午後からジャイアプールは満潮になる、上げ潮に乗ってオケアノスは深海から浮上、呼吸と狩りのため、ジャイパ列島との海峡、エサが豊富な浅場に現れるだろう」
「昨晩の潜水艇による探索の結果、ジャイアプール沖に潜むオケアノスは、40m級の成獣、オス1匹、そして番の1匹と、子供が2匹。オスさえ仕留めれば、番のメスと子供は、この海域には、もう近付かない」
残念ながら、その潜水艇は現在のところ行方不明だが、継続して捜索中、とのこと
「列島南端、シベルー沖の海底に潜水艇を潜ませ、オケアノスが海峡の浅場に入ったところで、後方から追撃し魚雷で爆撃、目標が海上へアタマを出したところで、護衛艦と港湾の砲台から、超電磁砲を打ち込む」
それで終いだ、という感じで頷くベイリー
「オケアノスが高速で沿岸に近付いた場合、高波の被害が見込まれる、警察、教会警備隊には港湾封鎖と予期せぬ事態が生じた場合の対処を頼む」
頷くゲンマと、後方に控えるヒガンテ。すでに早朝から警察と協力して港湾封鎖の準備は進めている。これからは、まだ港に残っている港湾関係者など、一般人の退避を確認する手筈だ。
あの巨体が超電磁砲に撃ち抜かれて、沿岸に突っ込んでくるかと思うとゾッとするな、と考えているヒガンテだが、もちろん表情は変えない。
その後、潜水艇、艦艇の初期配置など確認、改めて皆に向き合うベイリーに、横に控えていた隊員が近寄り、耳打ちする
「諸君、オケアノスが動いた」
「概ね予定通りだ、総員、出動する」ニヤリとするベイリー「昼メシは移動しながら済ませろ」
そして生真面目な表情に戻り、
「マリア殿、一言お願いします」と頭を下げる
軽く頷くと、次の瞬間、ベイリーの隣に立ち、周囲を睥睨するマリア。ちょっと大きめの中央軍最高顧問の制服を着用していると、容姿の可憐さが際立つ。
見た目はバツグンなんだけどなぁ、と内心残念に思うアズマだが、場の空気を読んで生真面目な表情は崩さない。
ペコリと頭を下げ、よく通る声で話し出すマリア「私がここへ来たからには」
「もうこれ以上の死傷者は出ない」皆をぐるりと見渡す
「ただし、言うまでもないことですが油断は禁物です。緊張感を持って作戦に臨んでください」
よろしくお願いします、と再びペコリと頭を下げる。
ザッと会議室にいる全員が起立し敬礼。コバリとアズマもつられて立ち上がり礼。
マリアを初見の隊員達は、これが本物のマリア・クシナダか、と感激するが、もちろん全員プロなので、この場では、そんな気持ちはおくびにも出さない。
横に立つベイリーも「ぎゃあ!カッコイイ」と内心雄叫びを上げているが、表面上は努めてしかつめらしく、お礼を述べる。
「頼もしいお言葉、ありがとうございます」
ニコリとベイリーを見上げるマリア
「いいえ、お役に立てれば幸いです」
マリアの笑顔を至近距離で見てしまったベイリーは「うぎゃあ!超可愛い」と悶絶するが、これまた鋼鉄の意思で、落ち着きのあるオトナ女子を装う。
「さあ」
「海獣退治に参りましょう」




