べつに法律違反ではないよ?
「着いた」「ゴハッ!」
隣で眠りこけるアズマの脇腹に手刀を打ち込むコバリ
「いや、ふつうに起こせや!」
「さ、まずはケーブルカーよ」
乗合バスの乗客は、もちろんほとんどがケーブルカーに乗る。大きめのキャリーバッグやリュックをバスの側面下部、荷物置き場からピックアップして駅舎へ向かう。
ケーブルカーの駅舎は、森と居住区を隔てる土塁の前に聳え立つ。ケーブルカーの駅に商業施設、ホテルなども併設されているなかなかの規模の混凝土製のビルだ。
全面白塗装、大きさの異なる曲面で構成された外壁は柔らかな印象を与える。
1階の広いメイン通路はアーチ状の構造で柱はなく、こちらから向うまで広々としたブチヌキ構造だ。バス乗り場から入って左手にはお土産や、飲食店などのお店が並び、右手には、ケーブルカーの乗り場がある。
大型のディスプレイに次発、次々発の時刻と運行情報が表示されている、基本、ケーブルカーは日中30分毎の運行だ。次発まで約20分。有人の窓口、自動券売機らしきもの、の隣にゲート状の入口が3つ並んで設置されている。
「アズマ、通信機」コバリがジャラリとネックレスに吊るしている通信機を手にする。
言われた通り、通信機を手にして待機
「見てて」と言うと、ゲートに入ったコバリの右側面に手のひら大ほどの虹色の輪が浮かび上がる。そこに通信機を当てると。ピンポンという軽快な電子音とともに、ゲート前面の透明な扉が開く。
チョイチョイと手招きするコバリに従い、アズマもゲートに入る。
先程と同様、右側面に虹色の輪が浮かび上がる。よく見ると「ようこそ!」「ここにタッチ」などのメッセージも併せて表示されている。通信機を当てると、もちろん、ピンポンとゲートが開く。
「おぉ、モバイル〇イカか!」通信機をシゲシゲ眺めながらゲートを通過する。
「正確には」通信機をフリフリするコバリ「電子チケットを教会から送ってもらっている」
「ファイバザール行き特急列車のチケットも既に入ってる」
通信機無くすなよぉ、とアズマを下から上へねめつける。
ゲートを抜けると、駅員さん以外に、警備を担当する交通警備隊のお姉さん方が、油断なく周囲を警戒している。背丈はひょっとするとアズマより大きいかもしれない。褐色肌だが角は巻角というよりは、小ぶりな水牛っぽい。制服は濃紺、細身のスラックスにゴツめの黒ブーツ、ベルトの右、ホルスターには明らかに銃が納まっている。左には短めの警棒っぽいものを下げてるが、スタンガンかもしれない。とアズマは思いながら、ついシゲシゲと見つめる。もう1人は肩からパっと見、機関銃のような銃も下げている。
あんまジロジロ見てんじゃないわよ、とアズマにレバーブローをお見舞いするコバリ
「ゴヘッ」と、その場に膝をつくアズマだが、当然、ここではコバリはもちろん、アズマも有名人なので、稀人カップルがじゃれてるだけだろう、と警備担当は別に気にもしない。
ゲート後のエントランスを抜けると、ホームへ続く通路。通路の壁面は、教会のホールを模した植物紋様のタイルで彩られており、そして天井には紅い龍が描かれている
「極東地域の警察、軍関係者が持っている長銃は」コツコツとローヒールで通路を闊歩するコバリ、本日はミントグリーン色の長袖、スタンドネック、ウェスト切替デザイン、丈は膝上5cm程度の大人ミニワンピで、お出かけモードだ。
「だいたい超電磁砲ね」
「え、手持ちで?」「そう、手持ちで」
「電源供給に不安が無いしね」「なるほど」
電源は銃を持つ本人なんだろう。
「……」「何、なんか言いたいの?」
「言っておくけど、コインとかは撃ち出せないわよ」
「いや、なんも言ってねぇし」
そうかー、コイン、撃てないのかぁーと、ちょっとガッカリするアズマ
「コインなんて形状が不安定なモノを撃ったところで、威力も精度も出ない」
バッカくせぇ、と鼻で笑うコバリ。相変わらず口が悪い。
「ロマンだよ、ロマン…」
発車10分前、登りのケーブルカーが階段状のホーム横に滑らかに到着し、乗客が降車する。これが折り返し下りになる。
車両後方には、にこやかに乗客を迎え入れる女性の車掌さんはいるが、ケーブルカーは自動運転で運転席は無い。トントンと軽快にホームの階段を降り、先頭の座席に陣取るコバリ。
いや、真っ暗なトンネルが伸びてるだけやろ、とか言いながらもアズマも嫌いじゃないので、内心はちょっとウキウキしながら席に着く。
「最大斜度は45度、頂上から地下まで約10分。ゆっくり降りる」
「今日は1両編成だけど、4大祭の期間は3両編成になるわ」
ちなみに4大祭とは、新年祭、生誕祭、半年祭、平和記念祭だ。これら祝祭の期間には石机地区自体への入場制限をかける。石机地区と外界をつなぐ唯一のルートである、ケーブルカーの輸送能力に限界があるからだ。完全抽選制で事前に抽選に参加し、当選しないとケーブルカーに乗車できない。
実は一番抽選倍率が高いのは、平和記念祭の日だ。平和記念祭とは、先の大戦が終結したとされる日で、すなわち聖イリヤの命日だ。
特に大きなイベントは無いが、教会内では日の出から日没まで祈りが捧げられ、教会前広場には聖イリヤが愛でたといわれる「白い花」を参拝者が積み上げていく。そして日没後に舞姫たちによる舞が奉納され。厳かに祭りは終わる。
「去年は、ライラも舞ったのよね」
えへへっとテレテレするライラをナデナデするコバリ「上手だったわよ」
「今年も舞いますよ!」フンっと気合を入れるライラ。これは平和記念祭の日には、何があっても見に行かねばなるまい、とアズマが心に誓ったのは昨晩の話だ。
「上下線併せて6両、満員になっても、その荷重の10倍に耐えられるようにケーブルは作られている。万が一、主ケーブルが切れたとしても、その際は予備ケーブルが機能する」
「予備ケーブルにも何かあったとしても、車輪には強力なディスクブレーキが装備されており、レールを挟みこむ構造になっている。落ちても2m以内で止まる」
「さらに、ケーブル、ディスクブレーキがダメになったとしても、麓の終点からさらに、超高摩擦係数の表面加工を施したレールが緩やかな登りカーブで300m設置されている」
「頂上からフリーで車両を落として走らせても、100mと走らず止まる」
もちろん安全点検は万全。簡単に言うと、故意の破壊工作以外にほぼ事故は起こらない、ということだ。
「それにしても」
「ケーブルカーができる前は、大変だっただろうなぁ」
「そうね」
「何故」隣のコバリを見るアズマ
「わざわざこんな辺鄙で、特異な場所を開拓して、大規模な教会を建てた?」
「他にいくらでも相応しい土地があったんじゃないのか?」
発車のベルが鳴り、ケーブルカーが静かに下り始める。
「さあ?」
アズマからゆっくり視線を外し、下りのトンネルを真っすぐ見つめるコバリ
「なんでだろうね…」
中間地点では、登りのケーブルカーとすれ違う。向うの先頭に乗っている、ちっちゃい巻角の幼い姉妹が一生懸命手を振ってくるので、アズマとコバリは全力で手を振り返す。
「超可愛かったなぁ」「可愛かったわねぇ」と、ほんわかしてたら、あっという間に終点に到着。
ケーブルカーのゲートを出て、直結している列車の駅に向かう。
こちらも、通路の左右に飲食店や土産物屋、など並び、上よりもさらに賑わっている。
乗車予定の特急の発車まで、まだ30分あるが、コバリは真っすぐに駅ゲートまで進む。そんなに急ぐ必要ないのにな、と思いながらもアズマは後に従う。
駅のゲートまで来ると、その脇に警察とも交通警備隊とも異なるが、明らかに一般人ではない2人が、明るめベビーブルー色で、シャープなデザインの襟無しアウターに細めのスラックスという出で立ちにて、両手を前に組み待機している。
コバリがツカツカとその2人の前に進み、軽く会釈する
「ごきげんよう、ゲンマ・ビエント、今日からしばらくお世話になるわね」
「お待ちしておりました、コバリ様。本日は私どもが、ファイバザールの教会まで同行致します」
「よろしくお願い致します」揃って頭を下げる2人。
なるほど教会関係者が待っていたのか、と納得するアズマをコバリが紹介する
「こちらが、アズマ、アズマ・テラオよ」
「初めましてアズマ様」
「私はゲンマ・ビエント、こちらはカルマ・ブリッサ、両名とも教会警備隊に所属しております。以後、お見知りおき下さい」
と、深々と頭を下げるゲンマとカルマ
「初めまして、アズマです。今後ともよろしくお願いします」
よくわからんが今後もお世話になるんだろう、とペコリと頭を下げ挨拶したところで、
「さて、それでは行きましょう」とコバリがさっさとゲートに向かう。
ゲンマに促され、アズマもゲートへ。全員、電子チケットでゲートを通り、ホームへ向かう。
カルマはもうここでは見慣れた、巻角褐色肌で銀髪巻毛のご婦人だが、身長はアズマと同じぐらいで、いかにも鍛えられた身のこなしをする。
一方、格上と思われるゲンマ・ビエント。見た目は若いお嬢さんだが、少なくともアズマより年下ということはないだろう。身長はコバリより少し大きい程度、細身だが、もちろん身のこなしに隙はない。頭のツノは小さめで丸みを帯びたものが側頭部に生えている。髪はショートのプラチナブロンド、肌の色は薄い、褐色というより小麦色だ。
そしてなにより、左目は濃紺、右目は金褐色。虹彩異色、だ。
特急列車はすでに入線している。10両編成で、真ん中2両は2階建ての特別車両だ。上階は座席が並んでいるが、下は個室らしい。なんか近鉄特急みたいだなぁ、とアズマが眺めていると、コバリは迷わずその特別車両に乗り込み、下へと階段を降りる。通路にはいくつか扉が並んでいるが、そのうちの一つの前に立ち止まり、通信機を扉の中心にかざすと、スルッとヨコに開く。
「ここね」室内は中央に丸テーブル、その周囲にはソファが設えられている。余裕で5、6人は座れそうだ。アズマもコバリに続き室内へ。
ゲンマとカルマは扉の前で「では到着まで、お寛ぎください」と会釈し去っていく。おそらく車両内を巡回警備するのだろう。
バッグを放り投げ、早速ソファの大きめクッションに埋もれて寛ぐコバリ。ソファの上、車両側面から天井にかけて、ほぼ全面の窓だ。アズマもソファに腰掛けようとした時、
「ちょっと待って」「そこに飲み物と食べ物が入ってる」とソファ上に設えられている木製の扉をコバリが指差す。アズマが開いてみると、左には小型冷蔵庫、中には何本かボトルが冷やされている。右の棚には大き目な重箱、のようなものが入っていた。
その中から、緑色のボトルと箱を取り出してテーブルへと並べる。
箱の蓋を開けると、中は4x4で仕切られたマスに、肉、魚、野菜などの一口オードブルが綺麗に並べてある。そして、もう1段下はマメ、干し肉、魚などの俗に言う乾きモノが詰めてある。
コバリは慣れた感じで、テーブルの下からグラスを取りだし、ボトルからキンキンに冷えた金色の液体を注ぐ。シュワシュワとキメ細かい泡がグラス上部に集まる。どうやら発泡する麦の飲み物のようだ。
「まずは、いただきましょうか」「そうだな」
カンパーイとグラスを合わせ、一気飲み。これが電車旅の醍醐味よねぇ、ともう1杯。
いつの間にか発車時刻になっていたようだ。ホームに発車のベルが響き、ゆっくりと動き出す。しばらくは地下のトンネルを走るので窓外は薄暗い。
「もちろん、都市間を結ぶこの路線は、防護壁で完全に覆われている」
「踏切はなく、人や動物が路線を横断して行き来するのは、跨線橋、もしくはトンネルだ」
「あ、でも郊外のエリアは防護壁は低め、列車は少し高めに盛られた路盤の上を走るので景観を堪能できるわ」
「ホラ」言ってるそばから、コバリが窓外を指差す。
列車はちょうど地下から地上へ、一気に窓外から日の光が差し込む。緩やかに右へカーブすると、石机地区を取り囲む巨岩帯が見えてくる。
映像では見ていたが、10m超の巨岩が延々と積み重なる光景は、実際に目の当たりにすると圧巻だ。スゲースゲーと窓に張り付き、飽かずに眺めていたアズマだが、しばらく列車が進み、巨岩帯が見えなくなると残念そうにソファへ腰掛ける。
コバリは2本目の、ちょっと発泡するブドウの飲み物を堪能している。まぁ、飲みな、とアズマのグラスにも注ぐ。
「ゲンマ・ビエントは」
落ち着いたところで、気になっていたことをアズマが質問する
「虹彩異色だけど、やはりこの世界では特別な存在、と考えていいのかな?」
「そうね」
オードブルは平らげたので、おつまみの豆的なモノを口に放り込むコバリ。
「稀人、ではないよな?」
「もちろん」
「彼女は天龍族よ」
「アンタと同様、空を飛び、そして龍と意思疎通できる、多様生体回路持ち」
「ん?それってもしかして」
そ、とグラスを置き、こちらを見るコバリ
「彼女は、龍の巫女よ」
墨を流したような濃くて深い暗闇。
何もない空間のはずなのに、ねっとりとした圧力さえ感じる。
そんな中、囁くような、それでいて明瞭な声
「コバリ・アオヤマが」
「石机地区を出ました」
「ほう?」
「7番目の稀人も同行しています」
「あぁ、最近目覚めたそうだね」
「そのようです」
「観光旅行、ということではないんだろう?」
「マリア・クシナダが、極東地域に入っています」
「ふーん、単なる顔合わせ?というわけではなさそうだけど」
「そうでしょうか?」
「テンマとコバリの動向には注意したほうが良い」
「あの2人の行動を表面的に捉えて、大した意味は無い、などと考えてはいけない」
「ずいぶん評価されているのですね?」
「あと10年もしないうちに」
「コバリ・アオヤマは中央のトップに立っているだろう」
「あと10年?」
「ああ」
「もちろん、この先、何事もなければ、ということだけどね」
「何事も、ね」




