2 コレ、始末書です? (3)
――いろいろと思うことはあれど。でも、それはそれとして、街歩きはとても楽しいものだった。
街中で突然始まった大道芸の離れ業には目を丸くさせられたし、賑やかなお店は商品を眺めているだけでもどんどん時が過ぎていった。騎士の特権で本来は入れない時計塔の中まで見学できたのは、もう一生の思い出と言って良いだろう。
王都の隅々まで時を告げる大きな時計塔。そのてっぺんから、何万もの人が暮らしている巨大な王都を見下ろす。
夕焼けに染まり始めた王都の姿はあまりに美しくて雄大で、悲しくもないのに何故か涙が溢れそうになる。言葉をなくして、ただ息を呑んでその景色に見惚れてしまった。
その隣にそっと、ユーリが寄り添う気配がする。
「俺たちが子供の頃も……こうして二人で高くから景色を見下ろしたことがあったな」
「あったあった! 屋敷の一番背の高い木に登ったね。ウチの領地じゃ見えるのは畑と牧場と山ばっかりだったけれど、それでも楽しかったのを覚えてる。……それを思うと王都はすごいなぁ、見渡す限り街がある」
肩を並べて、お互いの体温を近くに感じながら眼下の街並みを眺める。
ふと見上げれば、街を見下ろすユーリとあのころの面影が静かに重なった。久々に再会したときには随分と変わったと思ったけれど、こうしてみると意外にその差というのは小さいのかもしれない。
同じ景色を見ながら、同じ思い出を振り返る――それは確かに、幼馴染としかできない特別な体験で。そんなことにも、ズルい私は優越感を覚えてしまったのだった。
「……また菓子を買ったのか」
「うんっ、今日最後のお菓子はコレにしたんだ! すごくない? 見た目も感触も本当に雲を食べているみたい。私の頭より大きいから食べ切れるか心配だったんだけど、口の中で溶けていくからあっという間に終わりそう」
「綿雲砂糖か、子供の頃はよく食べたな。アレクと歩いていると、忘れていた新鮮な気持ちが蘇って退屈しない」
時計塔を降りたところで、とある屋台が食いしん坊な私の目を惹きつけた。迷わず購入して意気揚々とユーリに披露すれば、彼はそんなことを言いながら私の頬についていた砂糖をぐいと拭う。
「ん、やはり甘いな」
すくい取った砂糖をぺろりと舐めるユーリ。ちらりとこちらに投げかける視線が妙に艶めかしい。
至近距離でのユーリのそんな姿に一瞬だけときめきそうになったが、それよりお菓子の方が魅力的だった。手の中の柔らかな雲が崩れそうになっているのに気がつき、慌ててそれを頬張る。
口いっぱいに甘く香ばしい砂糖の味わいが広がり、思わず唇が緩む。並んで歩く足取りは、踊るような軽いステップ。
王都とは、なんと素敵なところだろう。いろいろな屋台を回ったけれど、どれ一つとしてハズレがなく美味しいものばかりだった。
ユーリさえ良ければこのまま、夕食も外で食べてから帰りたいところだけれど……。
カン、カンカンカン……!
――突然、そんな目論見をぶち壊すような耳障りな金属音が鳴り響いた。その音を聞いた途端、穏やかだったユーリの顔が厳しいものへと切り替わる。
「衛兵たちの連絡警報か。この音だと小規模な喧嘩だろうが……念のため行ってくる」
「っ、私も!」
綿雲砂糖を急いで飲み込んで、手を挙げる。
騎士として当然のことを言っているというのに、ユーリはそれにゆっくりと首を振った。
「大丈夫だ、アレクはここで待っててくれ」
「でも……!」
「本来この規模なら、騎士が出る必要はないんだ。気にする必要はない、ゆっくり食べててくれ。さらに言えば、あの方向は繁華街。騎士の制服を着ていないアレクが現場に行っても、混乱を招くだけだ」
「……」
不満そうに黙り込んだ私の肩を、ユーリは軽く叩いて悪戯そうに笑う。
「それに、そのまだたくさん残っている綿雲砂糖をどうするつもりだ? まさか右手に握りしめたまま駆けつけるわけにもいかないだろう」
「……!」
その言葉に、私は咄嗟に返事ができなかった。非情な判断をするのであれば、手の中の菓子を廃棄するのが最善の選択だ。でも……。
私の躊躇いをしっかりと見透かしたユーリは、さらに追い打ちとなる言葉を重ねる。
「ついでに言うと、そこの角の屋台は肉串が美味い」
「肉串」
「ああ。アレクがそっちを食べ終わった頃には戻ってくる。それまではここで待機だ。……それじゃ」
「ちょっと……!」
頷いてもいないのに、ユーリはその言葉を最後にフッと姿を消した。慌てて周囲を見渡せば、人ごみの中に溶けていく騎士服が辛うじて目に入る。
混乱する私の思考とは裏腹に、もう一人の内なる私が冷静に呟いた。
……なるほど、転移陣なしの瞬間転移はあの距離が限界のようだ。今度手合わせするときの参考にしておこう。




