8 約束する。何が起ころうと… (3)
「……?」
しばらく経って、覚悟していた痛みがいつまで経っても訪れないことに気がついた。
それどころか、何故か自分の身体が安心するような温かさに包まれていることに気がつく。
これは一体、何だろう……? まだ判断力が戻らないまま、そっとその私を支える壁のようなものに頬を擦り寄せる。
がっしりとしているけれど温かくて、柔らかな匂いが心地好くて。静かに聞こえるトク、トク、という命を刻む音が、私の息を落ち着けていく。
「っ、大丈夫かアレク?」
「ユー、リ……?」
しばらく戻らない視力で、ぼぅっと白く光る空間を眺めていた。やがて視界がはっきりとしてくるにつれ、徐々に周囲の景色が目に映りはじめる。
「……っ!?!?」
「はいはい、暴れない暴れない。まだ身体にダメージが残ってるんだから」
思わず抵抗するように跳ねた身体を、優しくユーリが押しとどめる。
――私を包んでいる温かな壁は、ユーリの身体だった。いつの間にか私は、ユーリに抱えられていたのだ。
いつもよりどこか遠慮がちな触れ方が、却って私の羞恥心を煽る。
真っ赤になった顔を隠すように俯いた私のつむじに、ユーリがそっと額を乗せるのがわかった。
私の存在を確かめるような、体温を分かち合おうとするような優しい感触。
「負けん気が強いのは良いことだが、もう少し自分を大切にしてくれないか。さすがに我が身を一切顧みず、一帯をすべて吹き飛ばそうとするとは思わなかった」
「まさか、あのタイミングで転移をしたの? しかも、私を連れて……?」
「ああ。念のため持っていた魔道具のおかげで、魔力はなんとか足りたが……肝を冷やしたぞ。もう少し自分を大切にしてくれ」
苦笑交じりのユーリの言葉に、ふっと全身から余計な力が抜けていく感覚がした。
顔を上げて見渡せば、私の放った魔法の跡はここから思った以上に離れている。この位置では、きっと衝撃波すらほとんど届かなかったことだろう。
「……負けたよ。私の負け。これだけ全力の一撃を、まさか私の身まで庇ったうえで切り抜けるなんて……悔しいけど、完敗だ」
圧倒的な対応力の差を思い知らされる。
敗北を認めるのは、すごく悔しい。でも、口に出して降参を認めると、すっきりした清々しい気持ちが訪れた。
「そうか。俺の勝ちか」
ふっと柔らかな笑みを洩らしてから、ユーリは静かに私の魔法跡地を眺める。私もつられて視線の先へと目を向けた。
風の音も光の揺らぎも止まったかのような、独特の静寂が訪れる空間。
「俺自身はここまで大型の魔法を使うことができないから滅多に経験することがないが……この大きな魔法を行使した後の静寂というのは、良いものだな。俺たちだけの世界が出来上がったような、すべてと一体になったような……満ち足りた感覚がする」
「ユーリもそう思うの!?」
ぼそりと呟かれた一言に、思わず大きな声で反応してしまった。
ずっと前から感じていた私と同じ気持ちをユーリが想っていたなんて。それだけでじわじわと、幸福が胸を満たしていく。
(ああ、やっぱり好きだなぁ……)
そういう小さな歓びを分かち合える存在は、きっと少ない。
私がユーリに出会えたのは、本当に幸運だ。
「そうか。アレクもわかってくれるか。それは、なんというかすごく……嬉しい」
照れた顔で頬を掻いてから、ユーリはそっと私の身体を離した。彼の瞳が、真正面から私を覗き込む。
その視線の強さに、私の背筋も自然と伸びた。
「まだ魔力も回復したばかりだったというのに、突然こんな試合を申し込んですまなかった。アレクと向き合って自分の気持ちを正直に曝け出せる場として、これ以上のものはないと思ってな。……まぁ一種の願掛けも兼ねていたが」
この試合に勝てたら伝えようと決めていたんだ、と付け足すユーリの声は緊張に掠れている。
「……なぁ、アレク。アレクは、俺たちが幼いころに最後にした約束を覚えているか?」
「もちろん、忘れるわけがないよ。『何が起ころうと、僕たちは一生友達だ』でしょ? あの時交わした握手の手の温度まで、しっかり覚えてる」
突然何を言い出すのだろうと戸惑いつつも、私は深く頷いた。
「その後の俺の言葉は、覚えているだろうか。俺の大事な一番でいてほしい、という言葉は」
「うん、そうだったね……?」
話の向かう方向がわからないまま、曖昧に答える。そんな私の手を、ユーリは突然がっしりと握りしめた。
「アレク。俺は、その……なんというか……アレクに俺の、友達以上の大事な一番になってほしいと考えているんだ」
「えぇと……どゆこと?」
いまいちピンとこない私の反応に、ユーリは焦れたように頭を振った。
「くそっ……いざ言葉にしようとすると、なかなか上手く言えないものだな……。つまり、だな。俺は……俺は、恋人としてアレクが欲しい。これからは恋人として、俺の大事な一番になってはくれないだろうか」
「えぇええっ!?」
色白なユーリの頬に、見る見るうちに朱が昇っていく。見事に頬を真っ赤に染めあげたユーリを前に、私は驚愕の声を上げた。
思いがけない告白に、脳内が上から下への大騒ぎ、大混乱だ。笛と歌とダンスが脳内で鳴り響いているような騒がしい感情に、思考がまとまらない。
――彼の告白自体は、嬉しい。嬉しいのだけれど、でも、私はその前に言わなければならないことがある。
「その、ユーリ。その前に私、言っとかなくちゃいけないことがあって……実は私……」
大きく息を吸い込んだ。
「私、女だけど……それでも良いかな!?」
何を言われるのだろうと強張っていたユーリの身体が、一気に弛緩した。
ふにゃり、と笑うユーリの顔はどこか幼くて、十年前の彼を想い起こさせる。ふとしたときに見せるそんな表情すら私に喜びをもたらすようになったのは、一体いつからだろう。
「ああ、そうだな。俺の今までの行動は、本当に誠意にかけるモノだったと反省している」
右手は私の手を握り締めたまま、ユーリは左手で私の頬に触れる。今までの遠慮ない触り方ではなくて、宝物に触れるような優しい手つき。
否応なしに私の鼓動が高まっていくのがわかった。
「間違いない。アレクは俺の一番の親友で、最高の幼馴染で、そして……愛する女性だ」
「……っ!」
ストレートな愛情表現に、私は息をすることすら忘れてユーリの顔を仰ぎ見た。
緑色の美しい瞳が私を射貫く。頬に添えられたユーリの手は、私がその瞳から目を逸らすことを許さない。その強い視線を、感情を、為すすべなく一身に受け止めた。
――知らない。こんな獲物を狙うような、強い欲を隠した熱い視線なんて知らない。
親愛だけではない、強い執着と情欲を秘めたその視線はとても危険なものだ。それがわかっていても、私は彼のそんな感情が自分に向けられている喜びにそっと身を震わせてしまう。
これは逃げられないな、と気がついた。逃げられない理由は自分の恋心だろうか、それともユーリの執着だろうか。そんなのいくら考えたって、仕方ない。
「私も……」
なんとか絞り出した声は、まるで自分のモノではないかのように弱弱しいもので。でも、そこに迷いはなかった。
「私も、ユーリが好きだよ。ユーリに一番に愛されたいし、愛したい。……だから、約束する」
まっすぐに彼の視線を受け止めて、私はあの日を思い出しながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「何が起ころうと、私は……」
「俺たちは」
二人の目が合い、ともに頷いた。合図はなくても、口にする言葉は伝わっている。
「「ずっとお互いの大事な一番でいよう」」
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
――幼い日の約束を信じ続ける者が、果たしてどれだけ居ることだろう。
約束を口にした途端ユーリに強く抱き締められた私は、ふとそんなことを思い返した。
『約束する。何が起ころうと、僕たちは一生友達だ』
交わした約束は、稚拙で無謀で夢見がちで……。
そして、時はいろいろなことを変えてしまったけれど。
――あの頃の約束は、かたちを変えてまた二人を結び付けていく。
大好きだよ、と耳元で囁いて、私はそっと目を閉じたのだった。
これにて本編終了です。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
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