8 約束する。何が起ころうと… (1)
「アレクサンドリア・ソーリエ、本日より復帰しましたー!」
「おっ、お帰りアレク! お手柄だったな!」
「『爆砕の騎士』にまた一つ、武勇伝が加わったなー。そろそろ二つ名として正式に登録できそうだ」
「もう体調は大丈夫なのか? 一時は意識不明の重体だったと聞いたが……」
歓迎の言葉と共に、ワッと同僚たちに囲まれる。力づけるように背中を叩かれたり、わしゃわしゃと遠慮なく頭を掻き回されたり。
手荒な出迎えにもみくちゃにされながらも、私の唇は自然と緩んでいた。
職場に復帰するまでには、ひと月ほど掛かってしまった。それなのに、同僚たちは当たり前のように私の復帰を喜んでくれている。
私の居場所はここなのだ、という心地好い実感。過ごした時間はまだ短いけれど、私にとって第三魔法騎士団はそれだけ大事な場所になっていたことに気付かされたのだ。
それぞれに返事を返しながら、笑顔で顔を上げた。
その先、喧騒から少し距離をとった位置に、静かにユーリが佇んでいる。それに気がついて顔を向けた瞬間、こちらを窺う彼とバッチリ目が合った。美しいサファイアの瞳が、驚いたように見開かれる。
元気よく彼に手を振って、回復をアピールした。
きっとユーリは手を振り返してくれる、こっちに歩み寄ってくるかも、そうしたらまず始めに何を言おう……と、期待に胸が弾む。
しかし。
「え……?」
私と目が合った途端、何故かユーリは顔を歪ませる。そしてバッと視線を逸らして顔を背けてしまった。
浮かべていた笑顔が凍りつくのが自分でもわかった。
今、ユーリに無視されたよね……? しかも、結構あからさまに。
自分の思い違いではないかと、逃避に近い思考がぐるぐると駆け巡る。しかし、それを覆すような言い訳がなかなか思いつかない。
入院中に彼に会えなかったことについては、あまり深刻に考えてはいなかった。意識が戻る直前までは毎日まめまめしくお見舞いに来てくれていたと、看護師さんから聞いていたから。
それがパタリとやんだのは、きっと急ぎの仕事でも入ったからだろう――そう考えて、自分を納得させていたのだ。
……でも。
(今の反応……もしかして私、避けられてる……?)
女性嫌いのユーリの、唯一の例外。
それが歪で不安定な存在だということくらい、嫌でも理解していた。
いつまでも続くものではないことも、覚悟していた。……いや、しているつもりだった。
心臓がツキンと痛む。喉の奥がキュッとなって息苦しい。それでも、周囲の視線に気がついて慌てて表情を取り繕った。
――本当は覚悟なんて、できていなかった。ずっとユーリの隣に居られたら良いと、叶わないことを願っていた。
(自分の気持ちに気付いてしまってからは、特に……)
そっと集団から離れながら、ため息をつく。
明らかになってしまった、ユーリへの恋心。それを自覚した途端に、彼の方が離れていくなんて、世の中って本当に理不尽にできている。
誰かと言葉を交わすのも億劫で、装備品の在庫確認をするという名目で武器庫へと向かうことにした。
逃げるように武器庫に入って一人きりの空間に身を置くと、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。ほっと肩の力を抜いてから、武具の点検を始めた。
ひとつひとつ書類の内容と数を突き合わせていく地道な作業。でも、今はこの単調な仕事が心地好い。
ささくれだった感情が落ち着いてくると、後に残るのは静かな哀しみだけだった。
もうユーリと二人で行動するのはないのだな、としみじみ思う。
――私は、失恋したのだ。
(誰かに話を聞いてもらいたい……一人でこれを抱え込むのは辛すぎる……)
仕事が終わったらハーベストに会いに行こうか、と思いつく。
ユーリとの関係を応援してくれていた彼女にこんな結末を伝えるのは忍びないけれど、でも彼女が相手なら心の中の醜い本音まで曝け出せそうだ。
そう決めて少し心が軽くなったところで、誰かが武器庫に入ってくる気配がした。
「ああ、ようやく会えましたね。アレクさん、復帰を待ち侘びていました」
「シラハ補佐官! 今日からまた、よろしくお願いします。長くお休みしちゃって、すみません」
「とんでもない。貴女の挙げた成果を考えれば、当然の休みですよ。お疲れさまでした」
穏やかに笑むと、シラハは「こちらを、貴女に」と言って懐から何かを取り出した。
「コレは?」
渡されたのは、白い封筒だ。
厚手で手触りの良い紙でできたその封筒は、飾り気はないものの上等なものであることを窺わせる。しかし、真っ白な外観からではその中身は一切見当がつかない。
「団長から託された手紙です。まったく……、自分で渡せば良いものを、あの人は肝心なところで意気地がない」
「ユーリから……?」
途端に、手の中の紙がずっしりと重くなったように感じられた。
開けなくとも、その中身は容易に予想がつく。きっと彼は、もう今までのように接することはないと伝えようとしているのだろう。
それすらも手紙で済ませようとするなんて、私とはもう直接言葉を交わすことすら厭わしいということか。
「中を確認してください。返事を預かってくるように言われているので」
「はい……」
淡々としたシラハの声に押し切られ、気が進まない中でぐずぐずと封筒を開く。
綺麗な青いインクで書かれた言葉が、私の目を突き刺すように飛び込んできた。
『アレクサンドリア・ソーリエ殿
本日夕刻、修練場にて一対一の立ち合いを願う
ユーリウス・スティンガー』
「はぁあああ!?」
理解の追いついていない私より先に、素っ頓狂な声を上げたのはシラハであった。
「何を考えてるんですか、あの人は本当に!? 決死の表情で頼んでくるからいよいよ覚悟を決めたのかと思えば、内容がコレぇ!?」
「シラハ補佐官も、内容を知らなかったんですか……」
もう一度、短い手紙を読み直す。
ユーリからの手紙は絶縁状だと思ったら、果たし状だった。……いや、本当に私にも意味が分からない。
でも。
「わかりました。お手数ですが、立ち合いを受け入れる旨、ユーリに伝えておいてもらえますか」
「アレクさん……こんな訳のわからない手紙を渡されて、どうしてそんなに嬉しそうなんですか……」
呆れ気味のシラハの言葉を、私は笑ってやり過ごす。
喜んでしまうのも、当然だろう。ユーリが何を考えているかなんて、わからないけれど。でも。
(もう一度、ユーリと会える)
諦めきれない心が、一瞬で浮き立ってしまう。
制御不能な感情に振り回されていることを自覚しながらも、私はそっと微笑んだのであった。




