7 最初から惚れていたんだと思う (3)
「……で。アレクさんが目を覚ましそうなタイミングで逃げ帰ってきたんですか、団長。仕事を押し付けておいて、よく私の前におめおめと戻ってこられますね」
「そんな冷たい目をするな、シラハ。仕事はほら、後は俺が根回ししておくから」
「当然でしょう。最近の団長の怠惰っぷりは目に余るものがありましたから」
冷たく言い放ち、シラハは手の中に書類を押し付ける。それを大人しく受け取ってから、ユーリウスは情けない顔でシラハの表情を窺った。
「その……それでだな。仕事は引き受けるから、もう少し俺の話を聞いてほしいんだが……」
「あれだけ公衆の面前で抱き着いたり、自分の色で飾ったり、『アレクは俺のモノ』宣言をしたり好き放題してきた団長が、今更何を恥じらってるんですか。まったく理解できませんよ」
容赦ないシラハの言葉に、ユーリウスの眉はますます下がった。それを見て、シラハは大きくため息をつく。
「まぁ確かにこのままだと、仕事にならなそうですね。団長は一体、何にそんなに困惑しているんですか」
「困惑というか……」
どう見ても困惑としか思えない表情で、ユーリウスはきまり悪そうに頭をかく。
「その……な。アレクの症状も魔力の枯渇状態から回復して、後は目を覚ますのを待つだけというところまで持ち直しただろう? そうして多少は落ち着いた気持ちで穏やかに眠るアレクを見ていたら、ふと思ったんだ。まるで、お伽話に出てくる眠り姫のようだ……と。そう思ったら」
視線をあらぬ方向へと逸らしながら、ユーリウスはきまり悪そうにぼそりと呟く。
「……キスがしたくなった」
「はぁあっ!?」
とんでもない方向の一言に、シラハは思わず噎せこんだ。突然何を言い出すんだ、この人は?
息をととのえてから顔を上げるが、ユーリウスの顔は大真面目だ。今の言葉は、冗談や気の迷いではないらしい。
「いやっ、そんな顔をするなシラハ! してないっ、思っただけで本当にしてはいないから……そんな変態を見るような目でこっちを見るなぁ!」
焦った声で何度も弁解じみた言葉を繰り返してから、ユーリウスはふーっと大きな息をつく。
「ずっと、目を背けていたんだ。アレクが俺にとって『何』なのか。アレクはアレク、それで良い……そう言い聞かせて、親友という言葉で覆い隠して。服装や言動から、あいつが男でないことは気づいていたが……でも、そこについて考えることは敢えて避けていた」
「ええ、確かにそんな感じでしたね」
手持ち無沙汰に、ユーリウスは手の中の書類を丸めたり伸ばしたりする。それは、自身の中にある感情を整理しているようにも見える行動であった。
「とはいえ、あいつに抱く友情が執着めいていた点については認めるよ。アレクに触れていたい、その存在を抱き締めたい、アレクの一番近くに居るのは自分でありたい………でも、俺はそれを本気で特別な友情だと信じていたんだ。そして、それだけ行動しているにもかかわらず、何故か満たされない自分を自覚してもいた。今ならわかる。多分、俺は――」
掠れた声で言いかけて、ユーリウスは咳払いをする。
「俺は、最初からアレクに惚れていたんだと思う。なんなら子供の頃、出会った時からずっと」
「…………」
シラハは静かにその言葉を受け止める。気まずそうにユーリウスは前髪をグシャリとかき上げ、そして気を取り直したようにもう一度顔を上げた。
「ようやく気がついたんだ。この暴力的なまでの衝動と独占欲は、友情では収まらないものだと。俺は異性として、恋人としてアレクが欲しいんだ」
「はぁ……」
真顔でユーリウスは堂々と宣言する。それにシラハは気の抜けた返事を返すことしかできなかった。
「もうそこまでわかっているのなら、私が相談に乗ることもないのでは?」
「いや、それがだな……」
無駄に堂々とした宣言が終わり、ユーリウスの顔が情けないものへと戻った。
「そうやって自分の感情を整理するところまではできたんだが、肝心のアレクに対してどう接すればよいのかわからなくなってしまってな……。そこの結論が出ないと、アレクがせっかく意識を取り戻しても、俺はあいつに顔を合わせられそうにないんだ。どうしたものかと……」
「いつもみたいに手を握ったり、抱き着いたりして回復を喜べば良いじゃないですか」
シラハの身もふたもないコメントに、ガン、と鈍い音が鳴った。ユーリウスが突然、壁に頭を打ち付けたのだ。
「本当に、俺というやつは……! 今までどうしてあんな大胆なことができていたのか……」
見れば、その頬は茹で上がったように真っ赤に染まっている。
「団長、本気で他意なくあのスキンシップをしていたんですか……逆にすごいですね」
呆れたようなシラハのコメントに、がっくりとユーリウスは項垂れた。
それなりに長い付き合いのあるシラハでも、ここまで凹んだ彼を見るのは初めてのことだ。新鮮な驚きをもって、打ちひしがれるユーリウスの姿に目をやる。
なにしろ、シラハの知る彼はもともと、他人のことで心を煩わせるようなタイプではなかった。
誰にでも公平に厳格に、常に一歩引いた立場で周囲と接する――それは騎士団長としては理想的な姿ではあるけれど、裏を返せば誰にも心を許していないということでもあった。
たとえるなら、彼はだだっ広い草原に聳える一本の頑強な大樹。それ自体は非常に丈夫で力強いけれども、ひとたび倒れそうになった時にそれを支えるものは何もない。
周囲から見れば申し分のない完璧な騎士団長を前にして、シラハはずっとそんな懸念を感じていたのだが……今のユーリウスは、そんなかつての姿よりも随分と人間くさくなっている。
「なぁシラハ。アレクは贔屓目を抜きにしても、可愛くて美人だろう?」
「ええ、そうですね」
そうだろうそうだろう、と何故か得意な顔でユーリウスは頷き、それから悲痛な面持ちに戻る。
「あんな可憐な存在を前に、どうして俺は平然としていたのか。我ながら、目と頭が繋がってなかったとしか思えん……」
しばらく唸り声を上げていたユーリウスは、そこでハッと顔を上げる。
「待てよ。アレクの可愛さに元から気がついていたということは……シラハ、まさかお前、俺のアレクを狙って……!」
「狙ってませんし、そもそもアレクさんは団長の所有ではありません」
シラハの切り捨てるような言葉に、ユーリウスは叱られた子犬のようにしゅんと身を縮めた。普段は大柄な彼の身体が、萎れたかのようにひと回り小さくなる。
これが令嬢の憧れの的である孤高の騎士団長の姿だろうかと呆れながらも、シラハの胸の内には温かな感情が広がっていた。
――確かに、ユーリウスは変わってしまった。でも、この変化は間違いなく、彼にとっても周囲にとっても良いものとなっていくはずだ。
ただしそれは、この本人にとっては大問題で……そして傍から見れば馬鹿げたこの恋愛相談を解決出来たら、の話だが。
「まぁ団長の話はわかりました。私でよろしければ、これからの方針について一緒に考えましょう」
そんなことを考えつつ、腹を括ったシラハはゆっくりと頷く。
「恩に着る! じゃあ、さっそく俺の話を聞いてくれるか。まず俺が考えるアレクの良いところなんだが……」
「ちょ、ちょっと待ってください、団長……?」
シラハの遮る声が聞こえないかのように、ユーリウスは嬉々として相談に見せかけたノロケを語りはじめる。
怒涛の勢いで始まったそれはそのまま数十分続き、シラハは早くも彼の恋愛事情に首を突っ込んだことに後悔を覚えたのであった――。




