4 素直になりません? (7)
「アナタには苦労を掛けたわね、アレクサンドリア」
そう言ってハーベスト嬢が晴れ晴れと笑ったのは、屋敷の自室に戻ってきてからのことであった。
あれから数時間。三人で話をしたいと先に屋敷に帰されていた私は、上機嫌な彼女の帰還を恨めしい表情で迎える。もう、窓の外の太陽は傾きはじめている頃合いだ。
今回の件を丸く収めた立役者でもある私を、こんな時間まで蚊帳の外で放置するなんて――そんな気持ちを露わにしたつもりだったが、マイペースな彼女がそんな視線に怯むわけもない。
「お父様ともディートスとも分かり合えて……素直になるって大事ね!」
そんなことを宣いながら、ハーベスト嬢は感動を示すように大きく手を拡げる。
その仕草はまさに夢見る乙女……というか、脳内お花畑で地に足がついていない。すぐ横にもう一人の当事者であるディートスが居るというのに、それで良いのだろうか。
「ハイハイ、良かったです」
適当な返事をしつつチラリと視線を向ければ、ディートスは肩を竦めてそれに応える。しかしハーベスト嬢はそんな反応も気にならないようで、「ええ、本当に!」と満面の笑みで頷いた。
「まぁこうやって無事にまとまって良かったですけど……あの捕まったコの処分はどうすることにしたんです?」
このまま彼女に任せていてはロクな話も聞けまいと一番気になっていた質問を口にすると、何故かディートスの顔が沈んだ。対照的に、ハーベスト嬢はあっさりとその問いに答える。
「ああ、あの少年ね。ウチで引き取ることにしたわ」
「はぁっ!?」
完全に予想外の答えに、思わず目を剝く。反射的にディートスへと目をやれば、彼は沈痛な表情でゆっくりと首を振った。
「なんでわざわざ、そんな危険なマネを!? 子供とはいえ、一度は貴女の命を狙った人間を側に置くなんて……!」
「あら、だからこそ面白いんじゃない。そこまでの行動力を持った人材なんて、滅多に居ないもの。彼がどこまで化けるのか、楽しみだわ」
「お嬢様、考え直してはいただけませんか……」
いくら反対しても彼女の決意を変えられなかったらしい。彼女の言葉に、ディートスが力なく呻く。
そんな彼を見上げ、「それに」とハーベスト嬢は悪戯な笑みを浮かべた。
「いざとなったらアナタが守ってくれるんでしょう、ディートス?」
――なんてことだ、お嬢様はとんだ悪女に育ってしまったらしい。
恋する乙女の顔をしていながら、口にする提案はあまりにも過酷。それなのにディートスが満更でもなさそうなのが、その救いようのなさを如実に表している。
苦笑いを浮かべながらも優しい目を向けるディートスに少し頬を赤らめてから、ハーベスト嬢はそっと視線を床に落とした。
「あの子供……先日取引を打ち切った染め物職人の子供だったの」
ポツリと吐き出されたのは、感情を乗せることを拒んだ平坦な声。
「元々は腕の良い、優秀な職人だったわ。ただ、繊細だった彼はどんどん大きくなる取引のプレッシャーに心が耐えられなくて……お酒に逃げるようになってからの転落は早かった」
淡々と、報告書を読み上げるような口調になっているのは、彼女が冷静だからではない。むしろ、そうしないと声にならないからだろう。
「取引の打ち切りを決めたのは私よ。今振り返っても、その判断が間違いだったとは思わない。でも……恨まれても仕方ないことをしたのは、間違いないわ。ひどいことに私は、そんなことも考えていなかった」
「お嬢様……」
慰めの言葉を口にしようとした私を、「良いのよ」と頭を振ってハーベスト嬢は遮る。
「これは戒めなの。自身の決断が他人の人生を左右する――そんなことを表面上でしかわかっていなかった私への。その重圧を忘れないために、私はあのコを傍に置く。もちろん、その危険性も考えたうえでの結論よ」
まだ十代の少女とは思えない大人びた表情で、ハーベスト嬢は迷いなく言い切った。
「以前の私なら、この重みに耐えられなかったでしょう。きっと気づかないフリをして、責任から逃げて……そして、いずれその報いを受けていた。でも今なら、その重みも背負える――そう思えるようになったの。一緒に背負ってくれる人が居るから」
そう語る彼女の横に、そっとディートスが寄り添う。それを見て、私は彼女の強さの源に気がついた。
襲撃自体は仕組まれたものとはいえ、彼女が命を狙われていたのは事実だ。それなのに心折れることなく彼女が前を向いているのはきっと、隣に居る彼の功績に依るところが大きい。
(なんか、良い関係だな……)
身を寄せ合う二人を前に、素直に私はそんなことを思う。
彼女の身を案じながらもその意志を尊重するディートスと、彼がついて来ることを信じて自分の道を突き進むハーベスト嬢。なるほど、恋人というのはそういう関係にもなりうるのか。
信頼できる相手と手を取り合って未来へ進む――二人のそんなあり方に、私は素直に眩しさを覚えたのだった。
しばらくして思い出したようにハーベスト嬢は顔を上げた。
「そういえば明日はもう、騎士団に戻ってしまうの?」
「そうですね。もう依頼いただいた件は解決しましたから」
「そう」
いったん言葉を切ってから、下を向いて「寂しくなるわね」とハーベスト嬢は小さく呟く。
こういう彼女の可愛らしい一面に気づけるようになったのは、間違いなく今回の件が大きい。これからは彼女に憎まれ口を聞かれても微笑ましく受け取ってしまいそうだ。
少しだけ迷うように瞳を揺らしてから、ハーベスト嬢はキッと私を見据える。
「今までありがとう、アレクサンドリア。アナタと過ごす日々は、とても……楽しかった」
「どうしたんです、そんな素直にお礼なんか言っちゃって」
「ホント、いつも空気が読めないわよねアナタは! 私が今までの態度を反省してるっていうのに……」
彼女らしからぬ態度に驚くと、苦笑いを浮かべながらもハーベスト嬢は「まぁ良いわ」とため息をつく。
「まったく、アナタの所為で『まぁ良いわ』が私の口癖になっちゃったじゃない」
「あれ、私がハーベストお嬢様のところに来てからそのセリフ、もう何度も聞いてますけど」
「だから、アナタの所為なのよ! まったく……と、に、か、く!」
すぅっと大きく息を吸い込んで、ハーベスト嬢は一音一音区切るように声を出す。
「アナタが来てくれて良かったって、言いたいの! それと……これからも、その、私と……お、お、おと……」
「オト?」
「お友達になってくれないかしら!」
「へ?」
必死の形相で言われた言葉に、私は目をしばたかせた。
彼女の迫力に押されて、しばし思考が停止してしまっていた。しばらく考えて、ようやくその意味を理解する。じわじわと胸の内に広がっていくのは、紛れもない温かな喜びだ。
満面の笑みを浮かべて、私は右手を差し出した。
「もちろん、喜んで」
「え? 良いの?」
「自分で言っておきながら、どうして驚くんですか?」
「だって私、言葉はキツイし色々細かいことで口うるさいし……」
「大丈夫です、そんなコト知ってますから」
「そこは普通、否定するモノでしょう!?」
まったく……と呆れながらも、彼女は優しく私の手を握り返す。
「だから、これからはお友達として会いましょう、アレクサンドリア。敬語なんて、もう使わなくて良いから。対等な立場で、お互いの好きなことをいっぱいお話したいわ」
「良いね! 女子会しよう!」
「もうっ、アナタって本当調子が良いんだから。大抵の人間は私がいくら言っても、敬語を外してくれないのに」
はて、と首を傾げた。敬語を使わなくて良いと言われたからそうしたのに、ハーベスト嬢は一体何を言っているのだろう。
だが、怒っているわけではなく嬉しそうなのだから、別に判断を間違えたわけではないらしい。
「今度会うときは、アナタの番よ。ユーリウス様との恋の進展具合、聞かせてね」
「期待されてるとこ申し訳ないけど、私とユーリは幼馴染ってだけで本当に何もないんだよね……そもそも私、ユーリに異性として認識されてないし」
「またまたー、もう私に気を遣わなくて良いのよ。ユーリウス様を慕っていたのは正直当てつけみたいなものだし、今はディートスと両想いになって幸せなんだから」
「いや、気を遣ってるとかじゃなくて本当に……」
「……は?」
私の反応を見て、誤魔化しているわけではないと伝わったらしい。何故か見る見るうちにハーベスト嬢の表情が険しくなっていく。
「アナタ、ユーリウス様に人前で頭を撫でられたりしてない?」
「まあ、そうだね」
「抱きつかれていることもあったような……」
「うん」
――どうしよう、ハーベスト嬢の眉間にクッキリとしたシワまで現れた。原因はわからないけれど、彼女はどうやら今までにないほどに激怒しているようだ。
「嫁入り前の女の子を人前で……恋人同士だと思ってたからまだ目を瞑っていたけれど……」
ブツブツと呟いてから、ガバリとハーベスト嬢は顔を上げる。
「アナタはユーリウス様のことが好きなのよね、アレクサンドリア?」
「えっ、まぁ……好きか嫌いかで言えばもちろん好きだけれど……」
「わかったわ」
厳しい顔のまま、ハーベスト嬢はディートスに何かを言いつける。そしてもう一度私に向き直った。
「来月、フローリア商会が主催する夜会が開かれます。アレクサンドリア、アナタに招待状を出すからユーリウス様にエスコートを頼みなさい」
「へ? 嬉しいけど私、夜会のマナーなんて全然だよ?」
「ユーリウス様に任せれば大丈夫。とにかく! 公式の場で正式にパートナーとして現れて、周囲に印象づけなさい! ユーリウス様がそんな非道な方ではないと信じたいけれど……アナタは外堀をちゃんと埋めて、自分の立場を守る必要があるわ!」
彼女が言っている言葉の意味は半分もわからなかったけれど、私のことを心から心配してくれているのは十分に伝わってきた。
「夜会かぁ……」
そうなれば当然、ドレスアップの必要も出てくるだろう。着飾った私を見て、ユーリは何を思うだろうか。
不安に思うべきなのかもしれないけれど、私は抑えきれない高揚感を確かに覚えていたのだった。
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