1 私、女ですけど!? (2)
そこまで長く歩くこともなく、訓練場までやって来る。そこでようやくユーリは、私の手を離して振り返った。
「話したいことは色々あるから、まずは採用試験の方をさっさと片付けようか。そうだな……シラハ、こいつと手合わせしてみろ」
「私が、ですか? 手加減などできませんが……良いのです?」
「ああ。むしろその方がコイツの実力がわかって良いだろう」
進み出たのは、どちらかといえば細身の神経質そうな青年だった。細面のととのった顔立ちは、騎士というより文官の方が似合いそうだ。……でも。
(あ、これ強いな)
向かい合った途端、察した。
足取りが、眼差しが、小さな動作ひとつひとつが彼の手強さを伝えてくる。女の私を前にしてもその目に侮りは一切なく、魔力の流れも一貫して安定している。
(うーん……女だからってナメてくれた方がやりやすかったんだけど……)
どうやら目の前の相手は、そんな油断はしてくれないらしい。
「始め!」という合図とともに、鋭い刃が風を切り裂くような勢いで繰り出された。的確なその攻撃に感嘆しながら、刀身で受ける。
身体強化が済んでいない状況で、まともに力でやり合っても勝てる余地はない。ここは受け流すのがポイントだ。
そして畳み掛けるように次の攻撃に移ろうとする相手に、至近距離で炎球をぶつける。
「っ!」
即座に間合いをとりながら、シラハは左手を軽く振る。それに合わせてガラスのような防御壁が展開され、私の炎球を弾く。
「へぇ、やるじゃん」
一連の反応に、私は思わず口元に笑みを浮かべた。全力で戦える楽しさに身を震わせつつ、予備動作なしに更なる炎球を生成して相手に投げつけていく。
一つ、二つ、三つ……次々に生み出されていく炎の塊は先程よりサイズこそ小さいものの、十分に脅威となるシロモノだ。
むしろ数が増えた分、対処するのは格段に難しくなる。相手に体勢を立て直す隙など与えない。
「ちぃっ、煩わしい!」
しかし、私が作り出した炎球ひとつひとつを、シラハは確実に無効化していく。とはいえ、私の連撃に対処するのが精一杯な様子。主導権はまだこちらにある。
「氷柱よ!」
飛びかかる炎球で相手の視線を引きつけつつ、更に彼の足元の大地を突き破って氷の柱を出現させた。
完璧に彼の隙をついた一撃。しかしその攻撃すら、シラハは炎球を避けながら冷静に相殺する。これには思わず私も驚嘆してしまった。――なるほど、さすが王都の騎士はレベルが高い。
「魔法の生成が早い! あいつ、手数だけならシラハ補佐官と肩を並べるんじゃないか……?」
「補佐官と同じ中距離・連射型のタイプか。まぁあの連射がどこまで続くかだな。確かに手数と早さはそれなりだが、威力はそれほどではないし……」
見物人から聞こえてくる評価に、それなりの手応えを感じて心が躍る。
――魔法は、使い手によって得意分野が大きく異なってくる。
弓矢よりも遥かに遠い距離から軽々と魔法を当てられる者も居れば、手の届く範囲にしか影響を与えられないものも居る。
魔法の生成内容自体も無から有を作り出すのが得意な者、人に作用する者、物体を変質させる者など様々だ。
そのため、魔法使いと戦闘する場合は、相手が何を得意としているのか見極めることがまず重要となる。
そして、私は……。
「鬱陶しい……手数が自慢と言うのなら!」
ある程度私の攻撃を見て、もう十分だと判断したのだろう。
この戦いに決着をつけようと、身体に防御壁をまとわせたシラハは一気に距離を詰めてきた。
「っ!」
即座に炎球を繰り出し、突進する彼の身体にぶつけていく。
彼の編み出した防御壁は、そこまで強固なものではないようだ。いくつかの炎球が容赦なく彼の身体を抉り、痛手を与えていく。
しかし致命傷とまでならなかったその攻撃では、彼の決死の接近を押し留めることは叶わない。
「お覚悟を!」
シラハの剣が眼前で閃く。もうこれは、剣で受け止める以外防ぎようがない。
――中距離、遠距離戦が得意な魔法使いとの戦闘は、接近戦が一番有効だ。
魔法を繰り出す隙を与えず、物理で叩く……そう。彼の判断は戦略的に実に正しい。本来であれば。
ニィッと唇が吊り上がるのを止められなかった。シラハがハッとした表情を浮かべるが、もう遅い。
「《強化付与》《恩寵付与》、完了。はぁあああっ!」
――時間は十分に稼いだ。身体強化も、剣に付与した風の恩寵も既に準備万端。
後はもう、全力をもって手の中の剣を振るうだけだ。今まさに斬られる寸前のシラハの引き攣った顔が目に入るが、もう止められない。
嵐を纏った刀身は、あたり一帯を薙ぎ倒す風を吹き起こして――。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「――そこまでだ」
訓練場を根こそぎ廃墟に還さんと嵐が吹き荒れる。それを全力で振り下ろそうとしたところで、滑るように割り込んできた影が私の剣を受け止めた。
正確で最小限の動きと、言葉。静かな彼の気配が、身体の中で滾っていた興奮をそっと落ち着けていく。
まだまだ続けることはできたけれど、この辺で潮時だろう。
お行儀よく魔力の放出を打ち切って、得物を鞘に納めた。それを合図にしたように、ざわめいていた大気のうねりがしんと静まっていく。
――この魔法の行使を終えた後の静寂は、実のところ私が一番好きな瞬間だ。
大地に一人だけ取り残されたような、それでいて私の自分の存在が森羅万象に繋がっているような感覚を覚える瞬間。
「さすがだな、親友!」
そんなことを思いながら私がホッと静かな吐息を洩らしたところで、ガシッと力強く肩を抱かれた。顔を上げれば、随分と背の高くなった幼馴染が、あの頃と変わらないまっすぐな笑顔をこちらに向ける。
……その反応に、彼があの頃のまま私のことを親友だと思ってくれていることが伝わって来た。
そのこと自体は、嬉しい。だが、いかんせん距離が近すぎる。
恐ろしいほどの美形に顔を近づけられると、他意がないことはわかっていても心臓が痛い。眩ゆい笑顔を直視できなくて、視線をさりげなく足元に落とした。
「ありがと、ユーリ。ユーリの瞬間転移も精度が上がっているね。あの一瞬で寸分違わず私の前に転移するなんて、驚いた」
お世辞抜きで賞賛の言葉を投げれば、ユーリは照れを隠すように私の背中をバンバンと叩いた。
「あんなのは単なる小手先の技術に過ぎないさ。アレクの身体強化と魔法剣に比べれば、全然だ。さっきのあの一撃、止めなければ宿舎まで吹き飛んでいたんじゃないか?」
「あー……まー、ね?」
少しは加減を考えろと子供の頃から怒られ続けている私は、曖昧に返事をして苦笑いで誤魔化した。
久々に全力で戦える楽しさに、羽目を外しすぎてしまった自覚はあるのだ。……なにせ、先ほどまで受けていた試験のレベルがあまりにも低かったものだから。
「ご期待に沿えず申し訳ございません、隊長」
和やかな会話に加わったのは、先ほどまで私が対峙していた相手――シラハであった。応急手当を終えた彼は満身創痍ながらも、疲れた様子を見せない。
「いや、ご苦労。こうなる結果は予想ができていたからな。俺の親友は大したもんだろう」
「ええ。正直言って、完敗です。中距離魔法があれだけ優秀でありながら、本領は魔法剣と身体強化を用いた接近戦だとは……してやられました」
「次戦うとなったら、どうする?」
「時間をかけず、短時間で決着がつくように接近戦で挑みます。どうやら、あの身体強化と恩寵付与には時間を要するようですから」
「それに気づけただけでお前は十分優秀だよ、シラハ」
そう言って満足そうに頷くユーリの傍らで、私は肩を竦めてみせた。
……これだから、頭脳系の相手は嫌なのだ。まぁもちろん、強化なしの接近戦とて大人しくやられるつもりはないのだけれど。
「アレク、そんな楽しそうに臨戦態勢になるんじゃない。今日の模擬戦は、もう終わりだ。話の続きは、執務室へ行ってからにしよう」
苦笑交じりに窘められ、ユーリの後を追って歩き出した。
ちらりと横を見る。並んで歩きはじめたシラハは、何かじっと考え込んでいる様子だった。




