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4 素直になりません? (5)


 ――フローリア家の『二人の絆を深めよう作戦』決行日は、その二日後にやってきた。


「今日は途中で護衛の任を離れさせてもらいますね。ご当主様から別の依頼がありまして」

「ええ、お父様から聞いているわ。家の者を使わないで貴女に頼むなんて、珍しいこと」

「新しい魔道具の受取とのことですからね。詳しい私に任せたんでしょう」


 ギクリとしたのを悟られないように、無表情を心掛けながら答える。

 それなのにハーベスト嬢は私の顔を不審そうにしばらく眺めた後、ピン、と私の眉間を指で軽く弾いた。


「そんなに心配しなくても、大丈夫よ。代わりに、お父様が家の者をつけてくれたもの。――ほら、眉間にしわを寄せるのをやめてちょうだい? そんな怖い顔、ユーリウス様に見せられるシロモノじゃないわよ」

「確かに隊長は私のこの表情を見ると、嫌な顔をしますね。昔私に戦闘訓練でしごかれたときのことを思い出すって」

「ユーリウス様をしごくって、アナタどんな幼少期を送っていたのよ……」


 最近、ハーベスト嬢は私に呆れたため息をつくのが日課となっているらしい。今日もまた、上品さと傲慢さを見事に両立させたため息をついて、彼女は半眼で私を見やる。


「とにかく! お父様に言われた用事をサッサと済ませていらっしゃい。貴女が傍に居た方が心強いのは、その通りなんだから」




 この一月近く一緒に過ごしたことで、ハーベスト嬢も少しずつ私を信頼してくれるようになってきた――その信頼はまだ、私のファッションセンスを認めるところまでは来てないようだけれど。

 今の一言に何よりもそれを感じられて、嬉しい。だが、当の彼女はそう言ったきり、恥ずかしそうにつんとそっぽを向いてしまった。

 それもまた彼女の素直じゃなくて素直なところなのだと、最近は微笑ましく思っているのは内緒だ。


「ええ、それじゃ行ってきますね。……ディートスさん、ハーベスト嬢のことよろしくお願いします」


 よろしくね、本当に――と心の中でもう一度唱えながら、私はもどかしい婚約者たちに背を向けたのであった。



○   ○   ○   ○   ○   ○   ○



「なるほど。確かにこの魔道具の受け取りは、私に任せても不自然じゃないかもなー」


 フローリア侯爵のお遣いを終えた私は、中身を確認してからそんな感想を呑気に呟いた。

 気になるその中身は、ペアーの指輪だ。といっても、ただの指輪ではない。魔力を籠めると中央に埋められた宝石の色を変えられる、魔道具である。

 しかも、面白いのが宝石の色の変化は対になる指輪にも波及するということ。つまりあらかじめ色によってメッセージを決めておけば、これを使って一瞬で遠くにいる相手に状況を知らせることができるのだ。


(まぁまだ色の変化の種類も少ないし、実用品とは程遠いようだけど……)


 とはいえ、これを騎士たちの連絡道具として使えないか、という侯爵の発想は面白い。恋人の気の利いた贈り物、という方向だけでなく実用性に目をつけた彼は、やはり商売人としての才覚があるのだろう。


 受け取ったこれは第三魔法騎士団でテストしてほしいと、フローリア侯爵から頼まれている。

 そうやって彼が商売の手を拡げようとしていることくらい明白だが、魔法技術オタクが多数在籍している第三魔法騎士団(ウチ)の連中は確かに喜んで受け取りそうだ。それが彼の思惑通りに動いているようで、ちょっと悔しい。




(あれ、ちょっと戻るのが早すぎたかな?)


 目的地が近づくにつれ、喧騒が徐々に聞こえてきた。わあわあと慌ただしいざわめきと、揉め事から逃げ出そうとする人、逆に面白がって人垣を作る野次馬。

 キンキン、と剣を打ち合う音も聞こえることから『二人の絆を深めよう作戦』は今まさに渦中にあるらしい。このまま戻ってしまっては、作戦は台無しになってしまう。


(仕方ない、少しだけ時間を潰して――)


 素直に引き返そうとしたところで、うず、と私の好奇心が疼いた。――そこで感じたのは、できることなら二人の顛末をこっそり見届けたいという抗いがたい欲求。

 少しだけ迷ったけれど、自分の本音は偽れない。


(ちょっとだけ、ちょっとだけだから……)


 誰にも届かないそんな言い訳を脳内で繰り返しながら、私の足は人垣へと吸い寄せられていったのであった。



○   ○   ○   ○   ○   ○   ○



「お嬢様、こちらに! 大丈夫です、私がお守りしますから!」


 ボリュームを抑えながらも覚悟を決めた声が、聞こえてきた。人影に隠れながらそっと覗けば、護衛から受け取ったらしい剣を手にハーベスト嬢を(かば)うディートスの姿が目に入る。


 だが、ハーベスト嬢を励ます言葉とは裏腹に彼の剣を握るその手つきはまるきり素人のそれだし、剣の切先も震えて定まっていない。彼自身もこの状況に怯えているのは、明白だった。

 それでも彼の瞳に迷いはない。真っ直ぐに襲撃者たちを見据えるその瞳からは、背後に庇うハーベスト嬢のためなら命を失っても構わないという強い意志が伝わってきた。


(これは、心配しなくても大丈夫そうだね……)


 そう判断して、そっと安堵の息をついた。一応、ディートスが一人で逃げ出す可能性も危惧していたのだ。

 本来であれば、戦いの専門家でもない彼がこんな状況に耐えられるわけがない。腰を抜かしていないだけでも立派と言えよう。だというのに彼はそればかりでなく、婚約者のためにこの場を切り抜けようとしているのだから――。


(これが愛のチカラってやつなのかな……)


 イマイチ恋愛感情に疎いわたしはそんなことを考えて、ぺろりと舌を出した。ジョークを言ったつもりはないが、ちょっと気恥ずかしくなったのだ。




 まぁ何はともあれ、この茶番もそろそろおしまいだ。

 このまま進めば頃合いを見て護衛の一人が体勢を崩し、ピンチの場面を作ることだろう。そこで襲い掛かる暴漢に、ディートスが不格好でも剣を振り回してくれれば……後は、役者が適当に動いてくれるはずだ。


 それにしても、フローリア家の手勢というのは芝居にも通じているのだろうか。あらかじめ聞かされていた私でも、彼らの立ち回りや迫力にわざとらしさを感じられない。

 これなら、ハーベスト嬢やディートスが違和感を持つこともなさそうだ。


 完全に野次馬と化した私の視界の隅で、小さな影が動いた。

 振り向いた私の目に入ったのは、六歳くらいの小さな子供だ。こんなところに子供が近づいたら、危ないな――そう思ったところで、子供が服の下に隠すように何かを握り締めていることに気がつく。

 私がそれに気がついたのと、子供が突然駆け出したのはほぼ同時であった。子供が一直線に向かうその先は――。


「危ない!」


 必死で声を上げたが、交戦に夢中な護衛たちは気づいていない。子供の手の中で、隠し持っていた白刃(はくじん)(ひらめ)く。


「っ、当たれ!」


 咄嗟(とっさ)に足元を狙って、地面を爆撃した。こんな時こそ、「爆砕の騎士」の異名の見せどころだろう。

 爆発音と共に砂埃が巻き上がり、狙い通り子供が倒れ込む。だが、その勢いで手の中のナイフが勢いよく飛び出した。


「お嬢様!」


 ディートスが手を拡げて、立ちはだかる。耳をつんざくような悲鳴が上がると同時に、ディートスの身体が崩れ落ちた――。




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