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4 素直になりません? (3)


「君は……」


 私の長々とした説明を聞き終えた侯爵は、呆然とした声を洩らした。


「聞いていたよりも、ずっと理知的なようだね」


 反射的に「ハァ?」と言いそうになって、慌てて口を噤んだ。


 ――誰だ、私のことを「脳筋」と触れ回っているヤツは。

 どういう訳か、私には「脳筋」のイメージがつきやすい。何処に行ってもすぐにそんな評判が立つことには、実のところ密かに不満を抱えているのである。犯人が分かったら、一発殴り飛ばしてやりたい。


「いや、失礼なことを言った。すまない」


 私の顔を見て、侯爵はすかさず謝罪を口にした。

 どうやら私の感情は、本当に顔に出てしまっているらしい。あまりに迅速な謝罪に拍子抜けしてしまって、大人しく相手の言葉を待つ。


「まぁそこまで見えているなら、話は早い。君は娘と筆頭執事であるディートス君の関係は知っているかい?」

「はい。婚約者……ですよね」


 そうだ、と大きく頷いてからフローリア侯爵は組んだ手の上に顎を乗せる。


「親である私が言うのもなんだが、あのコはなかなか商売の才がある。嫁に出すよりもウチで実務に携わった方がその才能を活かせるだろう。そう考えて、アレが小さい頃から慕っていたディートスを婚約者に選んだのだが……」


 そこまで言ってから、身体中の空気を搾り出すような深いため息をつく。


「予想していた以上に、二人の仲が進まなくてね」

「ああ……」




 私も思わず同調の息を洩らした。

 相手のことを憎からず想っていそうな二人。でも、多少の歩み寄りがあったとはいえ、二人の仲は相変わらず余所余所(よそよそ)しいままだ。


「相性が悪いわけではないと思っているんだ。ただ、娘はあの通り、なかなか素直になれない性格だし、彼は彼で本心を見せない人間だからね。どうしたものかと、ずっとヤキモキしていたのだが……ここに来て、あの脅迫状が来た」


 脅迫状の話が今の話とどう繋がるのか、私にはさっぱりわからない。だが、侯爵の眼光が鋭さを帯びたことだけは感じ取れた。


「脅迫状が来た途端、ディートス君の態度が明らかに変わったんだ。それまでの彼は、執事として不適切だと思われぬよう一定の距離を保っていた。そんな彼が即座に護衛の手配をしたかと思えば、娘の傍を片時も離れることがなくなり、常に娘の安心を第一に考えて行動するようになった――正直、私は感動したよ。娘を本当に思っているからこそ、為せるものだ」

「確かに、ディートスさんは過保護ってくらいハーベスト嬢から離れませんよね」


 そうだ、と侯爵は重々しく頷く。


「そこで思ったんだ――この脅迫状事件は、()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないかとね」

「それで、事件を解決しても二人には黙っていたと?」


「ああ。ディートス君を出し抜いて犯人を見つけるのは些か苦労したけれどね。彼にはダミーの情報を色々与えてあるから、しばらく時間は稼げるだろう。一体どんな連中が娘を(おびや)かしたのかと心配したが……何のことはない。屋敷の備品を窃盗していたつまらぬメイドがクビを言い渡されたのを逆恨みした、というのがコトの真相だ。彼女を(そそのか)した情夫ともども身柄は抑えてあるから、もうそこについての憂いはないのだが……」


 おもむろに頭を上げ、侯爵は私の目を見据える。


「二人の間には、あと一押しが必要だと考えている」

「なるほど。それで私の協力が必要になるのですね」

「そうだ。私の計画としてはこうだ――二人が街中を歩いているところを雇った暴漢たちに襲わせる。そして娘が危機に陥ったところをディートス君が庇い……その事件をきっかけに二人の絆が深まる、と」


「ディートスさんが彼女を見捨てた場合、どうするんですか」

「そんなことにはならないと信じているが……まぁその場合は彼が思っていたほどの青年ではなかったということだろう。婚約者を変更することになるな」




 随分と勝手な言い分だ。娘であるハーベスト嬢のことばかり優先して考え、その心配を暴走させて周囲に多大な迷惑を掛けることになっているというのに、そこへの配慮は蔑ろにしている。

 そして何より――。


「いやいや、そこまで娘さんが心配だったら、素直になりません? この婚約はお前のことを考えてのものだって、直接言ったらそれだけでもハーベスト嬢の気持ちは変わると思いますよ!?」


 ぐ、と言葉に詰まってから、フローリア侯爵はそろそろーっと視線を外す。


「それができれば、苦労はしない……良いんだ、あのコに嫌われていても。あのコが幸せになってくれさえすれば……」

「ああ、もうっ……! 親子揃って素直じゃないんですから!」


 じれったすぎて、地団太を踏みたくなる。

 そんな私を尻目に「それで、だ」と侯爵は何事もなかったかのように話を続ける。


「ウチの者たちと襲撃の段取りについて相談をしていたのだが、襲撃のメンバーが口を揃えて『君が護衛についてる間はこの仕事をやりたくない』と言ってきてねぇ」

「……へぇ?」


 つい好戦的な笑みが洩れそうになって、慌てて表情を引き締めた。……なるほど、侯爵の手駒はなかなか相手を見る目があるらしい。


「それで、君を呼んだというわけだ。この計画にひと役買ってもらえないかとね」




「話は分かりましたけど……」


 様々な可能性を考えながら、私は慎重に口を開く。


「この話を聞いても、私はハーベスト嬢の傍に居る限りは護衛としての仕事に徹しますよ。それが仕事ですから」

「しかし、多少の手心を加えてくれるくらいは……」

「できません。護衛対象を危険にさらしたなんて、仕事に失敗したも同様ですから。それは私だけでなく、第三魔法騎士団に付け込まれる隙を作ることになる」


 ほんの僅かな瞬間、侯爵の顔にピリリと緊張が走り抜けたのは見間違いではないだろう。娘の幸せと同時に、あわよくば第三魔法騎士団(ウチ)に貸しを作ろうとしていたとすれば……なかなか人が悪い。


「いやまぁ、確かに言われてみればアレクサンドリア君の指摘の通りだね。……じゃあこういうのは、どうかな。今度の王都視察のとき、君は当主である私に指名された用事で娘の傍を離れなければならなくなる。そのタイミングで運悪く襲撃者に襲われて――という筋書きは。君の雇い主はフローリア家のはずだ。断れない命令で仕方なかった、となれば言い訳も立つだろう」


 小さく嘆息した。何を言おうと、彼に諦めるつもりはないだろう。であれば、私にできることは自分の選択が悪い結果を生まないよう慎重に行動することだけだ。


「わかりました。では、その当主命令はしっかりと形に残る形式で出してください。それと、私の上司であるユーリウス団長にだけはこの件、報告させてもらえませんか――」




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