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3 意外と良い人ですね (3)


 ――という訳で、翌日。


「うわぁ、本当にお金持ちってすごいんだなー。どこもかしこもゴージャスでキラキラだ」


 どうして自分が指名されたのかもわからないまま、私はあっという間フローリア家の屋敷に派遣されていたのであった。


「あっ、ハーベストお嬢様! 今日からしばらく身辺の警護をさせてもらいますね。ご存じとは思いますが、第三魔法騎士団から派遣されたアレクサンドリア・ソーリエです。よろしくお願いします!」




 元気よく挨拶を投げかける私に、ハーベスト嬢は何故か引きつった表情でこちらを見やる。


「貴女ねぇ……あれだけ嫌味を言われた相手のところに派遣させられて、どうしてそんな呑気な顔していられるのよ。これからイビられるとか思わないの?」

「えっ、私、イビられるために呼ばれたんですか?」

「違うわよ! ああ、もうっ……調子が狂うわね……」


 私としては至極真面目に答えたつもりだったのに、ハーベスト嬢は呆れたようにため息をつく。


「まぁ良いわ。護衛が必要になった経緯は聞いているのでしょう? 貴女には周囲に護衛だと知られないように、私のそばについて侍女として振る舞ってもらうから」

「侍女として、ですか……?」


「ええ。仕事の都合上、私はあまり物々しい護衛を連れて歩けないの。お洒落なブティックに無骨な騎士が居たら、せっかくの買い物も楽しめないでしょう? だから女性の貴女を指名したと」

「……なるほ、ど?」


 無骨な騎士と楽しい買い物の因果関係がわからず、曖昧に返事をする。

 その鈍い反応に、ハーベスト嬢の顔は呆れを通り越してもはや半眼になっていた。


「わからないなら無理に相槌を打つ必要はないわ」




 私との話を切り上げてハーベスト嬢がチラリと横に目をやれば、心得たとばかりに執事が恭しく封筒を持ってきた。

 一見すると至って普通の水色の封筒。既に開封された封筒の中にあるのは、一通の便箋だ。ぱらり、と何気なくその中身を開けば、黒々としたインクが私の視界を染める。


『お前を許さない。絶対に殺してやる』


 飛び散ったインクの染みが、相手の激情を物語っているようだ。たった一文なのに、思わず気圧されてしまう凄みのある文面。


「なるほど……」

「フローリア家ではなく、その三女に過ぎない私個人をわざわざ名指ししてくる脅迫状なんて、初めて受け取ったわ」


 ハーベスト嬢は冗談めかして言うが、その口調からはさすがに怯えが隠し切れずにいた。


「誰かから恨みを買った覚えは?」

「そんなの、生きていれば誰にだって思い当たる節はあることでしょう」

「つまり具体的な心当たりはないと?」

「ええ、そうなるわね」




 ふぅ、とため息をついてハーベスト嬢は顔を上げた。


「この屋敷に直通の脅迫状を出せている以上、これの差出人はそれなりに私のことを調べているのでしょう。とはいえ、こんな手紙一つで私の仕事を(おろそ)かにするわけにはいかない。というわけで信頼できる護衛を当家が見つけるまでの間、貴女には働いてもらうから」

「はい! そういう仕事だと、頑張ります!」


 元気よく返事を返したのに、彼女の眉間には何故かくっきりと深いシワが刻まれた。


「護衛の隠れ蓑とはいえ、私の侍女になるからにはそれなりの水準は求めたいと思っているのだけど……」


 チラリと私を一瞥(いちべつ)して、ハーベスト嬢は至って真剣な顔をしたまま嫌味たっぷりに肩を竦める。


「ガサツな貴女には難しすぎるかしら」




 ピッキーン、と私の額に青筋が立ったのがわかった。

 なるほど、ずいぶんな物言いだ。そこまで喧嘩を売ってくるというのなら、こちらだって容赦はしない。お望み通りその喧嘩、買ってやろうじゃないか。


「わかりました。それが仕事ということであれば、私は侍女の仕事をしっかりこなしてみせましょう。――ええ。立派な侍女になってやりますとも!」


 ――そうして、戦いの火蓋は切って落とされたのであった。



○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




 しかし。


「全然ダメね。やり直し」


 ハーベスト嬢の侍女の仕事は、なかなか一筋縄ではいかなかった。


 なにしろ彼女は、いちいち細かいのである。戸の開け閉めに始まり、傘の持ち方、お辞儀の角度……本当に一挙一動すべてにダメ出しを喰らうのだから、辟易(へきえき)とする。


 特に今朝一番に十回以上やり直しを食らった身支度は、本当にヒドかった。私の選んだハンカチの柄に、何の問題があるというのだろう。ハーベスト嬢のこだわりが、正直理解できない。

 何度もハンカチを目の前で広げ、彼女が気に入るまでたたみ直して衣装棚へと往復させられた悪夢のような時間。終わりが見えない仕事というのはどうやら人の精神を容易に擦り切れさせるらしい。


 とはいっても、侍女として振る舞うためには主人の判断は絶対。

 正解のわからないクイズに挑戦し続けているような徒労感を覚えながらも、必死で一つ一つの要望に試行錯誤で応えていく。




 ――そして、今。

 私は通算六回目の紅茶の淹れ直しを命じられているのであった。


「ウチの最高級の茶葉を使ってこんな味が出せるなんて、逆に才能なのかしら? 紅茶を淹れるには温度が重要だって何度も言っているでしょう。ほら、もう一度淹れなおしてきなさい」

「はい……」


 しおしおと肩を下げて、ティーセットを下げる。

 最初は茶葉の量、次に抽出時間、そして茶葉の蒸らし方ときて、今度はお湯の温度である。同じダメ出しを食らわなくなったあたり、進んではいるのだろう。でも、一体いつまで続ければ認めてもらえるのか……流石にそろそろ嫌になってきた。

 自分の淹れた紅茶をひと口飲んでみる。確かに、何度も淹れなおすうちに当初よりも美味しくなった気はする。ただ、これでもまだ不満と言われてしまうとなると――。





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