3 意外と良い人ですね (1)
「おっ、爆砕の騎士アレク! おはよーさん」
「おはよー。もう、その呼び方やめてって言ってるじゃん……なんか他の騎士団の人たちまで、広まってるんだけど」
「配属一日目で王都を吹き飛ばすとか、話題にならないワケないだろ。俺らの所為じゃねーよ、自業自得だって。言っとくけど、今の『爆砕の騎士』の知名度は、ウチの団長に次いで第二位だぞ?」
「うぅ……全然嬉しくない……」
同僚の言葉を受けて、私は騎士団本部の入口の掲示板に恨めしい視線を向ける。
掲示板のど真ん中に堂々と貼られている処分通告状には、こう記載されていた――『下記の者、職務を逸脱した破壊行為を行なったため三ヶ月の減俸処分とする アレクサンドリア・ソーリエ』。
――例の誘拐事件(間違っても王都爆発事件ではない)から一ヶ月。この目を惹く掲示もあって、私の不名誉な評判は見事に職場に定着してしまった。
おかげさまで人脈も広がり、王都にも随分慣れてきた面もある。でも、「爆砕の騎士」という二つ名に慣れる状況はなんとしても避けたい。慣れたくない。
ただ、このひと月で慣れてしまったこともあって……。
のし、と唐突に頭の上に重みを感じた。それと同時に、私の肩に力強い腕が回される。すっぽりと後ろから抱きすくめられ、朝の風に冷えていた背中が暖かな体温に包まれていく。
最初の頃は慌てふためいていた、今ではもう日常のひとコマとなった感触。
「団長、うっす。今日も相変わらずの定位置っすね」
「ああ。おはよう。……アレク、寝癖がついてる」
「ユーリ、そう言ってごく自然に髪ほどかないでもらえる? ああ、もうっ……」
抱き着いた私に朝の挨拶を告げながら、ユーリの長い指がスルっと髪をほどいていった。髪の感触を楽しむように二、三度手櫛を通してから、ユーリは櫛を取り出して私の髪を梳かしはじめる。
まるで自分の身だしなみをととのえているかのような、当然といった表情。私の抗議の声など、お構いなしだ。
小さくため息を飲み込んで、彼の気の済むように身を任せることにした。
逃げ出そうにもがっしりと右腕で抱え込まれているため、思うように動けないのだ。……別に、身体強化を使ってまで逃げ出したいほど嫌なわけでもないし。
「後でシラハと執務室に来てくれ……例の件だ」
手際よく髪を結びなおして、ユーリはもう一度私にのしかかるようにハグをする。甘えるような仕草とは裏腹に、告げる声は淡々としたもの。
了解の意を示すために片手を上げると、しばらく私の肩に顔をうずめてからユーリはようやく離れていった。
「本当に、団長はアレクのことを気に入っているよなー」
一連の流れが終わり去っていくユーリの背中に目をやりながら、同僚がしみじみと首を振る。私はそれに無言で肩を竦めてみせた。
――そう、この一ヶ月で慣れたもの。
その筆頭は、ユーリのこの距離感のないスキンシップで間違いないだろう。
ただ挨拶をするだけでも先ほどのように後ろから抱きついてくるのは日常茶飯事だし、私がちょっと目立った功績を上げれば嬉しそうな顔で頭をわしゃわしゃと撫で回す。仕事の話をしていたはずなのに、気づけば膝の上に乗せられていたことだってある。
最初のうちこそ女嫌いのはずの団長とは思えないその奇行は、多くの騎士達をぎょっとさせていた。「団長がおかしくなった!」と医務室までユーリを引っ張っていこうとする者まで現れたほどだ。
でも、今ではもうそんな彼の過剰なスキンシップも、見慣れた光景として生ぬるくスルーされて久しい。
……それは、私にとっても同様で。
彼のコミュニケーションに慣れきってしまった私は、いつの間にか目が潰れるほどのイケメンであるユーリに抱き締められる状況に、そよとも心が動かなくなっていたのであった。
当初は赤面したり取り乱したりと初々しい反応を見せていたものだが、慣れというのは本当に恐ろしい。ユーリの顔面は今でも綺麗だとは見惚れているから、そこが慣れたわけではないようだけど。
彼のスキンシップに過剰反応しなくなったのは、ユーリから一切下心を感じないというのが大きいだろう。
なんというか、大型の犬に懐かれているという感覚が一番近い気がする。「遊ぼ遊ぼ!」と全力で尻尾を振りながらじゃれついてくるあの感じ。
そんな気配を漂わせながら良い笑顔でやって来るユーリを拒めるわけがない。異性として意識されていないのは、もとから承知の上である。
――とはいえ。そんな状況を快く思わない人たちも、もちろん居るのだけれど。
「今の、ご覧になりました? なんてはしたない……」
「普段は男性に混ざって剣を振り回しているのよ? きっと、私たちとは異なる感覚をお持ちなのでしょう」
「そんな非常識な方にまとわりつかれて……ユーリウス様、お可哀想に……」
ちらちらとこちらに視線をやりながら、見知らぬ令嬢たちは私に聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で囁きを交わす。
今の光景、本当にちゃんと見てた? と彼女たちのところまで歩み寄って聞いてやりたくなった。どう見てもユーリの方が私にへばりついていただろうに。
まぁでも、自分に都合の悪いことは見ないフリをするのは彼女たちの通常運転だ。何を言っても、無意味だろう。
……ただひとつ確実に言えることは。
せっかく慣れてきた職場に、同性の友人はできそうにないということである。
「もう少し弁えるべきではなくて? ユーリウス様はスティンガー侯爵家の後継者で、貴女はしがない田舎の子爵家の末娘。どう考えても釣り合わないわ」
陰口だけではない。数こそ多くないものの、直接私に文句を言う人間だって居るのだった。
演習に向かう私の前に立ち塞がった人影に、私はこっそりとため息をついた。
明るい金の髪をきっちりと結い上げ、隙のないドレス姿で佇む彼女は、間違いなく私とは分かり合えないタイプの人間の筆頭だろう。
ハーベスト・フローリア嬢――この国屈指の商会であるフローリア商会の三女という、生まれついてのお嬢様。
見るからにゴージャスなオーラを纏った彼女はどうやらユーリと仲良くする私が気に食わないらしく、こうして遭遇するたびにわざわざ面と向かって苦言を呈してくるのであった。
「家柄が良く、気品もあって美しい人物こそ、ユーリウス様に相応しい……たとえば私のような、ね。お前もそう思うでしょう?」
「ええ、お嬢様。おっしゃる通りです」
付き従う執事が感情の読めない微笑みを浮かべたまま、同意の言葉を口にする。その反応に、何故かハーベスト嬢は不愉快そうに唇を歪ませた。
「お前の言葉は薄っぺらいのよ」
苛立たしそうにパチン、と扇をたたみ足早で立ち去っていく彼女を、慌てたように執事が追いかけていく。
……一体、その返答の何が気に食わなかったのだろう。
一方的に罵倒された私は訳も分からず、嵐のように去っていった彼女の後ろ姿を呆然見送ったのであった。




