1 私、女ですけど!? (1)
――幼い日の約束を信じ続ける者が、果たしてどれだけ居ることだろう。
『約束する。何が起ころうと、僕たちは一生友達だ』
交わした約束は、稚拙で無謀で夢見がちで……。
そして、だからこそ。
――なによりも真っ直ぐで、純真な誓いであった。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「ここで休憩とする! 志望者各位はこちらで待機、次の案内を待つこと!」
試験官の言葉と同時に、会場中の空気が一気に弛緩した。
緊張の面持ちだった女性たちは皆少し安堵した表情になり、知己らと会話に興じ始める。親しげな会話の切れ端が、さざめくように周囲に広がっていく。
そんな様子を眺めながら、私は人知れずそっとため息を吐き出した。
辺境の領地から初めて王都へやって来た私に、知り合いなんて居るはずもない。目立たぬように人混みの端の方に寄りながら、聞くともなしに周囲の会話に耳を傾ける。
国王の第三子であり、唯一の王女であるカメリア王女。そんな国の宝である彼女が、もうじき待望のデビュタントを迎えることになる。
彼女の身辺を守るため、今後は同性の女性騎士がより一層必要とされるだろう――そう考えた王家が設けたのが、今回の女性近衛騎士採用試験だ。
中央の情報などほとんど入ってこない辺境の子爵家にまでその通達が来たというのだから、王家の本気のほどが窺えるというものだ。
貧乏子爵家でロクに貴族教育を受けることができなかった私だけれど、辺境という生まれ育った土地柄もあって腕にはそれなりの覚えがある。
今年十九となった私は、遅ればせながらも自身の将来について考えはじめていたところであった。領地で兵士たちの補助をするという進路も良いかなと考えていたのだが、こんな良い選択肢が出てきたのなら話は別だ。
近衛騎士になれれば、もっと直接的に稼いで家の役に立てるのだから。
……とまぁ、そんなわけで、私は一生来ることがないと思っていた王城へとやって来たのである。それなりのお金を払ってここまで来たのだ、叶うことならこのまま無事に仕官を果たしたいところだが……。
(なんか、イヤな感じ……)
居心地の悪さに、つい落ち着きなく身じろぎする。
一見すると、ただ友人たちと会話に興じているだけの令嬢たち。それなのにその彼女たちの視線がチラチラと意味ありげにこちらに向けられているように感じるのは、気の所為ではないだろう。気配に敏感なことには、自信があるのだ。
――漏れ聞こえる情報から察するに今回の近衛騎士選抜、純粋な実力だけでなく家柄や派閥も考慮に入れられているらしい。
もちろん、本来の護衛としての実力もある程度は必要だ。しかし、実際のところ女性近衛騎士に求められるのはどちらかというと侍女の仕事に近い。
そして王女の身辺に配置される者ということは、少なからず政治的な思惑が絡んでくる。純粋な強さだけでなく、当人の背景まで重要となってくるのだ。
ということで、試験が始まる前から合格者どころかその役職まである程度根回しが済んでいたところで……予想外の人材、私がやって来たと。
(まぁ実技試験で全員を五秒以内にのしちゃったからねー。不合格になることはないと思いたいけど……)
そんなもの知らなかったとはいえ、暗黙の秩序を壊した私への視線は冷たい。もし首尾よく合格したとしても、ここでの生活が針の筵になることは目に見えていた。
(面倒くさい……騎士の世界って、実力主義じゃなかったの……?)
貴族社会の迂遠なやり方に、うんざりした気分になる。
知り合いも居ない、故郷からも遠く離れたこの場所で、こんな気の合わない連中とやっていかなければならないのか――そんな絶望的な気持ちになったところで、ふと気がついた。そういえば、自分にもこの王城に一応知り合いがいるのだと。
(と言っても、最後に会ったのは十年も前の友達だけれど……)
だが、幼年期の一年を共に過ごした存在は貴重だ。あの頃のキラキラと輝く思い出の欠片ひとつひとつに、あの子がいるような気がしてならない。
「元気かなぁ、ユーリ……」
久しぶりに、幼馴染の名前を呟く。黒いツヤツヤの巻き毛と、ぷくぷくのほっぺの可愛らしい男の子。彼はどんなふうに成長しているだろうか。
そんな物思いに耽っていたところで、ざわりと周囲の空気が浮き立ったのを肌で感じた。こちらに向けられていた周囲の視線が、ざっと別の方角へ一斉に向けられる。
「騎士団の皆さまよ!」
「ユーリウス様もいらっしゃるわ、相変わらず素敵……!」
「あの冷たい視線が良いのよねぇ、女性に興味ありませんって感じで」
「二十二歳という若さで騎士団長になる実力派で、さらに次期侯爵家の当主! 女嫌いなのが玉に瑕だけれど、だからこそ独身でチャンスがあると思えば……」
周囲の囁きかわす勝手な言葉を耳にしつつ、何気なく彼らの視線の方へと目を向けた。その先になるほど、彼女たちが騒ぐに相応しい見目麗しい男性たちがこちらにやって来ているのが見える。
揃って深緑の軍服に身を包み背筋をぴしりと伸ばした彼らは、それだけで女性の視線を惹きつける魅力を放っている。きびきびとした無駄のない足取りは、軍人特有のものだろう。
王城に務める若い騎士ともなれば、確かに女性陣にとって憧れの的になるのも無理もない。
そんな彼らの中で一人、際立って異彩を放っている男が居た。
周囲が彼女たちに愛想良く笑顔を振り撒いている中で、彼は一人だけ眉間に皺を寄せて不機嫌そうな様子を隠そうともしていない。それは、自分が女性たちの関心の的であること自体が不愉快だと言わんばかりの表情。
それなのにその風貌は、他人の目を否応なく惹きつけるだけの圧倒的な魅力を持っていた。
短い黒髪、均整のとれた肉体。
彫りの深い顔立ちは稀代の芸術家が丹精込めて作り上げた芸術品のようで、日に焼けてもなお白い肌は健康的でありながらゾクリとする背徳的な美しさを纏っている。そこに一筋かかる一筋の黒髪が、妙に艶めかしい。
(うわぁ、格好良い人だなぁ……)
周囲の令嬢方同様に、私もつい目を奪われてしまった。
すっと通った鼻梁と顰められた眉、引き結んだ薄い唇。不愉快そうな表情であっても美しさを損なわないその男性の瞳は、新緑のような鮮やかな翠で――。
(あれ? あの瞳、どこかで見たことあるような……)
私が既視感を覚えるのとほぼ同時に、彼もこちらにスッと視線を向けた。意図せず視線が交わり、彼の目が驚きに見開かれる。
「アレク! アレクじゃないか! 久しぶりだな!」
――彼の見せた満面の笑みに、周囲がざわりとどよめくのがわかった。
「嘘でしょ? ユーリ様があんな風に笑うなんて……」
「でも、あの笑顔もなんて素敵なの……うっとりしちゃう!」
「あんな甘い笑みを向けられるなんて、羨ましいわ。あの方は一体どなた?」
周囲を驚かせた彼の喜びの声が自分に向けられていると気がつくには、しばらく時間が掛かった。
確かにその愛称は私が小さな頃によく呼ばれていたものだけれど……。
反応の鈍い私に、彼は焦れたように言葉を重ねる。
「俺だよ、ユーリだよ! 本当に懐かしい、十年ぶりくらいじゃないか? アレクにはずっと会いたいと思っていたんだ!」
「えっ、ユーリ? 本当に……?」
言われてみれば確かに、そのカラーリングは私の幼馴染と同じもの。とはいえ、その美貌の顔立ちに幼い頃の面影を見出すことは難しい。
いまいち感情がついてこない私を前に、ユーリは何度も頷いてみせる。
「ああ、まさかこんなところで会えるとはな。――今日は一体、どうしたんだ?」
「登用の試験だよ。王城で働こうと思って」
姫様の――と続けるより先に「やっぱりそうか!」とユーリは嬉しそうに私の手を取る。
「アレクの腕前なら、絶対騎士になれると思っていたんだ。行こう、団長である俺が案内するよ」
「え? あの……」
ぐいぐいと腕を引かれて、私は戸惑いの声を上げた。
周囲を見回せば、私と同じ受験者たちの鋭い視線が突き刺さる。彼らを置き去りにして自分だけ先に行ってしまって良いのだろうか。
だが自信に満ちたその姿に、責任者である彼がそう言うのなら、と結局は大人しくついていくことにした。私だって、久々に会う幼馴染に積もる話は色々とあるのだ。
二人で飼っていた仔犬の現在や、秘密基地がどうなったか、引退後の師匠の冒険譚――話したいことは色々とある。
――でも、私の見た目に驚いてはくれなかったな。
そんなつまらない感想が浮かんで、苦笑いが浮かんだ。
一緒に泥んこになって遊んでいた幼年時代。あの頃の私は、少年のような出で立ちをしていた。
アレクサンドリア・ソーリエという私の正式な名前を口にする者はなく、周囲から呼ばれるのは「アレク」という愛称。そんな呼び名も相まって、ユーリは私のことを男だと思っていたのではないだろうか。
……まぁ正直言って、思い立ったら即行動の猪突猛進なところも、くよくよ悩まない楽天的なところも、戦闘訓練が大好きなところも、あの頃からあまり変わっているわけではない。
突き抜ける晴天のような私の青い瞳は、今でも悪戯っ子の輝きをしていると家族からも評判だ。
でもそうは言っても、短髪だった私の銀色の髪はひとつに結えても背中まで来るほど長くなったし、身体つきも顔だちも成長して十分女性らしくなった……はずだ。いつまで経っても大きくならない胸の話は、いったん置いておくとして。
そんな昔から大きく変わった私の姿に、ユーリも多少は驚いてくれると思ったのだが……肩透かしの反応に、少しだけ不満を覚える。
(お前、女だったのか……!? みたいな、お約束の反応を期待していたんだけどなぁ)
つい目の前の大きな背中にジト目を向けたが、そんな気持ちが通じるわけもない。大股にズンズンと歩く彼の速度は、一切緩まなかったのだった。




