97.共存
メロは王都ハルザウスを訪れていた。
アガトの話を聞き、それから仲間たちとも話をした。それからは各自の生活は少し様変わりした。各々にとって思うところがあり、自分で考えなければならないことも多かった。
だけど、変わらないこともある。先のことはともかく、これまでと同じように自分たちは今ここで生きているのだ。だから、同じように過ごす必要もある。
そのため、メロは今までと同じようにハルザウスに食料その他の生活必需品を買い出しに来ていたのだ。
それからもう一つ。あのとき、幻獣と戦ったときに人間から馬車を借り受けた。そのおかげでクロノを無事に仲間たちのもとへ搬送することができた。その馬車を返すためという目的もあった。
できれば直接会って礼を言いたいところではあったが、メロもあまり目立つような行動を取るのは難しく、赤の団の人間がどこにいるのかを探ることは難しかった。だから、最悪の場合は目立つような場所に馬車を放置しようと考えていた。この馬車には騎士団と赤の団の紋章が刻まれており、それを知る者が見つけたならそちらへ連絡が行くはずだからだ。
だからそれは偶然だった。
「……あれ? お嬢ちゃん?」
後ろから掛けられた声に振り向くと、そこにはどこかでみたような男が笑顔を浮かべていた。
それ自体はおかしいことではない。あまり目立たないようにはしているものの、こうして何度もこの街を訪れていれば知り合いもできる。特に、メロの姿はどうみても子供にしか見えないため、それなりに強い印象を残してしまう。だから向こうが自分のことを知っていてもおかしくはない。
ただ、メロはそれが誰なのかわからなかった。
「騎士さん……ですか?」
視線を巡らせて男が身に着けているものから推測する。顔に心当たりはないが、その軽鎧にはなんとなく見覚えがある。
その探るような視線に気付いたのか、男は苦笑を浮かべる。
「そういや名乗ってはなかったな。俺はブロンテ。ずっと君には礼を言いたかったんだ」
「礼、ですか? ……何の?」
「何のって命を助けられた礼さ。あのとき君が助けてくれなかったら俺は、いや、俺たちは間違いなく死んでた」
「ああ、あのときの……」
言われて思い出す。いまだに顔は思い出せないが、幻獣に殺されそうになっていた三人のうちの誰かなのだろう。だとすれば礼の意味もわかる。
ブロンテは再び苦笑する。相手が自分の顔を覚えていないどころか、おそらくあのとき見てすらいなかったことを理解したからだ。
「ちょっと、時間いいかな。お礼と、少し話も聞きたい」
その提案にメロは戸惑うが、礼を言いたかったというのはメロの方も同じであったので断ることもできず同行に同意する。
ブロンテは近くにある行きつけの店に案内すると、店主に話をつけ個室を用意してもらうとそこに二人で入る。
「改めてありがとう。君のおかげで俺も仲間も生き延びることができた。感謝してる」
ブロンテはそう言うと頭を下げる。
「いえ、お礼を言いたいのはこちらもです」
「お礼? お嬢ちゃんが?」
「はい、あのとき、そちらの団長、さん? のおかげで私たちも助かったから」
「そりゃ、そうかもしれないが……」
そう言われてもブロンテとしては反応に困る。
ブロンテも余裕があったわけではないためはっきりと見ていたわけではないが、あの場を切り抜けることができたのは団長であるアルガスが命を懸けたからだということは理解している。
ただ、その礼をブロンテに言われてもどうしたらいいものかとなってしまう。
「……俺たちは騎士、だからね。君のようなまだ小さな子がそんなことを気にしなくていい」
「あっ……」
そこでメロも思い出した。まだ自分のことを何も話していなかったことに。
「申し遅れました。私の名前はメロ。……ちなみにですが、こう見えても小さな子、なんて言われるような年齢ではないですよ」
「……は? そうなのか?」
「はい。あなたより……は年下だと思いますが、少なくともゼフィよりは年上です」
「嘘だろ……?」
驚愕の目で見つめられながら、メロはその帽子を脱ぐとぺこりと頭を下げる。
その頭の上で揺れる耳を興味深そうに見ながらブロンテは軽く笑みを湛える。この場でわざわざそれを見せてくれたということは多少なりとも心を開いてくれているということだろう。
わかっていながらもこうして接しているとただの人間にしか見えなかったが、その耳を見ると人間ではないのだと改めて実感する。
「こういう不躾なことを聞くのはあまりよくないのかもしれないけど、魔人について教えてほしいんだ」
「魔人、ですか?」
メロは首を傾げる。
魔人が何者なのか。それについてはアガトがそれなりに話をすると聞いている。王の御前にまで出向いて今後のことを説明する際に、魔人についても話をする必要があるからだ。
もちろん、そこで得られた情報が全ての騎士に伝達されているとは思っていない。共有されていない情報もあるだろう。だけど、このブロンテという騎士は騎士団の中でも精鋭の赤の団の騎士だと聞いている。であればおおよそほとんどの情報が教えられているはずなのだ。
「……まぁ確かに、ある程度の話は俺も聞いてる。だけど、直接話を聞いておきたくてね。いいかな?」
「それは、構いませんけど……」
「まず、俺たちのことはゼフィから聞いたのかな?」
メロは先程ゼフィの名前を出した。それはブロンテがゼフィと知り合いであるということを前提としたものだ。
だけど、ブロンテが声を掛けたとき、メロは明らかに誰だかわからないという表情を浮かべていた。それはつまり、ブロンテという人間ではなく、その装備から赤の団だと気付いたということだ。
メロは頷く。
「そう、ですね。確かにゼフィから聞いています。以前に赤の団にいたことも」
「……ゼフィとはそれなりに親しいのかな?」
ブロンテもゼフィの性格は知っている。
二年ほど赤の団として共に過ごしてきたが、ゼフィはあまり自分のことを語ることはなかった。噂で聞いたところでは、ゼフィはフェイヴァーの家に拾われたときには過去の記憶を失っていたらしいが、それを抜きにしても拾われてからの自分の話をすることも少なかった。
そんなゼフィがよく知らない相手に自身の過去のことを喧伝するようなことはないだろう。
「うーん、それなり、ですかね。……仲間たちの中にはもう少し仲良くしている者もいますけど」
「そうなのかい?」
「ええ。仲間にはカイっていう私の……弟的なのと、ハルカっていう妹的な子がいるんですが、その二人はなかなかゼフィとも深く関わりを持っているかと」
「カイ? どこかで……。ああ、そういえば一度見たことがあるな。確かにあのときすでにゼフィとは知り合いみたいだったしな」
ブロンテは思い出す。あの日、ゼフィと共に幻獣という強大な魔獣と戦ったとき、その戦いの終わりに突然現れると、一撃でその魔獣にとどめを刺した。
その後、ゼフィとイリスの二人と話しをしていたことを覚えている。その詳しい内容については理解できなかったこともあり覚えてはいないが、多少揉めてはいたものの、それほど険悪な雰囲気ではなかったと記憶している。
「君も、そういう繋がりでゼフィと知り合ったってことかい?」
「いいえ、私がゼフィとあったのはたまたまでした。アルトミーの街で男に絡まれてるところを助けてもらったんです。そのあと、ゼフィと会ってあのときの、って感じでした」
「へぇー、そんなことあるものなんだな」
感心したような声を出すと、ブロンテは一つ咳払いをして仕切り直す。
「……それで、本題なんだが」
「はい」
「君たちは、結局何をやろうとしてるんだい?」
ブロンテは尋ねる。少し申し訳無さそうに。
団長であるシュタープからある程度の話は聞いている。ゼフィが魔人を連れて王宮を訪れたこと。そして、そのときにそのアガトという魔人が何を言ったのかを。
だけど、その神になる、という言葉の意味がよくわからなかった。いや、なんとなくは理解できていたのだが、ブロンテが抱く魔人の印象がそれと重ならなかった。もちろん、ブロンテの知っていることなどたかが知れている。魔人の何を知っているのかと言われたらそれまでのことだ。
それでも、ブロンテにとって魔人とはそのようなことを言い出すような存在ではなかった。それはゼフィが信頼を寄せている様子からもわかる。
「私たち、というと少し難しい話になりますね……」
君たち、というくくりでの話となると説明が難しい。確かにメロはすでに一応は自分の立ち位置を決めている。だけど、魔人たち全員がそれをすでに決めているわけではない。いまだどうすればいいかわからないという者もいるし、迷っている者もいる。
あくまでこれはアガトの話にすぎないのだ。
「……いや、すまないな」
「何がでしょう?」
「本当はこんな話をしたいんじゃないんだ」
ブロンテは自嘲するように顔を歪めで苦笑する。
もちろん、話を聞きたいというのは嘘ではない。魔人について聞きたいという思いは本当だ。おそらくは今何かが起こりつつあるというのは肌で感じている。これまで全く話に聞くことすらなかったはずなのに突然に現れ始めた幻獣という存在。今まで姿を隠していたにも関わらず表舞台に現れた魔人という存在。
きっと、何も知らないままでは時代の変化に取り残されてしまう。そんな危機感を抱いているのは間違いない。
だけど、こうしてここに招いたのはただ礼を言いたかったからだ。
「ただありがとうって、そう言いたかっただけなんだが。……なんだか、それだけで終わらせるのも味気なくてね」
そう言ってブロンテは肩を竦める。
このように事情聴取のようなことをしてメロを困らせてしまうのはブロンテにとっても本意ではない。
そこでようやくメロにも笑みが浮かぶ。
こうして話を聞きたいと言われて少し警戒していたところもあったのだ。
「……いいよ。気にしないで」
メロが笑いながらそう答えるとブロンテは一瞬驚いたように目を丸くするが、すぐに笑みを浮かべる。
「お詫び、とは違うけど、君の方から何か聞きたいことはないかい?」
「聞きたいこと……。なら」
メロは少しだけ考え込むと、すぐに尋ねる。
「私は、私たちは人間と共存できると思う?」
それはある意味では先のブロンテの質問への答えでもあった。
こうして自分たち魔人は姿を現した。そして、これからアガトが起こす行動により、魔人の存在はさらに公に知られることとなる。だからもうこのままではいられない。人間とどう関わっていくか考えなければならなくなってしまった。
それをアガトのせいだと言ってしまうのは容易い。
だけど、逆に言えばアガトがそうしなければ自分たちはずっとこのままだ。いったい、いつまで自分たちはこうしてこそこそと隠れて生きていくのか。そもそも、なぜ、自分たちはこうして隠れ住まなければならないのか。
自分たちは何も悪いことなどしていないのに。
「……難しいな」
ブロンテはそう返すことしかできなかった。
それはこれまでにも多くの者がぶつかってきた問題だ。今を生きている人間に限らず、過去から今に至るまで様々な権力者が解決することができず、その存在を闇に隠してきた。
「君は、そうしたいのか?」
「そう、だね。……私たちが今どうやって生きているか、知ってる?」
ブロンテは首を横に振る。
想像はできなくもない。これまでその存在を誰も知らなかったということは誰の目にもつかないような場所で暮らしてきたということだ。たとえば深い森の中。たとえば高い山の上。
そして、今のこのメロのように、ときおりこっそりと街を訪れては必要な物を補充しているのだろう。
「お金はどうしてるか知ってる?」
「お金。……魔石、か?」
メロは頷く。
ブロンテはこれまで考えたこともなかったが、魔人も生きていくためにはお金が必要になる。そのお金をどこで稼いでいるか、と考えたならば魔獣を狩って得た魔石を換金しているのだろうということが思い浮かぶ。
魔人についてあまり詳細は知らないが、普通の人間と比べると非常に強い力を持っていることはわかっている。少なくとも、目の前にいる少女が自分より強いということは間違いない。
だからそれが最も簡単で効率のいい方法だと考えられる。
やはり普通に街に紛れ込んで職を得るというのは難しいはずだ。
「もしも、それができなくなったら?」
「できなく? ……どういう意味だい?」
ブロンテがそう聞き返すがメロは何も答えない。
真剣な目でじっとブロンテを見つめ返すだけだ。
結局、なんと答えればよいかわからなかったブロンテが考え込んだ末にそっと目を逸らすと、メロは軽く苦笑する。
そのとおりだ。きっとどうにもならない。
「そう、だな……。今のままじゃ」
「うん。だから、私たちも変わらないといけない」
「なるほど、そういうことか」
「それが、私たちのすべきこと。―――だって私たちは、これからも生きていくんだから。この、世界で」
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