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9.天使

 朝、目覚めた二人はその事態に気付くと大慌てで周囲の探索を始めた。

 ゼフィは物理的な痕跡を探り、イリスはいくつかの魔法を使い、そうして二人が出した結論はもうこの近くにはいないということだった。


「どうして……」


 その事実に落胆し項垂れるイリスにゼフィはなんと声を掛けていいのかわからなかった。短い付き合いにも関わらず、二人がとても仲良くしていたことは道中でもわかってはいたが、それだけに理由がわからなかった。

 痕跡自体はいくつかは簡単に見つかった。そこからわかることは、ミューが夜中に自分から抜け出したということと、昨日渡された魔道具を使ったということだ。あれがミューを操作しているものであるということでなければ、それはミュー自身の判断であるということになる。

 とはいえ人間を操るような魔道具の存在などはいまのところ確認されてはいないのだから、いかにあの魔人の得体が知れないと言ってもその可能性は限りなく低い。

 いないとはわかっていても、ミューを置いて先に進むことができず、二人はしばらくそこに留まっていた。そうしてしばらくの時間を無為に過ごし、少し遅めの昼食にでもしようとした頃、それは訪れた。

 空から羽ばたきと共に降り立った女性の姿に、ゼフィは村長が聞いたという報告に白い羽の女性がいた事を思い出す。


「……天使?」


 一言で形容するならその言葉だった。その白い羽もその姿もどこか神々しく、そしてその白い姿に白銀の長い髪はとても美しく見えた。

 ゼフィのその言葉に瞠目して驚くと、何かを考えるような仕草をし、やがて女性はくすりと笑った。


「あなたたちに手紙を預かってきました」


 ゼフィはその手から手紙を受け取ると、少し逡巡した後、それをイリスに手渡す。これがミューからの手紙であるならば先にイリスに読ませてあげたいと思ったからだ。

 イリスは大事そうに丁寧にそれを開くと噛みしめるようにゆっくりと読み進める。初めから終わりまで、三度ほど読み返すと納得したような寂しそうな表情を浮かべ、それをゼフィへと返す。

 それに書かれていた内容はいかにもミューらしいものだった。何度も繰り返される感謝と謝罪の言葉、これが自分の意志であること、少しの間ではあるが二人といられて楽しかったということ。

 ゼフィはミューの書いた文字を見たことがなく、少しは別人が書いた可能性も疑っていたが、その言葉遣いが本人のものだと如実に語っていた。


「何か伝言があれば承りますが? それともあなたも何か手紙を書きますか?」

「書きます! ……少し待っていただいてもよろしいのですか?」

「ええ、そのくらいでしたら」


 その言葉を聞くと、イリスは大急ぎで荷物を漁り始める。そうしてそれに取り掛かるとしばし、二人きりの状態になる。


「あなたは書かなくてもいいのですか?」

「そう、だな……俺はあの子とは一日の付き合いだからね。ただ、『もう少し君と旅をしたかった。俺も楽しかった』と伝えてほしい」

「わかりました。確かにそう伝えます」


 ちらりと一瞬だけ手紙を書いているイリスの方に視線を送ると、話を変える。


「……今後、彼女に会わせてもらうことはできるか?」

「それは……どうでしょうか。すぐに、という話であれば難しいでしょうね。いずれ、であれば可能かもしれません」

「それは、ミューが望んでも、か?」

「いえ、あの子が会いたいと望むのなら我々はそれを止めることはしないでしょう」

「つまり、ミューの事情だと?」

「……」


 答えはない。表情から察するにそうであるとも言えるしそうでもないとも言えるというところだろうか。

 ゼフィにもなんとなく何か簡単には解決できないような複雑な事情が絡んでいるということは垣間見ることができた。そして、それを解決しなければおそらくミューは自由には動けないであろうことも。

 ふと、ゼフィはその女性が自分をじっと見つめていることに気がついた。それはミューの話というよりも、ゼフィに何かしら思うところがあるかのように見えた。


「……俺に何か?」


 そう尋ねると、女性は少しだけ迷ったような仕草を見せた後、口を開く。


「はじめに光あり。赤、青、緑、白、黒、五の精霊この地に降り立ちそれを世界と成す」

「……は? えっ?」

「―――それは創世記の一文ですね。この世界の成り立ちだと伝えられています。……これ、手紙書けました。よろしくお願いいたします」


 唐突な言葉にゼフィがぽかんと口を開けていると、イリスが後ろから補足をし、手紙を差し出す。深く頭を下げられたそれを女性はしっかりと受け取る。


「ええ、受け取りました。確かにあの子に渡します」

「先程の話、聞こえていました。……やはり会うことはできないのでしょうか?」

「さっきも言ったように難しいでしょうね。……そうですね、私個人の意見を言わせてもらえれば、きっといつかは会えると思います」

「いつかは、ですか……」

「ええ、それにはあの子の強い意志も必要になります。あの子のためにも少し待ってあげてください。―――それでは、いずれまた会いましょう。ゼフィさん、イリスさん」


 そう言うと、その女性はふわりと羽ばたいて空へと上っていく。

 イリスは一瞬呼び止めようかと手を伸ばしかけるが、諦めてその手を下ろす。本当にこれで良かったのだろうかと迷いが浮かぶ。

 そんな姿を見かねてゼフィが声を掛ける。


「きっと大丈夫さ。信用できない相手には見えなかった」

「……はい」

「ただ、色々と気になることはある。結局……魔人とは何なんだろう」


 魔人。そういう存在がいるのではないかとまことしやかには囁かれていた。それは一部の者たちだけではなく一般の多くの人間、たとえばここのような森の奥の村の人間でさえも知っている存在だ。だがそれは子どもに聞かせる怖いおとぎ話のようなもので、本当に実在すると考えている者はほとんどいないだろう。

 あるいはゼフィは知らなかったが、国の上層部には存在を認知している人間もそれなりにいるのかもしれない。ただ、少なくともイリスからは知らなかったと聞いている。

 気になるのはその不統一感だ。ゼフィが初めに出会った男はゼフィの想像するいかにも魔人という男であった。だが次に出会ったカイと名乗った男や、今ここを訪れていた女はあまり魔人という感じはしなかった。


「一応の話ですが、人間に似た姿であり、人間よりも遥かに強い力を持つ者とされています。……少なくともゼフィさんに攻撃した男は人間の力を遥かに超えていると思いました」

「それは、確かに……」


 であるならば、人間のようであって人間でないもの、それらの総称が魔人ということになる。

 実際に獣人の男、カイの速度は桁外れであった。身体能力に特に優れているゼフィですらほぼ反応することができなかったし、遠目に見ていたイリスでも見えない程にその動きは速かった。

 やはりそれは分類するならば人間ではない存在、つまり魔人となるのだろう。


「それにしても、彼女が言っていた言葉、創世記にはどんな意味があるんだろうか」

「その真意はわかりません。……ですが、あれはゼフィさんに向けた言葉のようには感じました」

「俺に?」

「はい。ですので私では理解できない意味が含まれているのかもしれません。ただ……だとすると……」

「だとすると?」

「……いえ、なんでもありません」


 イリスはちらりとだけゼフィに視線を送るが、すぐに首を横に振る。

 そのイリスの歯切れの悪い言葉にゼフィは訝しむが、なんでもないと言っている以上、追求しても答えてはもらえないだろう。イリスとしてもこれだけではほとんどわからないだろうし、あまり軽率なことは言えないというのもわかる。


「……少し遅くなったけど、とりあえず昼食にして街へ進もう」


 その提案にイリスは頷く。

 昼食後、二人は共に街への道を歩く。その間、イリスはゼフィにミューのことを話した。ミューと出会った時のこと、ミューと村に帰った時のこと、村の人間に見つからないようにこっそり匿ったこと、次の日には突然会話ができるようになったこと、魔道具の使い方がわからなかったこと、それを教えながら一緒に料理をしたこと。その他にも色々、できる限り出会ってからの全てを話せるだけ話した。ミューのことを知って欲しかったのだ。

 一生懸命話すイリスのその言葉をゼフィは全て胸に刻みつけるように、一言も聞き漏らすことのないように黙って聞いていた。残念ながらゼフィがミューと過ごした時間は短かった。だから今更ではあるが彼女のことをもっと知っておきたいと思った。

 そして、何よりも真剣に話すイリスの言葉を聞いてあげたかった。

 それから三日後、ゆっくりと進んだ二人はようやくアリアスの街へ到着した。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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