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82.精霊召喚

 その光景をじっと見ていた。

 息を潜め、ただじっと。

 その慎重さと臆病さから周囲の状況は把握している。そこからわかる事実は一つ、この騎士たちは全員死ぬ。幻獣の直ぐ側にいるクロノたちも、離れたところにいるマイアたちも、その場から動くこともできないアガトも、誰も間に合わない。助けられない。

 ずっと怖かった。戦うことが、幻獣が、そしてこの世界が。

 それは紛れもない真実ではあるが、本当に恐ろしかったのは誰かが死んでしまうことだ。目の前で死んでいく誰かを見ることが何よりも恐ろしかった。だからずっとそこから目を逸らしていた。

 結局、それにはなんの意味もない。それは単に見ないようにしていただけで、自分がそれを見なかったからといってその事実がなくなるわけでもないのだから。だけど、そんな当たり前の事実も見ないふりでずっと過ごしてきた。怖いから、恐ろしいからと自分を、仲間を誤魔化してきた。

 今、この瞬間まで。

 これ以上は誤魔化せない。今ここで目を背ければ、間違いなくこの騎士たちは死ぬ。

 自分の、目の前で。


『―――どうか許してください。私には何をしているのかわからない。そして、何をすべきなのかも。だけど見ていてほしい。だから見ていてほしい。夜の闇を流れる星を、前に進む一筋の光を』


 そんな自分の気持ちをクロノはわかっていた。だから尋ねたのだ、その意味はわかっているのかと。自分がゼフィたちを呼んでくると言ったとき、クロノはそう言った。

 それはゼフィたちを巻き込むことであり、危険に晒すということなのだから。彼らを死に誘うことになるかもしれないのだ。だけど自分はそうすることに決めた。ゼフィを、そしてイリスを巻き込んだ。だから責任を果たさなければならない。自分は自分のすべきこと、できることをする。


『―――《真化》―――』


 爆発的に魔力が高まると、メロの黒い瞳が赤く染まる。

 今まで幻獣に気付かれないようにと息をひそめて気配を消していたが、これによって自分の居場所は完全にばれてしまっただろう。

 その顔は騎士たちの方に向けながらも自分の方へも注意が向いていることをメロも感じていた。

 それで構わない。自分を標的にすればいい。

 どうせ当たらないのだから。

 次の瞬間にはメロの姿はそこから消える。誰の目にも止まらないほどの高速移動。単純な足の速さという意味ではメロよりもカイの方が速い。平地で競走したならばその結果は明らかだろう。だけど、このような足場の悪い森の中、短い距離でならば―――メロよりも速い者はこの世界にはいない。

 同時に幻獣の首から騎士たちへ水弾が放たれる。

 メロは駆け抜けると一瞬で倒れ伏した三人を順に掴むと安全な場所へ退避させる。さすがに三人目ともなるとぎりぎりではあったが、全員を助け出した後に、改めて幻獣の攻撃の届かない場所へと運ぶ。


「―――こっちは私が守るからっ!」


 その声を聞いたアルガスは安堵の息を漏らす。

 ただ、安心してもいられない。何か状況が好転したわけでもないのだ。見方を変えればただ戦力が三人減っただけなのだから。

 現に、幻獣はその三人を追撃するでもなく、すでに興味を失ったかのように振り返っている。その首はアガトの方を向くと、門への干渉を妨害するようにするように水弾を放とうとする。

 その直前にそれが上に跳ね上がる。カイが飛び上がり下から拳を突き上げたのだ。その程度では何の痛手にもならないが、それでも一応アガトを守ることはできる。

 ゼフィが、そしてシュタープが同じようにアガトを守るためにその首に攻撃を加える。それで全ての攻撃を封じることができるわけではなく、放たれたいくつかの水弾はクロノが体を張って受け止める。

 ゼフィにもカイにもそれはできない。強靭な肉体を持つクロノが自身の能力を使ってさらに肉体を強化してやっと耐えられるにすぎないのだ。

 そこまでしても無傷ではいられない。

 それでもクロノはアガトの盾となり続ける。


「……クロノ、もう―――」

「もういい、なんて言うなよ。決めたんだろ。もう絶対に門は開けさせないって」

「だが……」

「それは俺だってそうだ。お前だって命を懸けてんだ、なら俺も命を懸けるさ」

「……っ」


 アガトは歯噛みする。クロノの言うことは正しい。

 あの日、もう二度と門は開けさせないと決めた。それだけはさせないと。それにクロノも同意した。アガトにそれだけの理由があるように、クロノにも同じだけの想いがあるからだ。

 だからクロノも命を懸けているというだけのことだ。アガトと同じように。

 本当はそんなことをさせたくはない。だけどするなとは言えない。アガトにできることは一刻も早くこの門を閉じることだけだ。

 もしも、この門に対してアガトが何もできないのであれば諦めるという選択肢を取ることもできた。それが苦渋の決断だとしても。だが、実際には違う。ほんの僅かにだが、門が開く力よりもアガトがそれを閉じる力が上回っている。目で判別できるほどではないが、少しずつ門は閉じているのだ。

 だからこそ諦められない。身動きがとれないのだ。

 それに、こうしてアガトが門を食い止めているからこそなんとか戦えているのだ。門が開ききってしまえばこの幻獣がどれだけ強化されるのか想像することもできない。


「ぐあぁあああっ!」

「クロノ!」


 盾となっていたクロノの体を水が貫く。今まで水を塊として放っていたが、クロノがそれを全て受け止めていたのを見て効果がないと考えたのか、幻獣が攻撃方法を変えてきたのだ。

 それは細く鋭い水の線だった。水弾よりも遥かに圧縮されたそれは槍となって強化されたクロノの体に容易く突き刺さる。ただ、その細さゆえに致命傷には至っていなかった。だから耐えられないほどではない。

 それが一撃だけであれば。

 幻獣の八本の首、その全ての視線がクロノに注がれる。何をおいてもクロノをまず排除すべきものだと認めたのだ。


「くっ! そうは保たねえ。今のうちになんとかこいつを倒してくれ!」


 クロノが倒れれば次はアガトの番だ。こうして門で手一杯なアガトには何もすることはできない。攻撃されればひとたまりもないだろう。だから、それまでにこの幻獣を倒さなければならない。


『私は彼らを支えよう。私は彼らを守ろう。私が彼らを導こう。我が身はここで大地となる。我が身はここで礎となる。見よ。彼らは子である。だから私は父であろう』


 クロノにできるのはそれを引き伸ばすこと、耐え続けることだけだ。その瞬間が来ることを信じて。


『―――《真化》―――』


 赤みがかったクロノの肌が燃えるような真紅に染まる。それは彼の憤怒の形であった。この世界に対しての、そして、自身に対しての。

 その体は一回り大きく隆起し、鋼鉄よりも固くなる。だが、それをもってしても幻獣の攻撃を全て防ぎ切ることはできなかった。赤い肌は流れ出る血でより赤く染まっていく。


「ゼフィ!」

「わかってる!」


 カイの声に応じてゼフィも飛び上がるとその首に攻撃を加える。もちろん、それで首を落とせるわけではない。あくまで幻獣の攻撃を妨害できる程度で、状況はなんら好転したわけではない。

 カイもゼフィもそれはわかっている。だが、そうせざるを得なかった。仮に全力を出せばあるいは首の一本くらいはどうにかなるだろう。しかし、切り札を切って首一つでは割に合わない。今はまだそのときではない。

 だから信じるしかない。

 視線を送るとイリスたちも幻獣の攻撃を防ぐべく魔法を放っている。だが、やはりいくら並外れているとはいえ、イリスの魔法をもってしても幻獣にはたいした傷をつけることもできない。

 イリスにもわかっている。

 マギアもスピラも通用しない。そして、切り札であるスピラの同時発動ですらたいした効果を上げることはできなかった。たとえそれを続けたとしても幻獣を倒し切るよりもイリスの魔力が空になるのが早いのは火を見るより明らかだ。

 イリスは辺りの様子をそっと窺う。ミュー、マイア、それにアルガスにも余裕はない。イリスの強力なスピラでさえどうにもならなかった以上、もはや正攻法ではどうにもならないのだ。

 イリスはごくりとつばを飲む。

 だから、賭けに出るしかないのだ。アニマ―――精霊召喚を使うしかない。

 深呼吸を一つすると、魔力を高める。先程スピラを放ったときとは比べ物にならないほどに魔力が高まっていく。

 そして、詠唱をしようとしたとき、その口が止まる。

 これに成功する保証はない。イリスの想定では成功する確率は五分五分だろう。そして、そのどちらであろうとイリスは死ぬ。成功しようが失敗しようがその威力にイリスの体が耐えられないのだ。

 体が震えるのを感じる。喉がひりついて声が出ない。

 その肩に、ぽんと手が置かれる。


「……怖いのか?」


 アルガスがそう尋ねると、イリスは注意していないとわからないほどに微かに頷く。

 これは死の恐怖だ。だが、初めて幻獣と出会ったときに感じた恐怖とは全くの別物だ。

 あのとき、イリスは幻獣を見て恐怖を感じたが、それは本能的なもので、絶対的に敵わないそれを見たことで命を諦めた。

 でも今は違う。以前に見たそれよりも遥かに強大な幻獣が怖いのではない。ただ、死ぬことが怖いのだ。

 まだ生きていたい。ミューやフローリス、それにハルカ、いろいろな者たちと出会った。そして、ゼフィともっと一緒にいたい。一緒に生きていきたい。そんな想いが頭を駆け巡る。

 だけど、そんなみんなを守るために、自分が命を懸けなければならないのに。


「成長したな」

「……え?」


 だが、掛けられた言葉は予想外のものだった。

 アルガスが知っているイリスはこのような人間ではなかった。かつてまだイリスの母が生きていた頃、誰とも関わることなく、ただ魔法にしか興味がなかったイリスのことしか知らない。

 魔法について話しているとき以外はほとんど感情を表に出すこともなかったことを覚えている。

 そんなイリスと比べれば今のイリスはとても人間らしい。きっと多くの大切なものができたのだろう。


「私が代わりにやろう」

「で、でも……」

「君もわかっているだろう。私がやった方が成功率は高いと。それに―――いや、私は騎士なのだから」


 アルガスは苦笑する。

 どうせ死ぬなら自分の方がいいだろう、とはさすがに言えなかった。だが、自分よりも若い少女の犠牲の上に生き延びることはいくらなんでも耐えられそうにはない。

 自分の方が成功率が高いというのは間違いないのだから。

 それに、彼女は。


「そこまでわかっているのですか?」

「ああ、おおよそはな」


 イリスにもそれはわかっている。

 なぜイリスの方が成功率が低いのか、それは魔力の差だ。イリスの魔力が強すぎるがゆえに逆に成功率が低くなってしまうのだ。あくまでイリスに比べればの話ではあるが、アルガスの方が魔力が低いため、うまくいく可能性は高い。

 それは精霊召喚という魔法の仕組みが強く関わっている。

 精霊召喚とは文字どおり精霊を召喚するもので、その召喚先は術者自身だ。つまり、アニマの真髄は精霊との一体化、魂の同一化を意味する。そのときに自身の魔力が高ければ高いほどに障害となってしまう。術者の魔力と精霊の力を重ね合わせること、一つとなることがそれだけ難しくなるのだ。

 だから、アルガスは自分がすべきだと言ったのだ。イリスよりも魔力の低い自分がやった方が成功率が高いと。

 だが、そのアルガスの言葉には嘘が含まれている。

 確かに成功率が高いという意味ではアルガスの言葉は正しい。だが、それは僅かな差でしかない。たいした差は生まれないのだ。

 それほどの差が生まれない理由、それは魔法行使の技量の差だ。アルガスとイリスではそれほどまでに魔法の技術が違うのだ。

 魔法を極めれば極めるほどにその深奥に辿り着ける。だが、そこまでいける者はほんの一握りでしかない。そして、そこまで極められる者はほとんどが強大な魔力を持つ。にも関わらずその強大な魔力が仇となる。

 だからこそ、誰もアニマを使うことができない。


「だけど、今の私ならばなんとかなるはずだ」

「……なぜ、ですか?」


 アルガスはそう言い切る。感覚としてわかっているのだ。今、この場でならば自分の力を全て発揮できると。

 ちらりとその原因に向けて視線を向けると、イリスも納得したのかわずかに息を呑む。


「援護を頼む」


 そう告げるとアルガスは詠唱に入る。

 イリスは唇を噛み締める。このままではアルガスは死ぬ。自分の代わりに。だけど、イリスにはそれを止めることができない。それを止めるだけの力も、策も、そして言葉も何も持たない。

 だから幻獣に向けて魔法を放つ。ただ八つ当たりとして、自身の魔法をぶつける。


「告げる。大いなる精霊よ、力の根源よ。我が名はアルガス・エクモンド。汝今こそ契約のもと我にその力を示せ。汝、火を司るもの―――シグルズの名のもとに、我が意志と倶に我が眼前のあらゆるものを焼き尽くせ」

「ゼフィ、みんな。離れて!」

「―――わかってるっ!」


 その魔力の暴威にゼフィもカイも慌てて退避する。その桁違いの魔法に巻き込まれればひとたまりもないことは明らかだからだ。燃え尽きるどころか一瞬で蒸発してしまうだろう。


「―――《アニマ》―――」


 アルガスが手を翳すと幻獣の周囲に灼熱の炎が巻き起こる。それは巨大な幻獣の体を全て飲み込むと、その体を蛇のように這いずり回る。

 その美しい炎は遠くにあってなお体を焼かれるほどの高温だった。その幻獣の下にある土すら溶けてしまうほどに。


「おおぉぉぉおおおおおおおおお―――!」


 アルガスが咆哮する。わかってはいたが、精霊の力は生身で制御できるようなものではない。その取り込んだ精霊により、体には燃えるような激痛が走る。それでもアルガスはその力を緩めない。これは自身の命か、幻獣の命、どちらかが燃え尽きるまで消えることのない炎なのだから。

 やがて、幻獣がどさりとその首を垂れると、その炎は消える。いまだ周囲は異常なほどの熱気に包まれているが、その場にいる全員にわかっていることが一つある。

 幻獣はまだ生きている。

 ぴくりと首が動く。

 カイ、ゼフィ、それにシュタープは一瞬だけ目を合わせると、幻獣に向かい突撃する。狙いは首ではなくその胴体だ。いくら弱っているとしても、この八本全ての首を切り落とすことは不可能だと判断したのだ。

 だから狙うべきは幻獣の核。焼け焦げて傷ついた今ならばそこに届くかもしれない。


「ミュー!」

「うん」


 それを見て即座にイリスも攻撃に移る。

 そして、イリスもそれに合わせる。


「大いなる雷の精霊よ」

「今こそ契約のもと汝の力を請わん」

「我が名はイリス・ディオナイズ」

「我が名は天地美羽」

「―――その名を以って今ここに顕現せよ」


 同時詠唱。

 それは二人の力を合わせるということであったが、少なくなってしまった魔力を補い合うという意味もあった。

 そして、二人が掲げた手を振り下ろすと、雷鳴が轟き、いくつもの雷が幻獣に降り注ぎ、その体をさらに焼き尽くす。


「カイ! ここだ」

「ああ」


 その雷を躱すために一瞬離れていたゼフィは、すぐにもう一度幻獣の懐に飛び込むとその胴を斬りつける。カイは遅れてその場所に飛び込むと、そのゼフィの付けた傷目掛けてその拳を突き刺す。


「マイア!」

『―――なぜ私はここで、なぜ私は独り、あなたはなぜ私を見捨てられたのか。然れども私は私を続ける。見捨てられたそのままに。私も今ここにあるのだから』


 一つ頷くと、マイアは一度その羽をばさりと広げる。その動作自体に意味はなかったが、それは決意の表れだった。


『―――《真化》―――』


 頭に光の輪が浮かび、マイアは光の弓を携える。そして慣れた動作で力強くそれを引くと、丁寧にそっとその矢を放す。

 それは巨大な光の矢となり、カイの攻撃した跡を目掛けて寸分違わず突き刺さる。

 だが、マイアは眉を顰める。届いていないのだ。その核を砕ききれなかった。


「ゼフィ! これを使って!」


 イリスは魔道具を一つゼフィに向かって投げる。それはアルガスから託された魔道剣が入った魔道具だ。

 ゼフィはそれを受け止めるとすぐにその剣を取り出し、その傷跡に突き立てる。ゼフィが魔力を流すと幻獣の体の内部で爆発が起こる。

 吹き飛ばされたゼフィが起き上がり、幻獣の方に視線を向けると、そこにはただ、巨大な魔石だけが残されていた。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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