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6.魔人

 森の中にある奥の方へと続いている小さな道を二人で進んでいく。わずかに木々が少なくひらけた場所を見つけるとゼフィは提案する。


「そろそろ休憩にしようか」


 肉体的な疲労はまだそこまででもないが、時間はもう昼を過ぎている。


「いえ、お気遣いなく。私はまだ大丈夫ですので」

「そういう意味じゃなくて。……お腹も空いてきたしね」

「……そうですね」


 辺りを見回し良さそうな場所を見つけると、ゼフィは簡易結界の魔道具を発動させる。

 これはそれほどの力はなく短時間ではあるが、一般的な弱い魔獣の目を誤魔化せ、気付かれないようにできる優れた魔道具である。欠点としては燃費が悪いことと範囲が狭いことだ。

 特にゼフィが持っているこれは有効範囲はせいぜい人間一人が横になれるくらいしかないので、二人で使用して座り込んでいるとほとんど動くこともできない。


「食べ物はこちらをどうぞ。―――《解除》」


 イリスが村長から預かっている魔道具を使用すると、そこから一つの箱が現れる。それは小柄なイリスでも抱きかかえられる程度の大きさだった。この魔道具はどこにでもあるありふれたもので、それに入れた物を箱ごと圧縮して持ち運べるというものであり、空間を制御する圧縮の魔道具と呼ばれるものである。

 一般的な店で売っている物としてはこれが通常のものであり、高価なものでは人間一人がすっぽりと入ることができるほどの大きさにもなる。それ以上の大きさのものは価格も段違いとなるため、よほど裕福な貴族くらいにしか所持することはできない。

 ただ、箱自体が容積として大きくなると高価になるが、形状については製作の時点である程度自由に設定することもできる。少し割高になるものの、必要に応じて好きなように注文することもできる。

 たとえば人気のあるものとして細長い箱型のもの、剣を収納するためのものは基本的にどの魔道具店にも常備されている。

 とはいえ、正方形に近いほうが多少なり安価になるため、一般的にはやはりそちらの方が好まれる。

 イリスはその箱を開くと、村長が用意してくれた食料などを取り出す。それを二人で食べながら今後のことについて話を進める。


「村の者の話ではもう少し奥のはずです」

「そっか。普段はなかなか深いところまで森に入っているんだね」

「いえ、普段からは……。ですがたまに狩りで遠出をするらしいです」

「なるほど……」


 確かに村の近くばかりで狩りをしていては獲物もいなくなってしまう。時折そうしてある程度深くまで潜る必要があるのだろう。

 食事を口に運びながら用意された地図を確認する。イリスが指で示した場所と今いる場所、村の場所を見比べると確かにこの辺りで間違いないようだ。

 そのときイリスから向けられる視線に気付く。


「どうかしたかい?」

「申し訳ありませんが、私は戦闘はできませんので援護などは期待しないでください」

「……もともと俺は一人で来るつもりだったからそれについては問題ないよ。でも魔法が使えるって聞いたけど」

「確かに魔法は使えます。ですが力があるからといって戦えるわけではありません。戦闘の訓練も積んだことはありませんし」

「それは……そのとおりだね」

「自分の身くらいは自分で守れるよう努力はしますが、戦闘はゼフィさんにお任せします」

「……」


 戦う力を持つことと実際に戦えるかどうかは大きく違う。戦うためには単に持っている力を振るうだけではなく、それを戦いに利用する方法を学んでおく必要がある。

 剣の使い方一つとっても力任せに振り回すだけではなく理に適った剣筋というものがある。そして自身の身の守り方も知っておかなければならない。素人では相手を倒すことを重視し攻撃に傾倒してしまったり、その逆に相手の攻撃を恐れて縮こまりろくに攻撃ができないなんてこともある。

 戦うということは殺し殺されることである。だからこそ力だけでなく、技術と心が備わっていなければ戦うことはできないのだ。


「イリス、やっぱり君はここで引き返したほうがいい」

「ですが……」


 正直に言うならばそれも正しいとは思えない。

 一応、ここまでの魔獣は狩って来たとはいえ、ここから村までの道のりを女の子一人で帰らせるというのも必ずしも安全とは言えない。だが調査は何かを発見するまで二、三日は行う予定であり、それまで引っ張り回す意味もあるとは思えない。本人が戦えないという自覚があるのであればなおさらである。

 実際に魔人というものと遭遇し、戦闘になった場合にゼフィ一人であれば逃げ延びられる可能性もあるが、イリスの安全を考えると二人であればそれも難しいかもしれない。

 本来であればイリスをここから村まで送って行くのが正しいのだろうが、それを良しとするのであればわざわざここまで付いて来ることなどないだろう。


「足手まといでしょうか?」

「わからない。でもここから先はそうかもしれない。……厳しい言い方になるけど」

「そう、ですね」


 そうはっきり言われたのが意外にも堪えたのか、イリスは辛そうな表情を浮かべる。

 道中でもイリスが今まで感情を表に出すことがあまりなかったため、それはゼフィにとっても意外だった。イリスにとってもこれは譲りがたい何かだったのかもしれない。


「これを使って」

「……これは」

「どうせ俺は使わないし、こういうときのために持っていたものだから」


 ゼフィは腰に付けた袋から小さな魔道具を取り出してイリスに手渡す。それは魔獣との遭遇を避けるための消耗品であり、安価でたいした効果もない。幼い子どもに買い与えるような少し良く効くお守り程度の価値しかないものだ。

 これで安全が確保できるとは思わないが、気休めくらいにはなるかもしれない。

 イリスは何度か手を彷徨わせた後、礼を言うとおずおずと差し出された魔道具を手に取る。


「それじゃ行ってくるね」

「お気をつけて。―――貴方に精霊の祝福を」

「イリスもね」


 深々と頭を下げるイリスをその場に残して、ゼフィは森の奥へと進んでいく。

 その後、日が暮れるまでその付近を探索したが、何も発見することはできなかった。ただ、この辺りでもやはり魔獣が普段より少ないような感覚は覚えた。そして翌日、次は発見があったという場所を中心として調べてみることにしたが、それでもやはり何の痕跡も見つからなかった。

 三日目、ゼフィはもう少し森の奥まで入ってみることにした。すると、まるで誰か、獣などではなく人間が掻き分けたような跡があることに気付いた。それに続いて進んでいくと、ぐるりと周りいつの間にかイリスと別れた場所の付近にまで来ていた。


「誰か、いるのか!」


 ゼフィは何者かの気配を感じ咄嗟に身構えながら声を張り上げる。その行動はあまり良いことではなかったかもしれないが、直感的に向こうもこちらの存在に気付いていると感じたので接触を図ってみることにしたのだ。

 その声に応えるように木の陰から黒い影が音もなくゆっくりと現れる。それはまさしく黒だった。闇に溶けるような黒い衣装に浅黒い肌、額の両側から生える一対の黒い角、さらにその背には目撃証言にあった黒い羽。


「……魔人」


 ゼフィから見てその男の風貌はまさにそう呼ぶに相応しいものだった。

 あるいは、別の呼び方をするならば、悪魔、といったところだろうか。


「そう呼ばれているようだな」


 ゼフィの呟きに男はそう答える。それは相手に尋ねるためではなく自分にしか聞こえないような小さな呟きだったため、思わず返ってきた返事にゼフィは面食らう。

 それを見て男が少し笑ったようにも見えた。


「……こちらに敵対する意思はない。他に希望の呼び方があるなら聞いておきたい」

「他に、か。いや魔人で構わない。それが君たち人間にとってもわかりやすいだろう」

「人間ではない、と?」

「それを決めるのは君たちだろう」


 その言葉にゼフィは顔をしかめる。何も言えないほどにそのとおりだからだ。

 仮にこの男が自分は人間だと言い張ったところで人間たちがそれを受け入れるとは思えない。つまり、それを一方的に決めることができるのは人間なのだ。

 そして、その受け答えからかなり理知的であり、だからこそ何の理由もなく森の中を彷徨いているわけではないことがよく理解できた。


「この辺りに何か用でもあるのか?」

「それを君に話す必要が?」

「もちろん必要はないし義務もない。ただ……こんなところでたまたま出会ったもの同士の世間話だ」

「世間話……。ふふっ、それはいい」


 ゼフィの言葉が予想外だったのか、男は楽しそうに笑う。こうして見るならば普通の人間となんら変わることのないように見える。


「では私から聞いていいかな。君が私を探していた理由を」

「……この森に魔人がいるらしいから調べてくれと、この付近にある村に頼まれたからだ」

「なるほど、たしかに以前にこの辺りでそれらしき者を見かけたことがあった覚えはある。その依頼ということなら納得もできる。……で、『君が』私を探していた理由は?」

「……どうしてそう思う」

「君が私から何かを聞きたそうな顔をしているからね」


 楽しそうに男は尋ねる。

 確かにゼフィは個人的な理由で魔人を探していた。もちろん村から頼まれたからというのも間違いではなく、困っている村の助けになりたいと思っているのも本当だ。


「人を探しているんだ」

「悪いが人間のことには詳しくない。……というより私にそれを尋ねる理由がわからないな。どういう意図があるのか聞いても?」

「何も手がかりがなくて行き詰まっている。どうやら普通の方法では見つかりそうもなくてね。ほんの僅かの可能性でもあるなら、誰にでも聞いておきたいところなんだ。……たとえそれが悪魔でも、ね」

「……」


 その言葉に何か感じるところがあったのか、男の纏っている気配がわずかに揺らぐ。そしてしばらく考え込むような仕草をした後、口を開く。


「確かに『我々』は普通の人間に比べるとかなり強い力を持っていると自負している。だけどこの世の道理を覆すような神の如き超常の力を持っているわけではないよ」

「そうか、それは残念だ」

「悪いね、力になることができなくて」


 軽い調子ではあるものの、申し訳無さそうにそう言う男にゼフィは少しだけ残念そうな表情を浮かべると、次の話題に移る。どちらかというと本題はこちらだ。


「いいさ。じゃあついでにもう一つ聞いていいか?」

「なにかな?」

「この辺りを彷徨いているのは理由があるのか? 村の人間が見たときから考えるとかなり長いことこの辺りにいるようだけど」

「長いこと? ……なるほど、それは勘違いだ」

「勘違い?」

「ああ、私は確かに以前にもここに来たがその後はしばらくこの地を離れていた。今日ここに戻って来たのは別の目的があってのことだ」

「その目的は?」


 男は肩を竦める。それは答えられない、あるいは答えたくない質問だったようだ。ゼフィとしては気になるところではあったが、しつこく聞いてみたところで機嫌を損ねるだけで答えてはくれないだろう。穏やかではあるが男には強い意志を感じる。


「……なら、人間に危害を加える予定はあるか?」

「我々は無害な存在だよ。わざわざそのようなことはしない。……ただ、結果的にそうなることはあるかもしれないがね」

「……わかった。一応は信じよう」


 会話を交わした限りではこの男には理性的で頭もいいという印象を抱いた。意味もなく人間と敵対するような行動を取るとは思えなかった。そしてそれと同時に、その必要があれば人間と戦うであろう冷酷さのようなものも感じられた。

 結果的に、というのもそういうことだろう。自分たちの目的のために人間に被害が及ぶとしてもそれを気にすることはないという意味だ。


「ほう、君はともかくそれで人間が納得するかな? 依頼を受けて来たのだろう?」

「それは俺じゃなくて各々が判断することだ。それに、二人相手に戦うのは無理だろうし」

「もっともだ。慎重なのはいいことだ」


 男は口元をわずかに緩め軽く笑う。

 ゼフィは少し離れた場所から何者かが近づいてくる気配を感じていた。こんなところを村の人間がたまたま訪れるはずもなく、だとしたら魔人の仲間であるとしか考えられない。もちろん男からすればそんなことは当然にわかっている。


「じゃあ俺はこれで失礼するよ。あなたが敵にならないことを願っている」

「私もだ。君とは戦いたくないと思っているよ」


 ゼフィはその言葉を受け取るとその場を離れる。この男とは冷静に話をすることができたが、もう一人も同じような性格であるとは限らないからだ。あるいは話が拗れてしまう可能性もある。姿くらいは見ておきたいところであったが、それだけのために危険を冒す意味もないように思えた。

 一度だけ後ろを振り返ると、微笑みを湛えながら興味深そうにこちらの様子を窺っている男の姿が見えた。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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