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5.イリス

 ホームスの街を出て三日、その道程は驚くほどに静かだった。

 森の中とはいえ草木をかき分けていかなければならないわけではなく、一応はなんとか馬車一台通れる程度には道が作られている。もっともしばらく誰も通っていないせいか、現状ではさすがに馬車は通れないかもしれないが。それでもゼフィが歩くにはそれほど不便しない道だ。

 そのうえ魔獣たちがあまり出現しない。以前、およそ一年前に騎士の任務でこの道を通ったときの方が多くの魔獣と戦った記憶がある。

 そうしてゼフィは何事もなく森を進むと道中にある村に辿り着いた。

 そこでゼフィは一人の少女に出会う。


「あ、あの、あなたは―――」

「ああ、ごめん。驚かせたかな。ホームスの街から旅をしてきたんだけど、村に入ってもいいかな?」

「え、は、はい。構いません」


 その少女は長く伸びた茶色の髪に茶色の眼、一見するとどこにでもいる普通の少女のようにも見えたが、どことなく不思議な印象を覚えた。年齢は妹と同じくらいだろうが、それだけでなくなんとなく妹と似たような雰囲気を纏っているような気がした。

 そして、その質素な服装とは裏腹に、身に着けている首飾りは異質なほどに力を持っているように見えた。

 今まで誰も来なかった場所、来るはずのない方向から突然現れたゼフィに驚いたのか、ひどく狼狽えているようにも見えた。あるいはあまり他人との交流を持つのが得意ではない子なのかもしれない。


「ええっと……村長のところにご案内いたしましょうか?」

「村長? ……お願いできるかな?」


 その申し出にゼフィもまた戸惑う。どうして村長のところへ案内しようというのか、その意図がいまいち読めなかったからだ。それでもゼフィにとってそれは都合のいいことであったため、その申し出を受け入れた。

 その少女の案内に従って村の奥まで進んでいく。時折ちらちらとこちらを窺っているのはやはり珍しい場所から訪れた人間が気になっているのだろうか。

 しばらくして村の中でも一際大きな家に辿り着くと、少女は軽く扉を叩きながら声を掛ける。


「村長、いらっしゃいますか?」

「何かあったか?」

「お客様です」

「客、だと……?」


 中から扉が開かれると少女は顔を見せた村長に向かって頭を下げる。ゼフィもまたそれに倣い頭を下げる。かなり年老いているようには見えるが、その体にも目にもいまだ力強さが感じられた。一年前にも確かに村長はこのような老人だったなと当時のことを思い出していた。

 村長はゼフィの姿をゆっくり眺めると納得したかのように何度か頷く。


「ふむ、入りなさい」

「失礼します」


 入室を促されたゼフィはその場を動こうとしない少女を気に留めるが、少女はその視線に気付くと慌てたように頭を下げる。


「それでは私はこれで」

「いや、お前も入りなさい」

「私も、ですか?」


 そうして部屋に入ると村長は二つ並んだ椅子にゼフィと少女を座らせると、その向かいにある少し大きな椅子に腰を降ろす。

 ゼフィはそれを見て立ち上がると軽く頭を下げる。


「初めまして、私はゼフィと申します。西のホームスの街から旅をしてきました」

「ホームスから……?」


 その言葉に村長は訝しげにつぶやく。

 通行止めだったところを通ってきたというところに引っかかっているのだろうか。あるいは規則を無視して来たと思われているのかもしれない。警戒されないようにゼフィは説明をする。


「ええ、ですが別にホームスからこちらに来ることは禁止されているわけではなく、私は正規の道を通ってきただけです」

「ああ、いや。別に文句をつけようというわけではない。ないが……いや、儂が勘違いしていただけだ」

「勘違い、ですか?」

「うむ、今この村がどのような状況にあるか知っておるか?」

「簡単には」


 ゼフィはホームスの街の傭兵ギルドで聞いてきた話をそのまま村長に伝える。

 村長はその話を聞いておおよそ間違いはないとそれを肯定する。


「だから儂はアリアスの街から調査を任された者が来たのかと思ったのだ」

「なるほど、勘違いとはそういうことですね」


 確かにそのような時期にふらりと旅の者が現れ村長の家に連れてこられたのであれば、村長がそう勘違いしてしまうのも当然のことだろう。ゼフィの装備からしても比較的軽装であり、いかにもな戦闘者というよりも調査員と考える方が相応しい。時期や状況を考えてホームスから来たということを想定することも難しい。

 だがゼフィは少女にはホームスの街から訪れたことをはっきり伝えた。にも関わらず少女は村長の家に案内すると言ったのだ。

 どういうつもりなのだろうかと少女の方にちらりと視線を送る。だが少女はこの場において特に話に関わるつもりもないのか、何も言わずじっとしている。


「良ければ力になりましょうか?」

「……どういう意味だ?」

「解決できる、とまで言うつもりはありませんが、軽く調査する程度であれば。それくらいならば村に迷惑がかかることはないかと」

「ふむ……」


 その意図を探るように村長はゼフィの瞳をじっと覗き込む。ゼフィは調査くらいであれば村に迷惑はかからないと考えているようだが、村長はそうは考えていない。それは別にゼフィが短絡的だというわけではなく、村には隠していることがあるからだ。

 万全を期すならばやはりアリアスの街から派遣される者を待ってからの方がいいのは間違いないだろう。

 だが、評判を聞く限り領主が本当に信頼できるかというのも疑問である。


「……実を申しますと、私には旅の目的があります。そして、その目的のために未知のもの、不思議なものを探しています。可能性は低いですが、その見たこともない魔獣というものから私にとって良いものが得られるかもしれません」


 どうすべきか深く悩んでいる村長の判断を促すべくゼフィは自身の目的について明かす。実際のところその可能性は極めて低いとは思っているが、それでも可能性がないとは言えない以上、それを切り捨ててしまうわけにはいかない。

 それに、友人や村が困っているなら力になりたいとも思う。

 そのまま村長は考え込み、短くはない時間が流れる。


「……確かに、いつまでも隠しておくのは無理、か。ここが潮時かもしれぬな」

「隠しておく、ですか? では魔獣の話は」

「実はその話の半分は嘘なのだ。……村のものが見つけたのは見たこともない魔獣などではない」

「でしたら一体何を?」

「―――魔人だ」


 その思いもよらない言葉にゼフィも衝撃で瞠目する。

 確かにその話が本当であるならば半分は本当だろう。なぜなら魔人を見たことある者などほぼいないのだ。ゼフィ自身もそうであるし、今までにそういった者と出会ったことはない。

 だが、誰もいないわけではない。だからこそそういう存在がいることが実際に認識されている。


「それは本当なのですか?」

「……実際に儂が見たわけではない。が、村のものが見たものを考えるとそういうことになる」

「村長はどのように聞いたのでしょうか?」

「黒い羽を生やした男と白い羽を生やした女の二人組だったそうだ」

「それは……」


 それは、確かに本当であれば人間ではないだろう。魔人というものの姿かたちははっきりと伝わっているわけではない。ただ、人間と似通った姿であり、人間と違った姿をしていると伝えられる。


「だから、見たことのない魔獣ということにしたのですね?」


 村長は頷く。仮に魔人を見かけたなどと言って助けを求めれば大騒ぎになる。それですぐに助けが来てくれればいいが、あるいは損害を恐れて村を見捨てるかもしれない。最悪の場合嘘つき呼ばわりされてあらぬ罪を被せられるかもしれない。

 見たことのない魔獣と言っておけばそういうことにそれほど詳しくない村の人間としては無理がないし、その時がきて魔人が発見されたとしても、まさか魔人だとは思わなかった、本当に魔獣だと思ったとでも言えば誤魔化すこともできるだろう。

 確かに誠実とは言えないが、村を守ろうとするならばそれも仕方のないことかもしれない。


「話は理解しました。その辺りを気をつけて調べてみましょう」

「……良いのか?」

「そのつもりで話したのでしょう? そうでなければそのようなことを私に説明する必要はありませんから」

「それは、そうなのだが……」


 村長はこの話し合いの中で初めて少女の方へと視線を送る。

 これまでじっと動かなかった少女は、それを受けて口を開く。


「私はこの方に任せるのが良いと思います」


 初対面では狼狽えていた少女が打って変わって自信に満ちたようにはっきりと言い切る。

 それを受けて村長は頷く。


「……では頼んでもいいか?」

「お任せください。できる範囲ですがやってみます」


 ゼフィがそう返事をすると村長は恭しく頭を下げる。

 その後、少女の方へと向き直る。


「案内の方は任せて良いか?」

「わかりました」


 村長がそう言うと、少女も迷いなくそう答える。


「ちょっと待ってください! 危険ですよ。場所を教えていただければ私一人で行きますので」

「そうは言うが、旅の者ではこの辺りの地理はわからぬだろう。さすがにそれでは無理だ」

「だとしてもこんな少女を連れて行くわけには……」

「この娘はこの村で唯一魔法が使える。足手まといにはならぬはずだ」

「魔法を!?」


 このような村で魔法を使えるのはとても珍しいことだ。人間色々な事情があるのでありえない話ではないが、それでもこれほど若い少女がそうであることはあまりない。魔法の習得には通常それなりの時間や設備、お金がかかるものなのだ。

 ゼフィが視線を向けると、少女は所在なさげに目を逸らす。そういう仕草もなんとなく妹を思い起こさせる。それはまるで―――。


「えっと、その……何かあるのでしょうか?」


 あまりにもじっと見つめすぎたのか、恥ずかしそうに少女はゼフィに尋ねる。


「ああごめん。さすがに失礼だったね。……なんとなく妹を思い出して」

「妹、ですか?」

「うん、彼女もそんな風に目を逸らしてたから」

「……」

「それでは、そういうことで良いかな? そちらの……ゼフィさんは今日はうちに泊まるといい」

「よろしいのですか?」

「うむ、調査を頼むのだ。それくらいはさせてもらおう。お前も、明日の朝にここに来てくれ」


 村長は話をまとめると少女に指示をする。少女も特に異論を挟むことなく頷く。


「わかりました。この方のお役に立てるよう尽力します」

「そんなに気負わなくていいよ。むしろあんまり危ないことはしないでほしい。ええっと……」


 そこまで言うとゼフィは少女の名前を聞いていなかったことに気付く。その意図に気付いたのか少女は軽く会釈する。


「イリスと申します。よろしくお願いします、ゼフィさん」

「よろしく、イリスさん」

「……イリス、でかまいません」


 ゼフィが手を差し出すと、イリスは少しだけ躊躇うような動きを見せた後、ゆっくりと手を差し出し、そっとその手を握る。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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