49.へリアフード
それから数日後、ゼフィとマイアは街を出ることとなった。すぐに出るわけではなくそれなりの日数を掛けたのは、必要な物を買い揃えるなどの準備を念入りにしていたためだ。
国を出ることになるため、今後買い物などが十分にできるかどうかわからないからだ。
そして、街を出る前に二人は挨拶のために再びアーカムの下を訪れた。
「この街を出るか。そういえば聞いていなかったな、お前たちはこれからどこへ行くのだ?」
「西に行こうと思ってる。この国を出てオージ帝国に入る。……ちなみに国をまたぐのに必要なものってある?」
その質問にアーカムは怪訝そうな顔をする。そして、納得したように嘆息する。
「三年も騎士をやっていれば越境について学ぶ機会くらいあっただろう。関係ないことだと聞いていなかったのか?」
「……まぁ、そういうこともないわけではないけど。どうにも手続き関係は苦手でね」
「まったく……。西の国境に砦があるのは知っているな。通行許可証がなければ金を払えば通れるはずだ。理由くらいは聞かれるだろうから適当に考えておけ」
そうして簡単に手続きについて教わると、別れを告げるが、そのゼフィの前にオーディスが姿を現す。
「……もう一度だけ手合わせをしてもらえないか?」
以前とは打って変わって真剣な態度のオーディスに戸惑いを覚える。ちらりとアーカムの方に視線をやると、好きにしろと言うように軽く微笑みながら頷く。
どうすべきかゼフィは少しだけ悩むが、諦めたようにため息をつくと頷く。
「一度だけな」
「感謝する」
そして四人は人目に付かない場所へ移動すると、ゼフィとオーディスは向き合う。以前と違うのは、オーディスが訓練用の剣ではなく、真剣を構えたところだ。さすがにそれにはゼフィも動揺したが、そのオーディスの表情を確かめると同じ様に真剣を構える。
「はぁっ!!」
合図はなかった。
オーディスは前回と同じ様に踏み込むとゼフィに向かって剣を振り下ろす。それは以前と比べても速く丁寧で、隙のない一撃だった。
ゼフィは冷静にその剣を見極めると後ろに飛び退いて躱すが、オーディスはさらに前進し、追撃する。そして、横に薙いだ一撃をゼフィは今度は剣で受け止める。それに合わせてゼフィがオーディスの懐に潜り込もうとするが、オーディスは飛び退き間合いを離す。
オーディスは一呼吸置いて息を整えると、次は大仰に剣を振りかぶる。そして、先程と同じ様に踏み込むと力強く剣を振り下ろす。
一方のゼフィは逆、今度は退がるのではなく前に踏み出す。そして、その振り下ろされる剣の根本に下から剣を振り上げ受け止める。
オーディスは驚愕して目を見開く。今までゼフィは大きな攻撃のほとんどを余裕を持って躱していた。だからオーディスが放ったそれは避けられることを前提とした一撃だったのだ。
それゆえに自身の全力でとまではいかなかったが、それでも力を込めた強烈な一撃だった。それに完全に合わせられ受け止められた。
ゼフィは剣を受け止めると、動揺で一瞬動きが鈍った隙に左手を自らの懐に入れ、短剣を取り出し、オーディスの喉元に突きつける。
そこで両者の動きは止まる。
「―――それまで」
終わりの合図をしたのはアーカムだった。
両者は剣を収めると再び向かい合う。
「以前とは別人みたいだね。荒療治が効きすぎたかな」
「かもしれぬな」
ゼフィは苦笑いを浮かべる。負けたにも関わらず、オーディスの表情に以前のような苛立ちはない。むしろ満足しているかのように見える。その変化が良いものなのか悪いものなのか、ゼフィには簡単には判断できなかったが、感情的には好ましいものだと思えた。
オーディスはその打ち合いの感触を確かめるかのように、剣に目を落とすと強く握りしめていた。
「世話になったな。感謝する」
そうアーカムは礼を述べる。
「帰りにまたここを通るのであろう? また会える日を楽しみにしているぞ」
「ああ、俺もだ。またな、アーカム」
「お前の行く道に、精霊の加護を」
二人はその場を後にする。最後にオーディスが軽く頭を下げていたことがゼフィには強く印象に残った。
街を出て西へと進む最中、ゼフィはふと気になったことを尋ねた。
「そういえばマイアは、二人に挨拶しなくて良かったの?」
二人、というのはディアとクロエのことだ。短い時間ではあったが、二人はマイアによく懐いていたように思う。特に口数のあまり多くないクロエもマイアには心を開いている素振りがあった。マイアの方も二人のことを可愛がっているように見えた。
そんな問いに一瞬だけきょとんとした表情を浮かべると、ふふっと笑う。
「ええ、私は昨日挨拶したから」
「え? ……いつの間に」
思い返してみれば確かに昨日マイアが出かけていたことを思い出す。
マイアとしてもただ買い物に出かけただけだったのだが、道端で偶然に二人に出会ったのだ。そのときに、そろそろこの街を出るということを話して別れの挨拶をしたのだ。
「言ってくれればよかったのに」
「ふふ、二人もゼフィによろしくって言ってたわ」
やがて、一日程歩くと、国境の砦に辿り着いた。正直なところマイアのこともあり、身構えるところはあったが、手続き上も問題が起こることもなく、多少の金銭を支払うことで何事もなく通り抜けることができた。
国を越える理由としては知人に会いに行くと言って特段疑問に思われることもなかった。それ自体はマイアの知人に会いに行くというわけで、それは嘘でもない。
砦を抜けると、左右を山に囲まれた一本道を進んでいく。その道の先にあるのが、ハルザウス王国への防衛を担う、防衛都市ヘリアフードだ。
オージ帝国、それはとにかく広大な土地を持つ国だ。単純な国土の広さという意味でも比較的大きな国であるハルザウスの倍以上はある。
それだけでなく、ハルザウス王国は国土の広さの割に、山と森が非常に多く、都市を築くことができるような平地が多いわけではない。それに比べてオージ帝国には平野も多く、農耕地を十分に確保してさえ都市に回せるだけの余裕がある。そういう理由で食料という点において困るようなことはあまりない。
もちろん、広すぎるゆえの困難というものもあるが。
砦を抜けておよそ三日、一本道を歩き続けて二人はヘリアフードの街に到着した。
「……とりあえず、この街で情報を集めよう」
「ええ」
それは本来の目的とは違っていたが、マイアは笑顔を浮かべて頷く。
第一の目標として、この国で暮らしているテツの下を訪れることとしていたが、マイアにとっては特別にそれを急ぐ理由はないからだ。それに、情報を集めること自体に異論はなかった。
ゼフィもマイアもハルザウスという国から出たことは初めてであり、他国の規則や風習、常識についてわからないことばかりであったから、問題が起こらないようにまずはその辺りから一つずつ片付けていくということも間違いだとは思わなかった。
それに、マイアにはイリスから頼まれたこともあった。
道中、隠そうとしていることは明らかであったが、ところどころにゼフィから焦りのようなものが感じられることがあった。これについては予めイリスから話を聞いていなければ気付かなかったかもしれない。その理由はもちろんわかっている。ゼフィの妹についてだ。
ゼフィが妹と別れてからすでに短くない年月が経っている。だからゼフィも薄々は感じているのだ。もう見つからないのでは、と。
問題はその理由だ。単にゼフィが見つけられないというだけであるならば、それはそれで納得できるのかもしれない。ただ、何もかもがわからないのだ。
元々ゼフィはハルザウス王国にいるだろうと当たりを付けていた。だが、発見するどころか存在する痕跡すら見つけることができなかった。問題はそれが何を意味するかということだ。
そもそもとしてゼフィの予想が外れだったのか、あるいは、ハルザウス王国にいるが見つけられないだけなのか、そこからどこかへ移動したのか、それともすでに―――。
だからゼフィは常に焦燥を抱えたままあちこちを彷徨い続けている。じっとしていられないのだ。
そんなゼフィのことをイリスは常に心配していた。だから、できるならそれを気にかけてほしいとマイアに頼んでいたのだ。
マイアとしてもそのイリスの頼みに応えることに思うところはなかった。イリスがゼフィのことを大切に想っていることはもちろんわかっていたし、マイアにとってもゼフィはすでに大切な仲間だからだ。
「……何か妙だな」
ゼフィは呟く。
二人がまず向かったのはこの街の冒険者組合だ。幸いにもハルザウスでの冒険者の登録がこの国でもそのまま通用することがわかり、それを使って情報を集めることになったのだが、なんとなく施設の雰囲気がざわついているように感じられたのだ。
受付でこの街の近辺でのいくらかの情報を買い、そのついでとして尋ねる。
「騒がしいみたいですが、何かあったのですか?」
「ええ、例の事件でどうやら兵士たちが動いているみたいです」
「……例の事件?」
ゼフィが首を傾げると受付の女性は不思議そうに見るが、すぐにゼフィが国外の人間であることを思い出し、しまったという表情を浮かべる。
「あー、説明がとても難しいのですが……」
少し前にこの街のある貴族の女性が攫われるという事件があったらしい。そして、それを取り戻したいという貴族が兵士を動員しているということなのだ。
それを聞いてゼフィはさらに首を傾げる。それは特におかしなことでないからだ。もちろん、その攫われたという女性は気の毒だと思うし、無事であればいいと思う。ただ、それを救い出そうと兵を動かすことは至極まっとうなことだろう。
それに、それがとても難しい話には思えない。
「……申し訳ありません。それ以上のことは。私どもにも言えないことがありますので」
「言えないこと?」
それを復唱するが、受付の女性はこれで終わりと頭を下げる。
ゼフィとしてはもう少し詳しく聞きたいところではあったが、そう言われてしまえば無理を言うこともできない。
なんとなくは想像がつく。その貴族の内情について組合員として勝手に語る権利を持たないということなのだろう。それがどういう内容なのかはわからないが、だとしたら言えないというのも尤もだ。
ゼフィは軽く頭を下げて礼を言うとその場を後にする。
「……気になる?」
マイアがそう尋ねるとゼフィはばつが悪そうに苦笑する。
これまでの旅でマイアは気付いていたが、ゼフィはこういうときのお節介が多い。自分のことで手一杯のはずであるのに様々なことを気にかけているのだ。
その理由はよくわからなかった。単に情に厚いというだけなのか、あるいは気になったことを放っておけないということなのか、それとも何かに重ね合わせているのか。もしかすると、目の前の何かからの逃避なのかもしれない。
ただ、おそらくはそれが原因でイリスと出会い、その先で自分たちと出会うことになったということを考えるとそれを無碍にすることも憚られる。
それに、マイア自身もそういうゼフィは嫌いではない。
「いいわよ。私は急ぐ旅でもないんだから」
「そうか。俺は……いや、じゃあ付き合ってもらえる?」
「ええ。もちろん」
ゼフィは何事かを言いかけるが、軽く首を横に振ると言い直し、マイアに助力を求める。
それがおそらくは自分がやると言いかけたのだろうということに気付き、マイアはそれがなんとなく嬉しくなり笑顔を浮かべる。少しは自分に心を開いてくれたということなのだから。
「とりあえず、情報を集めよう」
「ええ、おそらくそれ自体は難しくないと思うわ」
そのマイアの意見は正しい。
組合で情報が得られなかったのはそういう組織の性質上話すことができなかったというだけであり、そこで聞いた話では例の事件として市井でも広まっているということが感じられた。
だから二人は拠点とする宿を取り、そこからあまり目立たないように地道に聞き込みをすることにした。
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