46.先生
三人が森を出ると、そこには以前とほとんど変わらない光景があった。特に誰かが増えているわけでもなければ、誰かがそこから去ったというわけでもなさそうであった。
ただ、幾人かの傭兵たちは、ゼフィたちの姿を見ると、あからさまに不満そうな表情を浮かべていた。
「お帰りなさい。心配はしてなかったつもりだけど無事そうな姿を見るとやっぱり安心するわね」
「ただいま。問題なく終わったよ。……もしかして、こっちは何かあった?」
笑顔で労うマイアに挨拶をし、気になっていたことを尋ねる。ここにいる者たちは変わっていないようだが、なんとなく空気が違っているような気がしたからだ。
「特に何か、というわけじゃないけど。傭兵さんに何度か話しかけられたわ。俺たちが助けに行ってやろうかって」
「あー、なるほど。それでか……」
「え? それで?」
「いや、なんでも」
ゼフィたちが出発するまで傭兵たちはこちらに一切関わろうとしなかった。それは面倒事に関わることをよしとしなかったからだと考えていたが、どうやらそういうわけでもなかったようだ。
おそらくは一旦放っておいて、状況が悪くなってから手を差し伸べることで恩を売ろうとでも考えたのだろう。自分たちが倒せなかった魔獣たちをたった三人でどうこうできるとは思わなかっただろうし、しばらく経ってから助けに行くことを申し出ようとしていたのだ。
ただ、それだけでもなさそうだった。今この場での雰囲気から見ると、恩を売りたかったというよりも、美人の前で格好を付けたかっただけのようにも見える。ゼフィとマイアに向く視線を考えるとそれが妥当だろう。
もちろん、その思惑は傭兵たちのもので、少しだけ残念そうな顔をしている商人の方はこれを機に何かを売りつけようとでもしていたのかもしれない。
そして、しばらくそこで体を休めて準備を整えると、ゼフィとマイアを含めた六人は共に森を抜けることとなった。もちろんゼフィたちにとって彼らと道同する理由は特にはなかったが、ここで断って二人だけで行くというのも奇異な目で見られる可能性もあるため、内心では渋々ではあるが、喜んで、と共に行くことになった。
それからおよそ三日後、森を抜けた一行はアルトミーの街に到着した。
「お兄さんたちのこの街での予定は?」
「予定? は特にない、よね?」
「ええ」
その質問の意図はわからなかったが、特に不都合はなかったためそのまま答える。マイアもそれに同意する。
「じゃあさ、斡旋所に報告に行くから一緒についてきてくれない?」
「それは構わないけど、行ってなにかあるのかい?」
「うん。先生に会ってほしいんだ。……あと、お礼とかもしたいし」
「先生に? ……わかった」
正直に言うならばあまり気乗りはしなかったが、やはり断る理由も思いつかなかったため、その頼みを受けることにした。
そして、斡旋所でディアが商人と報告を終えた後、そこで商人たちと別れた。ディアとクロエはその先生に話を通してくるからと、二人にその場所で待つように伝え、建物の奥へ入っていった。
しばらくして二人が戻ってくると、ゼフィたちはその奥にある一室に通された。そこで待っていたのはゼフィもよく知る隻眼の銀髪の男だった。
「なんだ。どのような男かと思えばゼフィだったか」
「アーカム……。あんたが先生か」
「ふっ、久しいな。まさかこんなところで再会するとは思わなかったぞ」
「……俺もだよ」
楽しそうに軽く笑うアーカムに対して、ゼフィは少しだけ居心地が悪そうに苦笑を浮かべて答える。
「この子たちは迷惑を掛けなかったか?」
「ああ、この年でなかなか優秀だよ。あんたが指導しているっていうならそれも頷ける。今はここで働いてるのか?」
「まあな。少年時代に世話になっていた方から頼まれてな。ここで新米への簡単な教育などをやっている。私はこの街の生まれだからな」
なるほど、とゼフィは頷く。騎士を辞めた後のアーカムの行方について気にはなっていたが、後ろめたさもあり、それを尋ねることはできなかった。
そんな二人のやり取りをみて、ディアは目を丸くして驚いていた。
「……もしかして、知り合いだったの?」
「ああ、騎士時代の同僚だ。ディアが私よりも強いというから何者かと思ったが、ゼフィだと言うならばそれも納得だ」
「……そんなことはないと思うけど。アーカムの方が強かっただろ」
そのゼフィの答えは別にただの謙遜などではない。確かに、剣を使っての単純な戦闘であればゼフィの方に分がある。ただ、魔法も交えるとなるとそう簡単にはいかない。
アーカムはかつての騎士時代、赤の団に所属していた頃にはその実力から次期赤騎士を嘱望されていたほどの実力だったのだから。
ただ、アーカムの目から見ればそれも少し事情が異なる。アーカムが周囲からそのように見られていたことは事実ではあるが、アーカム自身はその評価は重いと感じていた。
自分でも腕が立つことはわかっていた。それは剣においても魔法においてもだ。だが、次期赤騎士という名を背負うにはどちらも不足していると感じていた。
それはアーカムの知る赤騎士が当代において最強の騎士と謳われているアルガスだったというところが大きい。剣でも魔法でも、アーカムの目から見ればそれは遥か先にいるように見えた。
ゼフィが赤の団に入団した頃、その時点においてゼフィは卓越した剣の腕を誇っていた。その剣とまともに打ち合うことができたのは団内においても殊更剣に長けていたシュタープくらいであった。
確かにアーカムはその頃にゼフィと戦い勝利を収めた。だがそれには種があった。それは、アルガスがゼフィを倒したその戦法をそのまま流用したのだ。もちろん、それは誰にでもできるようなことではなく、実際にやろうとしてそれができたのはアーカムだけであったが、アーカムにしてみればそれを自分の力だと誇るようなことはとてもではないができなかった。
それこそが過ちだった。アーカムはたとえ敗れたとしても自身の力で戦うべきだったのだ。他人から見れば決して卑怯とまでは言えないやり方ではあったかもしれないが、アーカムの胸にはずるをしたという想いだけが残ってしまった。
それは嫉妬と焦燥を生み、やがてアーカムは一つの失敗を犯し、その片目を失った。そして、それを機に自分の力不足を受け入れ騎士を辞めることとなったのだ。
「……すまなかったな」
「む? 何を謝る」
「だってアーカムが辞めることになったのは……それ、は俺のせいだろ」
ゼフィはちらりと眼帯に視線を向ける。
「別にお前のせいというわけでもない。ない、が……そうだな、責任を感じているというのならば少し手伝ってもらおうか」
「手伝い?」
「ああ、明日一日私の仕事に付き合ってもらえるか?」
「それは、構わないが。……マイア、いいかな?」
「ええ、いいわよ。私は一日宿でゆっくり羽を伸ばしておくわ」
「……」
その冗談に何と答えていいかわからず微妙な表情で押し黙ってしまう。くすりと笑うマイアを見てゼフィはため息をつく。
「仕事ってどんな? あまり難しいことを期待するなよ?」
「ふっ、元より常識知らずのお前に難しいことは期待していない。剣の腕を借りたいだけだ」
「……わかってはいるけどさ」
その言い様にゼフィは渋い表情を浮かべる。赤の団にいた頃のことを思い出せばそのように言われるのはもっともなことではあるが、こうして面と向かってだと少しばかり堪えるところがある。
なにせ騎士になりたての頃とは違い、赤の団に入団した頃にはすでに記憶も戻っていたため言い訳もできないのだ。
そんな様子を見てアーカムは僅かにだけ口角を上げる。
「才能のある若者がいるのだが、それゆえに少し増長していてな。お前の剣で叩き直して欲しいのだ」
「いや、叩き直すって言っても俺は……」
「無論わかっているさ、お前の悪い癖はな。だからそれでいい。手加減したまま叩きのめしてくれればいい。できるだろう?」
「……やってみなけりゃわからないけど」
「それで構わない。いざとなれば私がなんとかしよう」
そう言ってアーカムは頷く。アーカムにとってみればちょうどそれについて考えていたところで、当然その役目も自分がやるつもりでいた。ただ、先生の立場であるアーカムがするよりも、あまり強そうに見えないゼフィの方が衝撃は大きくなるため、その後の指導もやりやすいと考えたのだ。
アーカムは横で黙って話を聞いていたディアの方に視線を送る。
「ふむ、そういえばまだ宿をとっていないのだろう。ディア、クロエ、二人を案内してやりなさい。お礼がしたいと言っていただろう」
「う、うん」
突然話を振られたディアは一瞬だけ狼狽えるが、すぐに嬉しそうに微笑む。
「なるほど、それは助かるな。ああ、あとそのあたりで夕食が摂れるところもついでに教えてくれると助かる」
「うん。わかった」
その後、次の日について簡単に打ち合わせをするとアーカムを残し、四人は宿へ向かった。
「……それにしても、お兄さんが先生と知り合いだったなんて驚いたよ」
歩きながら、独り言のようにディアが呟く。それに同調するようにクロエもまたこくこくと頷いている。
「俺もアーカムにはいろいろと教えてもらったからな。考えてみれば教えるのはうまかったよ。確かに、こういうのは向いているのかもしれない」
昔を懐かしみながら軽く笑みを湛えてゼフィは言う。昔、とはいってもせいぜい二年程度しか経ってはいないのだが。
「そういえば、アーカムが言ってた若者ってのは君たちも知っているのかい?」
何気なく聞いた質問だったが、あまり聞かれたくなかったのか、ディアは露骨に嫌そうな顔をする。あまり感情を表に出さないクロエも僅かに表情を曇らせている。
「いや、言いたくないなら別にいいんだけど」
「そんなことは、ないよ。ただ……わたしはあんまり好きじゃないかな。荒っぽいし、偉そうだし。強いやつが正しくて偉いんだって言ってるのも気に食わないし」
そう言ってちらりとクロエの方を見る。
なるほど、とゼフィは納得する。そういった考え方であればディアとは相容れないかもしれない。ディアはともかくクロエはそういったものとは正反対と言ってもいい。純粋に力というよりは目と判断で戦うのを得意としているクロエは、これまでも侮られて心無い言葉をかけられたこともあるのだろう。
ディアと出会ったとき、そういった部分に過敏になっていたのはそういう理由もあるのかもしれない。
もちろん、ゼフィから見てクロエは決して弱くない。一見すると後ろに一歩引きがちに見えるが、熱くなりがちなディアの手綱をしっかりと握り、的確に補佐している。その弱そうで強い意志はなんとなくイリスを思い起こさせる。
「強さ、か。難しいよね」
「簡単だよ」
ゼフィがぽつりと呟くと、意外なことにディアはそれを肯定するような言葉を返す。どういうことだろうと首を捻ると、ディアは笑いながら言う。
「強さが全て。それを言っていいやつは一番強いやつだけ」
「……なるほど、簡単だ」
「でしょ?」
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