45.祝福
二人が屋敷を出てから十日ほどが経った。オージ帝国に向けて西へ進み、まずはアルトミーの街を訪れるべく道に沿って進んでいた。やがて、その道は森の中へと進んでいく。
そして、二人が森の入口付近に差し掛かると、そこで一団が野営をしているのが目に入った。その雰囲気になにか異常を感じたため、マイアの事情もあり、揉め事を避けたいということも考えたが、ここを避けるとなるとかなりの遠回りとなってしまうため、ゼフィはマイアに一応の確認を取ると、その一団に近付いていった。
そこにいたのは行商ではあったがそれは一団ではなく、一方は森から出てきて王都へ向かおうとする商人であり、もう一方は王都を出てアルトミーへ向かう商人であり、両者は別々の商人であった。
ゼフィとマイアがそこに近付くと、その両者は警戒するように空気を張りつめさせるが、ただの若い男女の二人組だということに気付くと、すぐにその警戒を解いた。
それはどちらかというと二人を警戒している余裕がないようにも見えた。
大きな馬車の周りに傭兵たちが集まり、その中には商人の姿も見えた。護衛の人数や馬車の数からそれなりに大きな商人であることが想像できた。だが、もう一方は商人と御者、そして傭兵らしき少女が二人という少人数の構成であった。
ちらりとゼフィが彼らの様子を窺うと、多くの者たちが怪我をしているのか包帯などが巻かれている様が目に入った。幸いにも、と言うべきか、致命傷に至っている者はいないようで、すぐに動けそうではなかったがすでに治療も終わっているようだった。
そして、大所帯の傭兵たちの代表と思しき男が、ゼフィに話しかけてくる。
「あんたらは、旅の者か?」
「ええ、ここを抜けてアルトミーへ向かう途中です」
「二人で、か? 危険じゃないか?」
「……そうかもしれませんが、いちおう私は冒険者でもありますので、自分たちの身を守るくらいであればなんとかなります」
「なんとか、ねぇ……」
訝しげな表情で男はゼフィとマイアの姿をじっくりと眺める。半信半疑といった感じではあるが、二人の旅慣れた様子と、その装備、そして佇まいから、その言葉のとおりに自分の身を守る程度の最低限の能力は備わっているのだろうと一応の納得はしたようだった。
だが、それ以外の者たちからは冷めた視線を送られていた。特に、少女のうち一人はつまらなそうに一瞥すると、すぐに興味を失ったのかすぐにゼフィから視線を逸らした。
それはゼフィが冒険者を名乗ったからであろう。一般的にはそこまででもないが、やはり直接に戦う傭兵たちにとってみれば、ただ情報を集めてくるだけの冒険者は格下の存在であり、場合によっては見下す対象とさえ思われることもある。
マイアがからかうように笑みを浮かべると、ゼフィは苦笑する。
それでも一同がゼフィたちに視線を送っていることに渋々ではあるがゼフィは尋ねる。
「……何かあったのでしょうか?」
「まぁな。この森の道で中型が出てな」
「中型……なるほど、それで」
負傷者が多かった理由についてゼフィはそれで納得した。中型一体は一般的な騎士一人に匹敵するとは言われているが、それはまともに戦えばの話であり、こういった森の中で戦うとなれば、やはりそういった戦闘に不慣れである騎士は遅れをとってしまうこともある。
それは傭兵も同様であり、森の中での戦闘は見通しも効かず、足場も悪い。それなりの経験をしていなければ万全の体勢で戦うことはできない。
そんな場所での中型魔獣は脅威と言える存在なのだ。
「数はどれほど?」
「まぁほとんどは退治できたんだがな、不意を付かれちまったこともあって二、三は取り逃がしちまった」
男は少しだけばつが悪そうにそう言う。
おそらくは逃してしまったのではなく、全てを退治するよりも安全を優先したのだろう。もちろんゼフィはそれを悪いことだとは思わないが、傭兵にとっては逃げたことを恥だと感じてしまうのも無理はない。
話を聞いて納得した。つまり、こちらの大所帯は傷つきながらもなんとかこの森を抜け出し、ここから王都へ進むために一旦態勢を整えていたのだ。一方、こちらの四人はその話を聞き、これから森に入るためにどうしたものかと立ち往生していたというわけだ。
ゼフィは二人の少女を眺める。年齢はかなり若い。幼いと言ってもいいかもしれない。あるいはミューよりも年下のようにも見える。
ただ、傭兵としてかなり若いが若過ぎはしない。このくらいの年齢であれば傭兵として仕事に就いている者がいないわけではないからだ。
だとしても新米であることは間違いないだろうとゼフィは首を捻る。
「どうして二人だけなんだい?」
「……このおじさんがけちったんだよ」
「いや、私は……」
少女が吐き捨てるように言うと、商人は言い訳をしようとして口ごもる。
その様子を見る限り、少女の言っていることは間違ってはいないようだ。
「それでも、君たちはまだ見習い、かな? うろ覚えだけど確か……見習い二人だけで護衛任務は受けられなかったような」
「そうだよ。これは護衛じゃなくて護衛補佐とあとは荷物運搬の手伝いってことで受けたから」
商人に聞いてみると、諦めたようにぽつぽつと話し始めた。
実は商人にとっては懐具合が厳しいときには時々やっていることであり、腕の立つ御者が護衛を兼ねているということだ。あくまでもその補佐として何かあったときのために見習いを格安で少しだけ雇っているそうだ。
なぜ今までそんなことをして問題にならなかったかというと、特に問題が起こらなかったからだ。御者は商人の知人であり、元は傭兵の仕事をしていたが怪我により引退し、商人の仕事を手伝っているのだ。怪我をしているとはいえ、腕が立つのは事実であり、多少の小型魔獣に囲まれたくらいならば、見習いの補佐があればどうとでもできるという自信を持っており、実際に今までそうやってこられた。
ただ、今回のように中型魔獣、しかも森の中となると話は変わってくる。
これは商人にとって予想外の事態であり、昨今の魔獣が増えているという異常な事情を甘く見ていたことに原因があった。
「なるほど、それでここから進めなくなっているというわけですか」
どうしたものかとゼフィは考え込む。話はわかったがゼフィたちもこの先へ進まなければならないのだ。であるならば協力した方がいいだろう。
「……だったら退治するしかない、かな」
ゼフィはそうこぼす。先程聞いた話によると、取りこぼした魔獣は二、三体とのことだったが、それを確かめてみないことにはなんとも言えない。嘘をついていないという保証などありはしないのだから。
「お兄さんが? あなたがやるっていうの?」
「ん? ああ、そうするしかなさそうだからね」
少女は訝しげな視線を向ける。
そして、視線を巡らせてみるが、別の場所に固まっている傭兵たちはこちらに協力するという気はなさそうだ。もちろん任務は雇い主の護衛なのだから当たり前のことではあるが。
「でもお兄さん冒険者なんでしょ? 戦えるの?」
「一応ね。まぁなんとかするよ」
そう返すと少女はしばらくどうしようかと逡巡した後に、大きくため息をつく。
「……わかった。わたしたちも手伝うよ」
「危険だよ。さすがに見習いに中型は早すぎる」
「わたしたちは見習いだけど腕には自信がある。クロエと二人なら中型一体くらいなんとかできる」
そうでしょ、と少女は振り返りクロエと呼ばれた少女に問いかける。
クロエは少しだけ間を取ると、自信なさげにではあるが、はっきりと頷く。
「……」
それでも、という言葉を飲み込む。
ゼフィが見る限り、確かにこの二人の腕は悪くないだろう。実力はそれなりにあるはずだ。だが、だからといってそれを鵜呑みにすることはできない。実力があっても新米に違いはないのだから、実戦でどうなるかはわからない。
ただ、それを言い留まったのは二人がそれほど気負った様子もなく平然と言ってのけたからだ。
正直に言うならば断りたい。わざわざ彼女らの力を頼らなくともゼフィとマイアの二人ならどうとでもなるからだ。
「なら、協力を頼もうかな。俺はゼフィ。君は……」
「わたしはディア。それでこっちはクロエ」
「クロエ、です……」
ディアと名乗った紫の髪の少女はその体に合わせて一般的なものより少し小振りな剣と盾を身に着けていた。確認したところ軽い身のこなしと高い身体能力を活かしながらの基本的な戦い方をするようだ。
あくまでも傾向という話ではあるが、紫の髪を持つものは基本的に高い身体能力を持つ。それゆえ魔法で戦うよりも前に出て剣を使って戦う方が向いているのだ。逆に、赤い髪を持つ人間は魔法に対して高い適正を持ち、魔法の行使や制御に優れている。クロエという少女はこちらに当てはまる。
ゼフィやナターシャなどの黒を持つものは身体操作に優れており魔法を苦手としていることが多い。そしてユーロのような銀を持つものは万能の力を持つと言われている。
もちろん、傾向でしかないため、黒であっても魔法が得意な者もいるし、赤であっても近接戦闘に優れている者もいる。
ゼフィの目に付いたのはクロエが持っている武器だった。
「……弓使い、か」
「それが何か?」
「いや、珍しいなと思って」
ゼフィが呟くと、ディアはゼフィに向かって鋭い視線をぶつけてくる。そしてゼフィの目を覗き込み、他意がなさそうだと判断すると、なんでもないと言うように顔を背ける。
ゼフィは惚けて見せたが、ディアの言いたいことはわかっていた。
この世界において弓は傭兵の使う武器ではないのだ。弓とは主に狩猟等に用いられるものであって戦闘用ではない。その理由は傭兵の戦う相手が魔獣であるからだ。
魔獣を倒す方法には簡単に言って三通りある。一つは首を切り落とすこと。たいていの場合はこれを想定しての戦いになる。どうやって魔獣の首を切り落とすかが戦いの基本なのだ。二つ目は致命傷となるほどに魔獣の体を破壊すること。いかに頑丈な魔獣といえども攻撃を受け続ければ死を迎える。そして三つ目は魔獣の急所である核を破壊することだ。弓で魔獣を倒すとなるとこの方法を取る以外にはない。
だが、これは非常に難しい。まず、魔獣の核を見極める能力が必要になるからだ。そして、見つけたとしてもその核を正確に射抜くというのはかなり高精度な技術が必要となる。少しでもずれればただ弓が魔獣の体に突き刺さるだけであり、その程度では魔獣は微塵も動じることはない。なんの意味もない一撃となる。
たとえば完全に援護に徹して魔獣の足などを狙い、機動力を削ぐこともできなくはないが、そうまでするくらいならば近づいて斬った方が早い。
だから、弓使いというのはとかく侮られがちなのである。そのうえ前に出ることもなく安全な場所から弓を射つだけという戦い方に対しても不満を抱かれることが多い。
おそらくは今までもそうしてクロエが嗤われることがあったのだろう。そして、その度にディアはこうしてきたのだろう。
「まずは魔獣の様子を確かめないとね。……本当は何体いるのか確認しないと」
「ああ、それなら近くにいるのは二体だけだったよ」
「どうして? ひょっとして森に入ったの?」
「うん、ちょっとだけね。それで確かめたけど、やっぱり二体相手だと難しいかもって引き返してきた」
「それは……」
悪い判断ではないと思う。ただ、気になったのはちょっとだけという言葉。そのくらいで魔獣の数を判断できるとは思えないからだ。
「本当に、二体?」
「うん、間違いないよ。……だよね? クロエ」
「……うん。二体しかいない」
その言い様を見るに、それを確かめたのはクロエなのだろう。自信なさげな声色とは裏腹に、その言葉は確信に満ちている。つまり、彼女には高い探知能力があるということだろう。
「もしかして、祝福持ちなのか?」
思いついた言葉を発してみると、二人は目を見開いて驚きを露わにしていた。それが何よりもの肯定だった。
それは精霊の祝福のことであり、祝福持ちとは特に魔法に優れた者のことを言う。あるいは加護持ち、あるいは適合者などと呼ばれることもある。ごく稀にいる、一般的な者よりも魔法への適性が高い者のことだ。
これは感覚が優れているという部分が大きく、魔法が得意というよりも魔力に対して高い親和性があると見られている。だから強いマギアを使うこともできるし、強度の高い身体強化もできるが、最も優れている能力は探知である。
これについては一般的な者と比較しても一線を画していると言われている。
「なるほど、だから弓使いなのか」
祝福持ちであるということは探知能力に優れている。それはつまり、より遠くからよりはっきりと魔獣の核を探知できるということなのだ。
もちろん、それであれば強力な魔法を使うというほうが有用かもしれないが、そもそもの問題として魔法の修得には時間とお金がかかる。それなりに余裕のあるものでなければその選択をすることは難しいだろう。ましてやこの年で傭兵としての仕事をしなければならないという状況では。
その言葉に二人は顔を見合わせると、ディアはゼフィに尋ねる。
「ねえ。お兄さんってひょっとして……騎士、だったりする?」
「元、だけどね。……どうしてわかったの?」
「先生が似たようなことを言っていたから」
その言葉に様々なことが腑に落ちる。彼女たちの余裕はその先生という騎士に様々なことを教わっていたからなのだろう。単純な戦い方だけでなく、判断の仕方や準備などについても。
そして、簡単にお互いの能力等について情報交換をした後、三人は森に入ることにした。ゼフィはちらりと傭兵たちに目を向けるが、彼らが動く気配はなかった。ディアはそんなゼフィに諦めたように首を横に振る。
「本当に私は行かなくていいのかしら?」
マイアは首を傾げながらそう尋ねる。
それはゼフィも悩んだところではあった。もちろん戦力として考えるならば同行してもらうほうがいいのは明らかだが、そうなると二人の手前、マイアも戦闘に参加させざるをえない。マイアの正体のこともあり、それはなるべく避けたいところだ。さらにゼフィの性格上、マイアを戦わせることに抵抗もあるからだ。
実際に道中で魔獣と戦うときは何もさせないことに遠慮して、魔法での多少の援護を任せただけでほとんどをゼフィ一人で処理してきた。
「ああ、マイアはここで待っててくれ。……もし、何かあったときは」
「ええ、適当に逃げさせてもらうわ」
多少問題が起こるにせよ、マイアの正体がばれてしまうよりはましだ。一旦別れたとしても合流するのはさほど難しくはない。
マイアが頷くのを見届けると、ゼフィを先頭に三人は森へ入る。一度森へ入ったという少女たちの指示に従いつつ、周りの気配に注意しながら慎重に進む。
しばらくそうしていると、ふとディアがゼフィの隣に並んできた。
「あの、お兄さん……ごめんね」
「ん? まぁ俺たちとしてもここを通るわけだから協力するのは当たり前だと思うけど」
「ううん、そうじゃなくて……」
ディアはちらちらとゼフィの表情を窺いながら申し訳無さそうにぽつぽつと話し出す。
「お兄さんはクロエが弓使いだって言っても、驚いてはいたけど嫌そうな顔はしなかった」
「それは、まぁ」
それについてゼフィは少しだけ渋い顔をする。その反応から見るに、彼女たちの見た目もあり、相当に侮られることがあったのだろう。
ゼフィがそうでなかったのは、弓に対してたいした偏見がなかったこともあるが、そもそも傭兵の流儀についてよくわかっていないというところも大きい。
ただ、それが謝られる理由がわからない。
「だけどわたしはお兄さんを侮った。冒険者だって聞いただけで戦力にならないと考えて切り捨てた」
「……なるほど」
悔しそうな顔でそう言ったディアを見て、ゼフィは納得する。
今まで自分たちがそういう扱いを受けてきたことに不満を覚えていたのにも関わらず、冒険者だというだけでそういう扱いをしてしまった自分に腹が立っているのだ。
ゼフィからすれば冒険者がそう見られることがあるのは知っていたし、それについてどうとも思わなかったが、逆に考えればそう思ってしまうのも理解はできる。
「だからごめんね」
「ああ。そういうことなら謝罪は受け取っておくよ」
「……ありがとう」
少しほっとしたようにディアは表情を緩める。そのとき、ディアを後ろからクロエが軽く引っ張る。その意図を理解したディアは即座に気を引き締め、ゼフィに目で合図する。
ゼフィもそれを受けて頷くと足を止める。
「……あっちに、います……」
クロエが小さく囁くと、三人は気配を消して音を立てないように慎重にそちらへ足を進める。
やがて、三人は虎のような中型魔獣が二体いることを視界に捉える。どうやらこちらには気がついていないようで、先制攻撃は十分に可能な位置を取ることができた。
「……大きいな」
ゼフィは呟く。
視線の先にいるのは確かに中型魔獣ではあったが、一般的なそれと比べるとかなりの大きさだった。だからこそあの傭兵たちは戦うのではなくそのまま放置することを選択したのだろう。
ディアはごくりとつばを飲み込む。中型魔獣を見るのは初めてではあったが、聞いていたそれよりも遥かに大きな魔獣を見て少し気圧されてしまう。一般的なそれならば倒せると嘯いたことに嘘はなく、その自信はあったが、本当にこれを倒すことができるのだろうかと疑問に思ってしまったのだ。
ディアがちらりとゼフィの表情を窺うと、特に表情を変えることもなく魔獣を見ながら何かを考え込んでいる様子であった。
やがて、視線を二人の方に向けると小声で指示を出す。
「……俺が合図したらあっちの魔獣に矢を、魔獣の足を射抜いて欲しいんだけど、できる?」
「できます」
ゼフィが尋ねると、クロエははっきりと頷くと弓を構える。
「わたしは?」
「ディアは、何かあったときのためにクロエを守って」
その言葉にディアはぽかんと口を開ける。その意味がわからなかったからだ。
何かあったときとは言うが、矢を射れば当然その魔獣はこちらに向かってくるはずであり、そうなればクロエを守るのは当たり前ではある。なのにゼフィの言い様ではまるで念のためという感じだったからだ。
「え? 何か、ってどういう―――」
「……今っ!」
ゼフィは小声でクロエに合図をすると、ディアの言葉を待たずに飛び出す。
それと同時にクロエが放った矢は、片方の魔獣の足を正確に射抜く。魔獣は突然のことに動揺もあったのかがくりと体勢を崩す。しかし、たいした傷にはならなかったのか即座に体勢を整えるとゆっくりとクロエの方に向き直る。
「だからっ、言ったのに……」
そう吐き捨てるように言いながらその魔獣の視線の先に体を割り込ませると、その剣と盾を構える。
ゼフィに伝えることは間に合わなかったがこうなることは当然目に見えていた。にも関わらずそれを考えることをしなかったゼフィがどういうつもりなのかわからなかったが、どちらにせよディアがすることは変わらない。ただクロエを守るだけだ。
ディアはその手に汗が滲むのを感じていた。眼前にいる魔獣が放つのはこれまで感じたことのない圧力であったが、それに臆することもなくその魔獣と向かい合う。
自分ははっきりと言ったのだ。二人でなら中型魔獣を倒せると。その言葉は嘘じゃない。こうなった今でも自分のその言葉は正しいと信じている。
そして、その魔獣が今にも飛びかかってくるというその瞬間、唐突にその圧力が消える。一瞬、何が起こったのかディアにはわからなかったが、どさりという音がしてはっと気付く。その魔獣の首が落ちていたのだ。
ディアは遅れて状況を理解する。クロエが射抜いたことで注意を引き付けた魔獣がこちらに襲いかかることに気付いたゼフィが咄嗟に方向を変え、そちらの魔獣を倒すことを優先したのだろうと。
であれば、と同時に気が付く。そうであるならばゼフィは今もう一体の魔獣に背を向けていることになるのだ。それは自殺行為でしかないはずなのにそんな行動を取ったゼフィのことが信じられなかった。
確かに、ゼフィの力はたいしたものだ。何をしたのかはわからなかったが、不意をついたとはいえ、この大きさの中型魔獣を一刀のもとに仕留めてみせたのはディアからしてもすごいとしか言えない。
だが、戦闘中にも関わらず、そのように迂闊に魔獣に背を向けるなどありえないことだ。あるいは、自分はゼフィのことを過大評価していたのではないかという考えが頭をよぎる。
そして、ゼフィに背後に注意を払うように声を掛けようとした瞬間に固まる。
「―――っ! ……は?」
その呆けた声は全くの無意識で漏れたものだった。そのゼフィの背後にあったのは首を失い崩折れたもう一体の魔獣なのだから。何が起こったのかディアには理解ができず、混乱状態に陥る。
なんとか正気に戻ることができたのはその音を聞いたときだった。その音はゆっくりと歩み寄ってくるゼフィを見て自分が後退った音だった。それをゼフィに見られたことに、すぐにしまったという表情を浮かべる。
そんな様子を見て、ゼフィはほんの僅かにだけ苦笑を浮かべると安心させるように優しく丁寧にディアに諭す。
「まぁしょうがないよ。誰だって魔獣は恐ろしいものだから。特に初めてこんな大きいのを見ると狼狽えてしまうのはおかしいことじゃない。よくあることだから大丈夫だよ」
「……」
そんなゼフィの言葉がディアの耳を通り抜ける。何の話をしているのかがわからなかった。
怖かった。
だから、思わずその足が後ろに動いてしまった。
だけど、その恐怖は魔獣なんかに抱いたものではないのだから。
ディアの反応がないことに戸惑ったのか、どう言えばいいものかと考えるようにもう一度ゼフィは苦笑を浮かべる。
「ええと……」
「―――違う」
ゼフィが言葉を発そうとするのをクロエは遮る。どういうことかと首を傾げるゼフィにクロエははっきりと告げる。
「ディアがあの程度の魔獣を恐れることはない。たとえあなたが助けに入らなくてもディアは私のことを絶対に守りきった。……です」
途中で自分が熱くなっていたことに気が付いたのか、最後に恥ずかしそうにそれを付け加える。
言うだけ言って顔を伏せてしまったクロエを見て、ゼフィは一瞬どうしたものかと考えたが、すぐにそれに答える。
「そうだね。どうやら俺の勘違いだったみたいだ。……ごめん。的外れなことを言った」
「い、いや、気にしてないから……」
言いながら軽く頭を下げるゼフィに対してディアは慌てながらやめるように言う。確かにゼフィの言ったことは的外れではあったが、ゼフィが助けてくれたのに変わりはないのだから、謝られてもディアとしては困ってしまう。
「とりあえず、無事に終わったんだから帰ろう。……あ、魔石は拾ってからね」
どうしていいかわからなくなったディアは中型魔獣が残した魔石に駆け寄るとそれを拾い上げる。
そして三人は、元来た道を引き返すこととなった。
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