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40.舞昴

 フローリスに呼び出されて、ゼフィとイリスは応接室で待っていた。二人に客人が訪ねて来たからだ。

 三人で座って待っているとすぐに扉が叩かれる。フローリスが入室を許可すると、使用人が扉を開き、大きな荷物を背負った一人の女性が入室する。フローリスはさっと立ち上がると優雅な所作で頭を下げ挨拶をする。


「初めまして、フローリス・フェイヴァーと申します」


 その丁寧な挨拶にどうするべきだろうかと僅かに逡巡するが、すぐに同じように頭を下げて挨拶をする。


「初めまして。二十舞昴と申します。お世話になります、フェイヴァー様」

「フローリスで構いません。兄の知人と伺っております。フタソジマイア様」


 フローリスはゼフィとイリスの方を向くと小さく頷く。


「それでは当家でごゆるりとお寛ぎください。何かございましたら兄におっしゃっていただければすぐに対応いたしますので」


 そう言うと二人を残し、フローリスは部屋を出ようとする。詳細についてフローリス自身も話を聞きたいと思わないでもなかったが、自分がここに残る理由もなく、後のことは二人に任せることにしたのだ。


「お待ち下さい」

「何かございますか?」

「お忙しい事とは思いますが、よければ同席していただけませんでしょうか? 兄君の、ゼフィさんの今後の動向にも関わってきますし」

「……私も聞いてよろしいのですか?」


 マイアはちらりと尋ねるようにゼフィに視線を送る。ゼフィは問題ないと言うように軽く微笑むと頷いて返す。


「はい、きっとその方が良いと思います」


 フローリスが元の場所に戻ると四人で腰を下ろす。飲み物を運んできた使用人が部屋を出て四人だけになると、まずはゼフィが口を開く。


「だけど意外だった。まさか君が来るとは思わなかったよ」

「ふふっ。驚いてもらえたならわざわざ来た甲斐があったわ。……だけど、実は私は人間に紛れるにはあまり目立たないのよ」


 それはゼフィたちも今のマイアを目にして初めて気が付いたことであったが、こうして見てみると今のマイアは普通の人間となんら変わらなかった。

 ゼフィから見てその背の大きな羽が印象に強かったこともあって、それを隠すのは難しそうだという先入観があった。そのため想像もしていなかったが、逆に言うならば、その大きな羽さえ隠すことができたならば他の部分において人間と全く同じ外見をしているのだ。

 おそらくはその背負った大きな荷物に見えるものの中身が空洞となっており、そこに羽を収納しているのだろう。

 それでも、外から見て人間と変わりないとはいえ何も危険がないというわけではない。女一人の身でそんな大荷物を背負って歩いていれば目をつけられるようなこともあるだろう。


「その背中の、か。でも……目立たない、というのはちょっと無理があると思うけどね」

「え? そうかしら」

「ああ。さすがにその荷物は大きすぎるし、何より……」


 顔を見ながらなんとも言えない表情で言葉に詰まるゼフィにマイアは少し首を傾げる。確かにその大きな背荷物が少し目立ってしまうというのは言う通りであり、自覚はなかったがそれにはマイアも納得がいく。だが、そこで言い淀む理由に想像がつかなかったからだ。

 冷めた様な声で隣にいるイリスがぽつりと言う。


「……マイアさんがとても美人だから目立つって言いたいんだと思います」

「あら」


 驚くマイアにばつが悪そうにゼフィは顔を逸らす。そんなゼフィの様子を見てイリスは言葉を続ける。


「私はそんなこと言われたことないけど……」

「私も言われたことありませんね」

「……」


 イリスとフローリスのその言い様に何も言うことができず、どうしたものかと視線を彷徨わせていると、楽しそうに微笑むマイアと目が合う。そこで気を取り直したように一つ咳払いをすると話を変える。


「ま、まぁそんなことはいいとして、これからどうするかの話だよね」


 そんなこと、という言葉に二人は少しむっとした表情を浮かべるが、大事な話であることは確かなのですぐに話を進めるべく姿勢を正す。


「はい。イリスちゃんを私たちの本拠に招こうという話だったんだけど」

「それで、仲間たちの承諾をってことだったと思うんだけどそれはどうなった?」

「ええ、クロノとアガトの二人が説得に回ったから一応の承諾は取れたわ」


 最初はそれについて渋る者も多かった。人間を客として住処に招き入れるというのはやはり抵抗があったし、クロノが思いつきで言っているだけだと考えたからだ。

 だが、そういうわけではなく、今後のことや皆のことも考えてそうすべきだと説明され、さらにそれについてアガトとも話し合ってのことだと言われたため、そこまで拒否反応のない者たちは皆がそれでいいというなら構わないということになった。

 それでも一部には人間に恐怖を抱いており、強い拒絶を示す者もいた。そういった者たちにはクロノとアガトが丁寧に話をしてゆっくりと説得をした。


「……いいのか?」

「何が、かしら?」


 了承を得たというのはわかる。ただ、話を聞く限りやはり簡単にまとまったというわけではない。彼らの事情については詳しくはわからないが、アガトたちに丸め込まれて嫌々認めざるを得なかった者たちもいるのではないかという心配がある。


「大丈夫よ。アガトは確かに口がうまい、というより説得力があるけど、無理に従わせるようなことはしないわ。クロノにも駄目だったら諦めるように言ってたし」

「それならいいんだけど」

「ふふっ」


 ほっとしたように少しだけゼフィは表情を緩める。そんな様子を見てマイアは軽く笑う。その理由がわからずゼフィは眉を顰める。


「イリスちゃんのことが大切なのね」

「……え?」


 その話題の先がまさか自分だとは思っておらず、急に話を振られたイリスは間の抜けたような声をだしてしまう。そうでしょう、と言うようにゼフィににこりと笑いかけると、ゼフィはどうしていいものかわからず無言で苦笑いを浮かべる。

 ゼフィから見て魔人たち、その中でのやり取り自体はどうでもいいと言ってもいい。

 もちろん、彼らに対して迷惑を掛けるようなことになるのはゼフィとしても本意ではないが、彼らの中でどういう話がなされたかということに対しては、多少の理不尽があったとしても部外者であるゼフィが首を突っ込んでいいようなことではないと考えているし、どうこう言う権利はない。

 だが、そこに無理があったとしたら、招かれるイリスへの対応に影響が出てしまうかもしれない。イリスにそのつもりはなくとも結果として歓迎されない中に無理やり押し掛けるような形になってしまえば、一応は認められている以上直接的な何かをされるようなことはないだろうが、居心地が悪い中で過ごさなければならないようなことになるかもしれない。

 マイアはだからこそゼフィは話し合いがうまくいったかについて心配をしているのだとイリスに説明する。

 イリスは喜ぶような恥ずかしいような微妙な表情を浮かべながら目を逸らすゼフィに僅かにだけ頭を下げる。


「それで、イリスちゃんはどうすることにしたの?」

「私は……行きたいと思います」

「そう。それは良かったわ」


 安心したようにマイアはにこりと笑う。実際にどうするかはイリスの意思次第ではあったが、ここまでイリスが来るという前提で全ての話を進めていたため、それが覆されるとなると、話が変わってくる。

 特段何か困ることがあるというわけではないがなんとなく決まりが悪い。

 イリスとしても、そこまでしてもらっているのに断るのは申し訳ないという気持ちはあった。ただ、最終的にそう決めたのは、やはりミューに会いたいという気持ちだった。未だに迷うところはあるものの、それはミューに会ってから話をして決めればいいのだから。

 そんな様子を見てゼフィは満足そうに頷く。それに対してマイアは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「……よかったら、ゼフィさんも一度我々のところに来てもらえないかしら?」

「俺? ……どうして?」


 それ自体に問題があるわけではない。イリスがこの家を出た後、どちらにせよゼフィは一人で再び旅に出るつもりであったから、少し寄り道をするくらいは特に問題はない。もちろん個人的な興味という意味では自分も見てみたいという気持ちはあった。むしろ、ゼフィにとってはその方が助かると言ってもいい。

 ただ、ゼフィには行く理由がない。友人であるミューと会うために招かれたイリスと違って、他の者がゼフィを受け入れる理由がないのだ。


「いいのか? イリスでさえ揉めたんだろう? さらにそこに俺が首を突っ込むと面倒なことにならないか?」

「まぁ、そのあたりは大丈夫よ。あなたの名前ももちろん出ていたし、あなたはイリスちゃんの保護者のようなものだと説明されていたから一緒にいても不思議じゃないわ」

「そう、か。……なら構わないんだが」


 複雑そうな表情を浮かべながらも、それならと頷く。ただ、少し腑に落ちない。なんらかの目的があるだろうことはわかるが、それについて全く予想がつかないのだ。本当にただの保護者として招かれたとは考えられない。

 考えても答えは出ないだろうと諦める。おそらくはアガトあたりが何か企んでいるのだろうから。だとしたらその思惑を測ることは難しい。


「じゃあ、そういうことで、出発はいつくらいになりそう?」


 そのマイアの問いに二人は顔を見合わせる。イリスとしては時折ゼフィやフローリスの仕事の手伝いをしていたが、自分としては特段何かをしているわけではなかったため、すぐに出られると言ってもよかった。


「……悪いけど、ちょっと受けてる仕事があって報告なんかをしないといけない。あと、旅の備えなんかもしておきたいから数日待ってもらっても構わないかな?」

「ええ、大丈夫よ。なら……そうね、一週間後にもう一度こちらを伺うことにするからそのときまでに準備をしておいて」

「一週間、か。わかった、けど君はその間どうするんだ? 何か用事でもあるのか?」

「いいえ。でも私は普通に宿を取るわけにはいかないから一度街から出るわ」

「……え?」


 驚きの声を上げたのはフローリスだ。特に何も考えることなくマイアはこの家に滞在するものだと思っていた。客人をもてなすことは貴族としても当たり前のことであり、自分はそうするし、マイアもそのつもりだろうと疑いもしなかった。もちろん何か用事や不都合があるならばその限りではないが。


「当家に滞在することに何か不都合があるでしょうか? できる限りのおもてなしはさせていただきたいと思いますが」

「私の方に不都合などはありませんが、ええっと……」


 どう説明すればいいだろうかと口を噤みマイアは考え込む。しばらくして、諦めたようにその背負っている荷物に手をかける。


「わかりました。ご覧ください」


 マイアがその背負った大きな荷を下ろすと、空洞だったその荷物から一対の大きな白い羽が露わになる。


「―――っ!」


 フローリスはその美しさに思わず息を呑む。忘れていたわけではないが、今ここにいるのが魔人という存在であったことをあらためて思い出す。

 ちらりとゼフィとイリスの方に視線をやると、特に驚いた様子もなく、ただ感心したようにその羽ではなく空の荷物を眺めていた。二人はマイアと知己の仲なのだから何も驚くことがないのは当然のことであり、動揺しているのが自分だけだと悟り、少しだけ恥ずかしそうに顔を伏せる。

 そしてすぐに気を取り直すと、マイアに尋ねる。


「……申し訳ありません。それがどういった意味を持つのでしょうか?」

「そうですね。フローリス様は予めゼフィさんに私が人間でないとお聞きになっていたと思いますが、この家の全ての方がそういうわけでもないでしょう。驚かせるようなことになっては申し訳ないですから」


 そう言われてしまえばフローリスにはどうすることもできない。実際に今、フローリスが驚愕の目を向けてしまったのだから。


「確かに、私が言えたことではありませんが、当家の人間に不躾な視線を送られては気分を害することにもなりかねませんね……申し訳ありません」

「いいえ、その程度のことは構いません。ただ、人間は得体の知れないものを恐れるものです。迷惑は掛けたくありませんから」

「迷惑などとんでもない。兄の知人であり、客人である貴方をもてなすのは当然のことです。もちろん貴方の都合を最優先としていただくことが前提ですが」

「……」


 二人の視線がゼフィの方へ向く。どうしたものかとゼフィは表情を歪める。

 どちらの言い分もわからないではない。マイアの言っているとおり、いくらフローリスが客人について気にしないようにと通達したとしても、やはり家人の中には恐れるとまでは言わなくても戸惑う者たちが出てくるだろう。だが、逆にフローリスの方からすれば、それらの者の都合によって客人の行動を変えるなどあってはならないことだというのもわかる。


「……わかった。じゃあ俺の顔を立てると思ってこの家に滞在してもらえないか? もちろん、マイアが嫌だって言うなら無理をする必要はないけれど、どちらでもいいならそうしてもらいたい」

「そういうことなら……。それでは、フローリス様、短い間ではありますが、お世話になります」

「はい、是非お寛ぎください。……それでは、兄様、後のことはお任せします」


 ゼフィが頷くのを見て、フローリスは一礼すると部屋を出る。


「ふふっ」


 突然吹き出すマイアにゼフィは怪訝そうな視線を向ける。今の一連の流れに笑われるような要素があったとは思えない。


「イリスちゃんだけじゃなくて妹さんにも甘いのね。意外と過保護なのかしら」

「……別にそんなことはないと思うけど」

「さて、どうかしら。……ね?」


 そう言ってイリスの方へにこりと笑いかける。イリスは少しだけ気圧されたように戸惑った後、ちらりとゼフィの方を窺うとおずおずと告げる。


「でも、私はとても感謝しています」

「でも、って……」


 真面目な顔でそう言うイリスを否定するわけにもいかず、ゼフィは言葉に詰まる。そんな様子を見てマイアは再び笑顔を浮かべる。


「羨ましいわ。あなたは妹をとても大切にしていて、彼女もそんなあなたのことが大好きなのね」

「そう見えるかい?」

「ええ、そうとしか見えないけど。……妹、か……」


 自分に言い聞かせるように、少しだけ悲しそうに呟いたその言葉をゼフィは聞かなかったことにした。今まで聞いたことのない声色のそれは、きっとマイアではなく舞昴としての言葉だから。

 一瞬だけ気まずそうな表情を浮かべると、すぐに笑顔に戻りマイアは空の荷物を手に持つとそれをゼフィに差し出す。


「これ、お願いできる? ……実は自分で羽をそれに納めるのは大変なのよ」

「ははっ、確かに。大変そうだ。……イリスも手伝って」

「は、はい」


 後ろを向いたマイアのその白く大きな羽を、イリスと二人で元通りにその荷物の中に戻す。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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