4.ホームス
ゼフィは家を出るとまずは南にある商業の街ホームスへと向かうことにした。
距離を考えるならばまず東のパスエイドへ行き、そこから南下するという道もあったが、騎士時代に知り合った商人と偶然に出会い、その馬車に便乗させてもらうこととなったため、ホームスの街まで同行することになったのだ。
商人からすれば元とはいえ騎士に護衛を任せておけばその分の費用を抑えられるという思惑で声を掛けたのだが、ゼフィにとっても騎士の任務以外ではほとんど外に出ることがなかったため、道中の案内をしてもらえるのはありがたい話であった。
「さすが騎士様、手際がいいですね」
道中、遭遇した狼型の魔獣たちを狩り終えると、馬車から降りた商人は素直に称賛の声を掛ける。
一応、この辺りにもう魔獣のいる気配はないが、まだきちんと安全確認を終えたわけではないので、あまりにも無防備な商人に思わず顔をしかめそうになる。
それほど危機感のない人間だとは思えなかったが、それだけ信頼してもらえているものと考えて諦めることにする。
「元、ですよ。でもいいのですか? 魔石は全て私がもらってしまって」
「構いませんよ。このあたりの弱い魔獣ではたいした魔石はとれませんし、路銀の足しにでもしてください」
「……ありがとうございます」
魔獣―――それはこの世界のどこにでも現れる獣であり、その大半は中型動物と同じくらいかあるいはそれより多少上回る程度の大きさで人間に対する強い攻撃性を持つ。
動物との大きな違いは死体が残らないことだ。あらゆる魔獣は死んだ時に魔石を一つ残してその姿を消す。今のところ例外はなく、発見され処理された全ての魔獣がそうなっている。
問題はその数と、魔獣がいつどこから現れるのかわからないことだ。現在、街や村の守りについては大掛かりな魔道具で結界を敷くことによって対応しているが、それだけで守りきれるというわけではない。どれだけ狩ろうとも次から次へと発生するうえに、そのまま放っておけば結界を越えて群れをなして襲ってくる。
歴史上、何度も小さな村がそれで滅ぼされており、大きな街に群れが大挙して来たこともあるという。だから守るだけではなく、時には間引くためにそれなりの規模の狩りを行うことも必須となる。ゼフィもまた騎士時代にはそのような任務に従事してきた。
そういった意味で普段から多くの者が通る道はそれだけ多く魔獣が狩られているということであり、比較的数は少なく強大な魔獣が出ることもあまりない。
そうしてしばらくの日程を魔獣を狩りながら進めると、とくに何事もなくホームスに到着する。商人とはそこで別れゼフィは魔石を換金し、雑貨屋へ行くと今後の旅に備え必要なものを買い揃えて宿をとることにした。
一晩ゆっくり休むと森を抜けてアリアスの街へ向かうため街の東門へと向かう。以前に訪れたときに比べ、やや活気に欠けているような気がするなと疑問には思うが、だからといって気にしすぎてもしょうがないとそのまま進む。
「おい、そこの! ちょっと待ちな」
門の付近まで辿り着いたところで後ろから声を掛けられる。それなりに強めの声だったために何か難癖をつけられるのではと少し警戒をするが、振り返って見ると正規の守衛であることに気付き力を抜く。
「そこは通行止めだ。あーいや、通行止めっていうか通るのに条件がいる」
「条件……お金ですか?」
守衛はぎょっとすると辺りを窺い慌てて否定する。賄賂を貰おうとしていると勘違いされかねない発言だったからだ。
「いやいやいや、そうじゃねえよ。上からのお達しでな、この道を通るには護衛が必要なのさ」
一年ほど前にこの街を訪れたときにはそんな話は聞かなかったはずだ。であるならばそれから状況の変わる何かがあったということになる。
「何か危険な魔獣でも出たのですか?」
「そういうわかりやすい話ならいいんだがな……。とにかく通るなら上級護衛を雇うんだな」
「上級護衛、というのはなんでしょう?」
「おいおいおい、傭兵の制度を知らねぇのか? どこの坊っちゃんだ……いや、そういう雰囲気でもない、か……?」
ゼフィの質問に守衛は訝しげな表情を浮かべる。ある程度旅慣れた者であれば傭兵を雇うことだって当然あるはずだし、そうでなくても常識的な制度を知らないというのは不思議に感じるのは当然だからだ。
「護衛について詳しく知りたきゃ傭兵斡旋所に行きな。今の時間ならもう混雑はしてないはずだぜ」
「……わかりました。ありがとうございます」
その守衛の言に従い、ゼフィは傭兵斡旋所を訪れることにする。どういう状況なのかはいまいちわからないが、何にせよ傭兵の仕組みすら知らないままでは話にならないというのはよくわかる。
来た道を遡り傭兵斡旋所の扉を開く。先程に守衛から聞いたとおり中はそれほど混み入ってはおらず、まばらに傭兵と思われる者がいる程度となっていた。
傭兵斡旋所において最も混雑するのは窓口が開いてすぐの早朝である。前日に出された依頼、それを夜までに精査し、それが早朝に開示されるため、都合のいい仕事を選ぼうとたいていの者は朝一番に訪れるからだ。現在の時刻はそれよりは少し遅く、割のいい仕事はすでに捌け終えた状況となってるため、用事のある者があまりいないのだ。
ゼフィは手の空いてそうな窓口に近づくと傭兵の制度について尋ねる。受付の女性はわかりましたと頷くと少し待つように言って席を離れる。それからほんの僅かな時間で手にいくつかの書類を持って帰ってくる。
「えーっと、まずはこちらをご覧になってください」
提示された書面には傭兵について簡単にわかりやすく説明がされてあった。傭兵になるために必要なものから傭兵の仕事、お金を稼ぐ方法、それに傭兵になるための申請書も並べられている。
斡旋所側としては、予めそういったものをまとめていた方が傭兵になりたいと申し出る人間に対してする説明が容易になるからだ。
「まずこちらですね、見習いから始まります。そしていくつか仕事をこなして認められると一般傭兵になることができます。そして―――」
傭兵になるとまずは見習いとして登録される。そこから簡単な仕事をいくつかこなすことで一般傭兵としてやっと傭兵として扱われる。さらに、この見習いの期間にある程度の数の仕事を受けなければ、その登録も剥奪されることになる。
これは傭兵という仕事の性質上、実力とは別にある程度の信頼が必要となるからである。これだけでそれが担保されるわけではないが、それによって斡旋所側からもどういう人間かある程度は把握することができるため、揉め事を少しでも減らすことができるのだ。
それからしばらく一般傭兵としての仕事、さらにそのうえで必須のいくつかの仕事をこなすことで中位傭兵となることができる。このあたりまで来れば世間的にも一端の傭兵として認められることとなる。大抵の仕事はこの中位傭兵で受けることができるからだ。
そして中位傭兵となった後、さらにいくつかの必須の仕事をこなした上で書面での試験を受けることで、認定の傭兵となることができる。認定傭兵は中位傭兵では受けることができないいくつかの仕事を受けることができるが、実質的には中位傭兵と変わりがないので、敢えてなろうとするものはそれほど多くなく、なることはできるが試験が面倒だと厭う者も少なくない。
そして中位傭兵、認定傭兵として重要な仕事をこなし、斡旋所に特別に認められた者が上位傭兵となることができるのだ。
「……なるほど、そのあたりのことはよくわかりました」
「はい、傭兵の申込みでしたらまずはこちらの書類に必要事項を記載してください」
「あー、すみません。傭兵になるために来たわけじゃないんです」
「え? あ、そうでしたか。これは早とちりを……基本的に傭兵のことをお尋ねになる方はそういう目的の方が多いですので。では、これで説明は十分でしょうか?」
「いえ、あとここには記載されていないようなのですが、上級護衛とはどういった制度なのでしょうか?」
「上級護衛、ですか……? ああ、いえ、わかりました。説明します」
上級護衛などの護衛制度は基本的に傭兵の側から申し出ることはなく、あくまでも雇う側にとっての制度であるため、その質問に対して一瞬怪訝そうな表情を浮かべるが、すぐにゼフィが傭兵志望でなかったことを思い出し納得したように頷く。
このような護衛の制度にはいくつか種類があるが、たとえば商人が旅をする場合に斡旋所に申請して利用することがある。馴染みではない街などでは信頼の置ける者を護衛として雇うことができないため、そのあたりのことを斡旋所に一任するのだ。
あるいは今回の事例のように旅の安全性を担保する必要がある場合に、公的機関が護衛の基準として必要な指定をするときにも使用される。
そして上級護衛とは、一人以上の上位傭兵、あるいは認定傭兵を含めた四人程度の中位傭兵が最低限として必要となる。
「ですが、上級護衛はかなり金銭的にもかかりますけど。どういった利用目的でしょうか?」
これは文字通り上級のものであり、緊急時や特殊な事態を除けば金銭的に余裕がある貴族等が利用するものであり、一般の人間が利用することはあまりない。
「東の森を抜けたいのですが、そちらを通行するには上級護衛が必要だと伺いまして」
「え? ……あーそれは確かにそうですが、それが適用されるのは商人さんだけで……というのもうーん、説明するとちょっと難しい話になるんですよねぇ……」
東の森を通ってアリアスの街へ抜けるにあたって上級護衛が要求されているのは実は一定以上の規模の商人だけであり、それ以外の人間は特段何かが要求されているわけではない。
このような事態になったのには複雑な理由がある。このホームスの街と東のアリアスの街の間には深い森が広がっており、その二つの街の中間あたりの開けた場所にはアリアスの街の領主であるユーロ・ヴァルタンの領地である小さな村がある。そこに住む人間がその付近の森で今まで見たこともないような魔獣を見たと言い出したのだ。
最初はそれも取り合ってはもらえなかったが、話が大きくなりその話がユーロの元まで届くと、彼はそれを危険性があると判断した。
それを元に両街の領主で話し合った結果、一定以上の商人に規制をかけ、それ以外の人間については自己責任とした。これは何が起こるか、どの程度の危険性があるのか把握できていないことから、それに大手の商人が巻き込まれてしまうことを恐れたからである。仮にいくつかの商人に不測の事態が起こり、それが気付かないままとなれば物資等の流通にも大きな影響が出ることになる。
しかし、規制とは言うもののこれは実質的には通行禁止である。アリアスの街に緊急の用事があるわけでもなければ、わざわざ高いお金を払った上で危険かもしれない道を通ろうとする商人はおらず、そうするくらいならと安全な道を遠回りしていく者たちばかりだった。
金や危険を考えると、わざわざそこを通る意味がないのだ。
そして商人以外の者たちもそのように避けられている道を通ろうとは思わないし、通ろうとすれば危険だと忠告される。
「いちおう商人でなければ通行は自由ということですか……」
「……規則上はそうなりますけど」
「他の道を通るとなると大きく迂回することになりますよね?」
「はい、ここからですと王都の方まで向かい、このあたりから東の道を通ります」
地図で示されながら説明を受けるが、これではほぼ王都まで逆戻りとなってしまう。安全性を取るならば当然そうすべきなのだろうが。
ゼフィが気になるのは見たこともない魔獣というものだ。確かに、小さな村の人間にとって魔獣はそれほど身近なものではなく、魔獣というものにそう詳しいわけではないはずだ。
逆に言うならば見たこともない魔獣など珍しくもないということになる。そこを敢えてそういう言い方をしているというところが少し引っかかるところではある。あるいは本当に単に見たことがなかったからそう答えただけという可能性ももちろんないわけではないが。
危険はある、だけどゼフィにとっては危険を冒さなければならない理由もあった。それが未知のものであるならばそれを調べたいと思う。
受付嬢の頭を下げ礼を述べると傭兵斡旋所を出て、再び東門へと向かう。
その姿を見た守衛は驚きを顔に出すと駆け寄ってくる。
「おいおい、話はちゃんと聞いてきたのか?」
「はい、聞いてきました。通れないのは商人だけらしいじゃないですか」
「……おっとすまねぇな。商人の話って言わなかったか? そういえば言い忘れてたかもしれねぇなぁ」
「ええ、わかっています。あなたは嘘を言ってない、ただ心配してくれてたんですよね。だから通行止めとは言いましたが、通るなとは言いませんでした」
「……」
守衛は誤魔化すように肩をすくめる。実際に事実上通行禁止になっているのは確かであるし、嘘を言っているとは言えない。その範囲内でここを通ることを諦めるように促したかったのだろう。
守衛はどうしたものかと少しだけ悩むと、ゼフィの目を覗き込む。そして諦めたように大きくため息をつく。
「本気で行く気か? どうなるかわかんねぇぞ?」
「すみません。俺にも目的があるので」
そうまでして行こうとするならば守衛には無理矢理に引き止める権限はない。あくまでできるのは引き返すことを促す程度なのだ。それでも今までここを通ろうとした人間はいなかった。
「気をつけなよ。―――お前さんに精霊の祝福を」
「ありがとうございます。行ってきます」
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