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39.連絡

 フローリスはイリスと二人で王都の街並みを歩いていた。フローリスが仕事上外に出る必要があり、イリスがその手伝いを買って出たのだ。

 あまり街を出歩くのはフローリスから見ても心配ではあったが、都の中心部にでも行かない限り、上位の貴族と出くわすこともないし、そもそも滅多に他人と会うことがなかったイリスの顔を知っている者はほとんどいないと言われて渋々ではあるが受け入れた。

 仕事を終えた二人は食事を取るためにとある店に向かっていた。以前にフローリスが雑談の中でゼフィの友人がやっている店があると聞いたことがあったのだ。

 それにはフローリスも首を傾げた。ゼフィに友人など聞いたことがなかったからだ。記憶を失ったゼフィはフェイヴァーの家に引き取られ、それから騎士になるまでほぼ家から出ることはなかった。だから友人付き合いはユーロ・ヴァルタンなどの騎士時代にできた仲間たちくらいしか聞いたことはなかったのだ。

 そうゼフィに尋ねると複雑そうな表情を浮かべた後にいろいろあるんだよ、と誤魔化していた。


「はい、いらっしゃい!」


 店主と思しき男が入ってきた二人にそう声をかけると、その顔を見たイリスが凍りつく。

 店主もその反応に訝しげな表情を浮かべるも、イリスの顔をじっくり見た後、納得したように驚きとともに頷く。


「生きて、いらしたのですね……」

「まぁね。元気でやってるよ。君も元気そうで良かった」


 二人はしばらく見つめ合う。イリスの方は涙ぐんでるようにも見える。フローリスはその状況になんと声をかけていいのかわからず、そのまま何もできずにいた。


「……お客様、どうかされましたか?」


 突如、横から声がかけられる。振り向くと、どこか不機嫌そうな店員がまるでイリスを観察するようにじっと見つめていた。それを聞き、店の邪魔になっていることに気が付いたイリスはあたふたとし、すぐに頭を下げる。

 そんな様子を見ていたフローリスは思い出す。兄がこの店について話していたことを。兄は店員が不機嫌になるからあまり店長にちょっかいをかけないように、と笑いながら言っていた。何を言っているのかわからなかったが、この場面を見てみればその意味もわかる。


「初めまして、いつも兄がお世話になっております」


 フローリスはその場を取り持つためにそこに割って入るように、軽く頭を下げながら挨拶をする。その丁寧な仕草に、一瞬だけ店員は気後れしたように驚きの表情を浮かべるも、すぐに気を取り直して尋ねる。


「兄、ですか?」

「ああ、なんだ。ゼフィの妹さんか」

「ゼフィさんの……。店長、知ってたんですか?」

「ん? いや、初めてでもわかるよ、そっくりだからね」

「……え?」


 その店長の言葉にフローリスは首を傾げる。

 イリスと店員もそうだろうかと、疑問の目でフローリスの姿を観察する。確かに両者とも黒髪黒眼であるというところは同じであるが、それ以外を比べるとそれほど似ているとも思えない。


「……いえ、私と兄は血が繋がっていませんので……」


 申し訳無さそうにフローリスが言うと、店長はにやりと笑いながら説明する。


「歩き方、立ち方、たぶんゼフィに格闘技を習ったんだろ。なんていうか基本姿勢が同じなんだよ」

「姿勢、ですか」


 確かに、フローリスはゼフィから格闘による戦闘技術を習っていた。記憶を失っていたゼフィではあったが、戦い方は体が覚えていたらしく、それをフローリスに教えていたのだ。代わりにフローリスは知識や常識などをゼフィに教えていた。

 二人の仲は決して良好なわけではなかったが、悪かったというわけでもない。両親に言われたこともあって少し事務的にではあるがお互い素直に教え合っていた。


「……似てますか?」

「かなりね。だから、見ればひと目でわかるよ」


 正直に言うとフローリスとしてはその兄の動きをしっかりと見て真似していた自覚があるため、他人にそっくりだと言われると気恥ずかしくなってしまう。

 ただ、才能がないことはわかっていたため似ていると言われたことに少し嬉しくも感じた。

 思わず顔を伏せてしまうと、そんな様子を見て店長はふっと笑って言う。


「まぁ嘘だけど」

「……え?」


 その言葉の意味が理解できないというようにフローリスが呆然としていると、店長は楽しそうに笑う。


「実は一回見たことあるんだよ。似てるってのは嘘じゃないけど」

「そ、そうだったのですか。……申し訳ありません。失念しておりました」

「いや、俺が見たことがあるだけで顔を合わせてないからね。それで当然だよ」

「そう、ですか……」


 そういうことであればフローリスが知らないのは当然のことではあるが、そう言われてもどうにもしっくりこない。いつ、どこでというのが思い当たらないからだ。

 首を傾げるフローリスの代わりに、気を取り直したイリスが頭を下げる。


「えっと、私はアイと申します。……初めまして」

「アイ? ああ、そういう。俺はセプト。初めまして」

「セプト……」


 そのイリスの自己紹介の意図を理解した店長はそれに合わせて返す。イリスはそのセプトという名を噛みしめるように呟く。

 初めまして、という言葉に店員は怪訝そうな表情を浮かべるが、それで話は終わったということで席に案内する。


「……知り合いなの?」


 怪訝そうな顔をしてフローリスがイリスに尋ねる。兄の友人だという人間との接点が見えなかったからだ。そしてそれはある意味では正しい。実際にイリスと彼が顔を合わせたのはこれまで一度きりなのだから。

 イリスとバリス。二人はお互いに出会う前からその存在を知っていた。

 バリスは、生まれは特殊であったが、公爵家の長男として教育を受けていたため国の秘密にされている部分についてもいくつかを知らされていた。

 その一つが魔法姫だ。

 誰もはっきりとした確信を抱けていたわけではないが、おそらくそうであろうという推察はされていたため、国の上層部には公然の秘密として王の子であるとされていたのだ。

 だからバリスもその話は聞かされていた。イリスが今後どう扱われるのかまではわかっていなかったが、なんとなく自分の境遇を重ね合わせて不幸にならないように願っていた。

 一方、イリスの方もバリスのことは知っていた。

 いざというときのために母親が相応の教育を受けさせていたため、国の上層部や、上位の貴族、それから特に目立つ貴族などの話は頭に入れていた。

 そういう意味では、放蕩貴族のユーロ・ヴァルタンや成り上がり子爵家の養子、無色騎士ゼフィ・フェイヴァーの存在も簡単にではあるが一応は把握していた。当然それらの話の中には公爵家の長男でありながら特殊な位置に存在しているバリス・アケローンの名前も含まれていた。

 そして、公式にはイリスが王の子であるとは誰にも言われていなかったためあまり思い至る者はいなかったが、公爵家の息子であるバリスと血族であることをイリスは知っていた。もちろん、それほど近いわけではないが、生まれのこともあり、どこか親近感のようなものを抱いていたのも事実だ。

 そして、二人はとある任務で対面することになった。護送部隊の隊長であるバリスとその対象であるイリスはそのときに初めて顔を合わせた。その出会いはなんとも言えないものだったが、二人はたいした会話をするでもなく任務としての打ち合わせだけをこなした。

 どちらにせよ、もう二人が会うことはないだろうということだけはわかっていた。

 その結果があの事件だった。任務は失敗に終わり、生き残った騎士はたった三人だと聞いた。その中にバリスの名は含まれていなかった。

 イリスはそれを自分のせいだと責任を感じていた。自分の事情に巻き込まれたのだと。

 直接聞いたわけではないが、後にゼフィから聞いた話からも三人だということはわかったため、それは間違いないのだろうと思っていた。

 だけど、バリスは生きていた。おそらく、セプトと名を変えていたことを考えても自分を死んだことにして姿を消したのだろう。それが彼の望みだったのかどうかはわからないが、イリスはただ彼が生きていたことが嬉しかった。

 ちらりとセプトの方に視線を向ける。その彼の顔には火傷による傷跡が残っている。それは以前に会った時にはなかったもので、それが何によってできたものか彼女は知っている。


「うん、昔にちょっと……」

「そう……」


 そんな話をしていると、店員が料理を運んでくる。机の上にそれらを並べると、それとは別にもう一品付け加えて小声で伝える。


「はい、どうぞ。……それからこっちは店長からのおまけです」

「……おまけ?」

「はい、お店で出してるものじゃなくて店長の趣味で作ってるものです。まぁ完成品じゃないんで味は保証できないんですけど、それなりには食べられると思いますよ」

「ありがとうございます」


 フローリスがお礼を言うも、店員は何かを言いたそうにこちらの様子を窺っている。こちらの、というよりはイリスの様子ではあるが。先程の二人のやりとりから、イリスとセプトの関係が気になっているのだろう。

 フローリスとしてもここの店長については兄のゼフィの友人であるとしか知らないので、二人の関係についても何も知らない。おそらくは王宮にいた頃、そこでなんらかの関わりがあったのだろうということは推測できるが、そこまでだ。

 ただ、その反応を見るにただの知り合いというだけでないことはわかる。それはもちろん店員にも伝わっているはずだ。

 フローリスは軽くため息をつくと、こっそりと囁く。


「……あの、彼女は大丈夫ですよ」


 そのフローリスの言葉の意味がわからず店員は首を傾げる。しかし、そのフローリスの視線が店長を示していることに気付き、その意味を理解すると、恥ずかしそうに顔を伏せる。そしてちらりとイリスを一瞥するとそのまま仕事に戻っていく。

 イリスもその一連の流れの意味がわからずフローリスに尋ねるが、フローリスは軽く笑ってそれを誤魔化す。


「ところで、どうするかは決まったの?」


 話を変えるようにフローリスが尋ねる。どうするかというのはもちろん今後のことだ。それについてはフェイヴァーの家に滞在している間にゼフィとも何度も話し合ったし、フローリスにも相談した。そしてその結論はいまだ出していない。

 それも期限が近づいているためそろそろ決断しなければならないのだ。


「……まだ迷ってる」


 その迷いの理由はゼフィにある。この機会を逃してしまえば、ミューとまた会うことは難しくなるかもしれない。そう考えればゼフィの言うことは正しいとも思う。だけど、そうできない理由もある。

 イリスはゼフィのことも心配なのだ。


「普段はあまりそう見えないけど、ゼフィは焦ってる。一人にさせてしまえば無茶をするかもしれない」


 ゼフィがフェイヴァーの家に拾われてからもう五年以上の時が流れている。彼が探している妹は今もどこにいるのかわからず、手がかりすら掴めていない。それはゼフィを焦らせる十分な理由になる。それでもゼフィは普段からそんな様子を見せようとはしない。


「ゼフィは私に、誰かに弱みを見せることを嫌うから」

「そう、ね。兄様はだからいつだって感情を抑えてきた。きっと私に思うこともあったはずなのに」

「にも関わらず、こんな私でも時々ゼフィの焦りを感じることがある。それはきっと彼も追い詰められているんだと思う」


 そして、焦りだけではない他の感情も。

 イリスとしては他人の感情に疎い自覚がある。今までたいして他人と付き合うことがなかった。せいぜい王都を出て少しの期間、腫れ物扱いでの交流があっただけだ。

 そんなイリスでもそれが感じ取れるということは、それだけゼフィもどうしていいかわからず焦っているのだろう。

 あるいは、一か八かで何かしらの危険を冒すようなこともあるかもしれない。


「ゼフィは優しい。だから、私が一緒にいることで足手まといになることができる」


 ゼフィが弱みを見せない性格だからこそ、イリスの前ではしっかりしなければと考えるはずなのだ。そしてイリスが、足手まといがいればゼフィはまずイリスの安全を考えてしまうため、無茶なことができないのだ。


「イリスの気持ちはわかるわ。だけど、それであなたがやりたいことを諦めたら兄様もいい気はしないと思う」

「……やりたいこと。でも、それは」


 フローリスが言っているのはもちろんミューのことだ。イリスはミューと一緒に居たいと思っている。イリスにとってミューはかけがえのない存在、それは間違いのないことだ。だけど、それだけじゃない。


「私は、ゼフィとも一緒に居たいと思ってる。力になりたいと思ってる」

「それは……」

「わがまま、かな」

「ふふっ、もちろんそうよ」


 ミューと居たいし、ゼフィとも居たい。それこそ子供が言うわがままのようなものだ。

 だけど、不思議とそれほど悪い気はしない。イリスからの素直な好意が伝わってくるからだろうか。


「一先ず、どうするのが兄様にとって一番力になれるかを考えてみたら?」

「力に、ってどういうこと?」

「さっきイリスが言ったように一緒について行けば兄様の行動は制限されるわ。だから確かに安全にはなると思う。だけど、悪く言ってしまえばそれだけで先はない」

「そう、だね。今までどおりだけど、今までどおりでしかないのかもしれない」


 危険を冒さないでほしい。その気持ちは当たり前のことではあるが、危険を冒さなければ得られない情報もある。それもまた当然のことなのだ。


「だから、そうだなぁ。……たとえば、イリスは兄様とは別で情報を集めるって考えてみるのはどう?」

「それは……そんなことができるなら悪くないとおもうけど」

「うん、あなた一人では難しい。やっぱりあなたって世間知らずのお嬢様だからね」

「うう……」


 いたずらっぽく笑うフローリスにイリスは項垂れる。自覚はあるがそうはっきり言われてしまうと堪えてしまうものがある。


「だから、魔人の力を頼るの」

「ミューたちの?」

「そう、もちろん彼らだってそれほど多くのことを知っているわけじゃないと思う。イリスに聞いた限りでは隠れ住んでいるような状況らしいし。だけど、普通なら得られないような情報を持っている可能性もある」

「確かに、彼らは私にもよくわからない力を持っているようだった。もしかすると何か力になってもらえるかもしれない」

「そして、それができるとしたらイリスだけ。でしょ?」

「……うん。そう、そうだね」


 そのとき、イリスが懐に入れていた小さな魔道具が淡く光を放つ。


「それは?」

「これは、あのときミューから受け取ったもの」


 ミューとの別れ際、イリスは一つの魔道具を受け取っていた。それはかつてアガトがミューに渡したものと同じ魔道具、片方から魔力を流すことで対となるもう一方の魔道具を反応させることができるものだ。

 魔力を流す方は消耗品で一度使ったら壊れてしまう上に、反応といっても少し光る程度のものでしかないが、遠く離れていても効果を発揮するという貴重品である。

 つまり、本体は受信する側で、イリスが持っている方なのだ。それをイリスに託してくれたということは、ミューだけでなく、他の魔人たちにも一定の信頼を得ているという証左である。

 準備ができて迎えに来る前にこの魔道具で知らせるから常に持っておくようにと言われたのだ。


「これが光ったってことは、もうすぐ来るってこと」

「そう、じゃあもうあまり時間はないわね。……本当は私も行きたいのだけれど」


 そう残念そうにフローリスは呟く。その気持ちは本当だ。だけどそれは難しい。家のこともある、母親のこともある、何より旅などしたこともない自分がついて行っても邪魔にしかならない。

 イリスにとってはそれもゼフィについて行きたい理由の一つだった。フローリスがゼフィのことを心配しているのはわかっている。だから、フローリスを安心させてあげたいという気持ちもあるのだ。


「……うん、わかってる。どうしたいのか私も決めないと」


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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