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19.ミュー

 白い羽の女性、マイアがゼフィとイリスへの説明と、手紙を渡しに行ったのを見届けると、ミューたちは森の奥へと進んで行った。薄暗い森の中、ミューにとっては方角すらよくわからなかったが、二人はまるで先が見えているかのように普通に歩いて進んでいく。

 追いかけてきたマイアと合流して数日進み、やがて森を抜け行き止まりに出くわす。目の前には高い山。それを見てミューは首を傾げる。

 男が指示をすると、マイアがミューを抱きかかえて空を飛ぶ。そして、山の反対側へ降り立つと、再び歩いて森の奥へ入る。

 しばらく進むと森の中に少し開けた場所があり、そこに森の中とは思えないほどの大きな家が建っているのが目に入った。それは大きさだけで言うならばちょっとした屋敷と言っていいほどのものだった。


「こんな、大きな家が……?」

「ふっ、私たちが建てたものではないというのは残念だがね。……まぁ苦労して修復したものではあるが」

「最初はまじで苦労したからなぁ。方法も材料もなにもかも足りなかったしな」


 三人の話を聞くと、ここはたまたま見つけた廃墟で、そのときにはぼろぼろだったらしい。それでも時間だけはあったからと地道に材料を集めて試行錯誤して少しずつ修復していったとのことだ。

 これだけの大きさのものを修復するというのは大変だったが、一度直してしまえばそれなりに快適に過ごせているらしい。


「入りたまえ」


 そう促されると三人に続いてミューはゆっくりと建物に入った。

 そして、三人の後をついて行くと、食堂のような大広間に辿り着く。そこに入ると、数人の仲間と見られる者が座っているのが目に入る。

 その見た目は様々だ。大きな羽を生やしている者もいれば、獣のような耳を生やしているものもいる。そして立派な角を生やしているものも。

 その全員の目が一斉にミューの方を向く。そして、そのうちの一人の厳しい目がミューの隣にいる男に移る。


「なんで先に伝えてくれなかったんだ? 俺も行くって言っておいただろうが……」


 椅子に深く腰掛けていた大男が見た目通りの豪快な声でミューの隣に立つ男に尋ねる。ミューはその音にびくりと震えるが、男は涼しい顔のままそれを受け流していた。


「それについてはすまないとしか言えない。だが、急ぎだったものでね。……そうだろう、カイ?」

「ああ、むしろ遅かったくらいだ。一応連絡しようとしたんだけどよ、おっさんどっか行ってたじゃねえか」

「だからおっさんって、いや今はいい。……遅かったってのは?」

「ぶっちゃけ確保に遅れた。もうちょっと遅かったら見失ってた可能性もないとは言えねぇ」


 その言葉を聞いて大男は渋い顔をする。一応は事前に連絡するという決まりはあったが、それで間に合わなかったかもしれないと言われればそれについて文句を言うことはできない。

 少し落ち着いて、冷静になるとミューが怯えていることに気が付いたのか慌てて謝る。


「すまねぇな嬢ちゃん。ちょっと情報の行き違いがあっただけで嬢ちゃんのことは歓迎してる。ここを自分の家だと思って楽に過ごしてくれ」

「……別に行き違いがあったわけではないんだがね……」

「あ、ありがとう、ございます……。ミューと申します、よろしくお願いします」

「おう、俺は……クロノでいい。よろしくな、ミュー」


 大男は立ち上がると豪快な笑みを浮かべてミューに挨拶する。さらにミューはそこにいる全員とも自己紹介を交わす。

 最初は不安だったミューも全員が歓迎してくれる様子をみてその緊張を少しずつ和らげていく。その後、みなで食事を摂るとミューは個室へ通され、そこで眠りに就いた。そうしてミューのここでの生活が始まった。

 森の中を歩き、疲れが溜まっていたのかミューはすぐに眠りに就いたため目覚めたのは早朝だった。自分の身だしなみを整えると家の中を歩いてみることにした。勝手に出歩いていいものか少し不安だったが好奇心があったこともあり、自分の家だと思っていいという言葉を自分に言い聞かせて色々と見て回った。

 その後、とある部屋の前を通りすがったところでその中から声を掛けられる。


「あれ、もう起きたの? 早いね」


 周りを気遣うように音を立てずに歩いていたつもりだったので、まさか部屋に入る前から気付かれるとは思っていなかったミューはそれに狼狽えてしまう。


「ご、ごめんなさい。……ちょっと、その、家の中を」

「ふふ、そんなに怯えないで。謝ることなんかないんだから。……中に入ってきて」


 その言葉のまま部屋に入ると、そこが厨房だということに気付く。中では一人の女性が慣れた手付きで朝食を作っている。その女性はミューよりも少し年上で紫の髪に黒い二対の角、そしてその背には大きな黒い羽が生えていた。

 なんとなくではあるが、ミューはその女性に懐かしいような不思議な感覚を覚えていた。あるいは、どこか自分に似ていると感じたのかもしれない。昨夜お互いに自己紹介したときに、その女性はレアと名乗った。


「おはよう」

「お、おはようございます。失礼します」

「まだまだ落ち着かない感じね。しょうがないけど。……ところで料理ってできる?」

「料理、ですか? ……その、少しなら」

「ほんと? じゃあちょっと手伝ってくれるかな?」


 そう言うと、その女性はミューが動けるように場所を空けるとそこに来るように促す。そして材料といくつかの調理器具を渡すと好きなように作るよう指示する。そして隣で様子を窺いながら自分も調理を進めていく。

 レアは少し感心した顔でぽつりと話し出す。


「私はね、家のこともあって割と小さい頃から料理してたんだけど、ミューもそういうのあった? 手際いいね」

「あ、ありがとうございます。料理はちょっとだけ……好きでやってました」

「好きでやってたの? すごいね、ふふ、女の子って感じする」


 そうしてしばらく雑談をしながら料理を続け、そろそろ出来上がるというところで部屋の扉が開かれる。そこから入ってきた白い羽を生やした女性、マイアはそこにミューがいることに驚きの表情を浮かべるも、すぐに状況を把握したのかにこりと笑うと挨拶をする。


「おはよう。ミューちゃんも手伝っていたのね。もうだいたいできてるみたいだから持っていくわね」

「おはようございます」


 そう言うとマイアは完成した料理のいくつかを食堂へと運んでいく。その後、ミューたちも完成した料理を同じように運ぶ。食堂にはすでに何人かが集まっていて席についていた。ミューが料理を運んで来たことに驚いていた者もいたが、料理を手伝っていたことをマイアが説明すると、興味深そうに料理を眺め出した。

 やがて料理が運ばれて全員が席に着くと朝食となった。こうして揃って朝食となるのはいつものことではないらしいが、今日はミューのこともあり、全員が同じ時間に朝食を取るということになったというわけだ。


「いちおう聞いておくが、無理やり作らせたってわけじゃないよな?」


 料理を食べながら大柄の男、クロノがからかうように声を出す。

 レアはそれに大きく溜息をつくと呆れたように返事をする。


「そんなわけないでしょ。こういうのは一緒に仕事したほうが早く馴染めるし、仲良くなれるの」

「ふっ、ならいい。ちゃんと面倒見てやれよ」

「わかってるわよ。まったく……」


 もともと咎めるつもりもない冗談だったのか、クロノはあっさりと納得する。レアもそれがわかっているのか特に気分を害したということもなさそうだ。

 そうして朝食を終えた後、やることがなくなったミューは何か手伝いたいとレアに相談すると、少し難しい顔をされる。


「うーん、とりあえずあなたはまだ何も知らないからまずは見てれば……って言ってもそう割り切れないよね」

「……」

「とりあえず掃除や料理なんかをやりながらここで勉強、かな?」


 レアに一緒にやろうと言われてまずはそこから教わりながら一つ一つミューは学んでいく。

 特に苦労したのは魔法の使い方だ。元々ミュー個人としてはそういったことにはそれほど興味がなかったのだが、イリスと出会った時に魔法というものについて色々と話を聞かされた。どうやらイリスは魔法をとても好きなようで、楽しそうに話すそれを聞いているうちに自分も魔法というものに少しずつ興味を持つことになった。

 そのうえ、レアだけでなく他の仲間たちからも使えるようになっておいた方がいいと言われたためその修得に励んでいるのだ。そして魔法関係について特に詳しいマイアともよく行動するようになった。

 そうしているとあっという間に日が過ぎ去っていった。


「何かあったのですか? 落ち着かないような空気ですけど」

「あー、あるんだけど、なんて言ったらいいか……」


 そんなある日、少し家が慌ただしくなっているのを感じた。何かあったのかと心配して尋ねてみてもあまり色よい返事は得られなかった。複雑な話になるからもうちょっとここに慣れて落ち着いてからの方がいいと言われ、素直に納得はできなかったが、みなが悪意をもってそう言っているわけではないのはわかっていたのでそれ以上は追求することもできなかった。


「なんだ? じゃあお前も来るか?」

「カイ!」


 カイが軽口を叩くとそれを咎めるようにレアが大きな声を上げる。それはミューにはまだ早いと。

 そんなレアにカイは呆れたように一つ息をつく。


「過保護すぎんだよ……。心配してんのはわかるが、実際に色々見てみんのが早いだろうし、それも経験だろ」

「だけど……」

「あの!」


 二人が言い争う様を見て、思わずミューは声を上げる。


「あの、ありがとうございます。カイさんがそう言ってくれるのも嬉しいです。でも、レアさんがそう言うなら、その……」

「ミュー……」


 ミューがそう言うと、レアも申し訳無さそうに顔を伏せる。そんな様子にカイも逸り過ぎたのかと反省したように頭を掻く。


「あーわかったわかったよ。確かに今の状態じゃまだちょっと早ぇかもな。悪かったよ」

「ううん、私も。もうちょっとしっかり考えてあげないと」


 そうしてカイたちが出ていくのを見送る。いつもはばらばらに行動していることが多いのに数人で出掛けたところを見ると、確かに何か大きな出来事が起こったのかもしれないとミューにも感じられた。

 そういえば、と彼らが自分を迎えに来た時にも三人で動いていたことを思い出した。もしかして自分の時のように誰かを迎えに行くのだろうかと聞いてみると、それとは違うと言われた。

 それから数日が経ち、カイたちは何事もなく帰って来た。レアたちもそれに安心したような空気を出しているところを見ると、ミューが思っていたよりも何か危険なものだったのかもしれない。

 遠巻きにその様子を見ていると、ミューが見ているのに気が付いたのかカイが近寄ってくる。


「そういえば、あいつらにあったぜ。ゼフィとイリス」

「―――っ! どうでした? 元気そうでしたか?」

 予想もしない名前。

 そのカイの言葉にミューは思わず前のめりになり声を荒げるように尋ねる。それを微笑ましいとでも思ったのか、カイは笑みを浮かべるとその経緯について説明する。


「どうしてイリスさんにそんなこと!」

「いや悪い悪い。けど今のうちにどれだけ本気か確かめときたかったんだ。……意味はわかるだろ?」


 その経緯を聞いて、カイがイリスに攻撃を加えたと聞いて詰め寄る。

 あの場ではその空気に流されたが、さすがにカイもちょっとやりすぎてしまったかもしれないとの自覚はあったのでそこについては素直に謝る。他にうまくやる方法がなかったわけではないのだから。


「それは……わかり、ますけど、でも」

「もうやらねえから安心しろ。……あいつらお前に会いたがってたぞ」

「私だって! でも……イリスさん……」

「……」


 そう言って俯いてしまうミューを見てカイも溜息をつく。とはいえ気持ちはわかる。そう簡単には気持ちの整理はつかないだろうし、だからこそ時間が必要なのだ。

 そんなミューを見て、レアは安心させるようにその肩を優しく叩く。


「大丈夫よ。ミューならきっと。いつか二人の前に名乗り出られるよ」

「そう、でしょうか」

「うん。こんな感じだけどわりとミューって度胸ある感じはするし」

「かもしれねえなぁ」


 そう言って笑ってくれる二人を見て、ミューも顔を上げて二人に笑顔を見せる。いつか二人の前に名乗り出るためにも、些細なことでくよくよはしていられない。


「……あ」


 そう考えたところで、ミューはその名乗り出るという言葉に、今更ながら一つ忘れていたことを思い出す。今まで気が付かなかったということは、やはり思ったよりも自分は余裕がなかったのかもしれないと苦笑いを浮かべる。

 それを不思議そうに見るレアが尋ねる。


「どうしたの? ミュー」

「いえ、ここに来てからちゃんと本名を名乗ってないことを思い出しました」

「……あー」


 言われてみれば、と二人も思い出す。あのときに自己紹介をしていったが、ミューについては緊張もあってとても簡単に一言述べただけだった。

 ミューは姿勢を正して二人に頭を下げる。


「改めまして、私の名前はアマチ―――天地美羽です。これからもよろしくお願いします」


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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