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10.アリアス

 アリアスの街へ到着した二人はまずは魔石屋へ向かうことにした。ホームスの街から村、そして村からアリアスの街への道中、そして森の中を探索していたときに遭遇した魔獣を倒した分と考えると、そこまで大量とは言えないがそれなりの量が溜まっていた。


「魔石の買取をお願いします」


 価格などは地方によってばらつきがあるものの、基本的に魔石の買取は公営の店舗で行っている。それゆえに、きちんと買取についての制度や価格も設定されているため揉め事が起こりにくいのだ。


「わかりました。こちらは……珍しいですね。少し小さいですが、色付きですか」

「それもお願いします」


 色付き。それは魔石の中でも希少なものである。通常、どの魔獣も死ぬと魔石を残してその体を消滅させる。そしてその残された魔石とはほとんどが無色透明な物である。

 しかし、極稀に強力で特殊な力を持った魔獣が現れることがあり、その魔獣が残す魔石には色が付いているのだ。その色付きと呼ばれる魔石は通常の魔石よりもかなり多い魔力が含まれておりとても重宝される。

 ただ、色付きの魔石は無色な物と異なり、使い方が限定されることもある。たとえば赤い魔石は炎の力を宿す魔道具に適しており、水に関する機能を有する魔道具を動かすには非常に相性が悪いのだ。それでも、基本的には有用なものであるため、その分高い値段で取引される。


「ではこちらになります」

「ありがとうございます。この街の宿について少し尋ねてもいいですか? この辺りにある一般的なところでいいのですが」


 換金したものを受け取りながらゼフィは尋ねる。そういうと、店員は不思議そうに少し首を捻ると、笑顔を浮かべて答える。


「この辺りですと、えーっと街に入ったところ、入口のすぐ近くに大きな宿があります。そこが料金も質もそれなりだと思います。見当たりませんでしたか?」

「入口……? あったかな?」


 イリスに尋ねるも首を横に振る。街に入ってから守衛にここの場所を聞いて真っ直ぐ向かってきたが、それらしい宿は見た憶えがない。


「おかしいですね……大きな道にありますので、東門をくぐるとすぐに目に入ると思うのですが……」

「なるほど、どうりで。私たちは南門から入りましたので」

「えっ、そうだったのですか? でもそちらは……。あぁ、南の村の方ですか」

「はい、そのようなものです」


 その後、簡単に道を聞いた後、礼を述べるとゼフィは店を出る。大通りまで出るとさすがに賑わっているが、以前に来たときよりもどこか物々しいような気配を感じる。どことなく、街全体に緊張感があるような。

 そのまま進むと、幸いというべきか、先程聞いた通りに誰にでも目に留まるような大きな宿に辿り着いた。


「宿泊をお願いしたいのですが。できれば一人部屋が二つ空いていればありがたいのですが」

「一人部屋ですか……今は空きがありませんね」

「二人部屋で構いません」


 どうしようか、とゼフィが尋ねようとする前にイリスが答える。


「いいの……? 俺と一緒の部屋で」

「構いませんよ。というよりもここまで二人で旅をしてきたのに今更ではないですか?」

「うーん、なんていうか野営と宿泊ではなんとなく状況が違うような……」

「違うのですか?」


 そう言われてしまうとゼフィも何とも言えない。肩を竦めて少しだけ苦笑を浮かべると受付に申し込む。


「……では、二人部屋でお願いします」

「かしこまりました。日数はいかがしますか?」

「とりあえず一週間ほどでお願いしたいのですが、延長はできますか?」

「そのときになって空きがあれば再宿泊できますが、空きがなければ延長料金を頂くことになります」

「そう、ですか。……うーん、一先ず一週間でお願いします」

「かしこまりました」


 そうして部屋に通されると二人は一息つくことにする。特に大きな部屋ではなかったが、聞いていた通りに普通の宿で、二人がゆっくり休むには十分そうだった。


「夜になる前に少し出てくるよ。イリスは休んでて」


 少しだけ休息をとった後、イリスを部屋に残して部屋を出る。受付で領主の屋敷の場所を尋ねると日が暮れないうちにと足を急がせる。

 しばらく足を進め、屋敷の前に着くと門の前に守衛が二人立っているのが見える。一年前に訪れたときもそうだったためそれはわかっていた。


「止まれ」


 守衛が一歩踏み出してそう告げると、ゼフィはその場で立ち止まる。


「すみません、領主様に会わせていただきたいのですが」

「約束がない者は会わせられない」

「わかっています。……これを」


 そう言うと警戒させないようにゆっくりと懐から手紙を取り出し守衛に手渡す。


「これを領主様に渡してください。南の村から来たとお伝え下さい」

「南の? ……何かあったのか?」

「ええ、少し。なるべく早く伝えていただけると助かります」

「わかった。だが、領主様がお会いになるかは確約できない」

「それで結構です。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げるとその場を後にする。手紙には宿泊している宿を書いておいたので、進展があればそこまで何らかの連絡が来るはずだ。ついでに、旅に必要なものなどを買って帰ろうかとも思うが、それは今後の方針が決まってからでいいかと、このまま宿に戻ることにする。

 ゼフィは宿に着くと受付に、近いうちに自分宛てに領主から連絡があるかもしれないということを伝えて部屋に戻る。イリスは疲れていたのかすでに眠りについていたので、しばらくはそのまま眠らせておくことにした。

 翌日は旅に必要なものを二人で買いに出かけることにし、そのついでに街を観光して回った。イリスはあまりこのような機会がなかったのか目につくものに次々と興味を持っているようで何度もゼフィに質問をしたが、そもそもゼフィ自体もそういうことには疎かったため、なんとなくでしか説明できなかった。

 その次の日に朝食を摂るために二人で外に出ようとしたところを呼び止められる。


「ゼフィさん、お手紙を預かっていますよ」

「手紙? ……早いな。ありがとうございます」


 ゼフィの予想では早くとももう何日かはかかるだろうと思っていたが、その想定よりも迅速な手配に驚く。もしかすると、南の村からの報告は想像以上に重要視されているのかもしれない。だとするとかなり危険な事態だと認識されているのだろうか。

 その場で読むのも憚られるため、イリスと共に一度部屋に戻る。手紙には今日の昼以降に屋敷に訪れるようにと記されていた。

 軽く街を歩いた後、昼食を摂ると二人は領主の屋敷へと向かう。


「ゼフィと申します。この時間に伺うよう言われました」

「聞いている、入れ」


 一昨日とは違う守衛に軽く頭を下げると、二人で門をくぐる。玄関の扉の前に付けられた魔道具に手を翳す。すぐに中へと伝わったのか一人の使用人と思わしき老人が姿を現す。


「お久しぶりです。ゼフィ様」

「お久しぶりです」


 ゼフィとしてはなんとなくこんな老人がいたな、程度にしか覚えてはいなかったが、どうやら向こうはこちらのことをきちんと覚えていたようだ。だからこそわざわざこのような位の高そうな使用人が出迎えに来たのだろう。

 促されるままにその後ろをついていくと、やがて重厚な扉の前に辿り着く。


「お客様をお連れしました」

「入れろ」


 老人が扉を開くとゼフィとイリスは一礼して入室する。

 部屋に入ると、執務机にどっかりと座っている男の姿が目に入る。それはこの屋敷の主であり、この領の主であるユーロ・ヴァルタン伯爵であった。

 銀の美しい髪を持ついかにも美男子といった容貌のユーロであったが、その目は冷めており、入ってきた二人に何の興味も持っていないかのようであった。ゼフィたちの後ろで扉が閉められるとユーロは顎で横にある机を示し、二人にそこに座るように指示する。

 それに従い、二人は一礼してそこに並んで腰を下ろす。

 ユーロは立ち上がると二人の正面まで進み、その机を挟んだ向かいに腰を下ろす。


「で、子爵の養子風情が王都からはるばるこんなところまで何のようだ?」

「……理由は色々とありますが、まずは南の村で起こっている問題についてお話させていただきたく参上いたしました」

「ふん」


 ユーロは鼻で嗤い、冷たい視線をゼフィに送る。ゼフィはそれに苦笑いを浮かべるが、イリスにとっては予想もしない事態であったため、状況がわからず身を竦める。

 イリスも領主についての評判はいくらか聞いていた。それは確かに悪評ではあったが、その話と今の印象が重ならない。


「また余計なことに首を突っ込んでいるのか。お前には何の関係もないだろうが」

「確かに関係はありませんが、出会った人間が困っていて自分に何かができる余裕があるなら助けてあげたいと思います」

「ふん、変わらんな。だが僕はどうでもいい。たかが田舎の村が一つ滅びようが知ったことじゃない」


 その言葉に激昂したのか、イリスが思わず腰を浮かせそうになる。しかし、それをゼフィが腕で止めて制する。一瞬はっとして冷静さを取り戻すも、なぜという視線をゼフィに送る。それにゼフィは嫌そうに大きく溜息をつく。


「……さすがに言い過ぎだ。いい加減悪趣味だぞ」

「えーそれはずるくないかい? 乗ったのは君だって同じだろう? だったら君にも責任はあるだろ」

「それは……そう言われたらそうなんだが」

「……えっ? えっ?」


 突然態度が崩れたゼフィに、そして相好を崩し友好的になる領主。イリスは何が起こっているのかわからず混乱の極みの中にいた。


「僕の悪徳領主っぷりもなかなか堂に入っていただろう?」

「お前のそういう悪い癖はいつまで経っても直らないな。しかも器用だってのがたちが悪い」

「癖じゃなくて僕はそういう人間なんだから直るも直らないもないさ」

「いや、本当に迷惑だからな」


 ユーロはそんな言葉もどこ吹く風と肩を竦めてみせる。実際にそんなことは今まで数え切れないほど言われ続けているのだ。それはもちろんゼフィにも。だが誰に何を言われようとも自分というものを曲げることはない。

 そのとき、扉が軽く叩かれる。


「入っていいよ」

「お茶を持ってきました」


 部屋に入ってきたのはユーロの妹であるセレーネだった。ゼフィとは以前にこの屋敷を訪れた時に一度会っている。セレーネは座っている三人の前に茶を並べると、自分の分の茶を置いてユーロの隣に腰掛ける。ゼフィとイリスは頭を下げるとそれを受け取る。

 それを待ってユーロは二人に向き合うべく座り直す。


「さて、と。……二年ぶり、かな」

「一年前に会っただろ。そのときに俺もここに来た」

「あー、そうだね。……まぁ君は仕事で来ただけだろ」

「目的は関係ないだろ。……それで、例の森の話なんだが」

「ああ、手紙には随分と仰々しく書かれてたな。会って直接話さなければならないと」


 昨日、ゼフィが守衛に渡していた手紙には大したことは書かれていなかった。ただ、説明をするとそれなりに面倒で難しいことになってしまうため、誤解が生じたりすることのないように直接話して説明することを求めていたのだ。


「ああ、その前に紹介しとくよ。こっちはイリス。村の代表としてついて来てもらった」

「もらった? 君が?」

「あーいや、そういうわけじゃなくて。……一応は俺一人でいいとは言ったんだが」

「まぁ、そうだろうね」


 ちらりとユーロが視線を送ると、イリスはおずおずと立ち上がると頭を下げる。


「は、初めまして、イリスと申します。この度は領主様の貴重な時間を割いていただきありがとうございます」

「いや、構わないよ。僕はたいした仕事はしてないからね。……それにこれは割と大事みたいだしね」


 ゼフィは村であったことを話し始める。村の人間が発見した見たことのない魔獣というのが実は魔人だったということ、その魔人が一度その地を離れて再び訪れていたこと、そして魔人の目的がミューという少女だったということ。

 その話を聞いて珍しくユーロは渋い顔を浮かべる。


「どうした? 何か気になることがあるのか?」

「なるほど……君は知らなかったのか」

「何をだ?」

「まぁ僕も知ったのは後になってからだしね。……二年前のことを覚えているかい?」


 二年前。それはゼフィとユーロにとっては印象深い事件だった。

 当時、ゼフィが騎士団に所属して一年が経った頃だった。ゼフィとユーロを含めた七人の騎士がある任務に就くこととなった。それはとある貴族の護送であった。それがどのような人間でどういう目的であったのかゼフィは今でも知らないままであるが、とにかく厳しい任務だった。

 ユーロが騎士を辞めることを決めたのもこの任務が原因であった。


「さすがにあれは僕も死んだと思ったね」

「それは俺だってそうだ。……でもそれに何の関係が?」

「実はな……あの時も同じように魔人が現れていたらしい」

「……何だって?」


 それは初耳だった。そんなことがあったことももちろん知らなかったが、そもそも魔人について公然の事実だったことも知らなかった。やはり国の重鎮たちは魔人を当然に存在するものとして認識していたのだろうか。

 だとすれば、ユーロが懸念していることは。


「……出るっていうのか? あれが……」


 ゼフィの呟きに、ユーロがちらりと視線を隣に送るとセレーネは頷く。


「お兄様から聞いた話が確かだとすればその可能性はあると考えます」

「であればお前はどうすればいいと思う」

「何か危険なことが起こるという可能性はあり得ると考えていたため、一応は腕の立ちそうな者をこの街に集めてはいますが」

「無理だろうね。あれが出るなら戦えるのはその中でも本当にごく一部だけだろう」


 そう言うとユーロは大きく溜息をつく。


「……悪いが、いざとなったら君の力を借りてもいいかな?」

「本当にそうなったらそうせざるを得ないな。さすがに放ってはおけない」

「では事態が動くまでしばらくはこの街に滞在してほしい。宿代や生活費については僕が出そう。なんならこの屋敷に滞在しても構わないが」

「ありがたいが宿に戻るよ。さすがにこんなでかい屋敷じゃ気が休まりそうにない。……イリスはどうする?」


 正直に言うならイリスはこの件にあまり関わらせたくはない。それでも今後もゼフィと共に行動するとなるとなし崩し的に巻き込まれてしまう可能性がある。いくら魔法が使えるとはいえ、戦闘経験もないイリスが最前線に駆り出されるとは思わないが、それでも危険がないとは言えない。

 イリスは何かに怯えるようにぎゅっとその手を握りしめると震えた声で答える。


「私は……ゼフィさんと一緒にいたいと思います」

「危険があるかもしれないよ?」

「それでも、です。私にもやらなければならないことがあります」

「……わかった。じゃあそういうことでしばらくは宿に滞在してればいいか?」

「ああ、そうしてくれ。今後何か動きがあり次第また君を呼び出すよ」


 それでこの日は解散となった。ゼフィとイリスはしばらく街を回ると夕食を取り宿へと戻った。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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