霊木の生きた時
開いてくださりありがとうございます。
時が過ぎ去る物寂しさを書きました。
評価・感想お待ちしています。
その精霊は長い間、球体の中の世界を見ていた。そして、その中に座す、二つに裂けた、焦げ枯れた巨木を寂しく見下ろし、ため息をついた。
彼の見ている木はかつて、山の如き胴を誇る、天に聳えた巨木であり、空中に広がったその枝葉は、空を見上げた虫がこの世の天井だと錯覚するほどだった。
その根から枝葉の頂きに至るまで、その全てに多様な生物を抱えており、彼らは木を自らの住む一個の世界として生きていた。
広範に伸びた根の上の大地には、日々、その役割を終えた枝葉が落下していく。やがて朽ち果てたそれは、そこにいる生物の餌となり、また住処となっていた。
生物の営みは決して地上ばかりではなかった。木の幹の中にある幾つもの階層と空間の、そのそれぞれに食物連鎖があり、住人たちは草原や森林と同様に暮らしていた。
そうして長い長い時を過去とした木は、次第に神聖さを帯び、やがては意思を持つ霊木となった。神聖な力を持ったことで、火を噴く竜や、自然を豊かにする精霊など、それまでとは違う生物も生まれ、新たな食物連鎖が築かれていった。
霊木は、自身やその周囲の生命が織り成していく多様な営みを、温かく見守っていた。
その日常は、永久に続くとさえ思われた。
終焉は、突然に訪れた。
地表のあらゆる場所に天変地異が起こったのだ。
ある場所では木々が洪水に薙がれ、またある場所では巨大な氷塊が地上へと降り注ぎ、多くの動植物を打ち殺した。
霊木には、神の裁きが如き雷が落ちた。意思ある木の頑強さは並大抵ではなかったが、流石に幾度となく叩きつけられる力の全てを耐え切るには足りず、天変地異の終わる頃には、その幹の半ばまでが裂けてしまった。
霊木は電撃に焼け焦げ、かつて存在していた事実を示すのみとなった。霊木を中心とした循環は、そこで止まった。
しかし、時間はそんな霊木など気にも留めず、変わらず動き続けた。残った生命も、新たな自然の営みを興していった。
そうして、未来は続くのだった。
長きを生き、精霊となった花は、同胞の最期を見届けた。
彼の傍らには、かつての友人から贈られた、古びた時計が落ちていた。その針が動きを止めても、世界は止まらなかった。そしてそれは、夙に肉体を失った友人が遺した、不可思議な球の中の世界も同様だった。
精霊は、久しく球から離していなかった頭を少し重そうに上げると、澄んだ、しかし、僅かに香りのある空気を吸い込んだ。
彼の周囲に咲き誇る花々は色とりどりであり、この多様さはあの霊木の中の営みにも負けない、と彼は思った。
しかし、この数多くの可憐さも、美しさも、悠久を過ぎ去る時にとっては、ごくありふれたものでしかないのだ。
そう思い至ったとき、彼は時の残酷さを強く感じた。同時に、長きを生きた自身に対して感慨を覚えた。
彼があとどれだけの時を過ごすかは、誰も知らない。
ただ、彼が朽ち果てても時が動き続けることだけは、誰にも明らかだった。
最後までお読みくださりありがとうございました。
今作は部活の8月のテーマである「時」と「花」を基に書いたものになります。
「花」は以前考えた作品に用いたため、「時」に焦点を当てました。「花」の方も、いずれ書き上げられれば、と思っています。
重ね重ねになりますが、評価・感想いただければ幸いです。