マジカルミルキー!心を照らして!
それは、子供の頃の記憶。
これまでも今もこれからも、永遠に僕の脳裏にこびり付いて離してくれないであろう、後悔の記憶。
「……? 誰だろう」
神戸から引っ越して少し経った頃、その日私は家の近くで見知らぬ人物を見かける。
とはいっても見知らぬ土地だ。周囲は見知らぬ人間ばかり、少し違和感を覚えたからといって特に気にする必要もない──そう思い、私は何も言わなかった。
その後、両親は二人で出かけ、帰ってきた時には既に物言わぬ肉塊となっていた。
どうやら自動車で事故を起こしたらしく、警察によればブレーキが故障していた──整備不良による事故らしい。
私が二人と最後に交わした言葉は「いってらっしゃい」だけだった。
そして私は何も理解出来ないままに月影家に引き取られた。
思えば、あの時の男が車に細工をしたのだろう。このご時世、監視カメラなど何処にでも設置されているし、車のブレーキが何故壊れていたのかも警察が調べれば普通に分かる筈だった。
でも、両親は事故で処理された。
殺されたという事は薄々勘づいていた。でも、僕はその計り知れない力に屈してしまっていたのだ。
だが今、僕はどんな力も跳ね除けられる絶大な"力"を手に入れた。
手に入れた、筈なのに──
「……なんで」
「別に私はこんな者の命などどうでもいいのですが、マスターの命令ですので」
「は、はぇ……」
僕の振り下ろした刀は、しかし梢の首を断つ直前に現れたマジカルミルキーの輝く刀身によって受け止められる。
それに僕は顔を歪め、命が助かったと自覚した梢は呆けた顔から一転して邪悪な笑みを浮かべる。
「ま、マジカルミルキー! よ、よくやったわ! そのままソイツをころ」
バキリ。
唾を飛ばして叫んでいた梢の顎をミルキーが蹴り飛ばす。顎がひしゃげ、血と共に数本の歯が飛ぶ。顔が変形した彼女は呻く間も無く白目を剥いて後ろに倒れ、ピクピクと痙攣する。
その様子を見た僕は少し驚く。
「……てっきり、ソイツを守りに来たのかと思ったよ」
「私が守りに来たのは貴女の方ですよ、月影玲さん」
「ッ、何で僕のなま、え……」
ミルキーはそう言いながら自らの仮面を外す。
その下から出て来た顔を見て僕は目を見開いた。
「ミ、ズリ……っ!! ああ、そんな……」
そして背後に気配を感じて振り返り、そこに立っていた人物の顔を見て顔を苦痛に歪める。
「よぞら、くん……」
「……玲」
「は、はは……そういう事だったんだね」
絶望に満ちた笑みで刀を取り落とし、カランコロンと甲高い音を立てて揺れる。
「ミルキー……ミズリに役目を取られて馬鹿晒してた僕を嗤ってたんだろう? 影から、ずっと!」
「違う」
「じゃあどうして!」
その場に膝から崩れ落ちる。
「どうして……僕の邪魔をするの……」
ポロポロと零れた涙が床に染みを作っていく。
分かっている。所詮こんなのは醜い他責思考に他ならない。ミズリも夜空君もただ現れた怪物を倒そうとしていただけ。
分かっているのだ。僕には彼女らみたいに完璧に倒す事なんて出来ない事くらい。マジカルミルキーは死者を一人も出さなかった。もしサンシャインサムライしか居なかったら今頃何百人が日本で死んでいたのだろう。
それでもきっと、世間は僕を称賛する。そして僕もまたそれを受け止める──眼下ですすり泣く、無数の私に気付かないふりをして。
「俺は、お前を殺人鬼にしたくないんだ」
「もういいんだよ……こいつらにも、僕にだってもう生きてる意味も価値も無いんだから……だったらせめて、気晴らしくらいさせてよ……」
「違う」
「違わないよ! だってもうお母さんもお父さんも帰ってこない! 人を傷付けたヒーローなんてもうヒーローじゃないし、そもそも僕がヒーローでいられたのはいつかコイツらを見返してやる為だった!」
スーパーセイビアは正義感が強い人物だ。そして僕の力はあくまでも怪物に向ける為に与えられた物、仮に犯罪者であったとしてもその力を人間相手に使った僕の事を彼は許さないだろう。
だからもう、僕はヒーローで居る事すら許されない。
だがそれでもいいのかもしれない。月影の人間は結局の所僕にはどうやっても跪かないし、それなら僕はサンシャインサムライである意味も、生きている意味すらない。
──今思えば、この時の僕は実に滑稽だった。何しろ僕は何も知らぬまま、勝手に絶望して勝手に死のうとしていたのだから。
「死んだら二人に会えるんだ。だからもう」
「もし二人に会えるとしたら、生きる意味も見出せるのか?」
「何言ってるの……」
彼は一体何を言っているのだろうか。
死んだ人間には生きている人間は会えない。それはこの世界の不可侵不可逆の原則だ。
だが、彼はそんな言葉を大真面目な顔で、こちらの目を見つめて豪語する。
「よし、なら今すぐ二人に会いに行こう」
きっと彼はおかしくなってしまったのだ。
ふらふらと周辺にその原因を探して、やがて"それ"を見つけた僕は取り落とした刀を持ち直し振り上げ、やはり彼に止められる。
「だからやめろって!!」
「夜空君離して!! 僕はそいつを殺さなきゃならないんだ!!」
どうして止めるんだ。
僕の人生が滅茶苦茶になったのもヒーローになれないのも彼が狂ってしまったのも全て梢──月影のせいなのに。どうしてそれを殺すのを止めるんだ。
「どうせ何もかも終わりなんだ、せめてそいつらだけでも殺させてよ!! どうせ復讐なんてしてもお母さんもお父さんも喜ばないとか言うつもりなんでしょ!? 復讐なんてしても虚しいだけだって!!」
「違う!! 復讐の快感は俺だって知ってる! 復讐が所詮自分の為にだけやる事だってのもよく理解してる! ここでスパッとやる方が玲にとって一番気持ちがいいって事だってのもな!」
そう叫ぶ彼の目は、僕の双眸を睨みつけている横でどこか遠い、遠い場所を見つめている様にも見えた。
「だけどそれだと俺が困るんだよ!! 玲が殺人鬼にはなって欲しくないし、何よりお前が居なくなると俺が悲しい!!」
「はは、何それ……僕の人生なんだから僕に全部決めさせてよ……だって、そんなの……」
──卑怯じゃないか。
振り上げていた腕から徐々に力が抜け、僕の手首を押さえる彼の手によって下へと下ろされる。
「人はさ、一度何か一線を越えたらそれからの何事にもそれが基準になっちゃうんだよな。例えば俺は死ななければ何をしてもいいと思っちゃってるし、多分殺人をすればそれからの俺はもう抑えが効かなくなると思う。はは、そうなれば人類は滅亡だな」
「……何言ってるのか、分からないんだけど」
「まあ要するに、だ。一度殺せばいつか全員殺す事になるぞって事だよ。そうなれば二度と本当の平穏は訪れない」
彼は両手を広げる。
「少なくとも俺はあの時殺さなかったお陰で心は割と晴れてるぞ。もしそうしてたらきっと俺は笑顔でお前に会えなかった」
「っ……それでも、それでも……僕の心はもう晴れないよ! だって僕にはもう、生きる意味もないしそれが生まれる事だって──」
「だったら俺がお前の生きる意味になってやる、それでいいだろ?」
突然膝をつきガシリ、と両手を包んだと思えば、彼は不意にそう宣言した。
彼の黒銀色の瞳に僕の間抜けな顔が映り込む。
「……ふぇえぇっ!!??」
そして一転、ぼうっと顔全体が熱くなる。
それだけの爆弾発言だった。彼にとってはそうでもなかったのかもしれないが、少なくとも僕にとっては血塗れで痙攣する梢の存在が頭から抹消される程度には衝撃的だったのだ。
だって今、彼が言った事の意味ってつまり──
「──きゅう」
「え、ちょっ、れ、玲-っ!!?」
そうして、脳のキャパを超えた僕は意識を失った。
でもそれはきっと、これまでの人生の中で一番幸せな気絶だったのだ。
虐め抜かれ親友が殺され(仮)自らも殺されかけた上で尚一人も殺さなかった夜空君ならきっとこうすると思いました。(※四肢を飛ばすまでは許容範囲内)
因みに梢の罰はまだ終わりません。当たり前だよなあ?
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