あこがれの学級委員長!乙女心はみせられません‼
その日は、月影玲という人間にとって人生で二番目に心ときめいた日であった。因みに一番は夜空が生きていると知った時である。
それは兎も角、彼女はサンシャインサムライとして、ヒーロー集団『セイバーズ』の加入が正式に認められたのである。
スーパーセイビアが戦い始めてから彼女はヒーローという存在に憧れていた。自身がセイビアから力を貰い『サンシャインサムライ』になっても飢えは満たされない。何しろ日本にはもう一人のヒーローが居たのだから。彼女の初陣は、怪物が倒されてからノコノコとマジカル☆ミルキーに文句を言いに来る、という非常に情けない物となってしまい、彼女がマトモに活躍するのは三体目まで待つ事になる。
だが、それも今となってはどうでもいい。何しろ私はあのセイバーズに入ったのだ!
崩れていた自己肯定感が回復していく。あれ程憎み嫉妬していたミルキーも、今やあちらがセイバーズに入らなかった事による優越感しか存在しない。
「お坊ちゃま、終わりましたか」
「ああ。今日は最高の日だったよ」
「それは良かった。では、帰りましょう。奥様がお待ちです」
「……そうだね。早く帰らないと怒られちゃうね」
待機していた執事とそんな会話をして、私は車に乗り込む。遅れて執事が運転席に乗り、発進させる。
彼は家中において僕の唯一の理解者だ。僕がヒーロー活動を行っている事も、そして夜空に対して恋心を抱いているのも知っている。その上で色々と便宜を図り、ヒーロー活動を行っている事を秘匿してくれている。
だから今の所この事は家にはバレていない。今日の事もあちらでは馬術の稽古を一日中行っている事になっている。
「セイバーズのヒーロー達は良い方々でしたか?」
「ああ! それはもう……こんな僕でも歓迎してくれたし、凄く居心地が良かったよ。叶うならずっと居たかったね」
「それはご勘弁を。流石に日を跨いでは誤魔化しきれませんので」
「はは、分かってるよ」
今の所彼だけが唯一本音を話せる相手である。
もし彼が居なければ……一体僕はどうしてしまっていたのだろうか。
そんな事を考えていたら家に着く。
神戸の一等地、広い敷地に大きな日本家屋。月影家の邸宅であり、僕にとっての地獄である。
その引き戸を静かに開け、僕は声を出す。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさいませ、玲お坊ちゃま。奥様が応接間でお待ちです」
「うん、分かった」
その声に、正座で待たされていたらしい女中が返す。
豪邸である以上、手伝いさんは必要なのだ。僕は彼女の言った通り応接間に向かう。この時間がいつも憂鬱だった。
「ただいま帰りました」
「玲、そこに座りなさい」
「はい」
応接間は八畳の和室である。
机と座椅子、横山大観の掛け軸──多分偽物だけど誰も指摘しない──と茶器。そこに座る和装の若干老けた女。僕がこの世で一番嫌いな女──僕の今の母親だ。
「馬術はどうなのかしら」
「順調です。今日はつい先日引退したとされる競走馬にも乗せてもらい、乗りこなしました。講師の方からも、これ程までに乗りこなす生徒は見た事がない、と」
「そう、当然ですね」
平然とカバーストーリーを話す。
これは既に執事の方が馬術の講師にも話を通してあり、仮にあちらに話がいったとしても事が露見しない様になっている。本当に彼には感謝しかない。
そして、それにさも当然といった風で表情を変えない"母親"は今度は僕の肩の辺りに目をやった。
「所で玲、また髪が伸びましたね。つい先日切ったばかりだと思うのですが」
「伸びやすい体質なのでしょう」
サンシャインサムライに変身した際、僕の髪は伸びる。元の姿に戻るとその髪も消えるのだが、どうしても少しだけ残ってしまうのだ。
もし僕が普通の女の子だったならばさしたる問題ではない。髪が長い方がセットの種類も増えるし、アピールの仕方にも多様性が出る。
「そうね、床屋を呼んであるから切りなさい。月影家の男ならば、清潔感のある髪型にしなければなりません」
「……分かりました」
「話は以上です。床屋はいつもの部屋で待たせてあります。行きなさい」
"母親"は平然とそう言い放ち、部屋から出ていく。僕もそれに追従し、床屋が待っているという部屋へと足を向ける。
先程の言葉から分かる通り、僕はこの家で男として育てられている。
事の始まりは僕がまだ私──五月玲だった頃、月影家では大変な事が発覚する。どうやら今家を取り仕切っている夫妻が両方共子供が出来ない体質であった事が分かったのだ。
月影家は名家、このまま跡継ぎが居ないのはマズイ。そこで目を付けたのが親戚であった五月家の一人娘──即ち、私である。
丁度その頃、私は天涯孤独になっていた。事故で両親が亡くなってしまったのだ。そんな"可哀想な境遇の娘"を引き取る事で良い風評を流しつつ、自分達と血の繋がった跡取りも確保しようという魂胆である。
そこで問題となったのが、月影家の風習であった。
この家は古めかしい男尊女卑の習わしを頑なに守っており、当主は常に男でなければならなかった。
だから──彼らは私を僕にする事にした。
「薫から……」
散髪が終わり、自室に戻った僕を出迎えたのは深紅のシーリングスタンプが押された白封筒。そこに記されていた名前は『九条薫』──僕の婚約者である。
あくまでも家は僕を男として結婚までさせる様で、婚約者は女であった。法律的に大丈夫なのか、跡取りはどうするのかとかそんな事はどうでもいい。どうせ何とかするのだろう、月影家にはそれだけの力がある。
だからこそ、家の人間は僕が男──もっと詳しく言えば、夜空と接触するのを快く思っていない。
封筒を開け、手紙を読む。
丁寧な字でしたためられているのは特に意味もない様な文。彼らは僕らに貴族的振る舞いを求めており、定期的に文でのやり取りをする様に言われている。
薫は別に悪い娘などではなく、寧ろかなり良い部類に入るのだろう。彼女もこの婚約があくまでも政略結婚である事を理解しており、必要以上に距離は詰めてこない。こうして事務的に文通するだけだ。
僕も便箋を取り出し万年筆で書き始める。内容は習い事やここ最近の時事など、わざわざ手紙で話す様な事ではない他愛もない物。でもそれでいいのだ、家の奴等はそれを求めているのだから。
そうして書いた手紙を封筒に入れ、廊下に出て女中に渡す。後は彼女が母親が父親に渡し内容を確認した後に封蠟を押して送る事だろう。
その後勉学に勤め、風呂に入り眠りにつく。ただ、その内心はいつもより明るい。
僕がサンシャインサムライとして活躍すれば、いつか月影の人間も玲という存在を認めてくれる筈だ。その為に僕はスーパーセイビアの手を取った。
今はまだ早いが、セイバーズに入ったのは大きな進歩である。
そしていつの日か、私は彼の隣に──
──────
───
─
……それは、幼少期の記憶。
僕がまだ五月玲だった頃の話。
「玲ーっ!!」
「よ、ぞら……く……」
彼の声は暴れ回る水の音で搔き消される。視界は白と岩で染まり、柔肌は自然の暴力に晒され傷付いていく。
最初は楽しいキャンプだった。
夏の暑い日、空には雲一つ浮かばず新緑が微かな風に揺らされざわざわと喜ぶ、そんな日。五月家、櫻井家、斎藤家の三家で山中のキャンプ場にまで合同キャンプに来たのである。
あちらこちらで子供達の騒ぐ声が聞こえ、肉の焼ける音と匂いが漂っている。
そのキャンプ場には沢がある。良い感じの浅瀬もありキャンプに来た者は皆そこで遊んでいる。
僕らも例外ではなく、まだ小学生低学年だった僕らは水を掛け合ったり軽く泳いだりして遊んでいた。
所で、川というのはすぐに変わってしまう物である。それが山中であれば尚更だ。その場は晴れていても上流で雨が降ればすぐに濁流へと変わってしまう。
いつもならばそういった事があれば管理事務所から注意喚起がなされるのだが、その日は少し遅れてしまった。
結果、遊んでいた人々は濁流が到着する直前でそれを聞かされる事になり、皆は慌てて岸へと避難する羽目になる。
当時の僕は少しどんくさい所があった。
だからこそ突然のその通達に僕は反応が遅れ、直後やってきた濁流に呑み込まれてしまう。
大人ですらも濁流の中では泳ぐ事はおろかマトモに浮かぶ事も困難である。そんな中でどんくさい少女が一人、何も出来る筈がない。
「玲ーっ!!」
そこで飛び込んだのが夜空だった。
あまりにも無謀で、危険な事だ。普通なら夜空も死に、翌日の朝ニュースで子供二人が死んだと放送される事になるだけだろう。
僕らが助かったのは、幾つもの奇跡が重なった結果である。結果として僕を掴んだ彼は護岸に何とか掴まる事に成功し助かったのだった。その後あまりの無茶に叱責を受けたのは言うまでもない。
きっと、それが始まりだった。僕が彼への想いを心の中に宿す様になったのは。だが、それが成熟する前に僕らは親の仕事の関係で引き離された。
もしあのまま一緒に居る事が出来たなら、今頃僕らはどんな関係になっていたのだろうか──
玲の両親が事故に遭ったのにも関わらず夜空が知らなかったのは、直後に引き取った月影家がそれまでの繋がりの一切を断ち切ったからです。
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