希望のヒーロー!マジカルミルキー参上!
「そうか、中国に二体目が……」
「はい。人民解放軍による攻撃はやはり効かず、またしてもヒーロー……"玉虎侠客"によって倒されました。死者数は現在判明しているだけで100人を越えます」
「確か地方へ疎開を進めていただろう。核を使うとかいう話はどうなったんだ」
「それが……出現した付近に常務委員の一人が居たらしく」
「的確に使えない場所に出てくるな……」
総理官邸、閣議室。そこで日本国の政治を担う者達が話し合っている。議題は勿論、今世界を騒がせている怪物、そして『ヒーロー』についてである。
この三時間前、中国において二体目の怪物が現れ、それを中国のヒーローが倒した。
中国のヒーロー『玉虎侠客』は虎をモチーフとした衣装を身に纏い、その爪を振るって敵を斬り裂くという者である。自らの情報は既に明かしており、中国共産党は彼の囲い込みを進めている。
だが、やはり一人の強大な力に頼るというのは不安な様で、都市部から住民を疎開させそこに出て来た怪物に核をぶつける計画も水面下で進めていた。しかし結果はこれだ。
日本も他人事ではない。未だ怪物もヒーローも現れていないがいずれ現れるのは明白だ。
その為に怪物対策本部も設置し何とかして対応しようと考えてはいるものの、正直米軍も人民解放軍も勝てない相手に自衛隊が勝てるとは誰も思っていない。恐らくヒーロー頼りになるのだろう、そう考えられている。
しかしながら、政府としては出来る限り死者は出したくない。未だ現れてもいないヒーローを頼りにして自衛隊が戦わない訳にもいかないし、戦ったならば自衛隊に被害が出る。また、ヒーローは到着までにタイムラグがあり、倒されるまでに結局被害が出てしまう。ノーリスク信仰の強い日本においてはどちらも致命的であった。
刻々と自分達の政治的生命が断ち切られようとしているのを肌で感じ、冷や汗が絶えない総理大臣は部屋の中に居るとある男へと尋ねる。
「和泉君、魔術的観点からはどうなんだ」
「まず魔法が関わっているのは間違いないでしょうね。ただそれ以上の事は分かりません」
「分からないって君……何の為の対魔任なのかね」
「アリアンロッドですら何も出来なかったのです。我々には荷が重すぎますよ」
彼が声をかけたのは和泉慎二という名の青年だ。彼は総理からの言葉に諦めの表情で首を振る。
和泉は『対魔術的存在特任課(通称"対魔任")』課長としての立場でここに居る。これはかつて平安時代にかの高名な陰陽師である安倍晴明が設立した対妖魔組織であり、明治以前は"帝之盾"という名、明治維新に伴って現在の名に改められて今まで日本を裏で支えてきた。
この組織の事を知るのは極一部。時の内閣総理大臣ですらその全貌は把握していないとされる、半ば政府から独立した立場を許されている極めて特殊な組織なのだ。
そんな彼がこの場に呼び出されているのは政府がこの怪物事件に魔術的存在の関与を考えたからである。そんな物見れば分かる、というのは置いておき、しかし彼らは結局これまで大した成果を得られてはいなかった。
課に所属する諜報員が海外にて怪物に直に遭遇し、またヒーローと言葉を交わした事すらあった。それでもなお、彼らでは何も分からなかったのだ。それ程までに今回の事件は複雑であり、高度な魔術が用いられていた。
彼の言葉に出てきた"アリアンロッド"はかの大魔法使いマーリンが設立したとされるイギリスの組織である。日本における対魔任であり、世界でもトップクラスの対魔術組織だが、結局ロンドンに現れた怪物を倒したのはヒーローでありアリアンロッドではない。つまり、何も出来なかったのだ。
「野党からの突き上げも日々大きくなってきている。支持率も低下の一方だ」
「ではどうする、奴等の言う通り"セイバーズ"と安保条約を結ぶのか? 来る保証もない彼らに年間5億ドルを支払うのか。それこそ批判の格好の的だぞ!」
「守れるなら安い物だろう。移動拠点を作るという話もある。意外と何とかなるのでは?」
「ワープ出来る訳でもないだろう! そもそもヒーローの母国ですらカツカツだというのにそれよりも優先して我が国に来る訳などないのだ!」
「そもそもヒーローという一個人に国防を任せるというのが……」
会議は踊る。されども進まない。
結局この日も何も進まずに終わるのか──そう思われた時だった。
「──これ、は」
和泉が呟き、そして次の瞬間。
「失礼致します! 新宿に怪物が現れました!」
バン、と勢いよく扉を開いて入ってきた職員の言葉で、室内は一気に静まり返った。
──────
東京都、新宿区。
日本の中心であり、今日も多くの人々が行き交っている。
「……ん?」
「……は?」
今日もいつも通りの生活を送るのだろう──そう考えていた彼ら彼女らに当たる陽光を何かが遮る。
一体何なのだろう、そう思い見上げた人々は、次の瞬間には硬直した。
何しろ──そこに居たのは、赤色の巨大な怪獣であったのだから。怪獣は道路の中心に音もなく突如出現する。不幸中の幸いと言うべきか、信号は丁度変わる境目であり全ての車が止まっていたので事故だけは起こらなかった。尤も、このままでは事故で死ぬか怪物に殺されるかの違いでしかないのだが。
全長100メートルはあろうかという巨体。周囲の摩天楼と比べれば小さい様に思えてしまうが、地上から見上げれば大した差ではなく、ビルの住民にしてみれば視線が合ってそれが余計に恐怖を掻き立てる。
そして永遠にも思えてしまう沈黙の後、巻き起こるのは狂乱。一斉に悲鳴を上げてその場から我先にと走り去っていく。自動車も回頭しようとして擦りあい、道路は麻痺状態に陥る。
だが、そんな皆を怪獣は待ってはくれない。
「きゃあ!?」
逃げ惑う人々に押されて一人の少女が倒れる。
「ぁ」
そんな彼女に、最早逃げる時間など残されてはいなかった。
彼女が視線を上げると、そこには怪獣の足裏が迫っていたのだから。
酷くゆっくりと時間が進む。哀れな被害者、日本における怪物事件の死者第一号が今、ここで生まれ──
「──え?」
──る事はなかった。
気付けば彼女の周囲は半透明の光の膜で覆われており、そして彼女と怪獣の足の間には狐の面を着けて謎の可愛らしい衣装を身に纏った謎の女性が立っている。
「え……?」
「シールドは正常に作動中。出力1.02で安定中」
謎の言葉を呟く彼女を、少女はただ見つめている事だけしか出来ない。
一方で自らの足を止められた怪獣は一度それをどけ、今度は自らの口をそちらに向ける。瞬間、高まるエネルギー。怪獣は炎を吐こうとしていた。
だが、彼女は焦る事なくホルスターから拳銃の様な物を抜くと自らの頭上に向ける。そして銃口に光の粒子が集まったかと思えば、彼女は引き金を引く。
「っ……!」
巻き起こる閃光に少女は思わず目を閉じる。
爆発音にも似た発砲音が鳴り響き、銃口から伸びた光の筋が怪獣の口内、喉奥に到達しそのまま後方の空へと突き抜ける。怪獣の動きは止まり、口元に高まっていたエネルギーは消失し、続けて怪獣の身体そのものが灰となって消えていく。
この一連の事件で出現する怪物は死ぬと灰となって消えるのだ──つまり、今の一撃で怪獣は死んだ事になる。
都市風に巻き上げられて散っていく黒い灰を背景に、女性は銃をホルスターに仕舞いどこからともなく箒を取り出す。そしておもむろにそれに跨り、どういう理論か浮かびあがり飛び去ろうとする。
「あ、あ、ま、待って!」
そんな彼女を少女が呼び止める。
何が起こったのかは分からない。怪獣は何処から現れたのか、目の前の女性は何なのか、どうやって倒したのか。
でも、一つだけ分かる事がある。
「──助けてくれて、ありがとう!」
「……」
「よ、よければ名前を教えてください、ヒーローさん!」
少女は訊く。今、この瞬間を二度と忘れない様に。
そして女性はしばらく考え込んだ後、彼女に顔を向けて言った。
「──魔砲少女マジカル☆ミルキー」
「……まじかる、みるきー。」
「では」
「あ、ちょ、ちょっと待って! ……行っちゃった」
二度目の制止は効かなかった。
彼女は若干気の抜ける名前を呟くと、即座に背を向けて飛び去ってしまう。少女は飛び去った空を見つめる事しか出来なかった。
──────
「クソ、怪物はどんな形状だ! 巨人型か、怪獣型か!?」
「怪獣型です! 全長は目測約100メートル以上!」
「自衛隊の到着はいつ頃になる!」
「只今付近に配備中の10式が急行中です!」
怪物が現れた、その報告を受けた閣議室は一瞬の沈黙の後に大騒ぎになる。報告に来た職員の言葉では、どうやら高層ビルクラスの大きさの怪獣が現れた様だ。
まるでゴ〇ラではないか。皆の脳内に出て来たその言葉を誰かが言う前に、次の報告が入ってくる。
「失礼します!」
「エエイ何だ!? 建物の倒壊か、それとも市民に被害が出たか!?」
今このタイミングで入ってくる報告などその二つしか有り得ない。総理は耳を塞ぎたくなるのを懸命にこらえて職員の言葉に耳を傾ける。
だが、返ってきた言葉はそんな予想とは正反対の物だった。
「い、いえ……」
職員は困惑した様子で言う。
「……怪獣が、倒されました。倒したのは狐の面を被った女性、助けられた少女によれば自らの事を『魔砲少女マジカル☆ミルキー』と名乗ったそうです」
「「「……は?」」」
曲者老獪揃いの内閣ではあったが、この瞬間だけは皆の思考が完全に一致した。
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