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帝星レヴィドリアン(後編)

 俺のスキルは「ミズーリとその装備品を完全に(・・・)操作できる」という物。この『完全に』というのが肝であり、それはただ単に素人でも戦闘機を操れるとかその程度の物ではない。

 これの真髄は、人である俺が|コンピュータの反応速度すら超えて正確に反応、操作できる《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》点だ。


 まあ、つまり。



「──ッ!!」


 少しの衝撃と共に現実に引き戻される。キャノピーのガラス越しに見えるのは暗い空間、巨大な無数のコンクリートの柱。

 途端に時間の流れが遅くなる。実際にそうなっている訳ではなく、スキルの影響で所謂『過集中(ゾーン)』に入っただけだ。

 刹那、コスモパンサーを消す(・・)。当然俺達はその勢いのまま空間に放り出され──その慣性を慣性制御装置によって抑え、コンクリートの柱に取り付けられていたオンボロの足場にふわりと降り立つ。


「……ふぅ、何とかなったな……グレイス?」

「……」


 俺は手を握っていたグレイスを見ると、彼は茫然自失としていた。まあ仕方ない、彼視点では気付いたら目の前にコンクリートの柱があって、いきなり放り出された訳なのだから。

 一先ず彼が我に返るまで休んでおこうとその場に腰を下ろし、周囲を見渡す。

 そこは暗い空間だ。上を見ても下を見ても無限に暗黒が続いている。そんな場所に無数の太いコンクリートの柱が林立し、これまた上も下も見えない。

 その柱にはポツポツと、鉄板を貼り付けただけの雑な細い通路があり、遠くには微かだが灯りが見える。


 レヴィドリアン帝都は数万年もの間開発され続けてきた。人類は競う様に都市を広げ、土地が無くなれば今度は上へ上へと積み上げていく。

 そうして完成したのが、人工的な多層構造の都市惑星だ。今、俺達が居るのは地下ではなくかつての都市であり、標高も1キロを超えている。


 帝都は主に3つの層に分かれている。

 1つは最上部の『上層』。貴族などの上級階層が住まう場所であり、標高は1万から1万2000メートル。それだけ高いと色々と問題がありそうだが、そこは何とかしているらしい。

 次に『中層』。標高は3000から1万メートル。一般市民が住まう場所であり、場所によって環境が全く異なる。上部では日光もギリギリ当たるが、下部では殆ど当たらない。だが、まだ自然光は入ってくるので暗いという事はない。

 次に『下層』──と言いたい所だが、実は中層と下層の間を厚さ500メートル程の工場がまるで蓋をする様に覆っている。ここでは帝都で使用される様々な物資が生産され、例え帝都が包囲されたとしても自給自足出来るようになっている。

 そして最後に『下層』。標高は地上から2500メートル。工場によって蓋をされ、廃棄された摩天楼が並び立つここは帝国政府に放置され、戸籍の無い者や犯罪者の住処となっている。

 要するにスラムであり、グレイスが住んでいるのもここだ。

 俺はその話を聞き、そこへ直接機体をワープアウトさせる事にした。障害物の回避はコンピュータが勝手にやってくれるので建物と融合してしまう事はないが、その後衝突しないかは俺のスキルに懸かっていた。ホントに成功して良かった。



「う……ここは……」


 そんな事を考えているうちにグレイスが目覚めた。


「起きたか。作戦は成功したぞ」

「本当にやったのか……凄いな……」


 そうして、俺達は下層を歩き始める。ここからはグレイスが案内する番だ。

 コツ、ギシ、コツ、と雑に取り付けられた鉄板通路の上を歩く。割と頻繁に軋む音がするのが怖い──俺は足が竦んでいるが、そんな場所を彼はヒョイヒョイと歩いていく。慣れているのだろう。


 やがて通路に照明が付く様になる。照明といってもどこからか引かれたケーブルにポン付けされたオンボロの電球がポツポツとあるだけだが、無いよりは遥かにマシだった。

 また、チラホラと住民の姿も見る様になった。コンクリートの柱──かつてのスカイスクレイパーに寄生する様にして建てられたボロ家(バラック)。そこに住む住人から向けられるのは奇異の視線。まあ仕方ない。

 稀に襲いかかってくる者も居たが、そちらは尽くグレイスが叩きのめしていた。彼曰く、これが下層の日常らしい。俺も銃を構えてはいたけれど彼の方が速かった。


 そうして歩く事数時間。


「着いた。ここから上がっていけば中層まで行ける」

「ありがとう。凄いな、本当に道覚えてるのか」

「覚えてないとここでは生きていけないからな」


 とある1つの階段。奥からは微かだか光が覗いている──ここを行けば工場を抜けて中層に辿り着くらしい。


「こういった通路は幾つもある。俺も何度か通って中層に行った」

「それで人攫いにでも遭ったのか」


 俺は不意に言い、グレイスは少し驚く。当てずっぽうだったのだがどうやら図星らしい。

 何度も言っている気がするが、彼はスラム出身とは思えない程に美少年、そういった好事家に高く売れる事は間違いない。

 ただ、俺は自分の考えが合っていた事に驚いた。何しろ……


「こんな文明でもそういうのは居るんだな……」

「……ああ、そうだ。中層で襲われて、逃げだしたらあの星だった」


 レヴィドリアン帝国は無数の銀河を持つ大星間国家、だというのにまだ子供を攫う。そんな事をしなくてもいい筈なのに何故こんな事をするのだろうか。

 まあそれを言えばそもそもスラムが無くなっていない事が全てか。結局どれだけ科学力が進んでも変わらない物は変わらないという訳だ。


……しんみりとしてしまった。話を変えよう。


「そうだ、これ」


 俺は白い粒が無数に入った小瓶を渡す。


「これは……?」

「栄養剤だ。お前に飲ませたやつと同じ。一粒で一日はもつから何も食べる物が無い時はそれをポリポリ齧っとけ。あああとこれもだな」


 何かが入った白いポリ袋を出現させる。突然何もない所から現れたのを見て彼が警戒する。そういえばこれ見せてなかったか。

 それを彼に渡し、中身について説明する。


「中身はカツ丼三セット。容器の底に付いてる紐をひけば一瞬で温まるから使ってくれ」

「え……」


 以前カツ丼を食べていた時に「イーディス達にも食わせてやりたいな」と呟いていたのを聞いて予め用意しておいたのだ。


「どうして、ここまでしてくれるんだ」

「どうしてって……強いて言うなら、特にこっちに損が無いから、だな。どっちもほぼノーコストで量産できるし」

「そうじゃない! わざわざ危険を冒してまで俺を連れてきた事だ」

「あー、それな。前ミズリには言ったんだが、寝覚めが悪い。それだけだよ」

「寝覚め……?」


 彼にはその言葉の意味が理解出来なかったらしい。まあ、彼の様な生活環境では寧ろ理解してはいけない感情だろう。


「要するに、助けられるなら助けたいって事さ」


 今の俺には、それを出来るだけの力があるのだ──何も出来なかったあの頃とは、違う。


「……よく分からないな」

「いつか分かるくらいの立場になればいい。さ、お前の家族が待ってるんだろ、早く行ってやれ」

「! そうだな……またな」

「ああ、またな」


 それだけ言うと、彼は闇の中へ消えていく。それを見送った後、俺は階段を上り始めた。



「──マスター!」

「夜空君!」

「よぞら!」

「櫻井! 無事だったか」


 中層に出た俺を出迎えたのは、見慣れた四つの顔と声。

 俺は思わず頬を緩め、言った。


「ああ──」



「──作戦成功だ」



──────

───



「……変な奴だったな」


 薄暗い道をグレイスは歩く。

 凍える程寒く、鼻が壊死する程臭く、肌がブクブクと膨らむ程湿っている──もう慣れたが。

 いつもならば闇市で買い集めた質の低い工業食品か辛うじて食べられる生ゴミしか持っていないのだが、今日は、今日だけは違う。意味の分からない程のお人好しが渡した栄養剤と飯。逆に胃が受け付けるか心配になる。

 それにしても、あいつらは無事だろうか。一ヶ月程家を空けてしまった……これまでも長く離れる事はあったが、これだけ離れるのは今回が初めてだ。まあいつ死ぬか分からない様な世界だし、こういった時の為にも色々と備えはしているので大丈夫だとは思うが、やはり心配な物は心配である。


 しかし、本当に今回の一件は間抜けだった──アイツも、俺も。しかしまあ、攫われた結果これを手に入れられたのならプラスかな、グレイスはそう考えながら懐からとある物を取り出す。

 彼はミズーリにて武器をくすねていた。壁に設置してあったゲリエドラグーンだ。撃ってよし売ってよし、下層においては金塊よりも価値のある物。

 間抜けのヨゾラめ、彼はほくそ笑みながらそれを取り出し──不意にその表情は凍りつく。


「な……」 


 懐から出て来たのはレーザーソードにでもなる万能拳銃……ではなく、プラスチック製の水鉄砲。しかもご丁寧にグリップに『グレイス』と名前まで刻まれている。無論、彼が盗んだ物はこれではない。

 そこで彼は、夜空が何もない所からカツ丼を取り出したのを思い出す──要するに、全てお見通しだったという訳だ。



 そうして歩く事一時間。彼は古ぼけた扉の前に立っていた。

 何度か深呼吸し、意を決してコンコン、とノックする。


「……星は?」

「っ……青い」


 中から聞こえてきたのは少女の声。彼は息を飲み、そして暗号に応える──瞬間、勢いよく扉が開かれ、中に居たイリィ程の少女が部屋の奥に向けて叫ぶ。


「グレイスが帰ってきた!!」


 少女が奥へ駆ける。そこにはボロボロの布団が敷かれており、一人の少女が寝ている。

 背丈はグレイスと同じ程度。整った顔、臀部まである金色の美しい髪、白い肌、青い瞳、そして頭部にはグレイスらとは違う、山羊の様な二本の角。

 彼はその姿を見て言った。


「……ただいま、イーディス」


 寝ていた少女──イーディスはゆっくりと上半身を起こし、そのやつれた顔を見て答える。


「──おかえりなさい。グレイス」

高評価、ブックマークはモチベに繋がるのでよろしくお願いします

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