帝星レヴィドリアン(前編)
「──で、本気なのか?」
「まあ、はい。ここまでやっておいて放り出すのも残酷でしょう」
「それはそうだが……結果としてお前自身が危険になるかもしれないんだぞ」
「何とかしますよ」
現在、俺は別室にて他の三人の説得を試みている。
まず先生。彼は要するに安請け合いはやめろと言っているのだ。それは実際正しいし、それに対して俺は理論的な答えを用意する事が出来ない。
「しかしマスター、伯爵より受け取った入星許可証は個人のDNAに紐づけられています。偽装は可能ですが不確実性が高く推奨しません」
そこに飛んでくるミズリの理論的な反論。だがこれを予測出来ない俺ではない。
「それに関しては俺に考えがある」
「考え?」
「ああ、それは──」
俺は、自らの立てた作戦を三人に伝える。
最後まで聞き終わり、達也は俺の目を見据えて言った。
「僕は夜空君を信じるよ。だって、夜空君はいつも不可能を可能にしてきたんだ。それにもし夜空君がいなかったらそもそも僕らはここに居ないしね」
「達也……!」
「あ、でも安全には充分注意してね? 特に夜空君、スキルは強いけど生身だとイリィより弱いんだから」
「善処します……」
次に口を開いたのは先生だ。
「……それもそうだな。役に立たんかもしれんが俺に出来る事があれば何でも言う様に」
「分かりました」
そして、最後にミズリ。彼女は未だ渋い顔をしている。
「マスターの仰った作戦の成功確率は32パーセント、非常に危険です」
「まあそうだろうな。でもそれは俺だけでやった場合だろ? 俺にはお前達が居るじゃないか」
「……これは我々の力も考慮に入れた数値です。マスターのみで行った場合は5パーセントです」
「ありゃ、マジか」
かっこつけたつもりが論破されてしまった。うん、まあミズリならその位は考慮するか。でも……
「3割も成功するなら御の字だろ。俺、こう見えても運は良いんだ」
「運が良かったらそもそもこんな目には遭ってないと思うけどね……」
「達也うるさい」
「運などという非科学的な事象に頼るべきではありません。加えて、マスターがそれ程あの子供を気に掛ける理由がありません」
「理由? そうだな……」
ミズリの言っている事は全て正しい。実際、俺の目的は地球への帰還、それの確実な遂行の為には、今すぐにグレイスを彼の意思など関係なく伯爵の元へ連れていくべきなのだろう。
レヴィドリアン帝国は日本みたいに優しくない。もし事が露見してしまえば用意してくれた伯爵の顔に泥を塗る事になるし、何より俺達の命が危ない。
それでもなお、彼を帝都まで送り届けたいと思う理由はただ一つ。
「寝覚めが悪い。それだけさ」
俺の言葉に、彼女はムスっとしてこちらを暫く見つめた後に言う。
「……意味が分かりません」
「そのうちミズリにも分かる様になるさ」
彼女の感情表現は出逢った時から遥かに豊かになった。
きっとミズリが『単なるサポートアンドロイド』から『一人の人間』になる時も来るのだろう。スキルとはかくも無限の可能性を秘めているのだなあ、俺は部屋を出ながらそう思った。
という訳で、ミズーリは一路帝都へと向かう。
その道中、俺はグレイスとの交流を試みたがあまり手ごたえはなかった。医療ポッドに入れる時も部屋から追い出されたし、食事中も寡黙だった。
ただ、彼にカツ丼を食わせている時に呟いた一言が、俺の耳に深くこびりつく。
「……イーディス達にも食わせてやりたいな」
彼はカツ丼を非常にお気に召した様で、最初は警戒していたもののすぐにガツガツと食べる様になっていた。
そしてその最中、ポロリと彼が漏らしたのがその言葉である。彼はこれ以外で帝都での暮らしについては殆ど話す事はなかった。
さて、そんなこんなで数日後、ミズーリは次のワープで帝都のあるヴィルリアン星系へと到着する、そんな位置にいた。
「夜空君、頑張ってね」
「無理するなよ」
「ああ、大丈夫」
艦底部格納庫、そこで俺とグレイスはコスモパンサーに乗り、他のメンバーから激励を受けていた。
因みにだが、今乗っているコスモパンサーだがワープエンジンをポン付けしてワープ出来る様にしてある。作戦に必要なのだ。
「また、あえるのです……?」
「……会えるだろ」
「げんきにしてるですよ!」
イリィはグレイスとの別れを悲しんでいる様だった。
結果として、彼と一番仲良くなったのはイリィだった。まあ一番歳が近いというのもあったのだろう。
「マスター……」
「ミズリ、後は頼んだぞ」
この作戦で、俺は一時的にだがミズーリから離れる事になる。その間この艦を動かせるのは彼女だけなのだ。
不安げな彼女に俺が言うと、彼女は敬礼をして一言。
「……了解しました」
「よし。じゃあ作戦開始だ!!」
俺の言葉で、他のメンバーは格納庫から出て艦橋に向かう。
暫くするとサイレンが鳴り響く。ワープを行う際の合図──それを聞き、コックピットのハッチを閉じてエンジンに点火する。
『ワープまで残り10秒』
通信機からミズリの無機質な声が聞こえてくる。今回の作戦においてはこのワープのタイミングが最も重要であった。
同時に機体の噴射口から青い炎が噴射される。機体はまだ動かない。
鳴り響く鼓動、流れ落ちる汗、容赦なく進むカウントダウン。
やがて──
『ワープ』
「ワープ!!」
「ワープ完了。現在位置ヴィルリアン星系外縁部……格納庫、反応無し」
「成功……って事?」
ヴィルリアン星系外縁部、そこにミズーリはワープアウトする。それをミズリが淡々と報告し、そして最後の言葉に達也が嬉しそうな反応を示す。
ミズリが見ていた画面──格納庫には、先程まであった機体は跡形もなく消えていた。
レヴィドリアン帝国は宇宙を股に掛ける大星間国家であり、かなりの軍事艦艇も保有している。
軍を保有するという事は、敵が居るという事だ。そして何万光年と離れている以上、敵はワープで移動する。そのワープへの対策は必須という訳だ。
ヴィルリアン星系外縁部には『ワープ阻害フィールド』と呼ばれる空間が形成されており、レヴィドリアン帝都などの星系内部へとワープしようとしても無理やり指定された宙域にワープアウトしてしまうのだ。
それはミズーリも例外ではなく、彼女はヴィルリアン星系外縁部に幾つか設置された入域検問所の1つにワープアウトした。
では、これを破る方法は無いのかといえば、実はそうではない。
例えば、恒星規模の物がワープアウトしてきても止める事は──装置に質量限界がある為──出来ない。それに、強制的にワープアウトさせられても機関を止められる訳ではないので検問所など通常航行で突っ切ってしまえばいい。
だが、前者の場合そもそもそんな代物用意なんて出来ないし、後者を実行しよう物ならワラワラと出てきた帝都直衛艦隊にフルボッコにされ塵も残らない。
実は、破る方法はもう1つある。
ワープ阻害フィールドが影響を及ぼすのは第一段階のワープのみ。即ち、第二段階のワープならば止められない。
第一段階とは通常のワープの事、そして第二段階とはワープ中に行うワープの事だ。第二段階のワープはその難易度の高さから実験すら行われていないらしい。
当然である。そもそもワープ中は実時間にして1コンマにも満たない上、そこから更にワープ出来たとして通常空間に出るにはかなりシビアなタイミングと高度な技術を要する。
つまりこの方法は「理論的には可能だが実現は絶対に不可能」という事だ。
──俺以外には。
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