とある探査船の記録
『──こちら深宇宙探査船1045号、只今レヴィドリアン時刻20236年3月12日8時26分36秒。本艦はサーレンス星雲に進入した』
白い──比喩ではなく、本当に白い──肌、深紅の瞳、額には一本の角、そして茶色の顎髭。そんな明らかに地球人ではない老いた男性が静かに話す。彼は軍服らしき物を着ており、その風格から相当高位な者である事が分かる。
場所は今俺達が居る艦橋ではなく、どちらかと言えば個室の様な場所。そこに一人で彼は座り、端末に向かって話しかけている。
『本艦はこれより、計画通りコルタニナ腕の超重力雲内に進入する』
老人はただ無機質に、しかしどこか興奮を秘めている様な声でそう言った。
時は進み、次の場面に移る。
『只今レヴィドリアン時刻20236年3月34日。本艦は超重力雲内への侵入に成功した。外部との通信は途絶したが想定範囲内である。欠員、故障共に無し。探査を継続する』
その声からは、確かな歓喜が伝わってきた。
またも場面が移る。
『只今レヴィドリアン時刻20236年5月29日。本艦は未知の恒星系を発見。生物の存在する可能性の高い惑星も発見した。到着ししだい調査に移る』
場面が移る。
『只今レヴィドリアン時刻20236年5月32日。本艦は恒星系に到着した。便宜上コルタニナ星系と命名する。星系外からの光学調査の結果、コルタニナ-γは海が存在し、原始的な知的生命体の存在も確認出来た。この発見は必ずや帝国の更なる繁栄に寄与する事だろう』
場面が移る。今度の撮影場所は個室ではなく、艦橋内部であった。
映っている人物は老人の他に、彼のそれとはデザインの違う軍服を着た男女が数人、何やら忙しなくコンソールを操作している。
『艦長! 出力低下止まりません!』
『やむを得ん、損傷区画は放棄、サブエンジンとバイパスを繋げ』
『エネルギー流入低下によりドクターポッドの性能が75%まで低下……医務室より通信。ガイトル曹長のバイタル、停止しました……』
『そうか……』
彼は部下らしき兵士からの報告に冷静に対応していく。
場所が移り、いつもの個室になる。
『……只今レヴィドリアン時刻20236年5月33日。16時間前、ハリオス軍曹が第二機関部で手榴弾を用いて自爆、居合わせたサルデイ大尉及びガイトル曹長が死亡した。長期航海故の錯乱だろうか……調査は延期し、乗員のカウンセリングに努める事とする』
場面が移る。
『ああ、何という事だ……』
場所はまた個室。だが今回はいつもの日付コールではなく頭を抱えてのため息から始まった。
『……只今レヴィドリアン時刻20236年6月1日。今日はグラングニール准尉が自身の拳銃を乱射した。これによりゴールスト准尉が死亡、ファルス少尉が負傷した。昨日対面した際は全くもって普通だったというのに、一体何故なのだろう……私は何か、間違えたのだろうか』
場面はまた変わる。今度は艦橋であり、その場に居る全員が宇宙服を着用している。
『出力15%まで低下! サブエンジン損傷率87%、温度上昇止まりません、これ以上は危険です!』
『惑星の重力に捕まりました!』
『サブエンジンは廃棄。残存エネルギーは慣性制御装置に全て回し着陸の準備を──』
と、彼が言いかけたその時。
『──ッ、何だ! 被害状況を報告せよ!』
『は、はい……!? そ、そんな』
突如として画面が激しい揺れと轟音に何度も襲われる。
『ひ、左舷ミサイル発射管にて爆破発生。ダメージコントロールにより誘爆は抑えられましたが、艦体に破孔発生……また、それによってエネルギー出力7%まで低下、及び慣性制御装置が機能停止しました』
『な……』
ここまで冷静に対処してきた彼も、今度ばかりは絶句する他なかった。
何しろ、最悪のタイミングで的確に着陸の手段を奪われたのだ。そして、この爆発が一体何故なのか、彼には予想がついていた。ついてしまっていた。
『ど、どうしてなんだ……おお神よ、一体何故我等にこの様な試練を与えたもうたのです……?』
『艦内生存者、残り三名……この場に居る我々だけです。艦長、一体どうすれば』
三名のうちの一人、男兵士は不安と絶望を隠せない。そうして彼に縋りつく。
『……総員、退艦だ』
『っ……しかしここで退艦したとして、本国との通信は出来ません。救助は絶望的です』
『本国とて我々がこの宙域に居るという事は知っているのだ。時間はかかるだろうが、必ず来る筈だ。レドラウズ大尉、ルミルス大尉両名は直ちに脱出ポッドに……ルミルス大尉?』
『ハーニャ、どうした……っ!?』
彼が男兵士、そして三名の最後の一人、これまで共に報告を続けていた女兵士の不審な様子に気付く。
ハーニャ、と呼ばれた彼女は非常事態だというのにも関わらず呆然と立ち尽くしている。そんな彼女に男兵士が近付き──その瞬間、彼女が彼へ拳銃を向けた。
タン、タン、と乾いた音。彼女の放った銃弾は男兵士──ではなく、彼の前に立ち塞がった老人の胸元に命中し、その彼が咄嗟に放った銃弾は彼女の拳銃を弾き飛ばした。
『か、艦長!?』
『ぐ……銃は持たせていなかった、筈なのだがな。一体何処から取り出した、ルミルス大尉?』
銃創を押さえながら尋ねる。だが彼女から明確な答えは返ってこず。
『……罪人を、処刑せよ』
ただそんな言葉を虚ろに呟くのみ。そして、ふと胸元に手を伸ばす。そこから取り出されたのは手榴弾だった。
彼女がそのピンを抜く──直前、再び銃声が鳴り響く。彼女の額に孔が空き、手榴弾は爆発する事なく放り出される。
『……すまない、ハーニャ』
老人が祈る様に目を伏せる。その額には脂汗が滲んでおり、また銃創からであろう血液が球となってふわりふわりと辺りを漂う。
『ハーニャ……っ、艦長! 早く逃げましょう!』
『……私はいい。レドラウズ大尉、お前だけで逃げろ』
『な、何故です!! その傷なら、治療すればまだ』
『このままでは本艦はあの大陸に落ちるだろう。本艦程の質量の物が直撃すれば地上は壊滅的な被害を受ける筈だ……私はここに残り、なんとか海に落下させる。その方がまだマシだろう』
老人は先程まで彼が座っていた席に戻る。
『レドラウズ大尉。速やかに本艦より脱出し、本国からの救助を待て。これは艦長命令だ』
『~~ッ、でも!』
『さっさと行かんか!』
ここまで見せる事のなかった怒声が飛ぶ。レドラウズは悔しそうに目を伏せ、やがて敬礼らしきポーズ──右拳を胸元に当てる──をし、その場から立ち去った。
『……そうだ、それでいい』
残された老人はそう呟き、ポケットからロケットペンダントを取り出し、開ける。そこには若い男女が一組写っている。
『すまないサーシャ、私はどうやら、帰れそうにない……』
そう言うとペンダントを仕舞い、操縦桿を握りつつ拳銃を取り出し、側頭部に当てる。
『そして……愛しているぞ……』
『レドラウズ……いや、レックス。我が、義息子よ──』
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