夜空の内奥
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"ディルメル・テレポート"。主に異世界から勇者達を召喚する為に使用されるこの魔法は、本来は"世界の壁"を越える為に開発された"如何なる障壁をも無視出来るテレポート魔法"である。
その代償は、テレポートする人数分の生贄。
今回、エリスフィーズの到着が遅れたのは生贄と術式を用意していたから。そして、到着した後に魔法を整え、対象───櫻井夜空のすぐ近くの座標を登録、発動させた。
彼女の手に握られていたのはとある短刀。"ベーレンディア"という銘が付けられたこれは魔剣であり、殺傷力こそ無いものの突き刺した相手の心の中へと所有者の精神を送り込む事が出来る物だ。彼女はそれを使い、櫻井夜空を我が物としようとしたのである。
勇者をも手玉に取るその力は、成程確かに彼女にはさぞかし魅力的に映っただろう。実際魔王ですら対抗出来ない程の力を誇るのだから、もし手中に収める事が出来れば人類の勝利は決定し、その時点で世界は彼女の物となっていた事だろう。
さて、今回の彼女は1つ、致命的なミスを犯した。
彼女は欲をかき過ぎたのだ。彼女は洗脳などしようとせず、ここで彼の喉を断っておくべきだったのだ。この千載一遇のチャンスで、彼女は彼を確実に殺しておくべきだった。
何しろ、彼は───
「……ここは?」
短刀を胸に刺した彼女は、気付けばその空間に居た。禁書による精神汚染をも防いだ精神防御プロトコルは、しかし魔剣によって直接侵入してきた彼女を拒む事は出来なかった。
彼女は周囲を見渡す。その光景は、到底彼女には理解出来ない物だった。
継ぎ目のない石畳、山よりも高い岩の塔、空を飛ぶ馬車。
彼女にとってあまりにも幻想的で───そして、彼のクラスメイト達が見ればあまりにも未来的な空間が、そこには広がっていた。
「こ、これは……一体……?」
彼女は酷く困惑した。これまで何度か同じ事をやってきたが、こんな事は初めてだったのだ。
普通の人間は───いや、魔族ですら、心の中というのは真っ白な空間に座り込む子供の頃の自分が居るだけ。否、その様に変えてから彼女は入るのだ。
だが、ここはどうだ? まるで1つの世界の様ではないか。
「ッ!!?」
ふと、世界にノイズが走り光景が変わる。
そこは黒い空間。だが暗黒という訳ではなく、無数の空飛ぶ船が光を撃ち合っている。色鮮やかな光の筋が通り、無数の煌めきが生まれていく。
一見すると美しい空間であるそこでは、しかし光の1つ1つの中で無数の生命が消えている。
そんな場所───宇宙で、彼女は独り浮いていた。
「な、な……ヒィっ!!?」
彼女のすぐ脇を光が通る。何も感じない筈なのに、何も受けない筈なのに、彼女はそれを受けると死ぬ、そう思った。
未知は恐怖だ。彼女は本来の目的すら忘れ、ただひたすらに恐怖していた。
また、世界にノイズが走る。
「……お、終わった、の……?」
薄暗い。パイプやモニター、そしてガラスポッドが無数に設置されたそんな空間に彼女は居た。
訳の分からない文字、訳の分からない器具。そこで彼女は、1つの人影を見つける。何処かで見た様な美しい銀髪。背丈からして女だろうか。
「あ、あの……」
光が灯された台に向かい続けるその背に彼女が話しかけようとした瞬間、再びノイズが走った。
そして、気付けば彼女は真っ白な空間に立っていた。見慣れた、心の中の空間。
「……」
彼女は警戒する。だが、何も起きない。ほっと胸を撫で下ろした彼女だが、そこで気付く。
「……居ない?」
誰も居ない。本来ならば幼い少年が座っていなければならないそこには、彼女しか存在していない。
全てがおかしい空間。一番見慣れて、そして一番異常である空間。それがそこだった。
「───困ったものだ、なあ少女よ」
「ッ!! 誰です!!」
ふと、そこで声を掛けられる。
跳ねる様に振り向くと、そこには1人の少女が立っていた。一瞬安堵しかけるが、その少女の頭部に湾曲した黒い角が生えているのを見て再び警戒レベルを引き上げる。
それは魔族であるという証拠だったからでもあるが、何よりも、彼女はその少女の事を知っていた。
「魔王……デルデオーラ……!!」
「その出で立ちから察するに、貴様は聖女エリスフィーズか。人類側の最終兵器とこんな場所で相まみえる事になろうとは思わなかったぞ」
「何故ここに……いえ、考えるまでもありませんね。つまり櫻井夜空は魔族側と───」
「残念だが、その答えは否だ。この男は魔族だとか人間だとかそんな器に囚われる様なモノではない……折角助けに来たというのに、これでは無意味だったな」
「な、何を……」
エリスフィーズは彼女の言っている意味が分からなかった。ここに魔王が居る、それが決定打となり櫻井夜空という男は魔の力に堕ちたのだと確信していたというのに、魔王の言動はそれを否定している。
一方のメイテルも飄々と振舞ってはいるものの内心かなり困惑していた。
彼女が夜空と別れる際に渡した懐中時計には2つの術式が仕込まれていた。1つは彼の精神に異物が侵入した際に彼女に知らせる物、もう1つは時計本体を起点として彼の精神内に彼女の精神を送り込むという物である。魔族と敵対する者が彼を手に入れないか、という警戒心とあわよくば自分が彼を手に入れたいという下心が交じり合ったこの贈り物は、前者の場面で役に立つ事となった。
そして侵入者を撃退すべく侵入した彼女を待ち受けていたのは───エリスフィーズが体験したそれと同じ物であった。
「この男を召喚したのは貴様なのだろう? 貴様の方が此奴についてよく知っているのではないか?」
「そ、れは……」
エリスフィーズは目を逸らす。彼女は彼の事を何も知らなかったからであり、それは彼を無能だと思い込み───少なくとも、覚醒するまではそうだった───意識的に排斥し続けたからなのだ。
その結果が今の状況である。
「……まあいい。何も出来ない以上ここで此奴について話していても仕方がないな。それに、あまり時間も無い様だ」
彼女がそう言うと、エリスフィーズは身構える。話をしない、それはつまり戦うという事だと思ったからだ。
だが、次に彼女の口から出て来た言葉はその予想を大きく覆す物だった。
「───魔界の雲は取り払われた。この男の手によって」
「───は?」
彼女は一瞬、何を言っているのか分からなかった。そしてその言葉の意味を理解した後、更に分からなくなった。
「だからこそ我等は軍を退いた。少なくとも我の目が黒い内は人間界には手を出さないと約束しよう」
「ま、待ちなさい! どういう意味ですか! 一体櫻井夜空は何を───」
「この男に感謝す……だな」
「ああ?」
「おっ……う時……様だ」
ザザ、とノイズが走る。メイテルの姿が揺れ、世界が消えていく。彼女の意識もそれに伴って消えていく。
「待ちなさ───」
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「マスター!!!!」
俺の胸に短刀が突き立てられ、ミズリが叫び発砲する。パン、と破裂音が鳴り響き、その張本人───エリスフィーズが横向きに倒れる。側頭部に焦げた孔が空き、眼は見開かれ、息は無い。彼女は完全に死んでいる様に見えた。
「え……」
「うそ……」
瞬間、その場が静寂に包まれる。あれ程激しく戦っていた達也と如月ですら動きを止め、ピクリとも動かない彼女に目を奪われていた。
誰も何も言えなかった。誰も何も出来なかった。ただ一人、ミズリ以外は。
「マスター、今応急処置を」
「……ああ」
止血剤を取り出し、短刀を丁寧に抜く。だが、痛み所か血も一滴も出ていない。だが、その違和感に言及する精神的な余裕は今の俺には無かった。
ミズリを責める事は出来ない。突然現れて刺してきた、撃つ理由には十分だ。
「……ぁ」
「「「!!?」」」
だが、そうやって意気消沈している所、動かぬ彼女の口から声が漏れる。
側頭部を撃たれたのだ、どう考えても即死である筈だった。
「……っ、!! こ、ここは」
彼女は目覚め、起き上がる。だがその額に再びミズリの銃口が突き付けられる。如何に傷が無いとはいえ、警戒するには十分だった。
「言え、マスターに何をした」
「な……あ、ああああ」
「言え、言わなければ撃つ」
一切怒りの表情を崩さないミズリに対し、エリスフィーズは何やら狼狽していた。それは自らに向けられた殺意に対してではなく───彼女の怯えた目は俺の顔に向けられていた。
「櫻井夜空……お前は、貴方は一体……ぎゃあっ!!?」
「次は左手だ。5秒以内に答えろ」
彼女が悲鳴を上げる。見ると、彼女の右掌に孔が空きそこから血が垂れていた。
ミズリは怒りの表情を崩さない。淡々と拷問を済ませているその様子は逆に恐怖を感じさせる。
「ま、魔剣ベーレンディアで貴方の精神に入りました!」
「……って事は、お前俺を操ろうとしたのか。そんな方法があったのか……」
ベーレンディア。座学で習ったのを覚えている。確かアレには殺傷力は無かった筈だ。俺は安堵した。
同時に俺の唯一の弱点も知る事となった。精神防御プロトコルがあった筈なのだがこういったケースには対応出来ないらしい。対応を強化しないとな……そう考えた所で、そういえば今の自分は何ともなっていないという事を思い出す。
「そうしようとしたのです! で、でも……貴方は一体何者なのですか!!」
「な、何者って……至って普通の男子高校生だが」
「そんな訳がありますか!!」
彼女の言っている事は要領を得ず、一体俺の中で何を見てきたのかすら分からない。それを言ってくれないと答えようにも出来ないのだが。
「もしかしてプロトコルは普通に動いてたのか? それでこうなった……?」
相手を錯乱させる様な何かを見せたのかもしれない。そうであれば優秀過ぎる機構なのだが。
「何故シールドの中に侵入出来た」
「"ディルメル・テレポート"を使いました……それならば貴方のすぐ近くにテレポートできると踏んで……そして、作戦は殆ど全て成功した」
彼女は尋問に次々と答えていく。本当に俺の中で何があったんだ。
助けて、そんな感情を乗せた視線を達也に送る。彼は呆然とした表情を無理矢理切り替え、剣を握り直して腰の位置から振りかぶる。エリスフィーズに集中していた如月はそれに対応する事が出来なかった。
「"ショックスラスト"!!」
「ッ!!?」
一閃。その強力な斬撃を彼は辛うじて剣で受け止めたものの、その身体は凄まじい速度で後方に吹き飛ばされ、そこにあった壁を突き破り外に落ちていく。普通の人間なら死ぬが勇者ならば大丈夫だろう。
「夜空君!! 行こう!!」
「あ、ああ!! ミズリ、イリィ、行くぞ!!」
「は、はいなのです!」
「……了解しました」
その隙に俺はバイクを取り出し、イリィとミズリを引き込んで走り出す。最後に大技を出して肩で息をする達也を乗せ、城の中を爆走する。他の奴等は追いかけてはこなかった。
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