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一時の安寧

「何がいい?」

「何でもいけるの?」

「ああ。和洋中、何でもいけるぞ」

「じゃあ……天ぷらうどんで」

「俺もそれにしよう」


 自動調理器に音声入力。一分後、2つの天ぷらうどんが排出される。勿論温かく、うどんにはコシがあり天ぷらはサクサクだ。

 湯気が上るそれを見る達也の目は、この世の物ではない物を見るような物だった。まあうどんなんてこの世界には存在しないだろうし無理もない。


「……美味い」

「だろ?」


 ずる、と麺を啜る。瞬間、彼の口からこぼれたのはそんな言葉。

 久しぶりに使うせいで少し変な持ち方になっている箸を必死に動かしながら麺を啜り、天ぷらを食べる。手は止まらず、俺が半分も食べないうちに完食した。


「ごちそうさまでした」

「……」

「……? 何か顔に付いてるか?」

「いや、夢じゃないんだな、って」

「?」


 そんな顔を見て俺はしみじみとそう考える。

 死んだと聞かされ、絶望した。死者蘇生の方法が見つからず、絶望した。毎晩毎晩悪夢に魘され、何度自死を考えたか分からない。

 だが───こうして今、俺達は1つの机で同じ物を食べている。

 随分と雰囲気は変わった。姿形、口調だって変わっている。だが、ここに居るのは確実に俺が探し求めた"斉藤達也"だった。それが何よりも嬉しくて、夢ではない事を恐れている。


「そ、そうだ。さあ聞かせてくれ、この明らかにファンタジー世界にあっちゃいけない代物の事を」

「そうだな。まず何から話そうか……」


 そうして、俺は全てを話した。

 達也が死んだと聞かされた後の事。殺されかけ、スキルが覚醒した事。そのスキルが"宇宙戦艦"だった事。死者蘇生の方法を探し、死者との交信をする為に魔王に会いに行った事。その見返りに魔界の雲を消した事。松本先生が生きていた事。そして───今、こうして会えた事。

 それらを聞き終えた彼は、情報の暴力によってパンク寸前といった様子だった。


「ま、まあ松本先生が無事だったのはよかった」

「そうだな。それにあの人に会えた事で日本に帰る目途も立った訳だし」

「……!? 帰れるのか?」

「ああ」


 同じ世界の中で移動しただけなのならば、この広い宇宙の何処かに俺達が住んでいた地球があるという事だ。

 そして、これは宇宙戦艦である。


「ワープ出来るからな。後は地球の場所さえ分かればいい」

「どうやって見つけるんだ?」

「それは……頑張る」

「頑張るって……」


 彼が呆れた様な顔をする。

 実際"分かればいい"と簡単に言うがそれが最も難しいのである。現状観測出来る限りの位置には存在せず、また天の川銀河などの既知の銀河や星雲すらも見つかっていないのだ。

 と、なるとそれら星々の光が届かない程の位置に今居るという事になる。例えば、天の川銀河が生まれてから大体100億年は経っている。その光が届かないという事は、少なくとも100億光年は離れているという事になる。訳が分からないよ。


「そ、それは……帰れるのか?」

「諦めなければ何だって成し遂げられる! 現に今俺はお前を見つけてるんだしな」

「まあそれは……そうだけど」


 一応イルミスで分からなかった場合の代替案は用意してある。

 以前の観測でこの宇宙には幾つかの知的生命体が存在する事が分かっており、それを頼りにするという物だ。そこまで詳しく調査をした訳ではないのでそもそも宇宙に進出出来ているレベルなのかどうかも不明ではあるが、まあそこは追々考えるという事で。


「達也は何か心当たりとか無いか?」

「心当たり、と言われても……」


 彼は口ごもる。まあ突然聞いても知っている筈がないか。


「ま、ゆっくり考えていこう。最悪魔法に頼る事も考えてるし」

「魔法……それはちょっと、やめておいた方がいいかな」

「?」

「さっき倒した天使が言ってた事なんだけど、魔力を使う行動は全て天使や神が把握してるらしいから。神敵に認定された夜空君だと変な細工をされかねない」

「マジか」


 厄介な敵を倒してしまったものだ。うん、まあ元々頼る選択肢は取るつもりは無かったしノーダメージだと思う事にしよう。

 所で今はそんな事よりも。


「達也、口調戻ってきたな」

「え、そうかな……確かに」

「さっきまで結構殺伐とした感じだったんだけどな。今は違う」


 元の柔らかで穏やかな雰囲気に戻りつつある。きっと天ぷらうどんという故郷の味が効いたのだろう。

 イルミスの人間界の食事ですら日本のそれとはかけ離れている。それよりも更に離れ、また劣悪な魔界に住んでいたのだからその味はよく効いた筈だ。

 ハハハ、と俺が笑っていると、ふと彼が顔を曇らせる。


「……ごめん。僕のせいで夜空君に迷惑が」

「いや、元々魔法に頼らず帰る方法を見つけるつもりだったからな。大して変わらんよ」

「ッ、でも」

「お前を助けたのは俺の意思だ。奴を倒すと決めたのもな」


 彼の顔の曇りは晴れない。魔界の雲は晴らす事が出来たのに、目の前の人間1人晴らす事も出来やしない。

 まあ、こればかりは本人の気持ちの問題なのだ。正直、俺が何を言っても彼はその心を沈めていくだけだろう。時間経過で癒していく他ないのだろう。


 その後も俺達は話していた。今度は達也の境遇についてだ。

 彼が魔界にテレポートしてからの事。結構重い話ではあったが、スナック菓子を食べながら話す事で何とか空気が沈みまくるのだけは回避した。サク、パリ、という心地良い音は心にすっと効くのである。


『マスター、まもなく治療が完了します』


 そんな話をしていたらいつの間にか二時間経っていたらしく、イリィの様子を見ていたミズリから通信が入る。

 そうして俺達は医務室に移動し、そこで回復したイリィと再会する事になった。達也にとっては数時間ぶりの、俺にとっては初めての。


「あるじー!!」

「イリィ……! 取り敢えず服を着なさい」


 中に入るやいなやイリィが全裸で達也に抱き着いてくる。彼はその元気な姿に喜びつつ、服が置いてある机の隣に下ろした。

 だが、彼女は服に手を付けようとしない。


「でもこれ、イリィのじゃないのです」

「それはそこのミズリさんが用意してくれたんだよ」

「ご安心下さい、イリィ様。人体に有害な物質は含まれておりません」

「だそうだから、安心して着ていいよ」

「むー……」


 彼女は警戒しながらも身につけていく。最初は顰めっ面だったのが、着ていくにつれて驚いた様な物へと変わっていく。


「すべすべでやわらかいのです! きもちいいのです〜」


 ふにゃり、と表情が緩む。

 まあ、彼女が元々着ていたのは質の悪い布を粗雑に縫い合わせた───魔界の環境を考えればそれが標準である───物。対して今着ているのは彼女を治療した際に得たデータをもとに工場で生産した物だ。

 限りなく天然に近い人工綿でしっかりとサイズに会わせて作られたそれは、恐らく現代日本の服と比べても遥かに質の良い物だろう。


「あるじはきがえないのです?」

「え? ……あ、忘れてた」

「話に夢中になり過ぎてたな……取り敢えず治療するか?」


 イリィの指摘で、達也の服が血塗れで胸元には穴が空き、四肢の部分は無いノースリーブ状態になっている事に今更気が付く。

 よく考えてみれば、彼の身体もかなり傷付いていた筈だ。普通に話していたので気付かなかったが……それについて言うと、彼は答える。


「傷は僕のスキルで"接着"したから大丈夫だよ」

「便利だな、それ……でも一応入っとけ。身体も汚れてる事だしな」

「じゃあお言葉に甘えて……イリィの事、頼むよ」

「任せとけ」

「多分お腹空いてると思うから何か……あ、でもイリィはガッツリした食事には慣れてないから最初はさっぱりとした物から……あとあんまり無闇矢鱈に」

「お前はオカンか。はよ脱いで入れ」


 まるで母親の様な事を言う達也。まあ事実上の親の様な物なのだろうから気持ちは分かるが。

 そんか彼を半ば無理矢理ポッドに入れ、スイッチを入れる。治療終了までは約30分だ。

 その場に残されたのはミズリ、俺、そしてイリィの3人だけ。俺はポッドを不安げに見つめるイリィに向き、励ますように言う。


「……じゃあイリィちゃん、何か食べようか」

「あるじはだいじょうぶなのです? しんぱいなのです……」

「達也は寝てるだけだよ。30分経てば傷も全部治ってる。それよりも……」

「?」


 俺は手元にある物を生成する。それは揚げたてのドーナツであり、きつね色のそれは表面にザラメがかけられ、微かに湯気が上っている。

 食堂で生成させた物も備品扱いになり、手元に出現させる事が可能なのだ。そんな仕組みなど知らない彼女からしてみれば、俺が何かの魔法で作った様にしか見えないだろう。

 さて、揚げたて特有の香ばしくも甘い匂いが彼女の鼻腔を突く。瞬間、鳴り響くは腹の音。


「そ、それは……なんなのです?」

「これはドーナツっていうお菓子さ。食べた事ないかい?」

「ないのです、おいしそうなのです……!」


 開けられた口からポタポタと涎が落ちる。輝かせた目はドーナツを捉えて離さない。

 彼女はそれに手を伸ばし───かけて、何かに気付いた様に引っ込める。


「だ、だめなのです! あるじにしらないものはたべちゃダメっていわれてるのです!」

「知らない物じゃないさ。今俺が言っただろう? これはドーナツ、とても甘いお菓子だよ」

「う……で、でも……」

「今達也は寝てる。グッスリと。ちょっとくらい食べても分からないさ」

「うー……ちょ、ちょっとだけなのです」


 彼女が俺の手からドーナツを受け取り、齧る。


「〜〜〜っ!!」


 瞬間、彼女の目が見開かれる。一瞬不味かったのかと身構えたが、杞憂だった。


「あ、あまいのです! おいしいのです!」


 そう言い、ガツガツと食べていく。あっという間にそれは無くなった。

 手に付いたザラメやカスをぺろぺろと舐め取り、油が染みた包み紙を愛おしそうに見る彼女。そんな所に俺はもう1つのドーナツを差し出した。

 今度はストロベリーチョコレートが塗られた物である。


「へ? い、いいのです?」

「ああ。どんどん食べるといいさ」

「じゃ、じゃあもう1つだけ……あまいのです!!」


 その良すぎる食いつきに思わず俺も嬉しくなる。いやはや、美味しそうに食べ頬を緩ませる幼女の顔からしかとれない栄養素という物は本当にあるのかもしれない。

 少なくとも俺は非常に癒されていた。そんなだからもう1つ、またもう1つと多種多様なお菓子をあげてしまい、彼女も貰えば貰う程食べていく。食べ盛りとは恐ろしいものだ。

 嗚呼、俺は今初めて理解した。孫にお菓子をあげまくる祖父母の気持ちを。夕食前だから食べさせないでと親に言われているにも関わらず個包装の湿ったドーナツやら謎ゼリーやらラムネやらをあげてしまう彼らの気持ちを!


 結果。


「ガッツリと食べさせないでって言ったよね?」

「いや、あまりに美味しそうに食べるものだからつい……」

「ごめんなさいなのです……」


 気付けば起きていた達也によって俺達2人は大目玉を食らってしまう事になるのだった。

高評価、ブックマークはモチベに繋がるのでよろしくお願いします

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