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杭打ち

 さて、プロセスを記した紙をデルデオーラに渡して住民の移動を頼んだ俺は、宇宙空間でミズーリの艦橋に座っていた。

 青い惑星がどんどん近付いてくる。イルミスが属する恒星系の第四惑星、ワーリアだ。あの青は水ではなく、地表を覆う特殊なアオカビによる物らしい。


 俺の目的地はあそこではない。あそこより更に先にある大量の小惑星───アステロイドベルトだ。我らが太陽系にも存在するそれが、この恒星系にもあったのである。俺は今、地表に設置する"山"を調達する為にそこに向かって航行していた。

 かつて地球から発射された無人探査機が火星まで辿り着くのに、約数カ月から数年がかかったらしい。だが、ミズーリはそれよりも更に遠い距離を僅か数十分で踏破してしまった。改めてこの宇宙戦艦のオーバーテクノロジーさを思い知らされる。


「綺麗だな……」


 今、俺は猛烈に感動していた。

 何処かの社長が宇宙旅行に行ったというニュースを聞き、いつか行ってみたいという気持ちとしかし絶対に無理だろうという気持ちの両方があったのだ。

 だが今、俺は宇宙に居て、しかも地球の誰も辿り着いた事のない未知の空間を飛んでいる。宇宙自体にはこれまでも居たが、こうして星から離れた場所を動いていると徐々にその実感が湧いてきたのだ。


 そんな感情に耽っていたからこそ、気付けばアステロイドベルトに到着していた。

 ジャガイモの様な形をした岩塊が大量に浮いている。SF物では何度も見た光景を生で見られているという事実にまたも感動する。あ、やばい涙出て来た。


「い、良い感じの小惑星を幾つかピックアップしてくれ」

「了解しました」


 しかしいつまでも泣いていてはいけない。俺にはやるべき事があるのである。

 "山"に最適な物を選定する様ミズリに頼み、その間俺は小惑星を運ぶための装置───重力アンカーの準備を進めておく。

 これは小さな杭の様な形をした装置であり、撃ち込んだ物を重力制御で自由に動かす事が出来る様になるのだ。今回の作戦の要になる装置である。


「選定完了しました」

「よし。発射用意───撃て!」


 俺がボタンを押すと、艦首の魚雷発射管から数本のロケットが発射される。それはある程度進んだ所で破裂し、内部から幾つかの杭の様な物がばらまかれる。

 それらは吸い込まれる様にそれぞれにセットされた目標に向かって飛んでいき、やがて突き刺さる。外れた物は1つも無かった。


「重力アンカー、作動」

「重力制御装置へエネルギー送信。重力アンカー作動します」


 瞬間、ガクンと艦が揺れる。


「各アンカーとの同期完了。装置は正常に作動中です」

「ふう……取り敢えず第一段階はクリア、か」


 小惑星がミズーリの周囲を取り巻く様に、リング状に浮遊する。それは艦が進むのと同期して同じ様に同じ速度で進んでいく。この様子ならば無事に持っていけそうだった。


 かくして、俺は作戦の第一段階───魔界各地に設置する"山"の運搬を完了させた。


───────


───私は一体、何と契約してしまったのだろう。


 空中からゆっくりと降下し、今まさに地上に突き刺さらんとする巨大な岩塊を見ながらそんな事を考える。周囲を見れば、屈強な部下が、か弱き民が、皆が呆然とその様子を見つめていた。

 雲を割り、地上に降りる大地。そんな神の如き所業が今、たった二人の人間によって為されようとしている。例え誰かが反感を抱き止めようとした所でアレを止められる者など地上の何処にも存在しないだろう。私ですら、不可能だ。


「ま、魔王様……」

「……安心しろ。何が起こったとしても我が必ずお前達を守る」


 無責任な放言だ。この私───大魔王デルデオーラの血を引く私だからこそ信じる……いや、信じさせる甘い嘘。私が最強だという、甘美な虚実。

 彼らが私を見つめる瞳には、妄信の中に不安が混じっていた。最早そんな幻想ですら惑わせなくなる程の事実を叩きつけられたのだ。


 かつて"厄災の魔女"はこの世界を二分した。それは魔族と人間、相容れる事のない種族を隔てて争いを無くす為。だが、彼女は1つ見誤った。隔たれた後、魔界は徐々に分厚く晴れない雲に覆われ始めたのだ。これまで当たり前に享受していた陽光が射さなくなった時、皆はどれ程絶望しただろう。

 そんな中で台頭したのが大魔王ベーレンディア・フォル・デルデオーラ。彼は種族間での争いが絶えなかった魔族を統一し、そして世界の壁の破壊を試みたのだ。それは半ば成功し、今では"世界の門"と呼ばれる孔が作られ───しかし、結界その物を破壊する事は出来なかった。

 果たして、大魔王は太陽を取り戻す事は出来なかった。

 突如人間界に現れた"勇者"によって彼は斃され、偉大なる英傑を失った魔界は再び暗黒の世を行く事になってしまったのだ───


 これが魔界に伝わる伝承。結局敗れてしまったが、一度魔族を取り纏めて人間界へ侵攻しある程度までは成功させた大魔王は今でも魔族達は崇めている───そして、私も。

 彼らは一体、どちらなのだろうか。


 ズズン、と大地が震動する。砂煙が立ち上り、死んだ平野に杭が打ち込まれる。奴曰く、雲を取り払う為の、楔。その様子を見ていると、如何に私が無力であるかを思い知らされる。

 だが───


「───目を逸らす訳にはいかない」


 これは私の選択だ。私が未来永劫背負っていかなければならない、変化。


 かくして、その日。

 魔界に8つの杭が打ち込まれた。


───────


「取り敢えずこれで作戦完了、か。あとは計算通りに雲が晴れてくれるのを待つだけだな」


 8つ目の小惑星を設置した俺は再び魔王城を訪れていた。玉座の間でまた座り、出された紫色の茶を啜る。意外と美味い。


「……」

「でさ、デルデオーラ。お前に頼みたい事があるんだけど」


 先程から前で口を閉ざす彼女に俺は話しかける。作業が終わり、再会した時からずっとこんな様子だった。

 まあ彼女にも何か思うところはあるのだろう。一先ず俺は本題を切りだす。


「探してほしい人間がいるんだ」

「……探してほしい人間、だと?」

「ああ」


 どうして人間の事を自分に頼むのだ、と言いたげな表情の彼女に対して俺は言葉を続ける。


「そいつを追ってたらこの魔界に来てるって分かったんだよ。あ、これが写真。姓は斉藤、名は達也。背丈は俺より少し低いくらいの男だ」

「何故来たと分かった?」

「人間界にあるとあるダンジョンのテレポート罠が作動した痕跡を見つけてな。それが大体一週間前の話で、テレポート先は……ここだ」


 俺は地図上で、例の神殿がある位置を指差す。すると写真が出現し、その建物の全容が映し出される。

 それを見た彼女は少し目を見開いた。


「ここは……」

「何か知ってるのか?」

「大魔王様が御造りになられた実験施設だ。"世界の壁"をテレポートで越える為の───結局、発動させるコストが異常に高まってしまった為に計画は凍結されたが……それが発動したのか?」


 成程、あれはそういう施設だったのか。確かに2つの世界間を行き来する方法を他に探すのは当然の事だ。となると、あの異常に広いダンジョンも大魔王が造った物なのだろうか? まだまだ謎が絶えない世界である。

 それはともかく、彼女に「ガイアドラゴンを倒したら発動した」と伝える。


「モンスターを倒した際に放出される魔力が流れ込んだのか……? まあ、分かった」

「おお! ありがとう、助かるよ」

「……まあ、本当に雲が消えるのならばお前は魔界の救世主だ。対価が死者交信だけでは釣り合わん」


 義理堅い性格をしているものだ。

 と、そこで彼女の顔が明るくなる。比喩ではなく物理的に。彼女は思わず目を眩ませる。


「ん……眩しいな……ん?」


 瞬間、ガタリと勢いよく立ち上がった彼女は壁の穴へと駆けていく。


「こ、これは……」

「お、もう効果が出て来たのか」


 それは光だ。魔法で灯す物よりもずっと明るく、そして暖かい。

 そんな光が壁の穴から室内へと降り注いでいる。


「まさか、そんな……」


 彼女は額にシワを作りながら空を見上げる。機嫌が悪いわけではない、寧ろ彼女の目尻には涙が溜まっていた。

 雲が割れ、そこから暖かな光が降り注いでいる。その景色は、魔界では二度と見られないと思っていた物───陽光が、大地を照らしていた。


「ま、魔王様!! 雲が……」

「ああ、ああ……見えている」


 ドタドタドタと騒がしい音を立ててオーガの男───レックスが部屋の中に入ってくる。彼は息を切らし、信じられない様な物を見たという表情をしており───そして、目の前に広がるその光景を見て表情を緩ませた。


 その日、魔界は2000年ぶりに太陽を見る事が出来たのだ。

 城下町では突然感じた"眩しい"という感覚に戸惑い、そして空を見上げては硬直する。日光を初めて見た者などはその場に膝をつき、感動のあまり泣いてしまっている。

 あれは何、子供が問う。あれは太陽だと親が答える。極々稀に雲の切れ目から見える太陽を見たことのある老人が、再び見られた事に涙を流す。


 死の大地に今、生の光が灯された。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 艦首にタキオン砲を備えてたり艦載機の名前だったり 某有名アニメのオマージュらしき部分がちらほらとあったけど、 今回はアステロイドシップ計画っぽい? まったく関係ないけど、私はエビの名…
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