魔王との交渉
さて、そんな新たな力を確認した俺は荒野に降り立ち、反重力箒で一路魔王城へと向かっていた。
今度は空からではなく低空からの訪問である。流石に二度も結界を壊す訳にはいかないし、また今度は真正面から行っても通してくれるだろう。通してもらえなければまた壊すだけだ。
魔王城、城下町。石造りの建物が並ぶそこは、ハルメスに比べれば華やかさも建物の数も遥かに劣っている。
そんな町をローブを深く被って歩いていく。
様々な種族が入り乱れる町は活気み満ちている。市場には貴金属や生鮮食品が並んでおり、この死んだ土地からしてみればかなり浮いている物が多く売られている。
そして、持ち込まれた"食品"は俺が思っている様な物だけではなかった。
「……あ」
俺の視線の先にある屋台に吊り下げられているのは全裸の人間だった。男と女で分け、足を括られて吊り下げられている。その肌には全く血の気が無く、ミズリに聞いても生命反応は感じられなかった。
「おじさん、良いのある?」
「坊主、これなんかお得だぞ」
目の前で人狼の子供がまるでお使いで八百屋の店主に話しかける様な口ぶりで人間の死体を買おうとしている。
いや、実際にそうなのだろう。魔族という種族の中には人肉を食う種族も居るのだ。それは分かるのだが。
「うっ……」
「マスター、大丈夫ですか」
思わず目を逸らす。口元を押さえ、その場に蹲る。胃酸が喉までこみあげてくる。
繰り広げられるあまりにも非日常的な日常光景を目の当たりにし、俺の脳は理解を拒んでしまっていた。
「お、おいアンタ、大丈夫か?」
隣から声を掛けられる。見ると、先程の店主が不安げな表情でこちらを見つめていた。
その瞳に映っているのは純粋な心配だ。そこに悪意など一欠けらも混じっていない───先程、子供と話していた時の様に。
「ッ……!!」
「あ、おい!……行っちまった」
俺は耐えきれず、気付けばその場から走り去っていた
「マスター、大丈夫ですか」
「あ、ああ……早く城に行こう」
いつの間にか追いついていたミズリが尋ねてくる。無機質な声だ。
俺は少し垂れた胃酸を拭い、城に向けて歩き出す。叩きつけられた衝撃は、しばらく消えそうになかった。
そんな事もありつつ、俺は極めて順調に城門まで辿り着いていた。ローブを被っただけの簡単な変装だったが意外とバレないものなのだな、そう思いつつ俺は衛兵に話しかける。
「すいません」
「ん? 何だ?」
結界は張り直され、しかし破壊された箇所は未だ修復途中。そんな城を警備するリザードマンの兵士は話しかけた俺に最初は少しの困惑を見せ、次の瞬間には表情を強張らせる。
「な、何故人間が」
「デルデオーラに伝えて下さい、約束を果たしにきたと」
「なっ、に、人間如きが魔王様を呼び捨てにするな! 今ここで殺して───」
そうして、彼が振り上げたその槍は───されど、振り下ろされる事はなく。
それは何者かによって背後から掴まれていた。
「止めろ。その者は我が客人だ」
その者───魔王デルデオーラはそう言いながら俺の方を睨みつけてくる。
「な───ま、魔王様!?」
「仕事ご苦労。引き続き警備を頼む」
「は、はい!」
衛兵は突然の魔王の来訪に驚き、そして直々に声を掛けられた事に歓喜する。同時にこうも思った筈だ───何故人間が客人なのだろう、と。もしも今目の前に居る男が魔王城崩壊の犯人だと知れば一体どんな顔をするだろうか。
それはともかく、彼女は俺について来る様指図する。それに大人しく従い、城の中、誰も居ない廊下に来た所で彼女はようやく口を開いた。
「今度は正面から来たのだな」
「ああ、そう何度も騒がせても迷惑だろ?」
「その心持ちを最初から持っていてくれればここまで騒ぎにはならなかったのだがな」
どうやらあの後町でも一悶着あったらしい。それも当然だろう、何しろ完全無敵だと思われていた城の結界が破壊され、城の顔たる天守までもが破壊され、極め付けに地平線の彼方で巨大な爆発が起こったのだから。
だが、その騒ぎは彼女が収めたらしい。破壊した犯人は自分の力に慄き、逃げ去っていったと。それを聞いた民衆は安堵し俺が見た様な活気溢れる日常に戻ったのだ。この短期間でそれが為せるというのはやはり彼女のカリスマ故にだろうか。
「で、約束とは何だ」
「言ったろ? 出来る範囲の事ならば何でもやるって」
「……ああ、そういえばそんな事を言っていたな。災害が過ぎ去った事の安堵から忘れていた」
「はは、災害って」
「自覚は無いのか?」
まあ突然現れて結界と城を壊し、地平線の彼方に巨大なキノコ雲を作るのだ。確かに災害そのものである。
「だが頼みといっても、貴様は人間界への侵攻は手伝わないのだろう?」
「ああ」
「なら突然願いを言えと言われても答えられん」
彼女は俺の事をまだ測っているのだろう。どこまで信用していいのか、そもそもどれだけの力があるのか。破壊は出来ても創造は出来るのか───
ならば、こちらから提案してみよう。
「ミズリ、この雲の原因は何だと思う?」
「世界の壁による無理矢理な気流の操作です」
「それを崩さない前提で、この雲を消す方法はあるか?」
「おい、貴様何を言って───」
突然傍らに控える女に話しかけた俺に、彼女は困惑する。
「あります」
「よし。そういう事だ、デルデオーラ」
「はあ?」
彼女は額にシワを作り、怪訝な表情を浮かべる。
俺はそれに構わず、恐らく魔界の人々が最も望んでいるであろう現象を───同時に、絶対に不可能だと確信しているであろう願望を彼女に提案する。
「俺達がこの世界を覆う雲を消す」
「───は?」
彼女は、俺のその言葉が飲み込めなかったのだろう。そんな間抜けな声を上げ、ただ俺の事を睨んでくるのみ。
「雲を消して陽光の恵みを誰でもいつでも受け取れる様にする。だからお前達は人間界から手を引いてく───」
次の瞬間、俺は彼女に首元を掴まれ、持ち上げられていた。ミズリが発砲しようとするのを手で止めさせ、俺は素直に彼女の顔を見つめる。
彼女は憎悪に満ちた表情をしていた。同時に嘲笑も。それは半分は俺に、もう半分は別の場所───彼女自身に向けられている様にも見えた。
首が締まる。苦しいが死ぬ程ではない。
「ハハハ、ハハハハハ!! やはりそうか! 要するに貴様も人間だという訳だ!」
「ああ、そうだが」
「少しでも期待した我が愚かだった! なあ櫻井夜空、貴様は結局、我等に軍を退かせその間に人間の軍備を整えさせる心積もりなのだろう? 世界の門から一度撤退してしまえば再侵攻は困難になるからな! "雲を消してやるから先に軍を退け"とでも言うつもりだったか?」
徐々に首にかかる力が強まっていく。ミシミシと骨が悲鳴を上げ、意識が次第に遠のいていく。それに伴いミズリの目も見開いていく。俺に止められているとはいえ、スキル主が死のうとしているのには危機感を持つのだろうか。
俺は絞り出す様に言った。
「俺……は、この……世界のこ……なんか……どうで……もいい……」
「……」
「だ……が……」
と、そこでミズリが動いた。引き金が引かれショックガンが彼女に当たる。僅かに力が弱まり俺は地面に投げ出されるが、しかしデルデオーラは僅かによろめいただけで気絶はしていなかった。
彼女はこちらを睨み付け、再び首を絞めようとする。その直前、彼女の額に銃口が突き付けられる。俺がゲリエドラグーンを取り出したのだ。彼女はこれに2回撃たれている、その脅威は身をもって理解している事だろう。
「貴様がそれを引くよりも我が殺す方が速いぞ」
「ま、そうだな。でも彼女は手強いぞ」
俺はデルデオーラの更に背後で銃を突き付けるミズリに視線を向けた。銃のモードはショックモードではなく通常モード、即ち、命中すれば死ぬ。
「これから先貴様の甘言に乗る愚か者が現れぬ様、ここで我が命に代えてでも殺しておく方が魔界にとっては良き行動であるだろうな」
「お前が思うんだったらそうなんだろうが、そうすれば魔界は永遠に陽の目を見られないだろうよ」
俺はそう言い、銃を落とす。彼女は警戒を緩めず、しかし微かだが動揺が見えた。
「まあ、取り敢えず話を聞かないか? それにほら、俺が本気で人間界を守りたいんだったらこの前のビームでここを丸ごと吹き飛ばせばいいだけの話だろ? わざわざこうして生身を晒す必要もない……今の俺は、ある意味では人質なんだよ。ここを攻撃に晒さない、な?」
「……」
説得。言っている事は理にかなっていると彼女も分かっているだろう。いや、最初から分かっていただろう。その上であの様な行動に出た。
「……本当に、雲を消せるのか」
「ああ。ミズリが言うのなら本当さ」
「……」
彼女のその言葉は、心の奥底から絞り出された物だった。
「……話を、聴こう」
まるで悪魔と契約しようとしているのかといわんばかりに歯を嚙み締めている。まあ気持ちは分かるが。
「ミズリ、説明を……あー、場所変えるか。流石にこんな廊下でやる話じゃないよな」
「……ああ」
呟く様にそう言った彼女はフラリと立ち上がり、歩き出す。
到着したそこは俺が派手に破壊した最上階の部屋。彼女曰く玉座の間であるらしいここは未だ壁の大穴で開放的な空間のままだった。ままだった、と他人事の様に言ったが下手人は俺自身である。
そこに並べられた椅子に座り、俺達は机を挟んで向き合った。
「ミズリ、説明してくれ」
「了解しました」
そう言い、彼女は机の上に地図を投影した。そのあまりにも精巧な出来に彼女は驚き目を見開く。
「これは……」
「これは魔界の地図、我々の現在地はここ、北緯36.002度、西経81.017度の地点に居ます」
「ほくい……?」
「ああ、あまり気にしなくていいぞ」
聞き慣れない単語に彼女は首を傾げる。そんな彼女を放置し、ミズリは話を続けていく。
「魔界のほぼ全面を覆う雲の原因は魔界と人間界を隔てるシールド───世界の壁が原因だと思われます。これが気流を遮断し、尚且つ恐らく人為的に発生させられているであろう乱気流によって正常な気候変動を阻害し、結果として雲が留まる様になっているのです」
「ふ、ふむ……」
「最も容易な解決方法としては世界の壁を破壊する事ですが───」
彼女はこちらを向く。
「あー、それは止めといた方がいい。まあなんだ、人間と魔族の間には埋められない溝があるからな」
それを俺は先程思い知った。
人間の人種なんて些細な物ではない。もっと根本的なモノが魔族と人間では違うのだ。きっとこれは永遠に解決されず、無視して融和を進めたとしてもどこかで必ず破綻する事だろう。
……きっと、世界の壁を作った"誰か"も同じ事を考えたのだ。だが、僅かな可能性を諦めたくはなかったのかもしれない。その思いの表れが世界の門なのだろう。結局は破綻してしまった訳だが。
「───ですので、それを除外した際に考えられる解決方法としては、魔界各地に現在の異常な気流を変化させられる様な物体を設置するという物です」
「具体的な位置は?」
「それはより詳細なデータを得る必要があります。既に観測衛星を発進させており、あと僅かで……調査結果が出ました」
地図の様々な箇所に赤い印の様な物が現れる。
「この位置にそれぞれ指定された質量、大きさの物体を設置する事で気流が変化し、99.98%で魔界総面積の68.441%の箇所の雲を48時間以内に現在の32.112%にまで減少させる事が可能です」
「よし、それで行こう。プロセスを纏めて印刷してくれ。あ、魔界の言語でな」
「了解しました」
「ちょ、ちょっと待て! 何を言っているのかさっぱり分からん!」
二人だけで話を進めていた俺達の間にデルデオーラが入ってくる。
「まあ要するに……」
俺は先んじて作られたプロセスを見て言う。
「この赤い印の場所に山を造れば雲は減る」
「───は? 何を、言っている。貴様は私を愚弄しているのか?」
まあ当然だろう。いきなり山を"造る"など、誰が聞いても発言者の正気を疑うに違いない。多分俺も疑うし、数値を見た時は実際目を疑った。
そこに記されていた"物体"の大きさは、最も小さい物でも高さ1,200m、大きい物では3,000m以上であったのだから。山を造る、という言葉以外でどうやって形容すればいいのか分からない。
「あてはある。多分すぐに用意出来るから、お前はこの対象地区に居る住民達を移動させてくれ」
「あて、だと。一体何処から持ってくるつもりだ……?」
「そりゃ勿論───」
俺は人差し指を上に向けた。
「───宇宙だよ」
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