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2 私の事情 ②

 それは今から二年前の寒い冬の出来事だった――


 この日は朝からチラチラと雪が降っていた。



 私の朝の日課は学校へ登校する前に母に挨拶をすることだった。今朝も母の部屋に顔を出すと、母は窓から外を眺めていた。


「お母様、今日は朝から雪が降っているわ。寒いから私が学校から帰って来るまでは絶対に外に出たりしないでね」


「ゆ……き…‥? これ、ゆ、き……?」


母は私を振り返ることなく、空から降って来る雪を指さしている。


「ええ、そうよ。お母様、あれは雪というの」


背後からそっと母の両肩に手を置く。母の身体はまるで骨と皮のようにやせ細っている。


「どうしても雪が見たいのであれば、学校から帰宅したら私が連れ添って庭に出あげる。だから絶対にそれまではお部屋でおとなしくしていてね?」


まるで子供をあやすかのように、母の頭に手を置いて撫でてあげると嬉しそうに笑みを浮かべる母。その無邪気な笑顔は本当に子供のようだ。

今日は薬が効いているのかいつもよりも穏やかな母をみることができて良かった。


「それではお母様、学校へ行ってきます。雪は後で私と一緒に見ましょう?」


そして私は母を残して、学校へ行った。


それが……生きている母との最後の別れになるとも知らず――




****



 学校から帰宅すると、屋敷の中が騒がしかった。使用人たちはバタバタと走り回り、ただ事ではない雰囲気だった。


「ただいま。一体何があったの?」


丁度近くにいたメイドに声を掛けると、彼女は真っ青になった。


「お嬢様! た、大変でございます! 奥様が……ルクレチア様が……!」


「お母様がどうしたの!」


そして私は青ざめたメイドからとんでもない言葉を聞かされた――




「お母様!」


ノックもせずに扉を開けて部屋に飛び込むと、そこにはベッドに横たわり、白い布を掛けられた母の姿があった。


お母様の側には父がベッドの傍らに椅子を寄せて座っていた。周りには他に白衣を着たドクターに十名程の使用人たちの姿もある。


「レティシア……ルクレチアが……亡くなった」


淡々と告げる父の言葉はまるで単なる連絡事項の報告をしているかのようだった。


「お母様……」


震えながらベッドに近付き、顔を覆っている白い布を外すと、まるで眠っているかのような表情を浮かべていた。


「ルクレチアは、薄着のまま庭に出て……ずっと雪を眺めていたようだ……ベンチに座った状態で冷たくなっていたそうだ……」


背後で父の押し殺すような声が聞こえて来る。


「そ、そんな……お母様‥‥…」


私の手から持っていた布がハラリと足元に落ちる。


母が亡くなったのは私のせいだ。庭にでて一緒に雪を見ましょうと声を掛けたから……だから、母はひとりで外に……


「お母様‥‥…お母様……」


私は母に縋り付き、沢山泣いた。


いくら、正気を失っていても私にとってはたったひとりの母だった。

寄り添って、献身的に尽くせば……いつかは私が娘だということを理解してくれて正気に戻ってくれると信じていたのに。


結局母は私を娘だと認識しないまま……この世を去ってしまったのだ。



この日……本当の意味で私は母を失った。


十六歳の寒い1月の出来事だった――

 




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