9 レオナルドからの申し出
一体何があったのだろう?
それどころか父や祖父以外の異性からの抱擁は初めてで、戸惑いしか無かった。
「レ……レオナルド……様……?」
躊躇いがちに声をかけると、驚いたようにレオナルドが身体を引き剥がした。
「あ……す、すまないレティ! いきなり……こんな抱きしめるような真似をしてしまって……」
レオナルドは片手で顔を覆い隠すと、謝ってくる。
「いえ。少し驚きましたけど大丈夫です。それよりレオナルド様がこちらにいらしてるとは思いませんでした。でも……随分お待たせしてしまったのではありませんか?」
「待っていたのは別に構わない。ただ店に行ってみれば、まだレティは来ていないと言われて……それで俺が勝手に心配してここへ来てしまっただけだから」
「やっぱりシオンさんの件で心配されたのですか? 公爵位を継いで、婚約をしたというお話のことでしょうか?」
「! 知っていたのか?」
レオナルドは驚きの表情を浮かべた。
「はい。たまたま友人と喫茶店に入った時、噂話を耳にしてしまって……」
あのときの会話を聞いた時は本当に驚いたし、ショックだった。
「俺も今日、噂で聞いた。シオンからは何も連絡が無かったから驚いたよ。だから明日にでもシオンを訪ねようかと考えているところだ」
「え!? 何をしに行くつもりなのですか!?」
思いもよらない言葉に耳を疑う。
「勿論、本当にシオンが婚約したのかどうかを確かめるためだ。レティだって本当のことを知りたいと思わないか? もしかするとただの噂かもしれないだろう?」
「ですが、本当のことを知ってどうするのですか?」
「もし単なる噂だったなら、レティのことをどう思っているか尋ねるつもりだ」
「ど、どうしてそんな真似を……」
「婚約なんて、こんな重要な話をシオンが俺にしないなんて、考えられないからだ。もしかすると周囲が勝手に騒ぎ立てて、そのまま強引に婚約に持ちこもうとしている可能性だってあるだろう? だからシオンの本心を聞きに行こうと思うんだ」
レオナルドは本気で『ガイア』に行こうとしている……しかも私の為に。
「いいです! そんなことをしなくても……私なら大丈夫ですから……」
大丈夫? 本当に大丈夫なのだろうか?
今日はノエルの側で、涙が枯れるのではないかと思うくらい泣いてしまった。こんなに泣いたのは母を亡くした時以来だった。
セブランの心が私から離れてしまったときでさえ、これほど泣いたことは無かった。
もうシオンさんは手の届かない存在になってしまったのだと考えるだけで、今も涙が出そうになってしまうくらいだ
「レティ……泣いているのか?」
「レオナルド様……」
気付けば、私の目に涙がたまっていた。するとレオナルドはポケットからハンカチを取り出すと、私の涙をそっと拭ってくれた。
「すまない……俺のせいだ。俺がレティに自分の気持ちを気づかせてしまうような話をしてしまったから。だから……力になりたいんだ」
レオナルドはどこまでも優しい。その優しさに甘えそうになってしまう。
だけど……。
「いいえ、レオナルド様は何も悪くありません。だからシオンさんの所へ行くことはしないで下さい。私のことよりも、カサンドラさんのことを気にかけて下さい」
「カサンドラをか?」
「はい、もしかして今日のデートを取りやめてしまったのではありませんか?」
「デートか……だが、別に元々約束していなかったものではなかったし……レティのことが心配だったからな。でも大丈夫だ、彼女にはきちんと断りをいれてある。俺にとって優先するのはレティの方だから」
私のほうが優先……その言葉が嬉しかった。でも、やはり私のことで迷惑をかけたくはない。
それに今のレオナルドには疲れた表情が浮かんでいる。
「ありがとうございます。本日はご心配おかけしてしまい、申し訳ございませんでした。もうお帰りになって、お休み下さい。酷くお疲れのようですから」
「1人で大丈夫なのか? 何なら、一緒にグレンジャー家に行くか?」
「いいえ、1人で大丈夫です。……色々と考えたいこともあるので……」
「分かった、なら帰るよ」
「はい、気をつけてお帰り下さい」
レオナルドは私に背を向け、歩きはじめ……足を止めると振り返った。
「レティ、明日一緒に大学へ行かないか?」
きっと私のことが心配なのだろう。
「はい、御一緒させてください」
「分かった。それじゃ迎えに行くよ」
レオナルドは笑みを浮かべると、帰っていった――




