29 セブラン 6
結局、レティの姿が見当たらなかったのでファーストダンスはフィオナと踊ることになった。
フィオナはダンスが上手で、真っすぐに僕の瞳を見つめてくる。いつしか、レティのことなどすっかり忘れて彼女とのダンスの時間を楽しんでいた……。
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続けて三曲ダンスを踊った僕たちは休憩する為に立食テーブルへと来ていた。
「踊った後の飲み物は美味しいですね~」
フィオナがフレーバーティーを飲みながら話しかけてくる。
「うん、そうだね」
僕も果実酒を手にとろうとしたとき……
「セブラン!!」
不意に大きな声で名前を呼ばれた。
「え?」
驚いて振り向くと、何故か険しい顔の表情でイザークがこちらにやってくる。
「あれ? イザーク。どうしたんだい?」
「こんにちは。イザーク様」
僕に続き、フィオナも彼に挨拶した。それなのに彼は何故か激怒して胸ぐらをつかんで文句を言ってきた。挙句に、僕を殴りつけようとする。そこへ止めに入って来たのがレティの親友のヴィオラだった。
そして僕は二人からレティがいなくなったと聞かされた――
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「全く、大袈裟だと思いませんか? セブラン様」
イザークとヴィオラがいなくなると、フィオナが不平を漏らしてきた。
「う、うん。そうだね……」
「大体、レティが会場にいないからって、どうだっていうんでしょう。レティは元々卒業パーティーに参加する気が無かったみたいだし……」
フィオナの言葉に、思わず反応してしまった。そんな話は聞いたことが無い。
「レティは卒業パーティーに出る気が無かったって言うのはどういうこと??」
「え? そ、それはレティがドレスを新調している様子が無かったからですけど?」
「レティがドレスを持っていなかった……?」
僕は改めて、自分の着ているスーツとフィオナのドレスを交互に見た。誰が見ても、パートナーに見える姿だ。
僕とレティが婚約した話を知る者は殆どいない。いないけれど、その事実を知っている人たちから、どう見られてしまうだろう?
もう、これ以上フィオナとダンスを踊るのはやめた方がいいかもしれない‥‥‥
僕は心に決めた。
その後――
結局、レティがどうなったのか不明のまま卒業パーティは閉幕した。
そしてフィオナを連れてカルディナ家に到着した僕達を待ち受けていたのは怒りを抑えていたカルディナ伯爵だった。
レティは誰にも行方を告げずに、カルディナ家から姿を消してしまっていたのだ。
レティ。君は一体何処へ消えてしまったんだい?
婚約したはずなのに、何故何も言わずに彼女は僕のまえからいなくなってしまったのか、僕には理由がさっぱり分からなかった。
理由が分からないまま、時は流れ……それから約一か月後、僕は意外な形でレティと再会することになる――
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レティに付き添っていた訳の分からない男に酷く殴られ、顔を腫らした状態で帰宅した僕を待っていたのは父の叱責だった。
「セブラン!! 一体お前は何を考えているのだ!!」
「で、ですが……その前にまず僕の顔を見て下さい! レティと同席して僕を詰ったあの男が……殴ってきたのですよ! こんな暴力、到底許せるはずありません!」
あの男はレティの前で恥をかかせてくれた。ただですませるわけにはいかない。
「それはお前がすべて悪いからだろう!! 当然のことだ! お前のせいで母さんは帰宅早々倒れて寝込んでしまったのだぞ!!」
滅多なことで声を荒げない父の発した言葉に背筋が凍る。
「え……? 母さんが……?」
「ああ、そうだ! お前はレティを蔑ろにし……あんな毒婦の娘と親しくしていたなどと‥‥‥虫唾が走るわ!」
「……」
その言葉に何も言い返せなかった。確かにイメルダ夫人は恐ろしい女性だということが分かったし、フィオナはカルディナ伯爵の血を引いていなかったのだから。
「……もう、今からお前とは縁を切る。金輪際、マグワイア家の名を口にすることすら許さない。明日中にここから出て行け!」
「え…‥‥!?」
その言葉に耳を疑う。
「……せめてもの恩情だ。お前に与えた物は持ち出すことを許してやろう。持ち運べなかったものは、こちらですべて処分する」
父は僕の顔を見ることも無く、告げる。
「そ、そんな……う、嘘ですよね!? 僕はこれから大学にだって進学するんですよ!?」
「大学だと? そんなものに通えるとでも思っているのか? 自分の力で学費を出せると言うのなら好きにしろ。ただし、今の大学の入学手続きは全て取り消すからな」
「父さん!! ここを出て……どうしろって言うんですか!? 僕は何処へ住めばいいのですか!?」
あまりの仕打ちに頭がどうにかなりそうだった。
「そんなことは知らん! お前はもう息子では無い!! もう顔を見るのも沢山だ!! さっさと荷造りでも始めろ! 手ぶらで出て行きたいなら好きにしろ!
おい! 誰かこの男を部屋からつまみ出せ!!」
父はもう、僕の名前すら呼んでくれない。
そして僕は部屋に呼ばれた大柄のフットマンの手によって、部屋の外に出されてしまった。
「と、父さん……! お願いです! 許して下さい! 僕をここから追い出さないで下さい!」
フットマンに自分の部屋に連行されながら必死で叫ぶ。
けれど、訴えが聞き入れられることは無かった。
そして翌日――
最低限の荷物を持った僕は、行くあてがないままマグワイア家を追い出されてしまった。
誰にも見送られることもなく――