21 フィオナ 4
セブランは容易い男だった。何しろ、ほんの少し笑顔を見せるだけで頬を赤く染めて私を見つめるのだから。そしてそんなセブランを悲しげな目で見つめるレティシア。最高に気分が良かった。
きっとレティシアの一方的な片思いなのだろう。奪うのくらい、容易いに決まっている。
そんなことを考えながら2人を乗せた馬車が走り去って行く馬車を見つめていると、母が声をかけてきた。
「フィオナ。セブラン様は絶対にあなたに気があるわよ。家柄も良さそうだし、結婚相手にぴったりじゃないの? どうみても彼はレティシアには興味なさそうだもの」
私とあの地味な少年がぴったり?
母の無神経な言葉に神経が逆なでされる。冗談じゃない。あんな男、全く私の趣味じゃない。レティシアの想い人で無ければ興味すら抱けない……それだけの男だった。
けれどそんな気持ちをおくびにも出さず、私は笑みを浮かべる。
「お母様ったら……そんなことを言ってはいけないわ。でもセブラン様って、とても優しそうな方だったわね」
そう、お人好しで世間知らずな少年……騙すなんて容易いことだ。
「ええ、そうよ。家柄が良くて優しい男性が一番よ。セブラン様なら絶対に間違いないわね」
満足そうに頷く母を私は冷ややかに見つめる。本当にイヤな母親だ。私のことなど少しも理解していない。あの程度の男が私にお似合いだというなんて。
私の理想は高い。父のように見栄えのする男性が好みなのだ。
でも、利用するならあの程度が丁度良いかもしれない。
見ていなさいよ、レティシア。あんたの大切な物は全て奪ってやるのだから。
私は心の中でほくそ笑んだ――
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その後は私の思い通りに事が進んでいった。
転校初日、私は本来であればレティシアと同じクラスに編入する予定だったところを、セブランの名前を名指しして無理やり同じクラスにしてもらうことが出来た。
学校の中では常にセブランと一緒に行動し、これ見よがしにふたりの仲の良さを周囲にアピールした。
セブランとレティシアは恋人同士でも婚約者同士でも無いのだから、文句を言われる筋合いは無い。
時折、私とセブランの仲良さそうな姿を悲し気に見つめるレティシアの視線が小気味良かった。
私はセブランの気持ちを完全に自分の方に向ける為、他の男子学生には一切見向きもせずにひたすらセブランだけを慕う演技を続けた。
その甲斐あってレティシアは蚊帳の外に置かれ、私とセブランは一緒に出掛けるような仲にまで進展していった。
セブランは、もう完全に私の手に堕ちたも同然だった。
勿論、その間に父に気に入られるための努力も惜しまなかった。レティシアは父の仕事を手伝っていたけれども私には出来ない。だからその分、父に愛嬌を振りまき積極的に話しかけた。
私は確実にレティシアよりもリードしていたはずだった。だからその分父へ誕生プレゼントを渡すとき、レティシアにしてやられてしまったときは悔しくてたまらなかった。
レティシアから紫色のネクタイピンを受け取った時の父の笑顔が忘れられない。
……許せない。父の愛情を受けるのは私ひとりで充分なのに。この時ほど、最もレティシアを恨んだことは無い。
徐々に父の愛情がレティシアに向けられていくのも我慢出来なかった。
こうなったら絶対にセブランだけは捕まえておかなければ。
大丈夫、セブランは私に夢中になっているのだから今更レティシアとの関係が変わるはずはない。
それなのに……レティシアは十八歳を迎えてすぐ、セブランと婚約してしまった――