14 イメルダの罪と末路 3
父はフランクの飼っている犬のせいで私が身体に傷跡の残る大怪我を負ってしまったということを、城中の使用人たちに言いふらしてくれた。
そのおかげで伯爵の耳にその噂が伝わった。
カルディナ家では狂犬を飼育していたという醜聞が広がることを恐れた伯爵が、口封じの為に私達に小さな家を一軒与えてくれた。
それどころか、父は庭師からフットマンへと昇格も出来たのだった。
父がフットマンになれたのも、元を正せば私の犠牲の上に成り立っている。
だから私はますます父を顎でこき使うようになっていった――
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それは私とフランクが十八歳になったときのことだった――
「え? 何ですって! 今なんて言ったのよ!」
仕事から帰宅してきた父から私はとんでもない話を聞かされた。
「だ、だからフランク様がお見合いをしたんだよ。お相手の女性は『アネモネ』島に住む伯爵令嬢らしい」
「本当にその話は事実なの!?」
そんな話は一度もフランクから聞かされていない。
同じ高校に通っている者同士なのに? いや、それどころか彼は私を徹底的に避け続けていた。
そう、あの六年前の犬の事件からずっと――
「冗談じゃないわ……! フランクと結婚するのは私よ! 彼のせいで私は身体に大きな傷が残ってしまったのよ!? 男として責任を取るべきでしょう!!」
私は父の前にも関わらず、スカートをまくってふくらはぎを見せた。
そこには大きな犬の噛み跡が残っている。
「よ、よしなさい! イメルダ! 淑女がそんな格好をするものじゃないよ。それにこればかりは仕方ないよ。当主である伯爵様が決めたことなのだから」
父はオロオロしながら私をなだめようとする。それが私の怒りに火を注ぐ。
「つまり、伯爵が原因で私とフランクは結婚できないってわけね? ……忌々しい。伯爵さえいなければ……全て丸く収まるのに」
「イメルダ……そんなことを口にしてはいけないよ?」
「何よ! 誰のお陰でフットマンという仕事に就けたと思ってるのよ! 少しは私の為に役立ったら!」
そう、私は本当に軽い気持ちで言っただけなのだ。決して脅迫をしたわけではない。
私は悪くないのだ……
伯爵が原因不明の病で徐々に体力が失われ、二年後に亡くなってしまったのも。
だって、結局間に合わなかったからだ。
フランクとルクレチアは伯爵が亡くなる前日に入籍してしまったのだから――
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「ふ〜ん……あの女がルクレチアと言うのね」
私はこっそりカルディナ家の庭にきていた。
「全く忌々しい女ね……髪の色だって平凡だし、私のほうがどう見ても美人じゃないの……!」
木の陰から私は忌々しげにルクレチアを睨みつけた。
私はフランクがルクレチアとお見合いしてから、敢えて距離を置いていた。
それは私が離れれば、いかに自分にとって私が大事な存在だったのかをフランクに気付かせるためだったのだが……結果は思わしくなかった。
逆にふたりの距離を離してしまうことになってしまったのだ。
「許せないわ……本来なら私が妻になるはずだったのに……」
歯を食いしばりながら、遠くからルクレチアを睨みつけていると不意に背後から声を掛けられた。
「こんなところにいたのか? イメルダ」
「お父さん!」
振り向くと、フットマン姿の父が立っている。
「ここへ来てはいけないと言っているだろう? もしバレたら私はフットマンをクビになってしまうかもしれない。今はフランク様は仕事ででかけているからいいものの……見つかる前にうちに帰りなさい」
「帰れですって!? 本来、あの場所にいるのは私のはずよ? なのに何故よそ者の女が来ているのよ! 私はねぇ、八年間もフランクと一緒なのよ!?」
「イメルダ……」
「あ〜あ……あんな女……目障りだわ。フランクから愛想をつかされてしまえばいいのに。そうすれば私が彼の妻になれるのに」
そしてチラリと父を見る。
「……」
父は青い顔で私を見ている。
「分かったわよ。ここは私にとって場違いなんでしょう。……帰るわ」
吐き捨てるように言うと、私は押し黙る父を残してカルディナ家を後にした。
もう父などあてに出来ない。自分の力で何とかするしか無い。
たとえ、どんな手を使っても……
そして、半年後。
ついに私にあるチャンスが回ってきた。
フランクを手に入れるためのチャンスが――