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7 チャールズさんの話

 食事の後、部屋に戻った私は『アネモネ』島へ帰るための荷造りをしていた。


 初めにここを出たときは必要最低限の物しか持ち出さなかったけれども、今度は違う。二度とこの屋敷に戻る予定はないので、自分が大切にしていた愛用品や愛読書を島に郵送するつもりだった。


 大きな衣装箱に荷物を詰めていたとき。


――コンコン


 部屋の扉がノックされ、チャールズさんの声が聞こえてきた。


『レティシア様。少しよろしいでしょうか?』


「はい、どうぞ」


声をかけると「失礼します」と、チャールズさんが扉を開けて姿を現した。


「どうかしましたか?」


荷造りの手を止めてチャールズさんに声をかける。


「はい、少しだけお話したいことが……え? レティシア様、このお部屋は一体……」


チャールズさんは戸惑った様子で部屋の中を見渡し……私に視線を移した。


「ええ。もうこの屋敷に戻るつもりは無いので、大切な物を『アネモネ』島に運ぼうと思って」


「レティシア様……旦那さまからお話は伺いましたが、本当に……このお屋敷から出ていかれるのですね」


チャールズさんの声はどこか悲しげだった。


「お父様から聞いていたのですね? 私の居場所はもう『アネモネ』島です。こんなことをチャールズさんに話すべきでは無いのかもしれないけれど、このお屋敷には……良い思い出が無いんです」


「……さようでございますか。でも確かにレティシア様にとってはそうだったかもしれませんよね。子供の頃からずっとおひとりでしたから……そのようなところも旦那様と生い立ちが似ていらっしゃいますね」


「え? お父様と……?」


私は父の生い立ちを知らない。……そもそも父と私は会話をする間柄では無かったからだ。


「はい、旦那様もずっとおひとりでこのお屋敷で孤独な生活を送っていらっしゃいました。お父上もお母上もとても厳しい方でしたから。愛情を受けないで育った方なので……ご自身も愛情表現が苦手なのです。唯一、可愛がっていた犬も……お父上によって処分されてしまいましたから」


「え? 処分?」


その話に少しだけ驚いた。


「何故犬が処分されてしまったのですか?」


「実は……まだ少女だった頃のイメルダに突然飼い犬が噛み付いたのです。普段はとてもおとなしい犬なのに。それで大怪我を負わせてしまい、犬は処分されました。それ以来、ずっと旦那様はイメルダに脅迫されていたのです」


「……そうだったのですね……」


知らなかった。父にそんな過去があったなんて。もしかすると、もっと早くから父の事情を知っていれば……私と父の関係も今とは変わっていたのだろうか?


「レティシア様」


突然真剣な表情でチャールズさんが私を見つめる。


「私はこの屋敷に勤める一介の執事に過ぎません。レティシア様と旦那様が話し合った結果、おふたりの親子の縁が切られることになったことにも口を挟むつもりはありません。ただ……本当に時々……一年に一度でも構いませんので、旦那様にお手紙を書いて頂けないでしょうか? それだけでも、旦那様は喜ばれると思いますので」


「分かりました。お父様に……年に一度はお手紙を書くことにします。でも、このことはお父様には内緒にしておいて頂けますか?」


自分から縁を切ると言っておいて、手紙を出すということを何となく父には知られたくは無かった。


「ええ。勿論でございます。レティシア様……本当にありがとうございます」


チャールズさんは嬉しそうな笑みを浮かべる。


「いいえ、父には……十八年間お世話になりましたから」


「レティシア様、荷造りお手伝い致しましょうか?」


「いいえ、大丈夫です。もう殆ど終わりましたから」


「そうですか。それでは馬車の用意をするように伝えておきますね。失礼致します」


チャールズさんはそれだけ告げると部屋を出ていった。



――パタン


扉が閉じられると、私は先程のチャールズさんの話について考えた。


「……お父様も辛い幼少時代を過ごしていたのね……」


私は少しだけ、父に同情した。それでも母の死の原因は父にもある。祖父母のことを考えると、やはり私は父とは縁を切るべきなのだ。


気持を切り替えると、私は再び荷造りを始めた――

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― 新着の感想 ―
犬が一番可哀そうや…。 父は犬すら守れず、言いなりになる必要ない相手の言いなりになり 嫁を絶望のうちに死なせ、娘も長年蔑ろに…。 理由はあっても伯爵という権力があれば、 こうならない手段がいくらでも取…
[一言] 犬可哀想、同意です…せめて安らかに…(涙) ※すみません、ご返信不要です…
[一言] 犬かわいそうすぎる…。 イメルダほんと最低すぎますね。
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