4-11 虚ろな瞳
「う……」
その時、突然おば様が苦しそうに胸を押さえた。
「だ、大丈夫か!?」
おじ様が立ち上がり、おば様を支える。
「母さん……」
セブランもおば様の背中をさする。
「どうしたのですか? 夫人」
父が心配そうに声を掛けた。
「いえ……実は、こんなことになってから……妻が体調を崩しがちだったのです。……心労だと医者には言われています」
「そうだったのですか……」
父が神妙そうな顔で頷く。
……でも、それは無理もない話なのかもしれない。おば様は私を本当の娘のように可愛がってくれて、セブランとの婚約を望んでくれていたのに。
それなのに、フィオナがセブランを呼びつけたばかりに……
おば様が具合悪そうにしているのに、肝心のフィオナは俯いたまま視線を向けようともしない。
するとそこへシオンさんが父に声を掛けた。
「カルディナ伯爵、次の話はイメルダとフィオナだけに関わる話です。伯爵夫人の具合が悪いようでしたらお帰りいただいた方が良いと思います」
「君……」
父が驚いた様子でシオンさんを見る。
「そうですね。シオンの言う通りだと思います。ここから先はカルディナ家の内輪の話になりますから」
そしてレオナルドはフィオナとイメルダに視線を向ける。その視線にふたりが驚く素振りを見せたのは言うまでもない。
「確かに……マグワイア夫人の体調が悪いようなら、今日はもうお帰り頂いたほうがいいかもしれませんね。こちらも要件は伝えさせていただきましたし。セブランとの婚約破棄の手続きはこちらから準備しておきましょう」
「はい、お気遣いありがとうございます」
おじ様は父に礼を述べると、セブランに声を掛けた。
「……お前も来るのだ。セブラン。家でじっくり話がある」
「はい……分かりました……」
項垂れたまま返事をしたセブランは立ち上がると、おば様の身体を支えた。
「それでは失礼致します」
「……皆様、申し訳ございません」
お父様に続き、おば様が父に挨拶をした。
「ええ、どうぞお大事になさって下さい」
父が声を掛ける。
「ご迷惑……おかけいたしました」
最後にセブランは父に詫びの言葉を伝え、誰にも視線を合わせること無く応接室を出ていった。
――パタン
セブラン達が部屋を出ていくと、途端に部屋の中が静寂に包まれる。
「夫人……大丈夫だろうか……」
父が心配そうにポツリと呟く。
その言葉に、私は自分がおじ様達に一言も声を掛けなかったことを後悔した。
「あ、あの……お父様!」
扉が閉ざされると、私は席を立った。全員の視線が私に集中する。
「どうした? レティシア」
父が声を掛けてきた。
「いえ。最後くらい、きちんと自分の口からご挨拶したいので……すみませんが、私も少し席を外して良いでしょうか?」
「あ、ああ。それは構わないが……」
そして父はチラリとシオンさんを見る。
「ええ、俺の方は構いませんよ。用があるのは、あそこに座っているふたりですからね」
シオンの言葉にフィオナは黙って睨みつけるも、シオンは気にもとめる様子もない。
「レティシアに心残りがあるなら、行ってくればいいんじゃないか?」
レオナルドが声を掛けてきた。
「はい。それでは、少しご挨拶に行ってきます」
それだけ告げると、私は応接室を出て三人の後を追った。
****
「おじ様! おば様!」
セブラン達が丁度馬車に乗り込もうとしたところで、私は追いついた。
「レティシア……!」
セブランが驚いた様子で、私に声を掛ける。一度だけ彼を見ると、私は車内にいるおば様に声を掛けた。
「おば様……申し訳ございません。どうぞ、お身体を大切になさって下さい」
するとおば様の目に涙が浮かぶ。
「ごめんなさい……レティシア。こんなことになって……あなたを傷付けてしまって……」
「おば様……」
おば様は具合が悪いのに、私を気遣ってくれている。
「レティシア。本当にセブランが迷惑を掛けてしまった……全く、お前という奴は……!」
おじ様がセブランを鋭い目つきで睨みつける。セブランは肩を落とし……次に、私に視線を向ける。
「レティシア、少しだけ……話がしたいんだけど、いいかな……?」
「ええ……」
どのみち、自分の口からセブランに婚約破棄の件は伝えたほうがいいとは思っていた。
けれど……
私はおじ様をちらりと見た。
「わたし達は馬車の中で待っているよ。セブラン、きちんとレティシアに詫びをしなさい」
「……はい」
セブランが返事をすると、おじ様は馬車に乗り込むとセブランは扉を締めると、御者に命じた。
「母の体調が悪いので、すぐに馬車を出してくれるかい?」
「え? ですが……」
戸惑う御者にセブランは強い口調で命じた。
「早く! 母が苦しがっているんだ!」
「わ、分かりました!」
御者は慌てたように、手綱を握りしめると馬車を走らせてしまった。
「……!!」
おじ様が驚いた様子で馬車の中でこちらを見ているのを最後に、そのまま馬車は走り去っていく。
あまりの出来事に、一瞬私は言葉を失い……すぐに我に返ってセブランを振り返った。
「セブラン! どうしてあんな真似を!? おじ様は馬車で待つと言っていたでしょう!?」
「だって、そうでもしないと、ふたりだけで話が出来ないじゃないか? 婚約破棄なんて大事な話を……」
「セブラン……?」
セブランが私を見る目は……いつもの彼とは違い、どこか虚ろだった――